
Hondaワークスチームとしてすべてを開発
Hondaは2000年にイギリスのブリティッシュ・アメリカン・レーシング(BAR)に対してエンジンを供給するとともに、BARと車体の共同開発を行う形でF1への参戦を開始した。2006年にBARを傘下に収め、Honda Racing F1 Team(HRF1)に改称。エンジンと車体の両方を自社で開発するフルワークスチームとして2008年まで参戦を続けた。
エンジンは2000年のRA000Eに始まり、2005年のRA005Eまで3.0L V型10気筒を6機種、2.4L V型8気筒に規定が変わった2006年以降は、RA806EからRA808Eまで3機種、合計9機種の自然吸気エンジンを投入した。
車体領域では、変速時の(初期はアップシフトのみ)タイムロスをゼロにするクイックシフト(シームレスシフト)を他チームに先駆けて導入。空力に関しては、初期はライバルに後れをとるところもあったが、最終的にトップチームに比肩する技術力を身につけた。また、車体の軽量化や足まわりの開発において多くの解析・計測技術が培われた。
BARホンダは2004年にコンストラクターズチャンピオンシップ2位を獲得。2006年第13戦ハンガリーGPで、予選4番手(スターティンググリッドはエンジン交換ペナルティで14番グリッドであった)からスタートしたジェンソン・バトンが首位でフィニッシュし、Hondaにとって第3期F1参戦活動中で唯一の勝利をもたらした。


エンジンはより軽量、より高出力に
エンジン開発は第2期F1参戦活動(1983年〜1992年)でも経験していたが、2000年にBARにエンジンの供給を開始するまでに参戦休止から8年が経過していた。その間のパフォーマンスの進化を予測してエンジンの開発を進めたが、いざ参戦してみると、当時のトップエンジンマニュファクチャラーの技術到達点の高さを痛感することになった。
レースエンジニアとしてイギリスに駐在し、第3期F1活動に携わった田辺豊治※は当時の様子を次のように振り返る。
※HRC 四輪レース部 開発室 チーフエンジニア
「第2期参戦活動でエンジンの開発を極めるところまで行きました。エンジン屋のロマンともいえるV12までやった。そこでHondaは活動を止めました。でも、他の会社はレギュレーションの変更をまたぎながらずっと活動を続けていた。Hondaは2000年からV10で始めました。軽くしたつもりではいましたが、まわりはもっと軽かった。馬力も出ていた。そこに追いつこうという開発でした」
1995年に最大排気量が3.5Lから3.0Lに縮小されると、V8やV12は淘汰され、エンジン形式の主流はV10に収束していった。エンジン単体のパフォーマンスだけではなく、車体に搭載した際に影響する空力や車両運動性能に与える影響から、V10が最適だと考えられていたのである。
第2期の1990年に投入したRA100E(3.5L V10)と第3期の2005年に投入したV10時代最後のRA005E(3.0L V10)を比較すると、出力ピーク回転数は約6500rpmも上昇。比出力は約100kW/L向上し、約70kg軽量化。クランクセンターハイトは約50mmも下がっていた。高回転化による大幅な高出力化を果たしながら大幅に軽くし、低重心化を図ったということだ。

第3期のエンジンだけを見ても、2000年のRA000Eが112kgだったのに対して2005年のRA005Eは89kgとなり、23kgの軽量化を果たしている。年平均4〜5kgの低減だ。第2期でも軽量化に有利なマグネシウムやチタンは使われていた。当時は2Dでの設計だったが第3期では3Dモデル製作およびCAE解析が手の内化されて最適化設計が短時間で行えるようになり、これが軽量化に大きく寄与した。2.4L V8規定が導入された2006年以降はマグネシムやチタンなどの材料規制とともに最低重量が95kgに定められたが、この規制がなければ計算上は78kg程度で設計することが可能だった。
高出力化は体積効率と燃焼効率の向上、フリクションの低減など、エンジン開発の基本を突き詰めることで追求した。2.4L V8時代最終年となる2008年のRA808Eまで含めると、第3期最初のRA000Eに対し23kW/Lの比出力向上を果たした。

性能のために素材も工法も見直し
自然吸気エンジンなので体積効率の向上は回転数が支配的となる。回転数が高くなれば単位時間あたりに吸入できる空気量は多くなり、多くなった空気に見合った燃料を噴射し、燃焼させることで仕事量(出力)が増える道理だ。高回転化に求められる吸入性能目標を達成するため、まずボア径を拡大。さらに吸気バルブ径を拡大するため、2004年のRA004Eではレーザークラッドバルブシートを採用した。
金属粉末混合物にレーザービームを照射する手法で、この技術により極薄かつ耐久性の高いシートが形成できる。シリンダーヘッドにバルブシートを圧入する従来の手法に比べて薄肉となるため、吸気バルブ径の拡大が実現。また、ウォータージャケットを燃焼室に近づけることが可能になり、冷却効率が向上する効果も得ることができた。
当初、動弁系には直打式を採用していたが、リフト量を拡大するために2002年のRA002Eでロッカーアーム式を採用。さらに、摺動環境が厳しいカムシャフトとロッカーアームにはダイヤモンドライクカーボン(DLC)コーティングを施した。これによりフリクション低減を図ることができ、出力向上につなげた。また、バルブ材をチタンアルミ化して重量低減を図り、高回転化に寄与している。
第3期最軽量のピストンは2004年のRA004Eで採用したもので、97mm径で210gだった。高温疲労強度の高いアルミ・メタルマトリクスコンポジット(MMC)材を開発し採用することで、従来材に対して約16%の軽量化を実現。400rpmの最高回転数向上に貢献した。

往復運動部品では、コンロッドの開発にも力を入れた。コンロッドはピストンの上下動をクランクシャフトに伝達して回転力に変換するため、強い圧縮と引っ張りを受ける。コンロッド棹部の断面形状はI型かH型が一般的だ。ねじり剛性は板厚の3乗に比例するため、I型もしくはH型を採用する限り、大幅なねじり剛性の向上は期待できないと考えられた。
そこで、中空化によるボックス断面構造を採用することで、軽量化を図りつつ大幅なねじり剛性の向上に取り組んだ。この中空断面構造を実現するにあたり、接合技術を新たに開発。2つの部材を真空状態で加圧・加熱すると、接合面が変形密着〜拡散し、空孔が消滅して接合する。この拡散接合をものにすることにより2003年に中空コンロッドを実用化することができ、剛性向上を図ると同時に従来のI型に対して8%の軽量化を実現。軽量化によってコンロッドベアリングへの負荷が低減されたことにより、250rpmの高回転化に寄与した。

20000rpmを目指した超高回転エンジンの開発
これらさまざまな技術の投入により、HondaのF1エンジンは高回転・高出力化を果たしていった。参戦初年度の2000年に17000rpmだった最高回転数は、2006年には台上テストで20000rpmを確認するまでに至った。ただし、レースにおいてはラップタイムへの寄与度と耐久信頼性の観点から19600rpmを上限とした。
「材料や形状など、本当にいろいろなアイデアを入れることができた時代でした。その結果、エンジンは急速に進化させることができた。エンジニア冥利に尽きる、いい時代でした。競合に追い付くスピードは確かに素晴らしかったと思います。2006年の2.4L V8には3.0L V10の経験、技術が入っているので、エンジン開発としていいスタートを切ることができたと感じています」と、田辺は第3期のエンジン開発について振り返る。

ライバルに先駆けて開発したクイックシフト
第3期参戦当初、ギヤボックスを構成する部品は専業メーカーから購入していた。これでは他チームに先駆けて革新的な技術を取り入れることは難しい。そこでHondaは、自らのリソースを駆使し、競争力向上に寄与する機構の開発に取り組んだ。それがQuick Shift(クイックシフト)として結実する。現在では一般的にシームレスシフトと呼ばれる技術だ。
当時のギアボックスの構造は、モータースポーツ向け車両で多く採用されている常時噛み合い式の7速だった。メインシャフト側のギアはフローティングした状態で回転。メインシャフトと一体となって回転するドッグリングをシフトフォークでレシオギアに嵌合させることで、各段の力の伝達を行う仕組みである。ステアリングに取り付けたパドルで変速操作を行うと、アクチュエーターが作動してシフトバレルが回転。バレルの溝形状に沿ってドッグリングが移動し、アップシフトの場合は上の段のギアを選択、ダウンシフトの場合は下の段を選択する。
アップシフトを行うには一旦エンジントルクをゼロ付近まで落として現行段を抜き、次の段を選択する。この間駆動力は路面に伝わらず空走するため、加速が鈍る。この空走時間を減らすため、当初は変速時間を短縮する開発に取り組んだ。
2004年から開発に着手したクイックシフトは、エンジントルクを最大限維持したままアップシフトを可能にした画期的なシステムである。この場合は空走時間がゼロになり、加速がリニアに持続する。サーキット1周では何度もアップシフトを繰り返すため、空走時間をゼロにするシステムは、パフォーマンス向上に大きく寄与した。
エンジン開発側から車体領域の開発を見ていた田辺は、「前例のない技術にイチから取り組んだ難しいチャレンジでした」と当時を述懐する。
「HondaはF1のギアボックス自体も開発したことがない。単にF1のギアボックスを作るだけでなく、求めるターゲットを達成するために、新たな機構を入れようとした。何段重ねにもなった難しい開発だったと思います。クイックシフトの開発時には開発メンバーが現地に来て、精力的にテストを重ねていました」
従来の変速システムは現行段を抜いてから次の段を選択するが、クイックシフトは次の段を先に選択し、現行段を解放する。だから、トルクの伝達が途切れない。現行段と次の段が同時に噛み合った「共噛み」状態になると力の逃げ場がなくなって一気に破壊に至るため、共噛みを回避する緻密な機構と制御が求められる。
クイックシフトでは、メインシャフトに内蔵したワンウェイクラッチを巧みに利用することで共噛みを回避した。次段がドッグリングと噛み合ってトルクを伝達すると、その動きが現行段側のワンウェイクラッチを空転させる仕組みを成立させたのである。クイックシフトは2005年の開幕戦からBAR007に搭載。ただし駆動トルク切れゼロのシームレスな変速を実現したのは4〜7速のみで、全段シームレスは第13戦から投入した。
「従来のギアボックスではエンジン側にトルクカットの制御が必要でした。ギアボックスにダメージを与えないためと、加速ロスを極力減らすためにエンジン側とギアボックス側で制御を協調させる必要がありました。ところがクイックシフトに関しては、スロットル全開のままトルクを落とす必要がない。エンジン側としてはずいぶん助けられました」
2005年に他チームに先駆けてクイックシフトを投入したBAR Hondaだったが、2007年には全チームがクイックシフトを採用したためアドバンテージがなくなった。そこで、さらなる優位性を手に入れようと、シームレスな変速は維持しながら軽量・小型化に取り組んだ。ワンウェイクラッチ機構だけでなく、ドッグリングを動かすシフトフォークやシフトバレルといった構成部品の機能もメインシャフトに内蔵した構造を開発。これにより、それまでのシステムに対して全長で19%減、重量で12%減を実現したため、車体パッケージングや車両運動性の向上に寄与すると考えられた。
信頼性確認を行っていた段階で参戦が終了したため、次世代クイックシフトの実戦投入はならなかった。しかし、創意工夫による革新期的な技術の開発が連綿と続けられていた事実に変わりはなかったのである。




