
電動モーターサイクル「Honda WN7」
Hondaは欧州において初の電動モーターサイクル「Honda WN7(ホンダ ダブリュー・エヌ・セブン)」(以下、WN7)を発表しました。WN7は「EICMA 2024(ミラノショー)」に出展した「EV Fun Concept」の量産モデルで、「EICMA 2025」(一般公開日:11月6日〜9日)に出展します。
WN7のグランドコンセプトは、「風になり、自然の音を聴き、地球を感じよう。」です。街中を走っているときに人の声が聞こえたり、水たまりを踏んだときに水を跳ね上げる音が聞こえたりと、ICE(内燃機関)車では聞こえなかった音が電動モーターサイクルなら聞こえてきます。電動ならではの気持ちいい加減速フィールを提供することが可能であり、振動や騒音が少なく、静かで滑らか。排ガスを出さず、自然と調和する存在になり得ます。
「軽快・扱いやすい・スリム」を目指した骨格構造
WN7は欧州の都市に暮らす活発な若者をターゲットに据え、軽快性と毎日の扱いやすさを際立たせることにしました。渋滞路でも安心してコントロールできる軽快なハンドリングを実現するために、完成車質量は217kgとし、適切なキャスター角を設定し、電動モーターサイクルだからできるスリムな車体を目指しました。また、扱いやすさについては、重心高を抑え、適切なホイールベースとハンドル切れ角を確保し、足つき性を考慮したスリムな車体とシート高を検討しました。
上方やライダーがまたぐ部分に幅の広いパーツを配置すると、足の幅を広げる姿勢を強いるため足つき性が悪化し、重心が高くなってしまいます。検討の結果、足つき性を確保するためにシート高は800mmに設定するとともに、シートからピボットブラケットをスリムに設計し、毎日の扱いやすさを考えてホイールベースは1480mmに、ハンドル切れ角は35度に設定しました。こうして軽快性と扱いやすさを実現するための諸元を定め、その諸元を実現するコンポーネントの配置や骨格を検討しました。
その結果、メインフレームのない前後分割形態にたどり着きました。ICE車は一般的にフレームによってエンジンやトランスミッション、後輪を支えるスイングアームを支える構造となっています。この構造を踏襲して前後にフレームを通そうとすると、130km以上の航続距離を担保するのに必要なバッテリーパックの横にフレームが通ることになり、スリムにできなくなってしまいます。また、完成車質量の目標を達成する観点からも好ましくありません。
そこでWN7では前後分割形態とすることによってスリムなパッケージングと完成車質量の課題をブレイクスルーしました。車体中央部に、側面視した際に逆L字型となるバッテリーパックを配置し、フロント側にヘッドパイプホルダー、リアにピボットブラケットを締結する骨格を採用。これにより、スリムなパッケージングと軽快なハンドリングを実現するための完成車質量の目標達成に貢献しています。
ヘッドパイプホルダー〜バッテリーパック〜ピボットブラケットの前後分割形態を採用した場合の課題は、狙いとする操縦性の実現と、寸法バラつきをいかに抑えるかでした。コンベンショナルなフレーム構造の場合は、長い寸法を生かしてたわませることで乗り味を作り込むことができました。ところが、前後分割形態の場合はほぼ剛体のバッテリーパックを挟み、短いヘッドパイプホルダーとピボットブラケットで乗り味を作り込まなければなりません。
上面視した際に逆Y字となるアルミ合金製ヘッドパイプホルダーのロア側は、左右のアームを長くし、しなやかにたわむよう形状を設定しました。直線的な形状にするとしなりにくく、突っ張ったフィーリングが出やすいので、あえて力を迂回させるイメージです。一方、アッパー側のアームには高張力鋼板を採用。あえてカーブさせた形状としてバッテリーパックを挟むことで荷重伝達ロスを意図的に設け、たわみやしなりによる乗り味を作り込みました。
ピボットブラケットはアルミ合金製とし、締結スパンをライディングポジションや足つき性と両立が図れる限り広くとることで、剛性を効率良く確保しながら、良好なしなりを得られる形状を設定しました。側面視した際にL字型となるピボットブラケットをバッテリーパックと締結すると、逆L字のバッテリーパックとの間に空間ができ、そこにモーターとギアケースというアルミ合金でできた剛体が収まります。このモーター&ギアケースをピボットブラケットと締結し一体とすることで、ICE車のピボット・アッパー/ロアクロスと同様の効果を狙いました。
前後分割形態を設計するにあたっては、長年のICE車の開発で培ってきた、骨格をどう動かしたいのか、動かすためにはどうすればいいのかといったノウハウや技術をベースに、更に思想を進化させることで不利な条件を跳ね返し、狙いとする操縦性を実現しました。
骨格を構成する部材の寸法がバラつくとキャスター角がずれてしまうなど、性能諸元が担保できなくなってしまいます。そのため、寸法バラつきを抑えることは重要です。しかしWN7は前後分割形態を選択した以上、従来と同じ製法では同等の寸法バラつき範囲に抑えるのは難しいので、ヘッドパイプホルダーとピボットブラケットの製作では歪みの原因となる溶接を採用せず、機械加工によって寸法精度を確保しました。また、位置決めピンの採用や図面寸法の基準位置、バッテリーパックとの締結順序に意思入れを行うことによって、狙った性能がユーザーの手元で発揮される状態を作り込んでいます。
静粛性とユーザビリティを求めて
WN7は従来のチェーンドライブシステムに対してベルトドライブシステムを採用しました。ベルトドライブシステムは、従来のチェーンドライブシステムに対する大幅な静粛性を実現しており、「風になり、自然の音を聴き、地球を感じよう。」のグランドコンセプトを支える技術のひとつです。
ベルトドライブシステムはメンテナンス性の面でも電動モーターサイクルに適していると考えられます。チェーンドライブシステムでは、チェーンの構造上、使用することで生じる構成部品の摩耗による伸びが生じるために、定期的な調整が必要であるのに対し、カーボンの芯線を中心にゴムの歯形を一体成型したベルトは基本的には伸びが生じないため、チェーンのような定期的な調整は不要です。
チェーンドライブシステムの場合は金属部品が擦れあう構造上、潤滑のために定期的なオイルの塗布が必要になりますが、ベルトは金属が擦れ合う箇所がないため、 オイル塗布は不要です。
このようにチェーンドライブシステムのようにオイルが飛んだり、服に付着したりするなどの心配が要らずクリーンなのも、ベルトドライブシステムの特徴です。
張力の異常(緩み、張り過ぎ)や異物の噛み込み、外傷による破損がないかの確認のため、定期的なベルトの点検は必要となりますが、チェーンと異なり定期的なオイル塗布や遊びの調整は不要であるため、ランニングコストが抑えられるのがベルトドライブシステムのメリットと言えます。
ベルトドライブシステムを採用し、ドライブシステムの主材料を金属からゴムへ置き換えたことにより、軽量化にも貢献しています。
一方でベルトは、プーリーとの間に石等の異物噛み込みにより破損する恐れがあります。そのため、異物の侵入を防ぐベルトカバーを設定しています。
静粛性の向上はベルト以外の部分も寄与しています。ICE車の動力伝達機構にはスパーギア(平歯車)を使う例が多いが、伝達効率に優れる半面、噛合い時の ノイズが大きいため、WN7では静粛性を重視しヘリカルギア(はす歯歯車)を採用しました。このように、WN7はドライブシステム全体で静粛性を向上させています。
低重心化を図るため、低い位置に搭載するWN7の水冷モーターの軸は車両右側に出ています。そこから3つのギアを介して上方に駆動力は伝わり、シャフトで左側に戻って左側に設置されるベルトドライブシステムに伝わる構造です。コンポーネントを左側に集中的に配置すると重量バランスが不均衡になるため、重量物である3連ギアを右側配置とし、バランスをとりました。
快適な走行をサポートする機能
減速度セレクター
メインフレームのない前後分割形態とドライブベルトシステムに並ぶWN7の特徴が、減速度セレクターです。WN7ではモーターが本来持つ回生量を自由に制御できる特性を生かし、ICE車でニュートラル相当のレベル0から強回生のレベル3まで4段階の回生レベルを設定しています。
ECONのデフォルトはレベル3、RAINのデフォルトはレベル1、STANDARDとSPORTはレベル2といった具合に、ライディングモードごとにデフォルトのレベルを設定しています。ワインディングロードでは回生レベルを上げることにより、スロットルの開け閉めのみによる加速・減速のコントロールが容易になり、より没入感の高い体験が得られるようになります。また、高速道路をクルージングするシーンでは、回生レベルを下げることでスロットル調整の頻度が減り、疲労軽減に寄与します。このように、シチュエーションや好みに応じた使い方が可能です。
操作はシンプルに、左側ハンドルのスイッチボックスに設置された+(プラス)と−(マイナス)のスイッチを走行中に押すだけです。プラス側のスイッチを操作すると減速度が低くなり、マイナス側を操作すると減速度が高くなります。メーターに表示される矢印の数でレベルを確認できます。
ウォーキングスピードモード
WN7は狭い場所での移動をサポートするウォーキングスピードモードを備えます。停車中にプラススイッチを長押しすると微速前進モード、マイナススイッチを長押しすると微速後退モードになり、駐車や出庫する際に、車両から下りることなくまたがったまま操作できます。スロットル開度で最速5km/hまでの速度調整ができるため、微調整がしやすいのが特徴です。
セレクタブルスピードリミットアシスト
セレクタブルスピードリミットアシストは任意の車速にリミッターを設定できる機能です。リミッターは20km/h以上1km/h刻みで3つまで設定が可能です。欧州では街に入った途端30km/h制限になり、街を抜けると80km/h制限になる状況が多々あり、取り締まりも厳しく行われていることが知られています。
30km/hゾーンに入るタイミングでセレクタブルスピードリミットアシストを作動させると、WN7はすみやかに30km/hまで減速します。ゾーンを抜けたところでスイッチ操作し、高い車速設定を選択すると設定した車速に復帰します。セレクタブルスピードリミットアシストを利用することで、速度制限を気にせず快適に走ることができます。追い越ししたいシーンなどでスピードリミットスイッチを長押しすると、設定した車速を超えて走ることが可能です。
WN7は軽快性と毎日の扱いやすさを際立たせるため、Hondaの75年以上にわたる二輪車開発の経験や知見が注ぎ込まれた、新しい電動モーターサイクルです。ICE車とは異なるスムーズな乗り味に加え、操る楽しさと走る喜びを高次元で実現することを目指し、多くの考え抜かれた技術を投入しています。




