F1パワーユニットは、V6ターボエンジン+2種類のエネルギー回生システムで構成されている
2014年以降のF1のパワーユニットは1.6LV6直噴シングルターボエンジンと2種類のエネルギー回生システムで構成されている。エネルギー回生システムのひとつは運動エネルギー回生システムで、クランク軸と接続されたMGU-K(Motor Generator Unit – Kinetic)によって、主に運動エネルギーを電気エネルギーに変換する。MGU-Kの出力は最大120kW、最高回転数は50,000rpmに規定されている。
もうひとつは熱エネルギー回生システムで、ターボチャージャーと同軸に配置されたMGU-H(Motor Generator Unit – Heat)によって、排気に含まれる熱エネルギーを電気エネルギーに変換する。MGU-Hの出力は規定されておらず、自由に設定できる。最高回転数は125,000rpmに規定されている。
MGU-KからES(Energy Store:実質的にリチウムイオンバッテリー)に送ることができる電気エネルギーは1周あたり最大2MJに規定されている。一方、ESからMGU-Kに送ることができる最大エネルギーは1周あたり4MJに定められている。MGU-Hの出力とESとのエネルギーのやりとりに上限は設定されていない。
エンジンの燃料流量には100kg/hの上限が定められている。燃焼室に投入された燃料エネルギーのうち、排気損失や冷却損失、摩擦損失に補機駆動による動力を引いた分が正味出力になる。各種損失を減らして正味出力を増やすのが、パワーユニット開発の大きなテーマのひとつである。
一方で、排気に残るエネルギーは、MGU-Hとターボチャージャーを一体化したユニットであるMGU-Hアッシーを仕事させる原資になる。タービンに流入する熱エネルギーのうち、タービンの効率に左右される損失が生じる。また、ある割合が排気損失となる。これらの損失を除いたエネルギーがタービンの吸収仕事として回転エネルギーに変換される。
その中から、空気を圧縮するためのコンプレッサーの駆動仕事とMGU-Hの回生仕事に使われ、コンプレッサーの効率とモーターの効率それぞれで損失が発生。残ったエネルギーがコンプレッサーの圧縮仕事とMGU-Hの発電に使われる。
このような一連のエネルギーフローの中で、タービンの効率、MGU-Hの効率、コンプレッサーの効率を改善していくと、MGU-Hの回生量が増える。Hondaは2015年からパワーユニットサプライヤーとしてF1への参戦を始めたが、初期は信頼性能向上に軸足を置きながらも、さまざまな効率改善によって回生量を増やす開発に継続的に取り組んだ。
エンジンに関しては、圧縮比と比熱比を高めることで正味出力を向上させる開発を継続的に進めた(究極の燃焼効率を誇るテクノロジー進化)。幾何学的圧縮比の上限はレギュレーションで18に規定されているので、圧縮比は18に近づけるべく開発を行った。
一方、比熱比に上限は設けられていない。理論空燃比よりもリーンにしていくほど熱効率は高くなり、正味出力は向上する。よりリーンにしていくためにはシリンダーにより多くの空気を入れ込まなければならず、コンプレッサーの大型化に取り組んだ。
ホンダジェットの技術も投入した開発
MGU-HアッシーをVバンクの間に収める設計コンセプトだったこともあり、2015年のRA615Hが搭載したコンプレッサーは量産ターボの延長線上にある圧力比と修正空気流量(実測値を基準値に修正した値)に留まっていた。Vバンクの間に収める空間的な制約の影響もあったが、エンジンが大きな圧力比と空気流量を求めていなかった側面もある。
しかし、この状態では対他競争力を確保できないと判断し、コンプレッサーの大型化を図ることにした。2017年のRA617Hでは、コンプレッサーをVバンクの外に出すことで大型化した。RA615Hでは空気密度が低くなる高地(例:オーストリア=海抜750m、メキシコ=海抜2300m)のサーキットで要求過給圧や流量を満足させることはできなかったが、RA617Hではコンプレッサーの大型化などによってワイドレンジ化することができ、高地での要求過給圧や流量変化に応えられるようになった。
一方で課題が生じた。シャフトの長軸化にともなって常用回転域に軸の振幅が大きくなる危険速度域が現れるようになったのである。MGU-Hアッシーが危険速度域にあるときに縁石を通過した際のような大きな外乱が重なると、振幅が増幅され、破壊につながる恐れがあった。この問題に関してはホンダジェットのガスタービンエンジン開発チームの協力を得、軸受の剛性向上や潤滑、冷却の改善、軸受の振動減衰構造の強化と軸構造の見直し、アンバランスの低減などを行って解決した。問題を解決したMGU-Hアッシーは、2018年第2戦バーレーンGPで投入している。
2019年第8戦フランスGP以降は、ホンダジェット・ガスタービンエンジン開発のメンバーと協力し、コンプレッサーの圧力比をさらに高めていった。年次推移を見ると、2020年、2021年と効率は落ちているが、効率とトレードオフの関係にある圧力比を上げたほうがパフォーマンスに寄与するため、効率よりも圧力比を重視したからだ。
最新の設計ツールを使うと、コンプレッサーの羽根を複雑な三次元形状に設計することが可能。効率を追求するほどに、三次元形状は複雑化していく。複雑な形状になっていくと、運転モードの中で羽根自体が持っている固有振動数で共振し、大きく振れて破壊に至る場合がある。そうならないよう、エンジンの排気脈動の影響を再現できるパワーユニットテストベンチなどで耐久信頼性を充分に確認し、実機に投入していった。
2019年第8戦フランスGPで投入したコンプレッサーは、量産ターボ(1.5L)よりはるかに大きな圧力比、修正空気流量をカバーする仕様となっていた。また、ワイドレンジなだけではなく、幅広い運転領域で高い効率を実現していた。
タービンの効率も2017年の長軸化を機に大きく向上した。これにともない、MGU-Hの回生量は増加している。タービンに関しては、2020年のRA620Hからホンダジェット・ガスタービンエンジン開発の知見を活用。コンプレッサーと同様に、羽根は複雑な三次元形状になっていった。
2018年のRA618Hでは、ホンダジェット・ガスタービンエンジン開発チームの協力を得ながらシャフトの支持構造を大きく変更。グリースベアリングからオイル潤滑に変えた。モーターは100,000rpm以上の高速で回るため、空気抵抗により風損と呼ばれる損失が発生する。本来なら風損を減らすためにシャフト支持部を真空にしたいところだが、信頼性確保を重視し、オイルをシールするために加圧する構造とした。加圧するための空気はコンプレッサーから供給する。
2019年のRA619HではMGU-Hの定格出力を向上。モーターを長時間高出力で使えるようにした。エネルギーマネージメント技術の進歩(ESSバッテリーユニットと制御技術の進化)によりMGU-Hの使用頻度が高まったことへの対応である。
2020年のRA620Hではターボチャージャーの開発をメインに行い、MGU-Hはハードウェアを大きく変えず、使い方の面で進化させた。2021年のRA621Hでは磁束密度の高い磁石の採用や熱伝導率の高い絶縁子を採用することで、冷却効率を上げ、MGU-Hの出力とトルクを向上させた。出力だけでなくトルクを向上させたのは、エネルギーマネージメントの進化に合わせ、低回転側まで効率良く回生できる領域を広げるためである。
前述したように、MGU-Kは最高出力が120kWに規定されている。最大トルクにも上限が定められており200Nmだ。2020年のRA620Hに適用したMGU-Kは規則の範囲内でトルクを向上させ、エンジン低回転域から最高出力で回生できるようにした。2021年のRA621Hではギヤレシオの変更により、さらに低回転から最高出力で回生できるようにした。
初期のMGU-Kは信頼性の確保が大きな課題だった。大きなイナーシャを持つクランクと、それよりは小さいが相応のイナーシャを持つMGU-Kをギヤでつなぐと、ねじり共振が発生してシャフトが破損する問題が発生した。この問題を解決するため、シャフトを弱ばね化するなどの対策を実施。熱の問題にも直面したため、2016年のRA616Hでは耐熱性を向上させるため磁石を変更した。
2017年のRA617Hでは、エンジン後端からギヤを介してつないでいたそれまでのリヤ駆動から、エンジン前端でつなぐフロント駆動に変更している。リヤ駆動の場合はエンジンのロワケース左下部にMGU-Kの駆動部が位置することになるため、車体形状と干渉し空力に影響する。フロント駆動に切り換えたのは、その影響を排除するためだ。
2018年のRA618Hではベアリングの支持構造を変更し、信頼性の向上を図った。その結果として全長は長くなったが、信頼性を重視した。以来、ベアリング関連のトラブルとは無縁になった。2021年のMGU-Kは、耐振性を強化するためハウジングの剛性向上を図った。新骨格のエンジン投入にともなって燃焼圧が上昇し、それにともなって振動が大きくなったのに対処するためである。
エンジンの熱効率を追求する開発の過程で、MGU-Hアッシーを構成するコンプレッサーは効率を向上させつつ圧力比と空気流量の向上を図り、MGU-Hは高出力・高トルク化に取り組んだ。MGU-Kは、MGU-Hアッシーと同様に参戦初期は信頼性確保に取り組みつつ、低回転域から最高出力で回生できるよう開発に取り組んだ。どちらも、7シーズンで大きな進化を果たしている。