Formula 1

Honda F1技術の結晶 チャンピオン獲得を支えたPU技術の革新

Honda F1技術の結晶 チャンピオン獲得を支えたPU技術の革新

PUマニュファクチャラーとして再参戦

Hondaはマクラーレンとのジョイントプロジェクトのもと、パワーユニット(PU)マニュファクチャラーとしてF1参戦活動を開始。2017年シーズン限りでマクラーレンへのPU供給を終了すると、2018年からはスクーデリア・トロロッソ、2019年からはレッドブル・レーシングにもPUの供給を開始した。

2019年第9戦オーストリアGPでマックス・フェルスタッペンがドライブするレッドブルRB15がトップでフィニッシュし、Hondaに2015年の再挑戦後の初勝利をもたらした。しかしながら、翌2020年10月2日、「2050年までにカーボンニュートラルを実現するため、経営資源を集中する」理由から、2021年シーズン限りでのF1参戦終了を発表する。この発表を受け、2022年に投入する予定だった新骨格のPUを1年前倒しで2021年に投入。最終戦での勝利によりフェルスタッペンがドライバーズチャンピオンに輝き、Hondaとしては1991年以来、30年ぶりのドライバーズチャンピオン獲得となった。

2022年からは、Hondaのモータースポーツ活動を担うホンダ・レーシング(HRC)がレッドブル・レーシングとスクーデリア・アルファタウリにPUを供給するレッドブル・パワートレインズへ技術支援を行う形での活動に移行。2022年、2023年はレッドブルがコンストラクターズとドライバーズのダブルタイトルを獲得(2023年は22戦21勝を挙げる)。2024年はフェルスタッペンがドライバーズチャンピオンシップ4連覇を達成した。

2021年のレッドブルRB16Bに搭載したRA621H。マックス・フェルスタッペンが22戦中10勝を挙げドライバーズチャンピオンを獲得した
2023年は22戦21勝でダブルタイトルを獲得。1988年にマクラーレン・ホンダが記録した16戦15勝の勝率を上まわった

2.4L自然吸気V8からハイブリッド・パワーユニットへ

2014年に技術規則に変更があり、それまでの2.4L V型8気筒自然吸気エンジンから、1.6L V型6気筒ターボエンジンに2種類のエネルギー回生システム(ERS)を組み合わせる「パワーユニット」の搭載が義務づけられることになった。2種類のERSのうちひとつは運動エネルギー回生システムで、MGU-Kと呼ぶモーター/ジェネレーターユニットが主に減速時に車両が持つ運動エネルギーを電気エネルギーに変換してバッテリーに蓄え、加速時にはエンジンをアシストするデバイスとして機能した。

もうひとつは熱エネルギー回生システムで、ターボチャージャーと同軸に配置されたMGU-Hと呼ぶモーター/ジェネレーターユニットが排気エネルギーを電気エネルギーに変換する。MGU-KとMGU-Hをどう上手に使ってエネルギーを蓄え、パフォーマンスに生かすかというエネルギーマネジメントが、予選、レースでのパフォーマンスに大きく影響を与えることになった。

2013年まで燃料の使用量に制限はなかったが、2014年からは燃料流量とレース時の総量規制が導入され、限られた燃料をいかに効率良く出力に変換するかが、それまでより重要視されるようになった。このような状況のなか、HondaはPUマニファクチャラーとして活動した2015年から2021年にかけて、7年間でエンジンの出力を100kW以上向上させた。圧縮比の向上や吸気系の最適化、バルブやスパークプラグの配置、インジェクターの位置や仕様の変更など、さまざまな開発の積み重ねによって出力の向上を果たしたが、そのなかに大きなジャンプアップに結びついた技術がある。

2015年型 RA615H。ICEは、1.6L・V6直噴シングルターボ。レギュレーションで、2014年からは燃料流量とレース時の総量規制が導入された

熱効率を大幅に向上させたHonda独自の燃焼技術

ひとつは副室燃焼で、2017年のRA617Hから本格的に投入した。プレチャンバー・イグニッション(PCI)とも呼ばれる副室燃焼は、スパークプラグの電極部を小さな部屋(副室)で覆い、その部屋の壁に設けた小さな孔から着火に必要な混合気を副室内部に導き、点火。すると、小さな孔から噴き出すジェット噴流が、主燃焼室のリーンな混合気を急速燃焼させる。

この副室燃焼をベースに開発したのが、副室燃焼よりも速い燃焼を実現する「高速燃焼」だ。2018年第16戦ロシアGPで初めて投入した。高速燃焼は副室から噴き出すジェット噴流が引き金になり、燃焼室の外周部で自着火が発生。副室がある燃焼部の上部中央とピストン側の外周部から火炎伝播が起こるため、副室燃焼単独よりも高速に燃焼し、燃焼エネルギーがより効率良く圧力に変換された。

これにより圧縮比がさらに上げられるようになり、混合気をよりリーンにできるようになった。見方を変えれば損失の低減につながり、出力が向上。それをそのまま駆動力として使ってもいいし、エネルギー回生に振り向けることもできた。結果、エネルギーマネジメントの自由度が高くなり、パフォーマンスの向上に寄与することになった。

高速燃焼は、いろいろな仕様のテストを行っているときに、高い燃焼圧が発生する仕様を偶然発見したのがきっかけだった。燃焼が自分のエネルギーでどんどん強化され、勝手に走り続けてしまうような、それまでに経験したことのない現象だった。実戦で使うにはそれを理想の状態に留めておかなければならず、セオリーと考えられていた制御では手に負えなかった。一発でも不正燃焼が起きるとエンジンに深刻なダメージを与えることもあるため、なんとしても避けなければならなかった。

「高速燃焼に至る現象を見つけ、暴れ馬のような燃焼を手なずけた開発メンバーは素晴らしいと思います」と、2018年からHonda F1のテクニカルディレクターを務めた田辺豊治は話す。

「私が会社に入り、エンジンテストの室課に配属されてすぐ言われたのは、『エンジンは嘘をつかない』でした。エンジニアには、特異な現象を目の前にしたときに『これはイレギュラーだ』として片付けてしまうタイプと、『理由を明らかにして確かめよう』と探求するタイプがいます。私もエンジンテストを長年やっていたので、高速燃焼を手なずけるのがどれだけハードルの高い挑戦なのか、手に取るようにわかる。それだけに、『ものごいチャレンジをしているな』との感慨を持ちながら見ていました」

そして、高速燃焼は「素晴らしい技術」だと評価する。

「現場では『暴れ馬みたいなすごいのが来るぞ』と聞かされていました。第16戦ロシアGPから入れたのは、その次の第17戦日本GPに間に合わせるためでした。第4期では過渡の領域だったり、冷却だったりを実車と非常に近い形でベンチテストができるようになっていました。そこで確認はできるものの、実際にサーキットで走らせてみると必ず課題が持ち上がる。その課題を日本に持ちかえり、対策を考え、ものにしていきました」

新骨格の投入を1年前倒しに

高速燃焼を投入した2018年は、Hondaにとって潮目が変わった年だった。

「(2015年の再挑戦に向けて開発を始めてから)未知の技術領域に取り組んできたので、そこで発生する様々な問題に対応するのに手一杯でした。信頼性についてモグラ叩きのような対策が収束方向にむかい、徐々に開発のリソースをプラス側に持っていけるようになっていきました。その結果が表れだしたのが2018年からで、そこから2021年の新骨格に向けて加速していったのです」

プラスの開発を象徴する技術が高速燃焼である。この技術をきっかけにエンジンのパフォーマンスはさらに急上昇することになった。

高速燃焼に関する理解が進むにつれて出力が向上した結果、2017年のRA617H以来使い続けていた骨格のままでは燃焼室の諸元や信頼耐久性確保の観点で限界に近づいていると考えられた。そこで、車体側の規則変更が導入される2022年にタイミングを合わせ、将来の出力増にも充分に耐えられる新骨格のPUを開発し投入するつもりでいた。

ところが2021年シーズン限りでの参戦終了が決まったため、急遽、2022年に投入する予定だった新骨格のPUを1年前倒しで投入することになった。1年前倒しの投入に間に合わせるだけでも大仕事だったので、アイデアを温めていた技術者は当初、積極的に「やろう」とは言い出せなかった。だが、マイナスからプラスに転じていた開発陣のムードが土壇場の開発を後押しした。

「参戦終了の決定がバネなったところもありますし、レッドブルとの関係も良好だったこともあり、重箱の隅をつついたようなアイデアについても、『自分たちにできることは最後までやりきろう』という雰囲気がありました」

高速燃焼に最適化した設計にするだけでなく、車体側に貢献するのが新骨格にしたRA621Hのコンセプトだった

エネルギー回生デバイスの新アイデア

開発陣の間でキャックバイパス2(CB2)と呼んでいたデバイスは、広い意味でエネルギー回生デバイスの一種である。キャックとはCACのことでCharge Air Cooler(チャージエアクーラー)の頭文字をつなげたもの。インタークーラーとも呼ぶ、コンプレッサーで加圧し、温度が上昇した空気を冷やす熱交換器のことだ。CB2はCACに向かう加圧された空気の一部をバイパスする。CB1もアイデアとしては存在したが、実戦投入したのはCB2が初めてだ。

従来はコンプレッサーで加圧した空気のうち、不要な分はポップオフバルブを通じて逃がしていた。これではコンプレッサーが行った仕事を捨てることになる。すなわち無駄であり、損失につながる。一方、CB2はコンプレッサーの下流とタービンの上流をバイパスバルブで結ぶことにより、エンジンの仕事に使わない余剰の加圧した空気を排気に合流させ、タービンの駆動仕事に使う。その結果、タービンの仕事が助かるので、PU全体の効率が上がることになる。

CB2システム概念図。加圧した空気を捨てるのではなく、過給仕事に使うのがCB2。一種のエネルギー回生である

1年限りとわかっていても最後までやり切る意志

「2015年に再参戦してからのF1のハイブリッドPUレギュレーションではエネルギーをどれだけ外に出さずに自分に返すかが、ひとつの命題でした。そのなかで、『これ無駄しているよね』『これ取れないの?』という課題をひとつひとつ拾い、『次は何ができるんだっけ?』と前向きに取り組んだ結果、こういった取り組みができるようになりました。CB2は取れるものを取り尽くす我々の考えを象徴しています。派手なデバイスではありませんが、常時エネルギーが返ってくるのが大きく、全体の底上げになる。大きな技術だったと思います」

CB2を搭載するにはコンプレッサー側から排気管にバイパスバルブを通す必要があり、空力性能に影響するエンジンカウルの形状にも影響することから、車体設計を行うチーム側との擦り合わせが必要になる。Hondaの提案を快く受け入れたレッドブル側の協力があったからこそ、CB2は通常では考えられないスピード感で開発を完遂することができた。規則変更により2022年以降は搭載できず、1年限りの使用となることは初めから分かっていたが、最後までやりきる意思を尊重しやり遂げたのだった。

バイパス機能を使うことによりコンプレッサーの効率の悪い領域を避け、効率の高い領域を使えるようになったのもCB2がもたらしたメリット。全開時の回生エネルギーに換算すると10%以上増える計算になり、重量増を補って余りあるパフォーマンス面の効果があった。

2021年の最終戦アブダビGPでこのPUを使ったフェルスタッペンが劇的な逆転優勝を飾った。Hondaが1991年以来、30年ぶりのドライバーズチャンピオンを獲得できたのは、こうして自分たちにできることを最後までやりきった結果なのであった。

2021年の最終戦でマックス・フェルスタッペンが優勝。ドライバーズチャンピオンを獲得した


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