Honda独自のビークルOS「ASIMO OS」
クルマをとりまく環境はいま、カーボンニュートラルを目指す電動化の潮流とともに、知能化技術やIT技術を統合的に採り入れることで、購入後も機能や性能が進化し続けるクルマ、いわゆる「ソフトウェアデファインドビークル(SDV、ソフトウェアによって定義されるクルマ)」への期待が高まっています。そして、その核として注目を集めるのが、Honda独自のビークルOS「ASIMO OS(アシモ オーエス)」です。
ビークルOSとは、「OS(Operating System)」の名が示すとおり、車載コンピューター、ひいては車両全体を制御するための基本ソフトウェアのこと。ECU(Electronic Control Unit)を統合的にコントロールし、スマートフォンにおけるAndroid OSやiOSのように、さまざまなアプリケーションを動かすための環境を車両に提供します。Hondaは、2026年からグローバル市場への投入を予定しているEV「Honda 0(ゼロ)シリーズ」※1に「ASIMO OS」を搭載し、HondaのSDVの核として継続進化させます。「ASIMO OS」は、AD(自動運転)/ADAS(先進運転支援システム)や操る喜びを提供するダイナミクス統合制御、そして、車内に新たな空間価値をもたらすデジタルUX(User Experience)などの動作基盤となるほか 、ネットワークを介してクラウドと連携し、 車外情報との連携やソフトウェアの開発・テスト、OTA(Over The Air)によるソフトウェアアップデートを可能にします。
ASIMOは、Hondaの基礎技術研究の一環として、人の役に立ち、社会の中で利用できることを目指して開発されたヒューマノイドロボットです。1986年に研究開発を開始し、2000年に発表したASIMOは、その後長きに渡り世界中の皆様から愛され、2000年から2010年代にかけてロボティクスの分野で象徴的な存在となりました。Honda 0シリーズもASIMOと同様、「世界中の皆様に驚きと感動を与え、次世代EVの象徴となることを目指す」という思いを込め、SDVの核となるビークルOSに“ASIMO”の名前を付けました。Hondaは、ASIMOの開発で培った外界認識技術や、人の意図をくみ取って行動する自律行動制御技術を進化させ、それらに先進のAI技術を融合することで、HondaならではのSDV開発に取り組んでいます。
では、HondaのSDVとはどんなクルマか、そして「ASIMO OS」を核にどのように実現しようとしているのか。Hondaが目指すSDVの概要を紹介します。
※1 Honda 0シリーズ:“Thin, Light, and Wise.(薄く、軽く、賢く)”という新たなEV開発アプローチにより、ゼロからの発想で創り出す、全く新しいEVシリーズ。
Hondaが目指すSDV~使えば使うほど使いやすく進化する、“超・個人最適”なクルマ~
家族や友人のスマートフォンを操作するとき、驚くほど“使いにくい”と感じたことはないでしょうか? それは、搭載されているアプリからホーム画面のレイアウトまで、その持ち主の好みにカスタマイズされているからです。そして自分のスマートフォンに戻ったとき、その使いやすさを改めて感じるのです。Hondaが目指すSDVは、自分のスマートフォンのように、使えば使うほど使いやすく進化するクルマ。時間や経験を共有することで、世界で最もユーザーを理解して支える“超・個人最適”なSDVです。自由な移動の喜びを拡大するAD/ADASをはじめ、人車一体の操る喜びを提供するダイナミクス統合制御、車内に新たな空間価値をもたらすデジタルUXなどをたゆまず向上させるとともに、OTAアップデートによって、ユーザー一人ひとりの嗜好やニーズに合わせて進化するSDVを目指しています。
自由な移動の喜びを拡大するAD/ADAS
HondaがSDVの開発においてもっともチカラを入れている分野がAD/ADASです。その進化と普及によって自由な移動の喜びの拡大を目指しています。Hondaは2021年、一定の条件下でシステムがドライバーに代わって、アクセル、ブレーキ、ステアリングを操作するトラフィックジャムパイロット(渋滞運転機能)を世界で初めて実用化し、ハンズオフのみならずアイズオフをも可能としました※2。また、ADASの分野では、Honda SENSINGの機能・性能を進化させ、センシングの範囲を車両の前後のみならず全方位に広げた※3Honda SENSING 360の適用拡大を進めています。Hondaは、これらの基盤技術やノウハウをベースに、高精度センサーによる自動運転レベルの向上と、AI画像認識技術に強みを持つパートナー企業・Helm.ai社との技術融合により、多様な交通環境やシチュエーションにおいてもAIが周囲の状況を正しく認識・理解し、熟練ドライバーのようにふるまうADを追求。一般道を含めた全域でのアイズオフを、世界最速で実現することを目指します。
また、AD/ADASにおいても超・個人最適化を目指します。加減速の度合いや操舵の速度など走行時のふるまいは、ドライバーの好みや運転技能によってさまざまです。HondaのSDVが目指すAD/ADASでは、たとえば、ドライバーの傾向を学習し、穏やかな追い越し、あるいは、俊敏な追い越しを提供することも可能。レーンキープ時に車線のセンター付近を維持するか、左右いずれかに寄って維持するかを好みに合わせることもできるなど、Hondaは、こうしたきめ細やかな配慮によって、ドライバー一人ひとりに超・個人最適なAD/ADASの実現を目指します。
※2 2021年3月、トラフィックジャムパイロットのほか、ハンズオフ可能な運転支援機能を複数備えた「Honda SENSING Elite」を開発し、LEGENDに搭載して発売。
※3 Honda SENSING 360の検知性能には限界があり、ドライバーの目視確認を不要とするものではありません。
操る喜びを提供するダイナミクス統合制御
HondaのSDVは、誰もが安心・安全に運転を楽しめることを目的に、さまざまな制御デバイスをシームレスに連動させ、操る喜びを提供するダイナミクス統合制御の実現を目指します。これまでHondaが磨き上げてきた、VSAやアダプティブ・ダンパー・システムなどのダイナミクス制御技術に加え、Honda独自のロボティクス技術で培った、3次元ジャイロセンサーによる高度な姿勢推定技術や安定化制御技術を活用。ステア・バイ・ワイヤや制御サスペンション、駆動モジュールであるe-Axleといったバイ・ワイヤ・デバイスを統合制御します。また、e-Axleによる駆動トルク制御とVSAによるブレーキ制御を協調させることで四輪の駆動力を独立かつ緻密にコントロールし、すべりやすい路面であっても気持ちよい加速を可能にします。これらにより、さまざまなシーンで車両を安定させ、意のままの挙動を実現することで、高い安心感の中で操る喜びを提供します。
さらに、ドライビングを重ねることでドライバーの特徴・技量・嗜好までを理解し、シーンに応じたドライバー好みのドライビングモードを提案したり、カメラなどのセンサーで得た外部環境情報をもとに路面状態を推定し、状況に応じたドライビングモードを提供したりするなど、ユーザー一人ひとりに寄り添いながら、軽快な乗り味や、あらゆるシーンでの安心感の提供を目指します。
車内に新たな空間価値をもたらすデジタルUX
HondaのSDVが目指すもうひとつの価値が、魅力豊かな移動空間の創造です。運転や乗降などクルマの使用時に感じるさまざまなストレスを最小化するとともに、クルマの楽しさを最大化する新しい価値提案を行います。その実現に向けて、従来のコネクテッド技術を進化させるとともに、マルチモーダル生成AIを搭載し、車内外のカメラ・センサーなどから得たさまざまなデータを活用することで、乗員の感情や意図を汲み取った車内演出の提案などを行います。たとえば、ペットを乗せて長時間運転している場合、ペット同伴可能な喫茶店やレストランを探して休憩を提案したり、お子様が泣きはじめたことを検知するとお子様が喜ぶ音楽の再生を提案したり、ダイナミクス統合制御技術と連携し乗り心地優先モードへの切り替えを提案したりと、その時々に最適と思われる提案を能動的に行います。
そして、HondaのSDVにおける空間価値の最大の特長が、使えば使うほど“超・個人最適”に進化する点です。AIは、乗員がどんな場面でどんな演出を選択したかを履歴として蓄積し、スマートフォンの予測変換さながらに、先読みして提案することが可能です。履歴を蓄えれば蓄えるほど、すなわち、使えば使うほどユーザーの好みにあった提案を行うようになります。HondaのSDVは、やがてユーザーにとって一番の理解者となり、快適で便利なカーライフをサポートする存在へと成長していきます。
Hondaが目指すSDVを実現する主要技術
スマートフォンに届いたメールの電話番号をタップすれば瞬時に発信され、URLをタップすればすぐに商品購入サイトにアクセスできる。異なる機能が連携する便利さを、現代のわたしたちは当たり前のように享受しています。それは、Android OSやiOSといった共通の基本ソフトウェアの上で、アプリが連携して動作することによってもたらされています。しかし、“移動”という物理的な事象を伴うクルマでは、機能連携の難易度はスマートフォンの比ではありません。Hondaは、SDVの基盤となるE&Eアーキテクチャーをはじめ、基本ソフトウェアである「ASIMO OS」、そして各種アプリケーションまでを独自に開発することで、これまで困難であった“一台のクルマ”としてのクロスドメイン制御を高度に実現し、ユーザー一人ひとりに寄り添う“超・個人最適”なクルマを創造していきます。
クルマ一台分の全データを把握し機能を提供する、セントラル型E&Eアーキテクチャー
E&Eアーキテクチャーとは、クルマに搭載するECUやセンサー、アクチュエーターなどのデバイスをつなぐシステムの設計・構造を指します。現在のクルマの多くは、AD/ADASやダイナミクス制御など機能ごとにドメイン化し、それぞれの頭脳であるECUの指示のもと、センシング、アクセルやステアリングなどの操作、あるいは、IVI(In-Vehicle Infotainment:車載インフォテイメント)※4などの機能をドメインごとに実現しています(ドメイン型E&Eアーキテクチャー)。ドメイン内のデータ転送効率に優れる一方、ドメイン間のデータ共有の量やスピードに一定の制限があることや、あるECUのソフトウェアを更新する場合に関連するECUのソフトウェアや通信内容を合わせて変更する必要があるなど、ソフトウェアの性能向上やスピーディーなアップデートに向けてはいくつかの課題がありました。
Hondaは、Honda 0シリーズの2026年モデルにおいてドメインを3つに集約する「ドメインセントラル型E&Eアーキテクチャー」を採用し、さらに次の世代のモデルからは、ひとつの高性能なECUで中央集権的に制御する「セントラル型E&Eアーキテクチャー」を搭載します。これにより、カメラやレーダーなどで収集した車内外のデータをはじめ、自車の走行状態を把握する各種センサーの情報、ドライバーの操作を検知するセンサーの情報など、クルマ一台分の全データを用いて各機能を制御することが可能になります。
※4 「情報の提供」と「娯楽の提供」を実現する車載システムの総称。
業界トップクラスの高性能SoC(System on Chip)
セントラル型E&Eアーキテクチャーでは、ひとつの高性能なセントラルECUがクルマ一台分の全データを把握し、機能やサービスを提供します。SDVのAI要求性能は、2030年には2024年の500倍になると予想されており、セントラルECUには、文字通り「桁違い」の演算処理能力を持つSoCが必要となります。Hondaは、目指す性能を最大限に具現化するために、HondaのSDV専用のSoCをルネサス エレクトロニクス株式会社(以下、ルネサス)と共同開発します。
専用SoCは、ルネサスが得意とするチップレット技術※5を適用し、Honda独自のAIソフトウェアに最適化されたAIアクセラレータを組み合わせることで、AI性能を拡張するカスタマイズを可能にします。また、半導体製造の最先端技術である3nm(ナノメートル)プロセス※6を採用することで高集積化を図ります。これらにより、AI性能としては業界トップクラスとなる2000TOPS※7(1秒当たり2000兆回)の演算処理速度と、20TOPS/W※8(1ワット当たり20兆回)の省電力性能を目指します。
※5 チップレット技術:集積回路を複数の小さなチップ(チップレット)に分けて製造し、チップレットを組み合わせて1つの大規模集積回路を製造する技術。歩留まりの低下を抑制するほか、チップレットの追加による性能向上や、組み替えによるカスタマイズを可能にする。
※6 3nm(ナノメートル)プロセス:回路線幅を3nmに定めた半導体の設計・製造手法。数値が小さいほど微細化でき面積当たりの性能を向上させることができる。1nmは10億分の1m、すなわち100万分の1mm。
※7 TOPS:Tera Operations Per Second。整数演算を1秒あたり何兆回できるかを示す数値でAI処理の性能を表す単位。本ターゲット数値は、sparse(疎)AIモデルを実行した値。
※8 TOPS/W:消費電力1ワット当たりの処理速度。数値が大きいほど消費電力が小さい。
自動運転レベル3(アイズオフ)を実現するAI技術
AI画像認識デモンストレーション映像
車載カメラ映像(右上)をもとにAIが生成した、被写体のカテゴリー分けと自車の進行方向が認識された映像(左上)と、鳥瞰図ライダー映像(左下)、フロントビューライダー映像(右下)
2021年にHondaが実用化したトラフィックジャムパイロットは、世界で初めてアイズオフを可能にした技術であり、システムが一定の条件下においてドライバーに代わって運転操作を行うことができる「自動運転レベル3(アイズオフ):条件付自動運転車(限定領域)」※9に適合します。「自動運転レベル2:運転支援車」と1段階の違いではあるものの、運転操作の主体をあくまでもドライバーとするレベル2と、一定の条件下ではあるものの運転操作の主体をシステムが担い、ドライバーにアイズオフを提供するレベル3では、技術的難易度は格段に異なります。レベル3では、現実の交通環境で起こり得るさまざまなシーンをシステムが正しく認識・理解し、衝突を回避するまでの適切な操作をシステム自身が行う必要があるからです。つまり、“人の運転であれば回避できたであろう事故を絶対に起こさない” ことが前提となります。一般道を含めたレベル3を実現するためには、唐突に走り出す横断歩行者や、後側方からすり抜けようと急接近するバイク・自転車などを正しく認識・理解し、適切な対応をする必要があります。Hondaは、Honda SENSING Eliteの開発で確立した技術と知見にHelm.ai社のAI画像認識技術を融合することで、一般道を含めたレベル3の世界最速実現を目指します。
Helm.ai社のAI画像認識技術は、人間がラベリングした画像データで学ばせる「教師あり学習」とは異なり、機械に正解を与えずに学習させ自力でデータの規則性や特徴を導き出させる「教師なし学習」と、その学習法を飛躍的に進歩させる「ディープティーチング」によって開発されています。これにより、たとえば季節によって姿が変わる木々も一律に「街路樹」として抽象的に認識し、白線が消えている道でも自車の走路として認識することを可能にします。また、たとえば鹿の画像を“動物”とラベリングしなくても、AIが自力で動物であると認識し、衝突回避など適切な制御を行います。
Hondaは、Honda SENSING Eliteの開発で確立した外界認識技術とHelm.ai社のAI画像認識技術を融合させるとともに、グローバルで走行データを収集してAIに学習させ、さらに、熟練ドライバーのリスク判断モデルを組み合わせることで、初めて走る道でも熟練ドライバーによる手動運転のような安心感のあるADを目指します。さらには、これまでの研究で培った協調AI技術により、人の運転でも難しい周囲の交通参加者との「譲り合い」など、協調行動の精度を高めていきます。
※9 SAE International(米国に拠点を置く自動車技術者協議会)の定義(J3016)による分類。
超・個人最適な機能や性能を提供するマルチモーダル生成AI技術
従来のAIは、画像や音声など1つのモダリティー(情報の種類)をもとに処理を行うことが一般的でした。しかし現実の人間は、視覚、聴覚、触覚など複数のモダリティーから思考・判断し行動しています。HondaのSDVは、人間同様に2つ以上の異なるモダリティーから情報を収集して推論を行うマルチモーダル生成AIの搭載を目指します。これにより、たとえば車内の映像と音声から“子どもが泣いている”ことを高精度で推定し車内環境の変更をうながすなど、乗員の感情や意図、クルマのおかれたシーンや走行状態などを深く理解したうえでの最適な提案を可能にします。
開発と提供のスピードを飛躍的に高めるバーチャル開発環境
セントラル型E&Eアーキテクチャーと高性能SoCによってクルマを中央集権的に制御するSDVでは、ソフトウェアの重要性は飛躍的に高まります。HondaのSDVでは、最新の機能をいち早く開発・提供するために、仮想空間上でソフトウェアの開発と車載テストが行えるバーチャル開発環境を構築します。
従来のハードウェア主導型開発では、開発したソフトウェアをECUの完成を待って実装し、それを実車に搭載し検証や修正を行うことが一般的でした。バーチャル開発環境では、コンピューター上に仮想のECUを設けることで、ECUの完成を待たずにソフトウェア開発を進めることが可能となります。また、そうして創り上げたソフトウェアを仮想の車両に搭載して検証することができます。仮想の車両であるため、100台、1000台を同時にテストすることも可能です。これによってソフトウェア開発のスピードを飛躍的に高め、新型車への搭載はもちろん既納車のアップデートにも活用していきます。