Formula 1

ESSバッテリーユニットと制御技術の進化(F1 2015年~2022年)

HondaのESSバッテリーユニットと制御技術の進化(F1 2015年~2022年)

HondaのESS

運動エネルギー回生システムのMGU-Kと熱エネルギー回生システムのMGU-Hで発電した電気エネルギーを蓄えるのがバッテリーだ。レギュレーションではバッテリーセルに加え、インバーターなど周辺機器を含んだシステム全体をEnergy Store(ES)と表記している。

ESの最大電圧はレギュレーションで1000Vに規定されている。安全性の観点から搭載場所も規定されており、サバイバルセルの内部に搭載する決まり。ドライバーズシートの後方、燃料タンクの下に位置する。2018年の規定変更で最低容積は22L、最低重量は30.6kgに定められた。以下で説明するHondaが開発したESはこれらの数値をターゲットに開発した。ちなみに2022年にも規定変更があり、最低重量は31.0kgに引き上げられている(付随してパワーユニット全体の最低重量も150kgから151kgに変更された)。

Hondaではレギュレーション上のESをEnergy Storage Systemの頭文字をとってESSと呼んで開発している。ESSは電気エネルギーを蓄えるバッテリーセルのほか、インバーター、DC-DCコンバーター、バッテリー制御システム(BMS)など、関連するユニットをひとつにパックした状態を指す。

HondaがパワーユニットサプライヤーとしてF1に参戦した2015年当時はパートナーを組んだマクラーレンと共同でESSを開発。ESSの組立はチーム側で行った。コース上のパフォーマンス面で重要な役割を果たすESSの技術を手の内に入れたいと考え、2016年から徐々に開発・組立の機能をHonda側に移し、パワーユニットを供給するパートナーをトロロッソに切り換えた2018年に自社開発・組立の体制移行が完了した。開発・組立の拠点となるHRD UKはロジスティクスなどの観点から、2019年からパワーユニットを供給することになったレッドブルのファクトリーがあるイギリス・ミルトンキーンズに置いた。

左から2015年、2019年、2021年のESS。2015 年の参戦当初はパートナーを組んだマクラーレン(イギリス)と共同でESSを開発していた。組立ロケーションもマクラーレンだった。技術を手の内に入れるため、開発・組立のロケーションをホンダ側に移管。トロロッソにパートナーを切り換えた2018年には自前の開発・組立体制を整えた。HRD UKにはバッテリーをテストする設備も整備してある。 左から2015年、2019年、2021年のESS。2015 年の参戦当初はパートナーを組んだマクラーレン(イギリス)と共同でESSを開発していた。組立ロケーションもマクラーレンだった。技術を手の内に入れるため、開発・組立のロケーションをホンダ側に移管。トロロッソにパートナーを切り換えた2018年には自前の開発・組立体制を整えた。HRD UKにはバッテリーをテストする設備も整備してある。
2015 年のESSを左斜め前方から見た状態。前から3分の2程度をリチウムイオンのバッテリーセルが占めている。セルは水冷で各セルの(底ではなく)腹面を冷却。接触面積が広いし、発熱しやすい端子に近いところを効率良く冷却できる。 2015 年のESSを左斜め前方から見た状態。前から3分の2程度をリチウムイオンのバッテリーセルが占めている。セルは水冷で各セルの(底ではなく)腹面を冷却。接触面積が広いし、発熱しやすい端子に近いところを効率良く冷却できる。

2016年のESSに関しては信頼性の向上と軽量化に取り組んだ。2017年はバッテリーセルの最適化に取り組み、小型軽量化を図った。2018年はパートナーが変わり、2019年にはもう1チームパートナーが加わったこともあり、基本的には2017年の仕様を継続して使用。信頼性の向上に重点的に取り組んだ。

2020年に投入したESSは小型軽量化と高出力化に取り組み、2021年第12戦ベルギーGPには、さらなる高出力化を図ったESSを投入した。

さらなる高出力化のキー技術「カーボンナノチューブ」

前述したように、ESSの開発はイギリスで行っていたが、さらなる高出力化のキー技術となる材料を製造できるサプライヤーが現地では見つからず、国内のサプライヤーと協力して開発することになった。そのキー技術とは、カーボンナノチューブ(CNT)である。バッテリーセルの電極にはカーボンの粒子が入っており、この粒子を伝わって電気が流れていく。

カーボン粒子と粒子の間に直径がナノメートル(10-9m、100万分の1mm)のチューブ状をしたCNTを配合すると、低抵抗化が実現し、電気が流れやすくなる。ただ配合すればいいわけではなく、電極に薄く塗る活物質の混ぜ方や厚さ、塗り方を含め最適化が必要で、そこがノウハウとなる。

正極と負極の間にあってリチウムイオンを透過し、かつ正極と負極の内部短絡を防ぐ役割を担うセパレーターは薄くするほど抵抗が下がり、出力向上に結びつく。だが、攻めすぎれば内部短絡のリスクが高まる。2021年第12戦で投入した新ESSの開発では、材料特性を最適化することで、信頼性を確保しつつ薄肉化を実現した。

2021年第12戦で投入した新ESSのセルにはカーボンナノチューブ(CNT)を配合。バッテリーセルの電極にあるカーボン粒子間にカーボンナノチューブを最適に配合しセル内の低抵抗化を実現した。 2021年第12戦で投入した新ESSのセルにはカーボンナノチューブ(CNT)を配合。バッテリーセルの電極にあるカーボン粒子間にカーボンナノチューブを最適に配合しセル内の低抵抗化を実現した。

Hondaが開発した新ESS

Hondaが完全に自社で開発した新ESSは、低抵抗化を実現したことにより、とくに大電流を流す領域でそれまでのESSに比べて顕著な損失低減を実現。見方を変えると、使えるエネルギー量の増加につながった。また、旧ESSに対して劣化優位性が高く(出力の低下が小さい)、距離を重ねるほど新旧の性能差は広がった。

新ESSは高効率で損失が少ないため、回生したエネルギー量が同じでも、旧ESSより長くMGU-KやMGU-Hを駆動側に使うデプロイ(デプロイメント=deploymentの略。量産開発分野で用いる「力行」の意。同様に、F1パワーユニット開発の現場では他社も含め「回生」をハーベスト=harvestと表現することもある)を行うことができる。2021年第12戦に投入した新ESSの体積出力密度(W/kg)は、2020年〜2021年に使用したESSの1.3倍に達した。2015年のESSを基準にすると容積は26%、重量は15%の低減を果たしており、エネルギーマネジメント、車両運動性能の最適化の観点で大きく貢献した。

Honda PU 性能推移・投入技術

2014年以降の制御技術

2014年以降のF1は最大燃料流量が規定され、レース中に搭載できる最大燃料量も規定されている。そのため、燃料が持つ限られたエネルギーを効率良く出力に変換する開発が求められる(V6パワーユニットの進化究極の燃焼効率を誇るテクノロジー進化)。一方で、走行シチュエーションに応じてMGU-KとMGU-Hを使い分けることがコース上のパフォーマンスに大きな影響を与えるため、エネルギーマネジメントの開発が重要となる。

最高出力が120kWに規定されたMGU-Kが回生してESに送ることのできる(回生できる)エネルギーは1周あたり2MJに規定されているのに対し、ESからMGU-Kに送れる(力行=デプロイできる)エネルギーは4MJに規定されている。MGU-Kの回生だけに頼ったのでは1周あたり2MJまでしかエネルギーを使うことはできない。

そのため、不足分はMGU-Hで補うのが基本だ。MGU-Hの出力と1周あたりの回生および力行エネルギー量は規定されておらず、自由に設定できる。ただし、MGU-Hは排気に含まれる熱エネルギーを回生する関係から、エンジンの出力を重視すればMGU-Hが回生に使える熱エネルギーが減ってMGU-Hの回生量は減り、MGU-Hの回生量を重視しすぎると、エンジンの出力は低下する二律背反が生じる。

エンジンの出力とMGU-Hの回生量をどのバランス点に設定するとコース上で最も高いパフォーマンスを発揮するのか。エネルギー収支を考えなくていい予選と、エネルギー収支に制約があるレースでそれぞれ最適な使い方を求め、継続的な開発を行った。レースでのエネルギーマネジメントは、各コースをセグメントに分割し、セグメントの性格に左右される感度に合わせてMGU-Kのデプロイ量を割り振っている(感度が高いセグメントで重点的にMGU-Kのアシストを行う)。

走行シチュエーション別にMGU-K、MGU-Hの使い方を見ていくと、減速時はMGU-Kをフルに使い運動エネルギーを回生する。同時に、MGU-Hで回生を行う。具体的には、オフスロットル時に排気温度を意図的に上げ、排気に含まれる熱エネルギーを回生してESに蓄える。この制御技術を開発陣はAHP(Additional Harvest Power)と名づけた。

コーナー立ち上がりのパーシャルスロットル領域では、パーシャル回生と名づけた特別な回生を行う。エンジンはドライバーの要求に合った出力を発生しておき、余分に発生させた出力でMGU-Kを連れ回して発電する制御である。AHPもパーシャル回生も燃料を余分に消費することになるが、回生量を増やしてESに蓄えておき、MGU-Kのアシストに使えるエネルギーを増やしたほうが燃料の消費分を上回るパフォーマンスゲインが得られるため、このような制御技術を考案し、適用した。

ストレートでは、最高速に到達するまでの時間を最小化するとラップタイム短縮の効果が高いことがわかっている。そのため、ストレートでのフル加速初期は加速力を最大限に高めるため、MGU-Kはフルアシストしながら、同時にMGU-Hもフルアシストし、過給圧が早く立ち上がるようにする。つまり、MGU-Hは電動コンプレッサーと同様の使い方をすることになる。

その後、ストレートの中間にかけてはMGU-Kでフルアシストを行いながらMGU-Hの使い方を反転。余剰の排気エネルギーを回生する。ラップタイムに対する感度が低いストレート終盤にかけては、MGU-Kのアシストをやめ、MGU-Hの回生だけ行ってES充電量の回復に努める。

レーススタート時や追い越しを仕掛ける際など、大きなパワーが必要なシチュエーションではe-boostを行う。通常はウェイストゲートを閉じておき、排気のエネルギーをフルに使ってMGU-Hで回生を行う。一方、スタートや追い越しを仕掛ける際は、ウェイストゲートを開く。すると、排圧が下がってポンピングロスが減り、エンジンの出力が上がる。同時にMGU-Hは力行側で使い、過給仕事を助ける。また、MGU-Kをフル出力で使い、システム最大出力を発生させる。

2018年のシーズン中盤から本格的に適用した制御技術に、エキストラハーベスト/エキストラデプロイがある。MGU-KからESに直接送ることができるエネルギー量は1周あたり最大2MJに制限されているので、2MJを超える分はESに送らず、ESとのエネルギーのやりとりに制限がないMGU-Hに送り、MGU-Hを一瞬だけ力行して即座にローターのイナーシャエネルギーを回生。この力行〜回生を20Hz以下の周波数で連続的に行い、回生分をESに送る。これがエクストラハーベストである。

MGU-Hを介して回生するためMGU-Kで直接回生するより効率は落ちるが、回生できるエネルギーのトータル量が増え、MGU-Kのアシスト時間増につながるため、ラップタイムゲインにつながる。ハンガリーGPのコース(ハンガロリンク)では0.1〜0.2秒、ベルギーGP(スパ・フランコルシャン)では0.4秒程度のラップタイムゲインを確認しており、大きな効果のある制御技術といえる。

エクストラデプロイはエクストラハーベストと逆のエネルギーフローになる。ESからMGU-Kに送ることができるエネルギーは1周あたり最大4MJに制限されているため、これを超える量はMGU-Hに送って一瞬だけローターを加速させ、そのイナーシャエネルギーを回生。発生した電力を直接MGU-Kに流すことで、合法的に4MJの上限を超えたエネルギーをMGU-Kの力行に使う制御技術だ。エクストラデプロイを使うことにより、0.2〜0.3秒のラップタイムゲインを期待することができる。

パワーユニットを構成する各コンポーネントの効率を高め、小型軽量化を追求することはもちろんだが、エネルギーを効率良く回生し、効率良く使うエネルギーマネジメントの最適化を図っていくことが、速さを追求するためには極めて重要。HondaはF1参戦以来、エネルギーマネジメント技術を継続的に進化させ、限られたエネルギーを効率良く速さに結びつける技術を磨いていった。

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