Formula 1

なぜ、HondaがF1パワーユニットに挑むのか?
2015年~2026年に向けて

なぜ、HondaがF1パワーユニットに挑むのか? 2015年~2026年に向けて

Hondaに伝わる「失敗を恐れるな」の精神

Hondaは二輪、四輪ともにモータースポーツへの長い挑戦の歴史がある。挑戦のベースにあるのは、創業以来連綿と伝わる「失敗を恐れるな」という精神だ。失敗を許容し、反省することに進歩があるという考え方である。何もしなければ失敗もしないが、何も生まない。Hondaはこの考え方をベースにモータースポーツに挑戦し、新しい技術を生み出してきた。

Hondaにとってモータースポーツへの挑戦はDNAのようなものだ。モータースポーツは厳しい技術競争の場であり、同時に人材育成の場でもある。Hondaは若いメンバーを積極的にモータースポーツの技術開発に登用し、参戦するからには勝利を目指す。

2014年にパワーユニット規定が導入される機会を捉え、Hondaは2013年5月16日に、パワーユニットサプライヤーとして2015年からF1に参戦すると発表した。2008年シーズン限りで休止したF1参戦活動を再開した理由は、失敗を恐れずに挑戦する価値のあるレギュレーションが導入されたからである。

2014年に導入されたレギュレーションは、1.6L・V6直噴シングルターボエンジンに運動エネルギー回生と熱エネルギー回生の2種類のエネルギー回生システムを組み合わせたパワーユニットの使用を義務づけている。運動エネルギー回生システムは、走行中の車両が有する運動エネルギーをMGU-Kと呼ぶ最高出力120kWのモーター/ジェネレーターユニットで電気エネルギーに変換し、レギュレーションにES(Energy Store)と表記されるバッテリーに蓄える仕組みだ。量産ハイブリッド車と同様の仕組みである。

熱エネルギー回生システムは、MGU-Hと呼ぶモーター/ジェネレーターユニットをターボチャージャーと同軸に配置して作動させることで、排気に含まれる熱エネルギーを電気エネルギーに変換するシステムである。

2013年までの2.4L・V8筒自然吸気エンジンは、シリンダーに空気をたくさん入れ込み、その空気に見合った燃料を噴射することで出力の向上を図る開発をメインに行っていた。一方、2014年に導入されたパワーユニット規定では最大燃料流量に100kg/hの上限が設けられたため、燃料を際限なく噴くことはできなくなった。燃料が持つ限られたエネルギーをいかに効率良く出力に変換するかが問われることになる。

つまり、エンジンは熱効率の向上が開発の大きなテーマになり、量産エンジンの開発テーマと合致することになった。F1で磨いた技術が量産エンジンの技術開発に貢献することになる。例えば2016年のパワーユニットは、MGU-Kのアシストを含めると2008年のエンジンより約300kW高い出力を発生していた。にもかかわらず、最高出力を発生しているときの燃料消費量は3分の2に留まっており、非常に高い効率に達していることを示している。

2014年に導入されたレギュレーションにおけるもうひとつの開発のポイントは、エネルギーマネジメントだ。MGU-Kでのアシストに使えるエネルギーは1周あたり最大4MJに規定されている。120kWの最高出力で運用した場合、約33.3秒アシストできる計算だ。一方、MGU-KからESに送って蓄えることができるエネルギーは、1周あたり最大2MJに規定されている。MGU-Kだけに頼っていてはアシスト可能な4MJを蓄えることはできず、不足分はMGU-Hが補うことになる。

MGU-KはESに出し入れするエネルギーに制限がある一方で、MGU-H〜ES間のエネルギーの出し入れには制限がない。そのため、いかにMGU-Hを使いこなすかが、開発上の大きなテーマのひとつとなっている。エンジンの高効率化と同様に、電動コンポーネントの開発とそのマネジメント技術は、量産車の領域で電動化を推進しているHondaの開発の方向性と合致する。エンジンと同様、モータースポーツから量産への技術移転が期待できる領域だ。

2015年に最初のパワーユニットを実戦投入して以来、Hondaはパワーユニットの信頼耐久性を向上させるのと並行し、エンジン本体に加えてMGU-K、MGU-H、ESなどを含めたパワーユニットの高効率化を図り、エネルギーマネジメントを磨いてきた。その結果、エンジン出力の面でもエネルギーマネジメントの面でも高い競争力を得るに至った。

Hondaは2017年までのマクラーレンに替わり、2018年からはトロロッソ(2019年からレッドブル、2024年からはRB)にパワーユニットを供給している。Hondaとしてのパワーユニット供給は2021年シーズン限りで終了。2022年からはパワーユニットの組立支援やサーキットおよび日本におけるレース運営サポートを行う新たな協力体制でF1への関与を継続。2022年からは活動の主体が、Hondaのレース活動を運営する株式会社ホンダ・レーシング(HRC)に移っている。

予選・レースでの速さ・強さは空力など車両側の技術やドライバーの実力、チームの戦略・戦術を抜きに語れないが、パワーユニットの寄与度が大きいのもまた事実である。参戦5年目の2019年にレッドブルが初優勝を果たし、2021年にはレッドブルのマックス・フェルスタッペン選手がドライバーズタイトルを獲得。2022年、2023年はドライバー部門とコンストラクター部門の両タイトル獲得に、Hondaが開発したパワーユニットは貢献した。2023年は22戦中21勝の圧倒的な強さでシーズンを制している。

2026年に向けて

2023年5月24日、Hondaは2026年からF1に参戦し、アストンマーティンF1チームに対し、2026年から施行される新レギュレーションに基づくパワーユニットを供給するワークス契約を結ぶことで合意した。

F1は2030年のカーボンニュートラル実現を目標に掲げており、その一環として2026年から100%カーボンニュートラル燃料(CNF)の使用を義務づける。また、電動化比率が大幅に引き上げられる。2024年の時点ではパワーユニットが発生する最高出力の83%をエンジン、17%をモーター(MGU-K)が占めているが、2026年規定では最高出力の50%をエンジン、50%をモーターがまかなう形になる。

具体的には、燃料流量の上限を引き下げるなどしてエンジンの出力を抑える一方、MGU-Kの出力を現在の約3倍に相当する350kWへと大幅に引き上げる。また、MGU-Hは廃止され、現在よりシンプルな構成になる。このレギュレーション変更はHondaが目指すカーボンニュートラルの方向性に合致し、その実現に向けた将来技術の開発に大きな意義を持つことから、新たな参戦を決定した。

CNFは一般的に、従来の燃料より気化しにくくなる傾向がある。そのため、燃料メーカーと協力し、気化しやすい燃料を開発するのがポイント。一方で、気化しにくい燃料をうまく燃やすエンジン開発が求められる。ハードウェア面では、大出力のMGU-Kによって振動形態が変わるため、それに耐えうる信頼性の確保が欠かせない。また、ESは従来より大きなエネルギーを繰り返し出し入れすることによる性能劣化を抑える開発が求められる。MGU-Hが廃止されるため、MGU-Kだけに頼った高効率かつ実効力のあるエネルギーマネジメントを構築する必要もある。

2022年以降はパワーユニットの開発が凍結されており、信頼性を向上させる開発しか行うことはできない。そうした状況のなかで、Hondaは信頼性を確保しながらパワーユニットの限界を引き上げ、ポテンシャルを使い切ることで供給先チームのパフォーマンス向上に貢献すべく活動を行っている。その活動と並行し、2026年に投入する新パワーユニットの開発を粛々と進めているところだ。

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