PART 1 ― CB1100 EX / CB1100 RS用フランジレスタンク編

カッコいいタンク造りへの拘りと挑戦

 まずは2017年モデルとして登場したCB1100EX / CB1100RSに搭載された“フランジレスタンク”と呼ばれるタンクである。
 CB1100と言えば、空冷エンジンが生み出す独特の佇まいや、オーソドックスなフレーム形状、リアの2本ショックなど、ここ数年、バイク業界でキーワードになっているレトロモダンとHondaの歴史、そして“CB”という伝統を体現したモデルだ。
 2017年モデルで追加、変更されたこの2台が採用するタンクは、丸みを帯びながらも迫力があり、それでいてどこかノスタルジーな深い造形が話題だ。同時に、CB1100らしさも力強く主張するデザインだと僕は見ている。
 その燃料タンクの製法がフランジレス、と呼ばれるものだ。

 フランジレスとは──それを簡単に説明しよう。タンクを製造する時、タンクの底板と、外装として僕達が触れるタンク上部の結合方法を指す言葉だ。
通常、燃料タンクは、タンク上部を構成する左板・右板、そして底板の3つのパーツを溶接し一つのタンクの形に製造している。その上部と、底板を溶接する時、両者にフランジと呼ばれる糊代のような部分同士を溶接して接合するのだが、そのフランジがタンク外側に露出するのが通常の造り方だ。フランジレスのタンクでは、両者の合わせ面を内側で重ね溶接することで、外側にフランジが見えない形状としている。外側に露出するフランジをなくすことで、スタイルの個性を引き出しやすくなるのが特徴だ。

 文章で説明するとイメージしづらいかもしれないが、僕が先輩に教わった違いを教えよう。
 それは餃子と中華饅頭の違いだ。タネを皮に包み、閉じたときの形を想像して欲しい。フランジ付きのタンクは、餃子造りのように皮のヘリをつまんで結合するのに似ている。対してフランジレスタンクは、中華饅頭のように全体が丸い皮の中に餡が入っていて合わせ目が解らない、というもの。連想できただろうか。
 ならばなぜフランジレスタンクを造ることになったのか。そこから訊こう。

趣味性、質感をあげる計画

高島基彰──プレス成型担当

高島基彰──プレス成型担当
「数年前からタンクの魅力を追求しよう、と製作所内での動きがあり、テーマとして挙がったのがフランジレスタンク、チタンタンクでした。今回CB1100EX / RSのフランジレスタンクを造ったのですが、フランジレスタンクの場合、デザインを忠実に再現するため、これまでは金型数を増やす、工程を増やすなどの手法を取っていました。プレス成型で通常のフランジ付きタンクを造る場合、成型→切り取り→溶接、という手順になります。フランジレスタンクの場合、成型→切り取り→溶接部を折り曲げる工程→そして溶接となるため、必要な金型数、工程数が増加してしまい、技術的な難易度が上がることから、大量生産には向かない状況だったのです。しかし、フランジレスタンクのスタイルは味がある。それならば、既存の生産設備を活用し、技術を高めることで造れないか。それに挑戦しました」

益田竜司──プレス成型開発時のシミュレーション解析担当

益田竜司──プレス成型開発時のシミュレーション解析担当
「私の部署では、デザイナーが描いた形が、どうすれば効率良くプレス成型できるかをシミュレーションし、実際に金型を造る前にコンピューター上で検証しています。様々な手法を駆使することで、量産性に優れたフランジレスタンクをカタチにする──このテーマを達成するため、タンク造形のカーブや折り曲げて絞りこむ深さ、奥行きを最小限の金型で表現できるよう、金型とプレス機の成型性を上げることに取り組みました。単純に形ができる、できないだけではなく、タンク製造過程に欠かせない溶接工程など、その後の工程も考慮した形状を決める必要もあり、デザイナーと相談をしながら進めました。タンクの左、右、そして底の3枚を溶接するため、合わせた時に誤差1mm以下になる精度も求められます」

 魅力あるタンクを多くのライダーに提供するための戦いはこうして始まった。それはタンクを製造する工程全てに求められたようだ。

小坪義佳──溶接担当

小坪義佳──溶接担当
「溶接手法も、より綺麗なタンクとして仕上がるよう工夫をしています。これはフランジレスに限ったわけではありませんが、燃料タンクは薄い鉄板を使うので、溶接時に発生する熱が製品に歪みという形で影響を与えるので注意が必要です。CB1100のタンクを製作する時、タンク底板とタンク上部を構成する左板・右板のパーツの計3つを溶接して組み立てます。タンクの左板・右板のパーツを溶接する際、タンク中央でパーツ同士を重ねず、端面を付け合わせて溶接する手法をとります。その時、金属などの型に当て、熱を逃がしながら溶接する必要があります」

 プレス、溶接というタンク造りの部分の生産設備の準備を受け、CB1100EX / RSを設計、デザインをしたエンジニアは魅惑のタンク造りにどのように取り組んだのだろう。

山本章二──デザイン担当

山本章二──デザイン担当
「デザイナーから見たフランジレスタンクの魅力は、横から見たときなど、タンクの奥行き感を引き出しやすく、奥まで深く回り込むような形も表現しやすいところです。デザイナーとしてはこういう表現をしたかった。試作では最初、既存のCB1100のタンクをフランジレス化してみました。それだけで“ 見え方”が変わります。さらに趣きがありメリハリのある形を目指し、CBというイメージから離れないようデザインしたのが今回のタンクです。ロゴもCB750FourのようなイメージのHONDAの文字としています」

 横から見ると、タンク下側を取り巻く壁のようなフランジ。それがないフランジレスタンクは確かにツルンとした形状だ。思わず手でその丸みを確かめたくなる。造形の部分でも奥行きがある。そのタンクを搭載する上で、設計者にも苦労があったという。

西島智樹──設計担当

西島智樹──設計担当
「フランジ付きタンクの場合、糊代のような溶接部がタンク下側の縁に伸びます。フランジレスの場合、例えば底板と左板・右板を重ねる部分を設けることでフランジ付きタンク同様、溶接時の糊代としています。そのため、フランジ付きに対し、タンクになったとき、溶接の糊代の分だけ左右に横幅が出ます。これは、存在感の演出やガソリン容量の確保には優位性がありますが、ライダーがニーグリップをするエリアは細くする必要がある。また、膝で挟むエリアはタンクの内側にフレームも通っている。そこで、そうした箇所は他の部分よりも溶接時の糊代を狭めるなど工夫をすることで、幅を狭めて、スタイルと機能性を両立させています。 また、ハンドルを左右に転舵すると、フロントフォークがタンクに接近します。その点では、あまりタンクを前に出したくない。しかし、ステアリングヘッド付近のフレーム部分があまり露出しているのもスタイル的によろしくない……」

山本──
「デザインとしても、タンクのフォルムは長く伸びやかにしたい。シートとタンクの繋がる部分から、ヘッドパイプに近いあたりまで寄せていきたい。なにより、ライダー目線からも隙間があるより詰まっている方がカッコ良いですから」

 

折角フランジレスタンクに拘っても、CB1100としてカッコ悪さがあっては元の木阿弥。そこはミリ単位まで徹底的に拘ったそうだ。

西島──
「苦労したのがタンクとフレームの間のクリアランスでした。フロントフォークが転舵する部分もそうですが、ハンドルから伸びるハーネス、スロットルケーブルなども動きます。それをタンクとフレームの間に整然と収める必要もありました」

 

実は“ カッコいい”を具現化するのは見えない裏側にも神経を注ぐ物造りが必要だったのだ。

北田康文──ペイント担当

北田康文──ペイント担当
「フランジレスタンクという形状の魅力をさらに引き出すよう、今回、塗装のパートも新たなトライをしています。高品質塗装という手法を用いました。これはクリア塗装の質感をあげたもので、クリア塗装面の塗膜の厚さと平滑性を出すことです。塗装部門でも、プレス部門同様、既存のライン、既存の設備を使い、どれだけ塗装の質感を上げられるのかに挑み、新たに塗料の開発などをしました」

 どのようにそれは達成したのだろうか。

北田──
「通常、塗装面の深みを出す手法は手間暇を掛けることでした。クリアを塗装し、乾燥させ、その後、塗装面を平滑にするようヤスリで水研ぎし、そしてクリアを塗装する。この工程を5回ほど繰り返すと、硝子のような深みある表面が出来上がります。しかし、それでは手間と時間がかかって、大量生産はできない。そこで、塗装の成分や塗装ブースでのロボットの塗り方などを調整し、技術を高めることで、塗装職人の技を再現する事にしました。
 タンクへの映り込みを見ていただければ、深みと表面の平滑感が表現されていることを感じると思います」

 カスタムペイントの価格は塗装職人の技と手間に対する報酬だ。下準備から相当な時間を要する作業で、それに近い仕上げを今回、工場のラインに流しながら再現した、というのは凄いことだ。

山本──
「高品質塗装になると聞き、私達デザインサイドも、その表情を想定しながらより深みのある造形をめざして作り込みをしています」

西島──
「カッコいい、を造る。それはデザイン、設計、製造が一体となり妥協なく調和をはかることです」

 趣味の乗り物であるオートバイ。その顔、タンク。そのタンクに掛けた情熱は、こうして乗る人、見る人を魅了する数値化できない性能になる。これは今後、別の機種にも伝播することだろう。結局、物造りは人の思いだと僕は思う。その情熱のようなものがプロダクトを通じて伝わってこそ趣味の乗り物ではないか。
 CB1100EX / CB1100RSに採用されているフランジレスタンク。デザインの深み、塗装の質感、手触りを是非Hondaの販売店で確認してみてほしい。

CB1100EX / CB1100RS フランジレスタンクの工程

フランジレスタンク | チタンタンク

松井“ベン”勉

松井 勉モータージャーナリスト

1963年東京生まれ。日本のモーターサイクル・ジャーナリスト。
1986年から、インタビュー、試乗インプレッション記事、レース参加リポート、などを雑誌、バイク専門誌に寄稿。ラリー経験も豊富でDAKARラリー、SCORE BAJA1000にも参加している。Africa Twin DCTで、アメリカ西海岸、バハ・カリフォルニア半島もAdventure Touring している。

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テクノロジーTech Views Vol.10 フランジレスタンク&チタンタンク