若きエンジニアたちの情熱が作り上げたまったく新しい、Honda流アドベンチャーモデル
「True Adventure」をキャッチフレーズに登場する新世代のHonda伝統のビッグオフローダー、アフリカツイン。
まったく新しく、ゼロからビッグオフローダーのパッケージを追求し
いつもの道より、一歩先へ一一というアドベンチャースピリットを具現化したのは「Hondaらしいビッグオフロードモデルを作りたい」というオフロードを愛する開発エンジニアたちの夢と情熱だった。
アフリカツイン・ヒストリー
Hondaが1988年に発売した初代アフリカツインはアドベンチャー・カテゴリー」を創出したと言える大型ツーリングバイクだ。
当時は、世界的にオンロードスーパースポーツモデルの人気が高まっていた時代で、アフリカツインはある意味、その対極にあるモデルと言える。
アフリカツインのルーツは、世界一過酷といわれる「パリ・ダカールラリー」(現在のダカールラリー)に出場し、86年から3年連続優勝を果たした、HondaNXR750にある。アフリカツインは、そのHondaワークス・ラリーマシンで得た技術をフィーバックして開発、誕生したモデルである。つまり、オフロードレーサーのレプリカモデル、すなわち当時人気のあった「レーサーレプリカ」の一種であるとも言える。
1980年代後半の大型モデルといえば、市場は世界的にレーサーレプリカと呼ばれるスーパースポーツモデルが人気で、オフロードスタイルのツーリングモデルとしてのアフリカツインは異色であった。また、オフロードモデルは中型排気量モデルが中心で、大排気量モデルは稀な状況だった。つまり、アフリカツインは当時としては極めて異色な存在だったのだ。
そのアフリカツインは、オフロードスタイルでありながら、ビッグタンク、デュアルヘッドライト、そして大型フェアリングの新しいスタイリングでデビューした。
エンジンはHonda独自の位相クランクを採用した水冷4ストロークV型2気筒エンジンで、52度のVバンク角と、吸排気効率に優れた1気筒当たり3バルブ、燃焼効率を向上させるツインプラグ方式を採用。当時のオンロードモデルとしても信頼性の高いパワーユニットを使用したツーリングモデルだった。
フレームには、軽量・高剛性な角型断面ダブルクレードルフレームを採用し、容量24Lの大型フューエルタンク、そのビッグタンクと一体デザインの大型フェアリングを採用。オフロードモデルのスタイリングでありながら大型フェアリングを搭載することこそが、パリ・ダカールラリー出場マシンをイメージさせる「パリダカマシンレプリカ」であった。
デュアルヘッドライトやアルミアンダーガード、さらにナックルガードやフロントフォークボトムケースカバー、バックスキン風表皮の大型シートなども標準装備することで、それまでになかった「ラリーバイクレプリカ」というジャンルを誕生させた。
90年には、排気量を647ccから742ccに拡大。ハイスクリーンやヘッドライトの大光量化、バッテリー容量も大型化することで、さらに本格的なアドベンチャーモデルとしての魅力もアップ。92年にはツイントリップや減算距離表示機能を持ち、ストップウォッチ機能も持つ多機能式デジタルトリップメーターを採用した。93年にはフルモデルチェンジを施してさらに完成度をアップし、2000年に生産を終了するまで、世界のオートバイ史に残る本格アドベンチャーモデルとしての人気を誇ることになった。
アフリカツイン・新世代へ
アフリカツインの、新たなる誕生
Hondaが誇る名車、そしてアドベンチャー・ツアラーというカテゴリーを創出したアフリカツインが帰ってくる。先代モデルの生産終了から15年、世界中のアフリカツインファンからのラブコールがついに実った。
このNewアフリカツインは、新しいビッグオフローダー、アドベンチャーツアラーをずっと作りたかった、という若いエンジニアの熱が徐々に広がり、その情熱が結実したモデルだ。
彼らが作りたかった新しいアフリカツインとは、先代のコンセプトを維持しながら、25年の技術進歩を上乗せしたもの。フルカウルの大排気量ツーリングモデルで、オフロードへも気軽に踏み入って行ける――このコンセプトを、今の時代に再び形にしたのだ。
その彼らの情熱をベテランの開発者たちが仕上げた、そんなモデルである。ビギナーからベテラン、さらにツーリングファンからオフロードファンまで、幅広い層を対象として仕上がったモデルがNewアフリカツインなのだ。
エンジンは、水冷SOHC4バルブ(ユニカムバルブトレイン)の並列2気筒を採用。アフリカツインといえばV型2気筒のイメージだが、V型としなかったのは、より軽量コンパクトな車体に合ったエンジン形式を選択したからだ。並列レイアウトの場合、V型よりもエンジン前後長を短縮することが可能で、車体全長やホイールベースを短縮することも可能となる。またV型に比べ、マスの集中化、シートまわりのスリムさを実現できるというメリットもある。
出力は、ロングツーリングからオフロード走行に必要十分な70kW。これは、軽量コンパクトでコントロールしやすい車体設計にもつながった。さらに、低回転からのトラクションの良さ、アクセルレスポンスの良さを狙って270度位相クランクを採用することで、不等間隔爆発ならではのパルス感にとんだエンジンフィーリングも実現している。
さらに、標準装備しているHondaセレクタブルトルクコントロールシステムは、後輪のスピンを検出するとトルクコントロールを実施し、走行時の姿勢を適切に保ってくれる電子制御システムだ。スポーツ走行時には制御をOFFにすることも可能で、これはオフロード走行も重視しているアフリカツインの象徴とも言える。さらに切り替え式ABSも採用し、リアタイヤのみABS機能をOFFとすることが可能で、これもオフロード走行での車体挙動自由度を高める装備といえる。つまり、Newアフリカツインはオフロードでの走行性をきわめて重視しているモデルだ。
そして最大の注目は、Honda独自のDCT(=デュアル・クラッチ・トランスミッション)(Dual Clutch Transmission)搭載車をタイプ設定したこと。これまでは、ロングツーリングでの快適さやイージーさを狙っていたDCTだが、Newアフリカツインでは、高速ツーリングでの使用はもちろん、オフロードでの使用も考慮に入れて採用している。
そのため、オフロードを走行する際などで、一瞬のトルクが欲しいときのために、クラッチ容量をエンジントルクに追従させる「Gスイッチ」を追加。低回転から穏やかにクラッチをつなぎたいときにはスイッチOFFにすることも可能で、走行状況に合わせたパワーフィーリングを得られるのだ。また、登/降坂検出機能も追加し、登坂や降坂で適切な変速制御を行うことができる。
車両重量は、従来のアフリカツインと同等としながらもさらにマスの集中化を図ることにより、大排気量ツーリングモデルでありながら、オフロードにも踏み入ることが可能な運動性とコントロール性を持たせている。
スタイリングは、ボリューム感がありながらも、スリム感と軽量感を重視。オフロード走行での不意の転倒でも、車体のダメージを最小限に抑える、凹凸のないボディーパネルデザインとしている。
若手開発陣は、新時代のアドベンチャー・ツアラーの姿を熟考し、タンデム走行時や、荷物満載状態でも、オフロードを見つけたら、つい踏み入って行きたくなるようなオートバイに仕上げた。
アドベンチャー=冒険というのは、なにも未開の地や砂漠を走ることだけではない。いつもは入って行かないような脇道についつい逸れてしまう――そんな気持ちを実感できるモデル、それが新しいアフリカツイン。
新しい時代のアドベンチャー・ツアラーの姿がここにある。
アフリカツイン・テクニカルポイント
ビッグツーリングバイクがオフロードランに本気で踏み込んだ
Newアフリカツインを知れば知るほど、ふたつの「異例」さを持つモデルであることがわかる。
ひとつは、大排気量ツーリングバイクなのにオフロード性能を持たせたことと、そして、オフロードバイクなのに大排気量なことだ。
通常、オフロードバイクのコントロール性の良さは、大排気量モデルになればなるほど難しいはずだ。そして、快適なツーリングバイクはある程度の排気量と重量が必要なこともある。
アフリカツインは、そこを本気で作り込んだモデルなのだ。
エンジンは、誰もが「アフリカツイン」といえば思い出すVツインエンジンではなく、並列ツイン方式を採用。これは、オフロードでのコントロール性とハンドリングのよさを出すために、ライダーとフロントホイールを近づける必要があり、そのためにエンジン前後長がVツインよりも短い並列ツインとしたものだ。
また並列ツインとしたことで、エンジンのマス重心もVツインより前方となることから、それがフロント荷重につながるというメリットも生まれている。
一方、オフロードでは自由にライポジが変更できる事が必要なので乗車位置まわりのタンクエンドやシートレール周りをすっきりさせる必要がある。Vツインエンジンならばライダーの太もも内側に後方シリンダーが配置されてしまうが、並列ツインアならばその位置を補機類のスペースにできる(ここには重量物のバッテリーを配置して更なるマスの集中ができる)メリットがあり並列ツインが必然だった。そのために、「アフリカツインといえば」というイメージにとらわれないエンジン形式を優先したといえる。
さらに、初期アフリカツインから25年の歳月が流れたことで、その間の技術の進化も盛り込んだ。標準装備のHondaセレクタブルトルクコントロール)はもちろん、タイプ設定しているABS、さらにDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)も、大排気量ツーリングバイクにオフロード性能を持たせるために有効な技術の進化だった。
アフリカツインは、新しい扉の向こうを見せてくれるのだろう。
パッケージ
Newアフリカツインは、従来のアフリカツインと比較して、車体サイズ・重量はほぼ同等のまま、出力は1.5倍としている。これは、HondaのVFR1200Xと比較して車両重量では43kg、VFR800Xと比較しても13kg軽量に仕上がっている。さらに出力は、CB1300シリーズの74kWと同等の70kWとし、低速域からハイパワー&トルクを味わうことができ、コントロール性がいいモデルとしていることを意味している。
さらにロングツーリングで効果を発揮するLEDヘッドライトや多機能メーター、アジャスタブル前後サスペンションなど、ダカール参戦モデル「CRF450RALLY」にも搭載されている技術を採用。モード切り替えが可能なABSシステムやDCT搭載車をタイプ設定するなど、新時代のアフリカツインとして相応しい装備としている。
エンジン
完全新設計の並列2気筒エンジンを採用。市販モトクロッサーCRF450RやCRF250Rでも使用されているSOHC4バルブ(ユニカムバルブトレイン)を採用し、そのコンパクトなエンジン回りのボリュームは1000ccという大排気量を感じさせない仕上がりとしている。
出力特性は、レスポンスがよく、トラクションがかかりやすい270度位相クランクシャフトを採用。パルス感にあふれ、アクセルとリアタイヤが直結したかのようなコントロール性の良さとしている。またツーリングモデルらしく、どの回転域からもついてくるトルクを発揮し、振動を低減するため、2軸バランサーも内蔵している。
ハンドリング
大排気量ツーリングモデルでありながら、総重量を232kg(スタンダードタイプは228kg)に抑えたことで、オフロードでのコントロール性のいい車体構成に仕上げている。また、前後のオーバーハングを最小に抑え、車体重心の周辺にバッテリーなどの重量部品を集中的にレイアウトすることで、俊敏なハンドリングを実現している。さらにエンジンのコンパクト化により、最低地上高も250mmを確保。オフロードでの走破性も高めている。
取り回し性
ハンドル切れ角を43度としたことにより、アドベンチャークラスのトップレベルの最小回転半径2.6mを確保。これは走行時だけではなく、駐車時や移動時といった取り回し性の良さにもつなげている。
シートは、取り付け位置を変更することで、シート高を870mmと850mmに2段階に調整可能。さらに、オプションでローシートとハイシートを設定し、スタンダードに対し、ローシートでは30mmの低シート化を、ハイシートでは30mmの高シート化とすることを可能としている。これにより、シート高はハイシートで最大900mm、ローシートで最少820mmとすることができ、様々なライダーの体格に合わせたアジャストができるようになっている。
ボディーワーク
Newアフリカツインは、突起物を排除したボディーワークやエンジンとすることで、アドベンチャーモデルらしく、タフで、ダメージを最小限とする構成としている。これは、オフロード走行などでの不意の軽転倒時において、損傷を最小限に抑えるためだ。
さらにエンジン下にはアルミ製スキッドガードも標準装備した仕様もあり、ボディーパネルも部品点数を最小限とすることで、徹底した機能美を追求しながら、ミニマムダメージな車体構成としている。
Hondaセレクタブルトルクコントロールシステム
前後輪のスリップ率を検出して、エンジン発生トルクをコントロールする「Hondaセレクタブルトルクコントロールシステム」を搭載。これは、滑りやすい路面などで、リアタイヤがスリップすると、その瞬間に制御が働き、燃料噴射をコントロールすることでエンジン発生トルクを抑え、リアタイヤのスリップを抑制するシステムだ。
トルクのコントロール量は3段階に選択でき、制御をオフにするのも可能だ。
ABSをタイプ設定
タイプ設定したABS仕様車には、モード切り替え可能なABSシステムを採用。アダプティブ・リアABS・キャンセリングと呼ばれるこのシステムは、オフロード走行などで前後ブレーキの使い分けが必要と判断した場合にABSをOFFとすると、リアブレーキのABSを解除し、ライダーの操作だけでコントロールできるようにするシステムだ。
DCT搭載車をタイプ設定
Hondaの二輪車における独自技術である、DCT(=デュアル・クラッチ・トランスミッション)搭載車を、オフロードモデルとして初めてタイプ設定。このDCTは快適なクルージングと、好燃費走行が可能な「Dモード」、スポーティな変速パターンとなる「Sモード」(3段階に調節可能)というふたつのオートマチック変速モードと「マニュアルモード」を備えている。
さらにアフリカツインでは、新たに「Gスイッチ」を追加したことで、低回転時のクラッチのつながりやパワーの立ち上がりをシーンによってコントロールし、オフロードではツキのいいパワーの立ち上がりを実現。スイッチをOFFとすると、パワーのツキを穏やかとして、車体の挙動に安定感をもたらすことができる。
オフロード走行を想定したアフリカツインのDCTは、オフロード走行や車体コントロールに集中したい瞬間に、シフトワークを意識せず走行することができ、新しいオフロードの走行フィーリングを感じることを可能としている。
アフリカツイン・開発ストーリー
若い情熱で突き進んだ理想のアフリカツイン
私にできるのは「冒険の扉」を示すことだ。
扉の向こうには、たくさんの危険がある。
扉を開くのは君だ。
望むなら、連れて行こう。
――ティエリー・サビーヌ(Thierry Sabine)
若きエンジニアが見た冒険という名の夢
パリ・ダカールラリーの創始者であるサビーヌが提唱した「冒険」。その言葉には様々な意味があるが、オートバイはいつも、この「冒険」という言葉のすぐそばにある。
「冒険、好きですよ。男の子ならみんなそうじゃないですか。ただし、私の言う冒険というのは、なにも地の果てまで行ってみたいとか、前人未到の地に降り立つとか、そういうものだけではありません。いつも走っている道の、すぐ横にある脇道の林道に踏み入ってみるとか、段差のある道路をポンとバイクで乗り越えてみたいとか、そんなことも冒険だと思うんです」
そう言うのは、アフリカツインの車体設計を担当した、Honda二輪R&Dセンターの山倉 裕(やまくら ゆたか)。オートバイで走るシーン、特にオフロードでのそれを想像してか、とびきりの笑顔で言葉が弾む。
実は、この山倉こそがNewアフリカツイン開発のキーマンであり、開発初期、コンセプトメークや先々行モデルから、Newアフリカツインの方向を決定づけた人物だ。
山倉は高校時代、まさにサビーヌの言う「冒険」に魅せられていた。
「パリ-ダカールラリーは、私が中学生のころにTV放映が開始され、面白くなってよく見るようになったんです。TVでは『クルマのパリダカ』がよく放映されていたんですが、私はむしろ、バイクばかりを見ていたんです」
それが「モト部門」、つまりオートバイによるパリダカだった。
「うわ、こんなところをバイクで走るのか!という驚きが最初でした。そのうちバイク自体にも興味を持ち始めて、NXRというマシンの存在も知りました。それがHondaのパリダカ専用ワークスマシンだったんです。当然のようにビッグオフロードバイクが好きになり、大学の頃にアフリカツインを購入して、走り回りました。Hondaを志望したのも、それが理由でした」
――新しいアフリカツインを作りたい。
山倉がHondaに入社したころ、まだアフリカツインはHondaのラインアップに存在していた。山倉はアフリカツインを作りたい、開発を担当したいという思いを胸に、新しいビッグオンオフモデルを作ることを社内で言い続けていた。
しかし、山倉が入社して数年、アフリカツインは生産を終了。
「アフリカツインの生産が終了したことで、Hondaのオフ性能を重視した大排気量オンオフモデルはなくなってしまったんです。それからは、新しいアフリカツインを開発しよう、ともっともっと声を大にして言って回りました」
これが功を奏し、新しいオンオフモデル開発のスタートと同時に、山倉がメンバーのひとりとして指名された。山倉に、とうとうチャンスがやってきたのだ。
アフリカツインでエンデューロ
情熱の輪が広がり始める
「私はレースがやりたくてHondaに入社しました。本当はF1をやりたかった。オートバイは学生時代に乗っていましたけど、こだわりが強い方ではありませんでした。入社後、二輪配属となった後は、やっぱりレースがやりたいからHRC(Honda・レーシング)行きを希望して、それはかなえてもらえました。それからは、様々なカテゴリーのエンジン開発を担当しました」
そう言うのは、エンジン設計を担当したHonda二輪R&Dセンターの飯田晃祥(いいだ あきひろ)。山倉がニコニコとテンションを上げて話す横で、兄のように、静かな笑みをふくませる。
その飯田は、入社後に初めて担当した空冷単気筒エンジンを始めとして、HRCで4ストロークのトライアルマシンのエンジン、さらには鈴鹿8耐マシンやMotoGPマシンのエンジン設計も担当した。その飯田が新しいアフリカツインの開発チームに加わることになる。
「なぜNewアフリカツインのチームに呼ばれたのかは謎です。チームに合流した時、アフリカツイン……あぁ、大型オフロードモデルか、という程度の知識しかありませんでした」(飯田)
その理由を、山倉が明かす。
「軽い小さなエンジンをゼロから設計可能な、エンジン設計のスペシャリストが欲しかった」
車体設計を担当する山倉が、エンジン設計として飯田を呼び寄せる。他にも、完成車・強度・操縦安定性の担当などの研究メンバーを中心とした社内のBigオフロード愛好家を集め、まずはアフリカツインとはどういうものか、Newアフリカツインとはどうあるべきかを議論することからスタートした。
次に山倉は、個人所有のアフリカツインで、開発メンバーとHondaの社内エンデューロ大会に出場。XR100やCRF250R、XR250といった小排気量モデルが出場する中、大型のアフリカツインで立派に完走を果たし、乗りやすさやコントロール性の良さを実証してみせた。
「“こういうバイクなんですよ、いいでしょう!” 当時集めた開発メンバーに理解してもらえたと思います。“これを現在の技術でやりましょう!
今なら、既存コンポーネントにとらわれず、ゼロから新しいアフリカツインを作れますよ”、とメンバーに説明しました」(山倉)
山倉の熱が、だんだんまわりのスタッフを巻き込みはじめた。
スリムで軽量、しかしボリューム感のあるビッグオフローダー
ニューモデル開発の第一歩は、大まかなシルエットを決定することからスタートした。どういうバイクを目指すのか? コンセプトはどうなのか? 求められる諸元やその理由を検討し、徐々に形にしていったのだ。
「従来のアフリカツインは、開発当初のコンセプトがとても良いのです。大排気量のオンオフモデルで、長距離走行が快適。さらに、山道やダートも走行可能な大型ツーリングバイク、がコンセプトです。そこに25年分の技術を上乗せして、現代版のアフリカツインにしたい、と思いました。もちろん、私がアフリカツインオーナーということもあって、オーナー目線で、こうしたいな、このポイントは引き継ぎたいな、こうなればいいな、というところは盛り込みました。開発用にアフリカツインを中古車で買ってきて、メンバーで乗って、共通意識を高めました」(山倉)
そうするうちに、面白い現象も起こった。開発メンバーが次々とアフリカツインを購入し、実に7台ものアフリカツインが集まったのだ。
「山倉が言うから、アフリカツインを購入しました。Newアフリカツインを担当することになって、まずはアフリカツインの良さを知ろう、と考えたのです。アフリカツインの良さをきちんと知って、それを開発に落とし込んでいこうと思いました」
そう言うのは、デザインを担当したHonda二輪R&Dセンターの小松昭浩(こまつ あきひろ)だ。山倉や飯田よりもひと回りは年齢が上で、理詰めの秀才、なにもかも見透かしたような経験豊富な鋭い目が、黒縁眼鏡の奥で笑っている。
小松はアフリカツインのデザインを担当するにあたって、まずは多くのデザイナーの考えるアフリカツインを知ることからスタートした。
「日本、アメリカ、ヨーロッパのデザイナーに聞いて、まずは自分の考えるアフリカツインを描いてもらって、というデザインコンペをやったんです。どんな方向で、どんなスタイリングで、どんなボリュームか、デザイナーの数だけ、たくさんオリジナルのアイディアがありました。それでも、みんな面白いことに、スリムで軽量、それでもボリュームある大排気量オンオフモデルという方向が多かった。そこを生かしながら、徐々にスタイリングも固めていきました」(小松)
小松は、山倉や飯田の語る夢、アフリカツインへの熱い思いを見ていた。開発は初期段階から徐々に進み始め、実態が固まりゆく段階。それでも、若き技術者たちは、時に現実離れするような夢を語りながら、開発を進めている。
「この夢を邪魔してはいけないと思いました。普通、車体やエンジン設計とデザイン部門というのは、理想のぶつかり合いがあるものなんですが、今回はそういったデザイナーの意見はなるべく封印して、設計の思いをかなえたい、と自然に思いました。アフリカツインは彼らの夢で、そして熱さで突っ走っていくモデルだ、と思いました」(小松)
それは実は、飯田も同じだった。
「山倉の熱や夢に、まわりがどんどん巻き込まれていきました。僕はエンジン設計者として、僕のエゴを出してはいけないな、と思いました。まず山倉や皆が考えるNewアフリカツイン像があって、こういうオートバイにしたい、という思いが共通認識としてできてくる。その結果、その完成車に合ったエンジンを設計しよう、と思いました」(飯田)
本来ならば、新エンジンを設計するとき、エンジニアは後々のためにフレキシビリティを持たせようと考えるものだ。特にビッグオンオフモデルともなれば、既存のエンジンを流用したり、のちにオンロードモデルにも転用できそうな構造や基本設計を考えることもある。
けれど、Newアフリカツインではその考えをきっぱり捨てて開発した。
このエンジンはNewアフリカツイン専用設計――そうでないと、せっかくの熱い夢が薄まってしまう。
「順番としては、まず小松のデザインが完成して、エンジンのスペースが見えてきます。こういうシルエットのオートバイなんだ、ではこういうエンジン構成や、ベースとしてこういうスペックを持たせよう、と形になり始めました。完成車の目標・コンセプトに合致するのであれば、エンジンは空冷でも水冷でも、単気筒でもV4でもよかった。アフリカツインということで、Vツインも当然、視野に入れていましたが、そんな過去にとらわれないエンジン選定でもいいのではないか、という方向に決まり始めました」(飯田)
アフリカツインといえば、Hondaのオンオフモデルの代名詞だ。伝統的に、パリ-ダカールラリーマシンをイメージさせるもので、大きくボリュームがある、カウル付きのオートバイ。エンジンはVツインを採用してきた。
しかし、Newアフリカツインに必要なものを考えていく中で、全体のパッケージの中で、エンジンが求められ、許される形、大きさ、そして重さ、必要なスペックを考えると、いちばんいいNewアフリカツインのエンジンが見えてくる。
それはVツインではなく、並列2気筒だった。
ツーリング性能だけではなくオフロード性能との両立
エンジン型式の選定は、搭載するモデルの性格や、それに合った出力特性に合わせて進めていくものだ。車体設計のスペースを考え、大きさ、重さ、もちろん商品性も問題になる。
「欲しかったエンジンは、とにかく軽量なユニットでした。コンパクトでスリムなのはもちろん、こういったモデルはフロントタイヤの接地感が必要なので、フロントタイヤは1mmでもライダーに近づけたい。そして、ライダーのシートまわりもスッキリさせたかったので、エンジン前後長の短い並列2気筒を選択しました」(山倉)
排気量は、必要な出力を持たせて、軽量コンパクトに仕上げられるバランスのいいところを選定して1000ccとした。誰にでも扱いやすい出力や車体の大きさや重さというのも、新しいアフリカツインに求められた条件だったのだ。
「エンジンとしては、1000ccなら100ps(≒74kW)を出すことも可能です。しかし、それはアフリカツインではなくなってしまいます。1000ccの並列2気筒がベストバランスだ、と。コントロール性も考えて低回転のトルクを出して、高回転のパワーは削って、チューニングを重ねて70kWに落ち着きました」(山倉)
先代のアフリカツインは、大きさや重さ、パワーフィーリングにおいて、あの時代に最適な形式としてVツインエンジンを採用していた。しかし現在は、最新の技術で、軽量コンパクトで、コントローラブルでライディングファンなパワーフィーリングを1000ccの並列2気筒でも出すことができるというわけだ。
「Vツインは、特にVバンクの後方シリンダーの位置取りが難しいのです。あの位置に後バンクのシリンダーがあると、ライダーの足つき性を阻害してしまう。軸配置を何十回、何百回とやり直して基本のエンジン設計を練り上げました」(飯田)
しかし、問題も発生した。エンジンが形作られていく過程、それもほぼ決定しかけて試作エンジンを作ろうという段階で、デザインチームから修正依頼が入ったのだ。
「車体やエンジン設計には口を出さないつもりでいたのですが、1か所だけ、どうしてもイメージが合わないところがありました。それは、エンジン形状だったのですが、最初のシルエットだと、どうしても車体全体のすっきり感が出なかった。ほとんど決まりかけていた構成をたった1か所だけとはいえやり直してもらうことは、残りのすべてもやり直さなければならない。心苦しかったけれど、新しいアフリカツインを目指すんだろう! そこは妥協してはいけない、と説得しました」(小松)
エンジンの出力特性は、アフリカツインの性格上、ツーリング性能はもちろん、オフロード性能も持たせ、このふたつを高次元でバランスさせなければならない。ツーリング性能とは、ロングツーリングでも快適なパワーフィーリングであり、オフロード性能とは、未舗装路で感じられるトラクション性能、パルス感を持たせること。
「そこは、ライバルを従来のアフリカツインとして、あのトラクション性能や、低回転からのトルク特性、それに回転を上げた時のパルス感を持たせたいと考えました。そこで出てきたのが270度位相クラクシャフトでした。この不等間隔爆発だと、トラクション性能やパルス感が出せ、2次振動も打ち消すことができる。1次振動を低減するためのバランサーだけ積めば行けると思いました」(飯田)
その新世代エンジンを搭載する車体は、ごくオーソドックスに構成が決められていった。決して奇をてらうことなく、これまで評価の高かったアフリカツインの良さを消さないように、という考えだ。エンジンが新世代となったことで、車体まで新しくしてしまうと、アドベンチャーツーリングモデルに求められる信頼性や耐久性を担保することができないのだ。
「従来のアフリカツインの車体構成は参考にしました。コンセプトはキープするわけだから、コントロール性や取り回しなど、アフリカツインで評価されていたところを守らなくてはならない。大きさは同等で出力は1.5倍、車両重量は1gでも軽く、見た目は堂々としているものの、ライダーが乗るとおさまりが良い、そんな車体を目指しました。アフリカツインのタフさ、頼り甲斐、言うことを聞いてくれそうな性格は、このサイズで表現できていると思います」(山倉)
開発は、いよいよ実走テストに入ろうとしていた。テストメンバーも増え、より大きな規模で回り始める市販への段階へ進み始めたのだ。
オフロード性能を強化した大型ツーリングバイク
「私が初めて乗ったのはその頃です。プロトタイプで、まだ開発メンバーに入ってはおらず、いちど乗って意見ください、という感じでした。正直、なんだこれは、なにを作っているんだ?と思いました」
Hondaの二輪R&Dセンターにあって、RC30やNR750、CB1300シリーズやCB1100の開発を担当してきた工藤哲也(くどう てつや)が言う。歴代の名だたる名車を担当してきたと同時に、工藤は自らも250ccのオフロードバイクを愛するツーリング好きなバイク乗りだ。いきおい、意見も辛らつになる。
「彼らのチームが新しいアフリカツインを開発しているのは知っていました。しかし、プロトタイプに乗ってみると、聞いていた話とは違ったのです。まだまだツーリングバイクの域を脱していないというか、少なくとも、彼らが言うオフロード性能は感じられませんでした。『なにをやりたいんだ? 目指しているのはこういうオートバイではないだろう?』と。形はほとんどできていましたけれど、まだまだ彼らの考えている内容ではなかった」(工藤)
工藤は従来のアフリカツインや、アドベンチャークラスのライバルモデルにどんどん試乗し、ツーリングに出かけて行った。多い月には毎週末のように走り回っていたのだ。
やがて工藤も、正式に開発メンバーの一員としてチームに加わることになる。開発の最終段階、方向性や味付けをチェックする全体のまとめ役としてである。
「私はとにかく、オフロード性能を味付けていこうと考えました。まずはエンジンの味付けですが、もっとリアタイヤが路面をつかむような感覚が欲しい。そこをどんどん詰めていきました。フィーリングは250ccクラスが仮想ライバルです。ツーリング先で国道を走っていて、ふと脇道に未舗装路を発見したら入っていきたくなるような気軽さは、エンジンの味付けや、車体のコントロール性で出せる。従来のアフリカツインがそうでしたから」(工藤)
エンジンの味付け、車体の見直しやサスペンションのセッティングを重ねるうち、プロトタイプから進んでいくNewアフリカツインに、工藤は可能性を感じていた。
「最初に選定したエンジンとか車体のスペックが良いので、味付けでどんどん良くなっていきました。特にDCTは新しい魅力になるな、と思いました。私も今まで味わったことがないような走りができるんです」(工藤)
DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)はHondaが誇るオリジナルの技術だ。もちろん、ツーリング性能として快適に走るために搭載するという側面もあるが、オフロード性能を高めるうえでも有効なメカニズムとしてNewアフリカツインにタイプ設定したものだ。
「たとえばオフロードに踏み入って、思いのほか路面が荒れていたり、大きなギャップが連続するようなシーンでは、ローギアでバランスをとりながら、アクセルやクラッチワークも、シフト操作も、車体のコントロールもやらなければいけない瞬間がある。その時、DCTが効果を発揮します。すごくイージーに走行できるんです。特にごく低速でゆっくり進むような局面で有効ですね。その時にも、タイヤが泥をクッとつかむフィーリングが欲しくて、Gスイッチをセッティングしました」
※Gスイッチとは、DCTに新たに追加された、クラッチ容量をエンジントルクに追従させることができる機能で、オフロードの走行などで、一瞬でリアタイヤが 路面をつかむようなトルクを発揮させられる機能だ。スイッチを入れないでいると、低回転から穏やかにクラッチをつなぐような特性にも対応できる。
ようやく完成に向かって進んでいくNewアフリカツイン。
しかし、現実は待ってくれない。モデル開発のスタート時に定めた発表時期から逆算すると、もう時間が足りない。
「私が開発チームに加わったのがこの頃です。開発は進んでいる、しかし発売に向けて生産や様々なことをしなければならない、という段階ですね。
私も彼らがやっていることは知っていましたから、好きなこと、思いを形にして、現実を見据える役割です」
そう言うのは、プロジェクトリーダーの任を負う、飯塚 直(いいづか なおし)だ。飯塚は工藤と同期で、工藤と同じように、Hondaの歴代の名車を数々手掛けてきたベテラン。プロジェクトをきちんと軌道に乗せるのが、飯塚の役目だ。
「私たちが加わったころから、ほぼ休みなくやっていました」と工藤が言えば
「忙しかったのが、ずっと続きました」と飯塚が笑う。
そうして、開発は最終段階に差し掛かっていくのだ。
冒険するバイクなだけではない
冒険をしたくなるバイクである
「モデル開発は、たしかにモノを作る作業だけれど、これを工業製品として発売するためには、モノづくり以外の作業もやらなければなりません。Newアフリカツインは若いエンジニアたちの情熱で走り出したモデルですから、彼らの思いは尊重したいのですが、当然そのしわ寄せが時間との戦いという形で来るから、それを吸収してあげるのが私の役目かな、と思いました」(飯塚)
たとえばモデル開発が進んでいくと、その先には量産モデルとして発売するため、生産という工程が待っている。生産のためには材料も確保しなければならないし、生産性も考えながら、コスト計算もしなければならない。作りたいモデルを作りました、価格は知りません、では済まないのだ。
「開発チームの意見は最大限に尊重して、日程やコストを考えて、そこを曲げずにやりたいなら努力しろ、という姿勢で臨みました。しかし、内容を知れば知るほど、Newアフリカツインのワクワクが伝わってきましたね。私が入社してしばらくたったころ、先輩たちがアフリカツインの開発をやっていました。先輩たちが作ったアフリカツインの名に恥じないように、世界中が注目しているNewアフリカツインを作り上げたかったのです」(飯塚)
若いエンジニアたちの情熱で走り出したプロジェクトが、方向付けやまとめ役のサポートを得て、どんどん完成に近づいていく。その頃には、辛口の工藤も、ワクワクするような新しいアドベンチャーツアラーが出来上がっていった。
「私たちも好き勝手にやっていたわけではないんですが、工藤さん、飯塚さんに加わってもらった頃から、すごくNewアフリカツインが現実的になってきました。私たちが作りたかった基本は大きく換えないで、味付けでバイクのキャラクターが定まって、日程や生産も視野に入ってきました。最初は『私が作りたかった』新しいアフリカツインが、『私たちが作る』モデルに変わって行って、『みんなの意思が込められた』商品へと最初のイメージ以上に進化して行きました」(山倉)
「ひとりでも2人乗りでも、それにパニアケースをつけての荷物満載でも、高速道路をクルージングするところが仕上がりました。それが渋滞路でも快適に走れて、小さなスーパーの駐車場でもクルッとUターンできるような、コントロールしやすい車体、扱いやすいエンジン特性も持たせられた。オフロードでも、行き先でダートを見つけたらどんどん入って行けるようなオートバイに仕上がって行きました。これが彼らが作りたかったバイクだな、と思いましたね。そういえば、従来のアフリカツインもこんなモデルだった、と実感できました」(工藤)
オフロード性能を持たせたツーリングバイクがアドベンチャーというカテゴリーならば、飯塚が思うアドベンチャーは、より具体的だ。
「ダートを走らなくてもいいんです。期待感でワクワクするようなバイクに仕上げたかった。もちろんオフロードに踏み入っても、なんなく走破できるような実力も持っています。大事なのは、実際にオフロードを走ることじゃないと思います。オフロードを走ってみたい、って思わせて、走ってみたら平気だった、という体験を、ユーザーの方々にしてもらいたいと思います」(飯塚)
「冒険ですよね。でも、飯塚が言うように、冒険の定義なんて人それぞれ違うわけだから、冒険したいな、旅したいな、オフロードを走りたいな、と思ってもらえたら、僕らのNewアフリカツインは思った形にできたんじゃないか、と思います」(山倉)
「今まで行ったことがない場所に行ってみてほしいです。それはでも、いつも通っている道の、ほんの1本脇道だったりするかもしれない」(飯田)
「この開発にあわせて、バラデロからアフリカツインに乗り換えたんですが、次はNewアフリカツインに買い替えようと思います。まだ奥さんには値段言ってないんだけど、大丈夫かな」(小松)
「私も買うつもりでいます。いま乗っているのはCB1000Rで、これも思い入れがあるんですが、アフリカツインなら1台でどんな用途でもカバーできそうです」(工藤)
「私も欲しいんだけどね、足が届かないかな」と飯塚が言えば、
「大丈夫です、オプションでローシート設定しますから」と山倉が笑う。
かつてサビーヌは、「冒険の扉」を示してくれると言った。
今度はアフリカツインが、開いた「冒険の扉」の先に連れて行ってくれるだろう。
中村浩史1967年3月9日 長崎県生まれ
1988年からジャーナリスト活動を始める。2輪専門誌スタッフからフリーランスに転じ、2輪専門誌だけでなく、一般青年誌でも2輪&4輪ページを担当。インタビュー記事や試乗インプレッションを手掛け、同時にモータースポーツの取材活動も1996年からスタート。以来20年間、国内選手権や日本開催の世界選手権レースだけでなく、地方選手権や旧車レースを取材。自らもロードレース、ミニバイク、モトクロスに参加する。
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