Hondaは2013年5月にマクラーレンとのジョイントプロジェクトとして2015年からパワーユニットサプライヤーとしてF1に参戦すると発表した。新規に開発するパワーユニットは、車体開発を行うマクラーレンと技術的な擦り合わせを行いながら、車両トータルで戦闘力が高くなるような設計と開発が求められた。

エンジンに関するレギュレーションは2014年に大きく変わり、それまでの2.4L・V8自然吸気から1.6L・V6ターボエンジンに運動エネルギーと熱エネルギーの2種類のエネルギー回生システムを組み合わせることになった。主に減速時に運動エネルギーを回生するモーター/ジェネレーターユニットをMGU-K、排気に含まれる熱エネルギーを回生するモーター/ジェネレーターユニットをMGU-Hと呼ぶ。

F1パワーユニット構成

F1パワーユニット構成

エンジンのVバンク角は90度、排気はバンク外側、最大ボア径は80mm±0.1mm、最小バルブステム径は5mm、直噴インジェクターの最大噴射圧は500barなどと、諸元については細かく規定されている。ターボチャージャーは1基に限定され、その位置はクランクシャフト軸と平行かつオフセットは25mm以内と規定されたため、実質的にVバンク間かその後方に置く以外に選択肢はない。

2013年までは最高回転数に上限(18,000rpm)を設けて出力を抑制するコンセプトだったが、2014年に導入されたパワーユニット規定は燃料流量を規制(最大100kg/h@10,500rpm)することで出力を抑制するコンセプトに改められた。そのため、限りある燃料を効率良く出力に変換する開発が求められるようになった。また、2種類のエネルギー回生システムを駆使してパフォーマンス向上に結びつけるエネルギーマネジメントが開発のポイントになった。

2015年:RA615H

Hondaは2013年秋に最初のパワーユニットに火入れを行うと、2014年最終戦アブダビGP後に行われた合同テストで本格的な実走テストを実施。年明けに行われた3回の合同テストを経て、開幕戦を迎えた。

2015年シーズンに投入するパワーユニットはHondaのレーシングエンジンのネーミング手法にのっとり、RA615Hと名づけられた。RはRacing、AはAutomobile、6はV6、15は2015年、HはHybridを意味した。

RA615Hはコンパクトであることにこだわって開発が行われた。パートナーを組んだマクラーレンが空力の観点から「サイズゼロ」をテーマにコンパクトさを求めた影響もあるが、Hondaとしても自発的にコンパクトに仕立てようと腐心した。その考えを象徴するのがエキゾーストマニフォールド(エキマニ)である。

エキマニは等長にしつつ径と長さをチューニングして排気の脈動効果を引き出し、出力向上に結びつけるのがレーシングエンジンのセオリーといえる。だが、RA615Hではコンパクトさを優先し、各気筒から最短距離でタービンまで排気を導くことで、左右への張り出しを抑える形状を採用した。

ある程度性能を犠牲にしてコンパクトにし、空力に貢献するよりも、車体側からスペースをもらってエンジン性能を向上させたほうがトータルではパフォーマンスに寄与することが、シーズンの戦いのなかで明らかになった。そこで、エンジンの性能をより重視する考えに開発の軸足を移し、第16戦US GPでオーソドックスな等長タイプに変更すると、2016年のRA616Hも等長タイプを受け継いだ。

2016年:RA616H

コンパクトな設計にこだわるあまり妥協が生じていた領域に関し、より性能に軸足を置く設計に改めたのが、2016年のRA616Hである。エンジンが吸い込む空気の流れを整えるプレナムチャンバーは、RA615Hに対して30mm高い位置に配置した。プレナムチャンバーからシリンダーヘッドに向かう吸気管の曲げを少なくし、空気が素直に燃焼室に入るようにするためである。

第10戦イギリスGPではプレナムチャンバーに収めるVIS(ビス:Variable Induction System)と呼ぶ可変吸気システムを変更した。吸気の動的効果を最大限利用すべく、エンジン回転数に応じて吸気管長を最適に調節するVISは、低回転側では長く、高回転側では短くするのが基本。可変幅が大きいほど、幅広い回転レンジに対応できる。

RA615Hはパワーユニット全体をコンパクトに成立させるため、偏平なスペースに可変ファンネル部を対向させて配置していた。RA616HではΛ型に対向する形として、90度に折れ曲がっていたファンネルの曲げを浅くした。同時に、可変幅を大きくしてより幅広い回転数に対して最適化できるようにした。

MGU-Hアッシーもやはりコンパクト化の観点から、RA615H以来、タービンとコンプレッサーの間にMGU-Hを挟むレイアウトを採用している。RA616Hでは、回生量を増やすためにVバンクの範囲内でコンプレッサーを大型化した。

2017年:RA617H

2017年のRA617Hでは設計を大きく変更した。これまでVバンク間に収まっていたコンプレッサーを前側に張り出す配置にし、間にMGU-Hを挟んでエンジンの後ろ側に張り出す格好でタービンを配置した。これによりVバンクの空間的制約から解放されてコンプレッサーとタービンの大型化が可能になった。その点に加え、コンプレッサーとタービンがVバンクの外に出たことでシャフトの位置を下げることができ、MGU-Hアッシーの搭載位置が低くなって重心を下げることができた効果が大きかった。このレイアウト変更により、RA617HはRA616H比で25mm以上の低重心化を果たしている。

VISの構造は大きく変更した。RA616Hまでは可変ファンネルが左右に対向する構造だったが、RA617Hでは可変ファンネルが前後方向に伸び縮みする構造にした。この構造に変更することで、可変幅をさらに大きくすることができた。

新骨格を採用したRA617Hは、プレチャンバーイグニッション(PCI)を適用することで、燃焼面で大きなステップを踏んだ(究極の燃焼効率を誇るテクノロジー進化)。副室燃焼とも呼ばれるPCIは、スパークプラグの電極部を小部屋(副室)で覆い、その小部屋の壁に設けた小さな穴から噴き出すジェット噴流で主燃焼室のリーンな混合気を急速燃焼させる技術である。

2018年:RA618H

パートナーがトロロッソ(2020年からアルファタウリ、2024年からビザ・キャッシュアップRB)に替わった2018年シーズン向けに開発したRA618Hには、第16戦ロシアGPで投入したスペック3からPCIをベースに開発した高速燃焼を適用した。

高速燃焼は、副室から噴き出すジェット噴流がきっかけとなり、燃焼室外周部の混合気が自着火。その後、副室側、外周部双方から火炎が中央に向かって伝播し、瞬時に燃焼する(究極の燃焼効率を誇るテクノロジー進化)。これにより、燃焼が速いPCIよりもさらに速い燃焼が実現した。高速燃焼を適用することにより、圧縮比、比熱比ともに大きく上げられるようになり、出力が大きく向上した。

2019年:RA619H

2019年からはレッドブルとパートナーを組み、トロロッソと合わせて2チーム4台にパワーユニットを供給することになった。この年のRA619HはRA618Hの基本コンセプトを受け継ぎつつ、高速燃焼の効果をより引き出せるような改良を継続的に進めた。

第8戦フランスGPではコンプレッサーをアップデートした。和光研究所のホンダジェット・ガスタービンエンジン開発メンバーと協力し、コンプレッサーの空力的な改善により効率を向上させた。その効果は海抜750mの第9戦オーストリアGPでの高い競争力につながり、レッドブルRB15をドライブしたM・フェルスタッペン選手により、HondaにとってF1復帰後の初優勝に結びついた。

2018年のスペック3で高速燃焼を適用して以来、高速燃焼の理解が進むにつれて燃焼圧は高くなっていった。燃焼圧が高くなるとピストン(より具体的にはピストンリング)がシリンダー壁に与える力も大きくなり、ダメージが大きくなる。その結果、表面処理の摩耗が激しくなりシール性が悪化。その結果、燃焼エネルギーが逃げ、出力損失につながった。

2020年:RA620H

この問題を解決するため本田技研工業・熊本製作所の協力を得てピストンリングの攻撃に強いシリンダーめっきを開発し、2020年のRA620Hに適用。この結果、高い出力を長時間維持した状態で走れるようになった。

また、この年からインコネル製のタービンハウジングを3Dプリンター(積層造形)で製造するようになった。従来技術では困難な複雑な形状を作ることができ、重量や強度、剛性を最適にバランスした構造にしやすいのが3Dプリンターの利点である。複雑形状のMGU-Hハウジングやスチール製ピストンも3Dプリンター製とした。3Dプリンターの技術を適用することで、ピストンは鍛造や総削りでは付けられないような場所にリブやくぼみを付けることができるようになった。

2021年:RA621H

2021年のRA621Hは完全新設計であり、新骨格を採用した。高速燃焼への理解が進むことによって出力が向上した結果、RA617H以来使い続けてきた骨格では性能面でも信頼耐久性の面でも頭打ち感が現れていた。そこで、高速燃焼に最適化した諸元を与えることにした。シリンダーヘッドは高速燃焼に最適な燃焼室形状にしたのに加え、シリンダーブロックは高い燃焼圧に耐えうる強度を確保するため、従来の砂型鋳造からアルミ合金総削り出しに変更した。

バルブ挟み角を狭くしたのは高くした圧縮比に合わせるためではあったが、車体側の設計に貢献する意味もあった。とくに車体外側に位置する排気側の張り出しを抑えると、空力面への寄与度が高くなる。そこで、シリンダーヘッドカバーの剛性を確保するV字のリブのうち、排気側のリブをなくしてスリムにした。

VISはスタート時や低速コーナーなどからの脱出時で使用する低回転域で最適な吸気の動的効果を得るため、空冷インタークーラーとプレナムチャンバーをつなぐ通称CACパイプも吸気管の一部として使う設計に変更。この変更により、従来は不安定になりがちだったスタート時の燃焼が安定し、最適なスタートが切れるようになった。

2015年のRA615Hから2021年のRA621Hまで、Hondaのパワーユニットは7シーズンで100kWを超える出力向上を果たした。燃料流量が規制された条件下で大幅な出力向上を果たしたということはとりもなおさず、熱効率が大きく向上したということを意味する。

体格の推移

体格の推移

コンプレッサーとタービンをVバンクの前後に張り出して配置させることで、MGU-H アッシーのシャフト搭載位置を低くすることができた。V バンクの空間的制約から解放され、コンプレッサーの大型化も可能になった。(図は各年の最終仕様)

RA615Hはコンパクトであることにこだわって設計したパワーユニットではあったが、当時よりはるかに大きな出力を発生するRA621Hのほうがコンパクトに仕上がっている。コンプレッサーの搭載位置は低くなると同時に、効率と出力の向上のために求められる空気量の増加に合わせてコンプレッサーが大型化しているのは、新旧の対比で明らかだ。

高速燃焼に合わせて新骨格を採用したRA621Hは高いパフォーマンスを発揮。RA621H を積んだレッドブルRB16Bをドライブしたフェルスタッペン選手は22戦中10勝を挙げ、ドライバーズチャンピオンになった。Hondaがチャンピオン輩出に貢献したのは、1991年のアイルトン・セナ選手(マクラーレン)以来、30年ぶりの出来事である。

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