Formula 1

RA271E 二輪用レーシングエンジンの技術で奏でたHondaミュージック

RA271E 二輪用レーシングエンジンの技術で奏でたHondaミュージック

新興四輪メーカーが挑んだ世界最高峰の舞台

小さなオートバイメーカーとしてスタートしたHondaは、1954年に当時世界最高峰と目されていたマン島TTレースへの出場を宣言する。1959年に初出場を果たすと、三度目の挑戦となった1961年のレースでは125cc、250ccの両クラスで1位から5位を独占。Hondaの名前と技術力を世界に向けてアピールすることになった。1961年には二輪ロードレース世界選手権でメーカーチャンピオンに輝いている。

困難なことにあえて立ち向かうスピリットはその後も変わらず、1964年にF1世界選手権(以下F1)への出場を宣言する。Hondaはその前年に軽トラックのT360と、スポーツカーのS500を発売し、自動車メーカーとして産声をあげたばかりだった。Honda初の乗用車となるN360の発売は、1966年まで待たなければならない。そんな状況でHondaは同年8月のドイツGPでF1参戦を果たす。

1964年から1965年までは1.5Lエンジン規定、1966年から1968年までは3.0Lエンジン規定に合わせてエンジンと車体を開発。5シーズンで35戦に出走した。

二輪の技術を背景にあえての高回転V12を開発

Hondaは当初、イギリスのチーム・ロータスにエンジンを供給するエンジンサプライヤーとしてF1に参戦するつもりでいた。ところが土壇場で相手からキャンセルの申し出があり状況は一変。熟慮の末、独自にシャシーを設計・製造し、エンジンサプライヤー兼シャシーコンストラクターのフルワークス体制で参戦することにした。

エンジンの排気量は1961年以降、規則で最大1.5Lに定められており、当時の主流はV型6気筒(V6)とV型8気筒(V8)だった。ところがHondaは、この時代では例のないV型12気筒(V12)を選択した。エンジンの出力を高める方法には、回転数を上げて仕事量を増やすことが考えられる。排気量が同じなら、気筒数を増やしたぶんだけストロークは短くなってピストンスピードが抑えられるため、高回転化に有利に働く。Hondaが単筒容積125ccの12気筒を選んだのは、高回転・高出力を実現し、競合に打ち勝つためだった。この考えに関しては社内でも無謀だと反対する声が挙がった。この声に対しては、「125cc(×12)はモーターサイクルで手慣れた排気量」だとして説得したと伝わる。二輪レーシングエンジンの開発を通じて知見の蓄積があったことも、高回転エンジンの開発を後押ししたのだ。

1965年型RC115E。空冷4サイクル2気筒49.8ccのエンジンはDOHC4バルブで最高回転数は20,000回転以上 1965、1966年と連続でWGPチャンピオンとなった

常識破りのV12横置きレイアウト

現在でもそうだが、F1をはじめとするフォーミュラカーのエンジンはクランク軸を前後方向に配置する縦置きが主流である。だが、HondaはV型12気筒エンジンを新規に開発するにあたり、クランク軸が左右方向の配置となる横置きを選択した。そのほうが合理的だと考えたのである。エンジンを縦置きに搭載すると、ドライブシャフトに駆動力を伝える際に向きを90度変換する機構が必要にある。しかし横置きにすれば方向転換することなくドライブシャフトに伝えることができてロスが少ないと考えられた。

また、やはり合理化の観点からエンジンはギヤボックスと別体ではなく一体構造を選択。まさに、二輪のパワートレーンと同じ構造だった。クランクシャフトの端から動力を取り出すのではなく、クランクシャフトの中央部分にアウトプットを設けるセンターテイクオフ方式を選択したのも、二輪車の開発がベースにあったからこその発想だったといえる。

F1参戦初年度に投入したエンジンの名称は、車体名のRA271にエンジン(Engine)の頭文字「E」をつけてRA271Eとした。水冷60度V型12気筒の横置きエンジンで、排気量は1495cc。ボア×ストロークは58.1×47.0mmである。最高出力は220hp/11500rpmを発生した。6速ギヤボックスを含むエンジン重量は209kgと発表している。二輪のレースをそうやって勝ち進んだように、高回転・高出力化によって競合に対するアドバンテージを得るコンセプトだった。

RA271E型 1.5LV型12気筒DOHCエンジン Vバンクはセオリー通り60度だったが、搭載方式を横置きとした
RA271は1964年の西ドイツGPでデビューを飾った

当時先進のDOHC4バルブを採用

二輪レーシングエンジンの開発を通じて培った技術のF1エンジンへの転用はまだあった。DOHC(Double Over Head Camshaft)である。シリンダーヘッドに2本のカムシャフトを配置し、吸気バルブと排気バルブをそれぞれ独立して駆動する方式だ。当時はF1といえどもまだ、1本のカムシャフトで吸気バルブと排気バルブ双方の開閉タイミングを制御するSOHC(Single Over Head Camshaft)が多く採用されており、バルブは吸気1、排気1の各気筒2バルブが主流だった。

DOHCにすると吸気バルブと排気バルブを独立して緻密に制御できるため、高回転化に有利に働く。さらに、RA271Eは吸気バルブ2、排気バルブ2の各気筒4バルブとし、吸気や排気の出し入れをよりスムースにした。カムシャフトにしてもバルブにしても、数が増えればそれだけ機構は複雑になり、狙いどおりに動かすのも、信頼耐久性の確保に関してもハードルは上がる。だが、この点についても二輪レーシングエンジンの開発で知見の蓄積があり、臆することなくチャレンジしたのだった。

RA271のシャシーは、先進的なアルミ合金モノコックボディとストレスマウント方式で構成されていた

そして手に入れたF1グランプリ初優勝という快挙

Hondaは1965年のF1シーズンに投入したRA272に、RA271Eを改良したRA272Eを搭載した。RA271Eの実戦投入で競合に対するパワー面でのポテンシャルを感じ取った開発陣は、細部の設計変更により公表最高出力は10hpアップの230hp以上/12000rpmを実現。1.5Lエンジン規定最後のレースとなった最終戦メキシコGPでは、「Hondaミュージック」といわれたV12エンジン独特のエキゾーストノートを響かせ、F1グランプリ初優勝を手に入れた。こうして、HondaのDNAともいうべきF1参戦活動は幕を開け、第2期以降の活動期においても、独創的な技術で世界の頂点を目指す開発姿勢は受け継がれていくことになる。

翌1965年シーズンに投入したRA272にはRA271Eを改良したRA272Eを搭載
RA272Eは230hp以上/12000rpmを実現そのエキゾーストノートは「Hondaミュージック」と形容された
RA272の傍らにいるのは、ドライバーのリッチー・ギンサー 1965年の最終戦メキシコGPでHondaは彼の手によってF1初優勝を遂げた


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