軽く取り回したい、長距離走りたい。だから組み立て方から考える
左右に張り出したヘッドカバー、堂々と存在を主張する4本のエキゾーストパイプ。
「コンフォート」をコンセプトとしたモデルの開発をスタートさせるにあたり、
様々な可能性を検討していたスタッフの意見は、一枚のスケッチを目の前にして一致を見た。
「どう実現させていくかは、これから考えよう。このスタイリングで、『コンフォート』を提供したい」──。
スケッチに魅せられて
松井:「スケッチに一発でノックアウトされて、V4を選びました」というのは、非常に痛快というか、モーターサイクルを愛する人間として「よくぞやってくれた!」という気持ちになりましたね(笑)。
見崎(CTX1300 開発責任者):張り出したヘッドカバーと4本のエキゾーストパイプが主張する縦置きV4エンジンの存在感は有無を言わさぬ魅力を放っていました。一度スケッチを見てしまったら、もう他の可能性は考えられないなと……。
横川(完成車まとめ):ただ、茨の道だろうなとは感じていました。クランクケース、シリンダー、エアクリーナーボックス、さらに燃料タンクと、「4階建て」にせざるを得ず、全高も重心も高くなっていきます。普通のスポーツバイクならそれでも何の問題も無い。でも、スケッチに描かれたロー&ロングのプロポーション、そしてクルーザーらしいゆったりとした乗り味を実現するためには、相当に工夫をしないと成り立ちません。
古瀬(車体設計担当):縦置きV4エンジンを使って、スケッチに描かれたプロポーションを再現しようとすると、エアクリーナーボックスまでで高さの上限に達してしまう。「燃料タンクは、シート下に入れておけばいいんじゃない?」なんて軽い気持ちで考えていたんですけど、とんでもなかった……。
松井:タンクがシート下ということは、製造ラインでの組み立ての順番も変わってくるわけですか?
古瀬:さすがですね(笑)。これまでと全く違います。通常はフレームとエンジンを締結したあと、スイングアームをドッキングさせます。でも、このCTX1300は、フレームにエンジンを締結したあと、タンクを取り付け、最後にスイングアームとなります。
松井:燃料タンクは、フレームの上から下に収めるように組み立てるんでしょうか?
古瀬:それも検討はしました。ただ、ここに「足つき」とのせめぎ合いが起こるんです。これだけの立派で大きなバイクを軽く取り回しできるようにするには、シート形状を相当に工夫しないことには話になりません。大柄な方なら、まだいいかもしれない。でも、小柄な人は「前乗り」をすることになります。そういった方にも足つき性よく座ってもらうためには、シート前方にかけて、シートレールの幅をより絞り込む必要が出てきます。タンクの幅よりも、狭いくらいに……。
松井:ああ、なるほど。あとはタンクの容量を我慢する手というのもあるかもしれませんけど、それだとツーリングのときに給油回数が増えますね。仲間は無給油で行けるのに、自分だけ「悪いけど、スタンド寄っていくから」というのは、確かにちょっと気が引ける。
横川:私たちがこのバイクを快適に楽しんでもらうために必要だと導き出したタンク容量は、19Lでした。給油回数が増えてしまうのは、果たして快適なバイクだと言えるのかと──。
松井:Hondaって、古くは初代GL1000の頃から「シート下タンク」といったことを繰り返してきていますよね。とはいえ、ここまで作り方をドラスティックに変えるとなると、生産現場との調整が必要だったのでは?
見崎:もちろんです。なにしろ、そんな組み立て方は前例が無かったので。でも、作り手の都合で「そんな組み方はできないので、航続距離が短くなるのは我慢してください」なんて言うのはお客様が納得しないし、なにより僕らが納得できない。ここを妥協することによって、いちばん大切な「快適さ」で失うものが多すぎるんです。
古瀬:もちろん、お客様の手にCTX1300が渡った後のことも考えないといけません。何かタンクにトラブルがあったときに、スイングアームまで外さないといけないのかと。でも、実際に市場でタンク交換が発生するという例は非常に稀で、万が一あるとしたら、燃料ポンプとか残量センサーとかといったものに限られることがわかりました。だから、それらのパーツは、サイドカバーを開ければすぐにアクセスできるような位置に配置して、確実に整備が出来るものとしました。ここまでしっかりやることで、生産現場側の協力も得られて、組み立て方法を工夫してもらうことができました。
横川:テストのときには、たびたびスイングアームを取り外すことになって、正直「どうなってんだよ!」とも思いましたけどね(笑)。実際にバイクを使う方にはメリットだけを享受していただけるものになったと、自信を持って言えます。
パーツを「移住」させた先でどんな役割を持たせる?
松井:燃料タンクがシート下に移ったとなると、通常はシート下に収まっている物をはじめ、車体全体で何をどこに置くか、というレイアウトが全く変わってきますよね。
古瀬:バッテリーはヘッドライト後方左側に搭載しています。単純に移動させるだけでなく、移動させた先でどんな役割を持たせるかというところにもこだわりました。縦置きV4エンジンはもちろん、チームとしても「タイヤは太ければ太いほどカッコいいに決まっているだろう!」と200サイズのリアタイヤというところも譲れなかったので(笑)、ドライブシャフトとの位置関係によって、エンジンが車体中心から10mm右にオフセットしています。さらに、どうしても前輪荷重が不足気味になります。これらの重量バランスを解決するために、バッテリー等の重量物を前方の左側にレイアウトさせています。ライディングポジションも、操縦性、居住性、乗車時の重量配分影響などを最適化するために、いろいろな検討を行いましたね。
松井:またがったときからすごく素敵なライディングポジションだと思いましたけど、すごく周到に、ちょうどよい場所に座らされていると。
横川:V4エンジンを使いたかった。タンクを移動させなくてはいけなくなった。そこから始まって、すごくいろんなことをしているんですよね。シートの位置を下げることによって、「ゆったりと動かす」というコンセプトにも合致させています。
古瀬:タンクの成型自体も、研究所だけじゃなくて工場でも成型性の解析をやって、とにかく最大限の容量をとると。研究所と生産現場が一体になって開発に取り組む必要があるということで、「二輪R&Dセンター熊本分室」というものを発足させてしばらくたちますが、その成果が特に活かされた開発だったと考えています。
「今日はやめておけばよかった…」そんな気持ちにさせないために何が必要?
LEDの灯火類、グリップヒーター、スマートフォンの無線接続が可能なオーディオ、パニアケース──
CTX1300には、数々のイクイップメントが搭載されている。だが、いずれも、単なる「追加装備」として
盛り込まれているわけではない。車体と一体になって開発した「メイド・バイ・Honda」だからこその、
「コンフォート」への徹底したこだわりが貫かれているのだ。
なぜ「快適装備」が必要か
松井:もちろん、どんな装備だって無いよりはあったほうがいいに決まっています。でも、「快適技術の体感」という名前を冠したバイクをつくるにあたって、どういった考えのもとにこれらを装備していったのか、とても興味があるんですが。
横川(完成車まとめ):バイクで移動するという行為自体、当然のことながら、CTXじゃなくてもできます。でも、「もっとコンフォートに」というとき、いったい何がバイクの楽しさを阻害しているのか、というのをありったけ出していったんです。例えば、バイクに乗っていて、「ああ、やっぱり今日はやめておけばよかった……」と思うのは、どういうときだろう、と。思ったよりも寒かったときとか、帰る時間を読み誤って暗くなってしまったときじゃないでしょうか。
それなら、グリップヒーターがいるよね、LEDの灯火類も効果的だよね、と考えていったわけですね。
見崎(CTX1300 開発責任者):もうひとつは、逆に何があればもっと楽しく、コンフォートになるのか、ということです。世界的に、クルーザーにコンパクトなバッグを取り付けた「バガー」と呼ばれるスタイルが流行していますが、単に「バッグが付いている」というだけでなく、日常からちょっとしたツーリングまで、しっかり使いでのあるものにしていく。さらに、音楽が聴けるということにとどまらず、手持ちのスマートフォンとワイヤレスで接続し、くっきりとしたCRT液晶画面に曲名を表示。手元のスイッチで選曲までできるようにしました。
松井:標準装備のパニアケースを、デタッチャブルではなく、ボルトオンとした理由は?
古瀬(車体設計担当):実際の使われ方を考えてみると、1泊2日のツーリングとか、日常の移動とかといった使い方がほとんどです。そこで最大限に効果を発揮するパニアケースを、標準で取り付けて、世界でいちばん「使える」バガースタイルにしてやろうと考えました。バッグはボルトオンとし、車体への取り付け構造部をシンプルにすることで、ケース内側のスペースを有効に活用し、A4サイズのバッグから、1泊2日のツーリングに使うものまで、しっかり入るものにしています。
「通信品質」が良くなければ、「ワイヤレス」の快適さは活かせない
松井:今回、ワイヤレスでオーディオを接続できるようにしたというのは、Hondaとして初でしょうかね。入力、出力、どちらかがワイヤレスというのはよく見かけますが、入出力どちらも、というのは珍しいですよね。
菊池(電装開発担当):ずっと水面下で「次のバイク用オーディオはどうあるべきか」というのを検討していたところに、「Hondaの新しいものはV4エンジンを搭載したモデルからスタートさせたい!」と考えるチームの意向がたまたま合致して、「やるなら今だ!」と思いまして(笑)。
さらに、TFTの液晶に楽曲情報の他、さまざまな情報を表示させたりと、様々なチャレンジを行いました。
松井:ワイヤレスというと、距離や向きが少し変わると繋がっているんだか繋がっていないんだかということになって、ストレスがたまることがあります。そのへん、「コンフォート」を標榜するからには、避けては通れない部分じゃないかと思うんですが、ご苦労されたのではないですか。
素人考えだと、どこかできるだけ高い位置にアンテナを付けてやれば解決するんじゃないか、などと思ってしまいますけど、そういうことではない?
菊池:これが、そういうわけでもないんですね。たとえば、クルマのオーディオとスマートフォンをワイヤレス接続するときというのは、バイクのそれより「通信品質」を気にする必要が無いのです。電波には、ものに当たるとはね返ってくる特性があるので、車内で反射して最終的には受信できるということが多いのです。
松井:なるほど、一方で「囲い」の無いバイクの場合はどこにも反射させられる場所がないと。
菊池:唯一、反射を期待できるとしたら、アスファルトの路面くらいでしょうかね。それから、人間の身体は電波を減衰させてしまうという特性があるので、ジャケットやパンツのポケットに携帯電話やプレイヤーを入れていたらどうなるか、身につけているとどうなるか、さらにタンデムしてライダーと密着していたらどうなるか、といったところまで考慮してやる必要があります。
せっかくバイクの楽しさを盛り上げるための装備で、繋がったり繋がらなかったり……では逆にいらいらさせてしまう。だから、ここには時間をかけました。
私たちは男性ばかりのチームなんですけど、タンデムで密着してテストしてみたりとか、検証は大変でした……(笑)。
松井:それにしても、ユニットは相当にコンパクトですね。想像していたものの半分くらいの大きさでした。
菊池:この機能でこの大きさというのは、ダントツに小さいと自負しています。小さければ小さいほど搭載位置に自由度が生まれて、最適な位置に搭載することが可能になります。一方で防水性能を確保しながら、コンパクト化することで、冷却性能と受信性能を両立させることが厳しくなります。そこで、筐体をアルミ製にして冷却性能を確保しつつ、さらに筐体から出っ張らせたアンテナで受信性能を高めています。
シンプルな仕組みで、これまでにない使い勝手
松井:この間、昔からの友達が「リターンライダー」としてバイクに乗り始めたと聞いたので話をしたんです。そうしたら、バイクのパフォーマンスがこんなに変化しているのに、ウインカーのオートキャンセラーが未だにほとんど無いということに、彼はすごく驚いていました。
僕なんかは、10代の頃からずっとオートバイに乗り続けてきているので「プッシュキャンセラーも無かった時代に比べると、ずっと便利になったじゃないか」とは言ったものの、なるほど、言われてみればその通りだな……と。
菊池:かつて、ゴールドウイングやパシフィックコーストといったモデルでも試みてはきましたが、さらにシンプルで軽量なものにしました。
松井:世界のオートバイを見ても、正直なところ「いま消えて欲しい!」というタイミングできちんと消えてくれるものはあまりありませんよね……。「なかなか消えないなあ」と思って、自分で操作したら、まさにそのタイミングでオートキャンセラーが働いて、もう一度ウインカーが点灯しちゃったりとか(笑)。
菊池:バンクの角度を計算に採り入れるといった方法もありますが、それだと極低速での右左折のように、バンクの角度が小さい状態で曲がったときに働いてくれません。その点、このシステムは前後の車輪速度差──いわば「内輪差」を使用するので、幅広いシーンに対応できて、快適に使ってもらえると思います。
このシステムのために追加したものというのも無いので、重量増加もありません。
そのぶん、セッティングにはものすごく苦労しましたけどね。
松井:メカニカルな部分とはまた異なるご苦労がいろいろあったでしょうね。
エンジニアとして、菊池さんの「仕事の醍醐味」ってどんなところなんでしょう?
菊池:電気って「目に見えない」こともあり、ユーザーとしてもなかなか手を出しにくい部分だと思うんですよね。開発中ですら何か不具合があると「電気だ、電気を疑え!」みたいな扱いでしたし(笑)。
松井:タイヤなどは、ユーザーが気軽に他のものを試すこともできますけど、確かに電気関係はハードル高いですよね。
菊池:僕は、フューエルインジェクション化したモンキーの電装も担当したんです。「これからもモンキーを楽しんでもらうためには絶対に必要」ということでプロジェクトがスタートしましたけど、あの小さな車体に電装品を「押し込む」というのは、本当に想像を絶する苦労の連続でした。
だからこそ「俺たちがやらなくて誰がやる!」という気持ちになれて、とても楽しかった。
今回は大型バイクで、モンキーとは事情がいろいろと異なりますけど、根底にある想いは一緒です。
電装のパーツは「コンフォート」を作り出すために非常に効果的だけれど、お客様が手を出しにくい部分でもある。それならば、Hondaとしてしっかりやろう、Hondaだけができる部分としてプライドを持ってやりきろうと。それをできるのが、開発者としておもしろいところではないでしょうか。これからも、自分を含めたユーザーのために、どんどん新しいことにチャレンジしていくつもりです。
どっしり、ゆったりしているそしてコントローラブル
経験の多少を問わず、ライダーは実に小さな、しかし多様な要素から「乗り味」を判断している。
シートやステップから伝わる振動、フレームのしなり、ハンドルから手のひらに伝わる重さ、風の流れ……。
ゆったりとクルージングを楽しめる「コンフォートな乗り味」をつくりだすため、ありとあらゆる部分に、
長年にわたって培われてきたHondaの技術と知見が活かされる。
お尻で動きを感じ取れるように
松井:足つきもいいし、取り回しもいい。ライディングポジションだってすごく快適です。乗り味はどんな感じなんでしょうね。ぱっと座ると、リアショックの付け根あたりに座ることになって、後輪の動きが感じやすそうでもあります。
見崎(CTX1300 開発責任者):「コンフォート」と言うからには、やはり「どっしり」「ゆったり」といった乗り味を目指したいと考えて、各部を作り込んでいきました。
横川(完成車まとめ):スポーツバイクは、ハンドル、ステップ、シートと、ライダーが接する部分でその動きを感じながら走ります。クルーザーの場合、ライディングポジションの特性から、よりシートからのインフォメーションの割合が多くなります。お尻で最大限にバイクの動きを感じられるようにしないといけないですね。フロントを軸にしてクルッと旋回していくのではなく、リアタイヤに乗るような感覚で。
松井:リアショックのアッパーがシートに近いっていうことは、バイクの動きを感じることにはつながる一方で、ごつごつ感とか突き上げを感じるようなことにはなりませんか。
そのあたりは、サスペンションの作動性で対応しているんでしょうか?
横川:もちろん、作動性には徹底的にこだわっています。でも、さらに視野を広げてみると、サスペンションの付け根にあるゴムのブッシュもセッティング材料になるんです。この減衰特性を走り込みによっていくつも試しながら、突き上げを感じにくく、それでいてバイクの動きを感じやすいサスペンションセッティングを試みていきました。シートのつくりも、このサスペンションの動きに同調するような特性にすることで、お尻を包まれているような心地よさを感じていただけると思います。
松井:ブッシュまでをセッティングに用いているとなると、たとえばの話、「アフターマーケットのちょっと高価なリプレイス用サスペンションを付ければ、もっともっと乗り心地が良くなるに違いない!」みたいな考えでポンと付け替えたら、すっかりバランスが崩れてしまうわけだ……。
横川:そうです。この乗り心地、この走りを実現するためにものすごく時間をかけました。高次元でバランスされた仕様を構築していくために、個々の部品にわたり、数え切れないテストを実施してきているわけですから。
もちろん、「いくらでもお金をかけていい!」というのなら、サスペンションだけで解決する方法もあるにはあると思います。でも、サスペンションとしての性能だけを見てまっしぐらに突き進んでいくよりも、できあがったバイクに乗っていただいて、「ああ、これはいいサスだ」と思ってもらえさえすれば、みんながハッピーになれると思うんです。そのために、乗り味に関するあらゆる部分を活用して乗り味をつくっていったということですね。
エンジンの重さをリアに乗せる
見崎:フレームでは、とにかく「ゆったりと身体を預けやすい操縦性」というのを追求しました。
同じエンジンを使う「ST1300」では、がっしりとしたアルミのダイヤモンドフレームを使っていましたが、CTX1300では、敢えてしなりのある鉄パイプのクレードルフレームを採用しています。さらに、エンジンの荷重をリアに乗せてどっしりとした乗り味をつくりだすために、エンジンとフレームの締結方法にも一工夫加えました。
松井:鉄パイプのダブルクレードルフレームに、直4エンジンを搭載するのとは、どういうふうに違ってくるんでしょう?
横川:横置きクランクの車両であれば、基本的な考え方は直4でもV4でも大きく変わることはないのですが、CTX1300では縦置きクランクのエンジンを採用しているので、クランクのジャイロ効果による安定感は期待できません。
そこで、ダブルクレードルの骨格とは独立させたサブフレームを追加して、フレームのしなやかさを阻害することなくエンジンの重量を効果的にフレームに受け止めさせているんです。
古瀬(車体設計担当):いつの間にか、自然と「トラクションビーム」と呼ばれるようになりました。感覚的な効果なので、設計的にこの部品の重要性をどう説明できるのかは、悩みました……。
松井:なるほどね。「どこでエンジンの重さを受けるか」というのは、ずいぶんと乗り味に影響を及ぼすんですね。
古瀬:リアに200サイズのタイヤを装着した上で、しっかり重さを乗せることでふらふらしない乗り味になるんです。道具を使うスポーツで、「持ち方」によって力の伝わり方って全然違ってくるというのに、似ているかもしれませんね。
空気の力で、コンフォートな乗り味をつくる
中西(動力性能担当):どっしり、ゆったりさせながらも、思い通りに動くバイクをつくろうとすると、空気の流れは本当に重要な要素になってくるんです。たとえば、このカウルの内側なんですけど風を受ける面に穴が空いているんです。見えますか?
松井:本当だ。
中西:この部分は面積も大きいので、走行時にボディーに沿って空気が流れることによる影響が出ます。その空気の流れが、車体をバンクさせるときの重さを生む原因になるんです。ここに穴を開けることで、カウルの内圧を下げ、バンクのときの重さを低減できるようにしました。
松井:これは、80km/hとか100km/hとか、このクルマで想定している巡航速度あたりで効果を発揮するもの?
横川:いや、これはもう走り出してすぐにわかるはずです。テストライディングのときには、走り出した瞬間に違和感を覚えて、テストコースに入らず戻ったことだってありますよ。そのくらい、空気の力というのはバイクの運動性能に影響を及ぼすものなんですね。
松井:パニアケースが標準装備となると、これが運動性能にもたらす影響というのも気になります。一昔前の欧州製ツアラーなんかでも、パニアケースを取り付けると高速道路で操縦性が大きく変化してしまって、かなり気を遣うものもありました。
中西:「走行風がパニアケースにまとわり付くこと」が原因のひとつですね。CTX1300では、整流だけではなく、表面の流速や、車体後部の乱流の補正にも配慮した形にしています。例えば、上から見たときに車体後方に向けてすぼまっていくような曲率であったり、リアフェンダーとパニアケースの間の風の流れであったりを積極的にチューニングすることで、空力的な影響を少なくしています。ここまで作り込むことで、パニアケースがあることのメリットを存分に味わってもらえるのかなと思っています。
横川:そうした空力面もそうですが、ハンドリングや操縦性の仕様を決めるために、様々なテスト、工夫をしています。
開発スタッフもなかなか見たこと無いと思うんですけど、僕がCTX1300をテストコースでめいっぱい飛ばしているときって、たぶん想像以上のクルマの動きをしていると思いますよ。もちろん、スーパースポーツのようなバイクに比べれば限界は高くありません。でも、そういった場面でも、挙動は角が無く、穏やかです。
支持するポイントを増やしたホイールや、締結方法にもこだわって外乱をいなしやすくしたステアリング、しなりを活かしたフレーム、ワンピース構造のスイングアーム……全体が均等に応力を分担することによって、どこか一点に力がかからないようにしたことで、トラクションコントロールのセッティングにも幅を出すことができました。
ここまでこだわったからこそ、ゆったりとした動きを実現しながらも、スポーティにも走れちゃう。
開発をしているときは「あちらを立てればこちらが立たず」といったことの連続でしたけど、我々も欲張りなんで。
松井:そのこだわりが、いちばんHondaらしいところなんですよね!世の中に面白いバイクはたくさんありますけど、それ一台で何から何までこなせるかというと、それはなかなか難しい。
ところが、Hondaのバイクはバランス良く高い操縦性を備えているから、開発者が意図した使い方ではないのは十分理解しているんだけど、例えばCBRで林道行っちゃっても、案外なんとかなるね!みたいな。バランスが悪いバイクだと、絶対にそうは行かないし、まず恐い(笑)。
僕もこれまで何十台というバイクと生活をともにしてきましたけど、「楽しいけど、我慢を強いられるバイク」というのは、長くつきあうのは難しいですよね。
ゆったりしたクルージングを「魅惑のV4ビート」とともに
「V型4気筒」。Hondaは、古くからこのエンジンを進化・熟成させ続け、
ストリートからサーキットまで、あらゆるフィールドで多くの支持を得てきた。
このエンジンレイアウトの魅力を知り尽くしたHondaとして、スタッフたちはいかにして
「コンフォートな走りのためのV型4気筒」を作り込んでいったのだろうか。
「クルージングしたくなる加速感」とは?
松井:このバイクのエンジンは、ヨーロッパで販売されてきた「ST1300 Pan European」のものをベースにしているわけですよね。あれは日本では正規に販売されていなかったので見かけることは少ないのですが、あちらは「スポーツツアラー」、このCTX1300は、ゆったりとした乗り味を追求した、新ジャンルのクルーザー。最初に「とりあえず流用しました」という試作車をつくったときの「なんじゃこりゃ感」っていうのがあったかと想像できるんですが(笑)。
中西(動力性能担当):おっしゃるとおりですね(笑)。
松井:その、「プロトタイプ版」というのは、テスト担当の中西さんにどういう走りをさせてしまうものだったんでしょうか?
中西:「ST」──つまり「スポーツツーリング」というコンセプトからしたら当然なのですが、もっとどんどんスロットルを開けていきたくなるようなエンジン……ですね。
松井:なるほど。そうすると、それに対応してペースが上がってくる。バンク角も足りないような気がしてくるでしょうし、ライディングポジションだって変えたくなってくるかもしれない。バイクの「完成車」として目指すところに、大きく関わってきますね。
中西:目標としては2つあって、ひとつは3500回転以下のトルクをもっと増やさないといけないということ。もうひとつは、「パワーの出方」をもっとCTX1300のコンセプトに合わせて、つくり込む必要があるということでした。
松井:具体的な手法としては?
見崎(CTX1300 開発責任者):吸気管長を伸ばす必要がありました。でも、このロー&ロングのプロポーションを死守しようということになると、上に伸ばしていくことはできない。つまり、エアクリーナーボックスの中でいかにして長さを稼ぐかという勝負になってきます。
中西:CFD(流体解析)等の数値解析を行えば、全開にしたときにどこがトルクのボトルネックになるか、といっただいたいの特性をつかむことはできます。でも、実際にライダーがどう感じるかというところまではシミュレーションできません。
「もっと回したい」と感じさせる理由のひとつに、「パワーの出方」というのがあります。人間、スロットルを開けた瞬間にパワーが素早く出てこないと「遅い」と感じてしまう。そこから、どんどんスロットルを開けていくことになる。だから、いかに「加速したい」と思ったときに、遅れなくパワーが取り出せるかというところにこだわりました。アクセルの微小開度での力強さがある加速感。これはもう、ひたすら走り込んで決めていくしかありませんでした。
松井:走ってみて決めるというのは、やっぱり何パターンも吸気管のレイアウトを用意しておいて、走って決めるわけですよね。
見崎:これがまた悩ましいところで、A案、B案、C案と試作品をつくってテストチームに託すと、たいていD案やE案が戻ってくる(笑)。
「こっちのあれと、あっちのそれを組み合わせたらすごく良くなったから!」って。
まあ、そうなるよなあ、でも他の部分との兼ね合いはどうしよう、とか、それが価格に反映されちゃったらどうしよう、とか……。そこからまた苦悩が始まるわけです。
松井:なるほど、じゃあ、テストチームが「うまくいったぞ!」とうきうきした顔をしていると、見崎さんとしては気が気じゃないわけだ(笑)。
見崎:ああ、理由はわかるけれど、それだけはやってほしくなかった……みたいな……(笑)。それでも、ありとあらゆる手法を検討しながら、実現していくしかないんですけどね。
松井:シャシーダイナモでは性能が出ているのに、乗ってみるとさっぱり良さがわからない、みたいなことは、よくあります。とにかく、あらゆる苦労は、「縦置きV4の格好良さを活かしたバイクにしよう!」と決めたところからすでに運命づけられていたわけですよね。
横川(完成車まとめ):そうですね。あのデザインに惚れて、私たちの目指す方向がひとつになったわけですから、乗り味も技術でひとつひとつ突き詰めていかなくてはいけない。当然、あの時点から「ああ、カッコはいいけど、どうまとめていこう……」と、テスト担当としては考えていたわけですけど……(笑)。
松井:なるほど、テストのまとめ役である横川さんの領域でそこまで考えている。
横川:そうです。もちろん、各領域に対してすべて網羅しているわけではありませんけど、目標に対してこうしなくてはいけない、なぜなら……というロジックはきちんと備えていなくてはいけないですね。
魅惑のV4ビートのために
松井:V4ということで、サウンドとバイブレーションにもかなりこだわりが見られますね。するすると回っていくエンジンを目指したわけではないですよね。
中西:バンクの左側が1番と3番、右側が2番と4番なのですけど、それぞれ等長にしないで、1番と2番のエキゾーストパイプを延長することで排気干渉を利用して、独特の「ゴロゴロ」としたサウンドを出すようにしています。カタログ上のスペックを追い求めていたら、決してやらない手法ではありますね。
横川:だから「バリバリのエンジン屋さん」には怒られましたね。「どうしてそんなことするの?馬力出ないじゃん」って(笑)。
松井:具体的にはどのくらいの差をつけているんでしょう?
見崎:最終的には、170mmの管長差をつけていますね。テスト担当からのコメントをもとにして、エキゾーストパイプを延長しないといけない。でもいったいどこで稼ぎ出すか……と、かなり頭を悩ませましたね。単純に伸ばせばいいというものでもなくて、スタイリングに悪影響がないようにする必要もあります。
最終的には、エンジンの「腹の下」あたりに場所を設けて、長さを稼ぎ出しています。表側からは見えませんけどね!
松井:「CB1100」でも、敢えて2気筒ごとにバルブタイミングを変えたりということで「味」を出そうとしていたことがありましたよね。あの経験も活きている?
横川:実は、CBも担当していました。サウンドや振動といった、「かつて、作り込もうとしなくても出ていた『味』」というのがどういうものかをしっかりと見つめ直し、騒音規制や排出ガス規制といったファクターもクリアしながら、どう作り出していくか──その経験は、確実に活きていると思います。
迷ったときの道の選び方
松井:扱いやすさということにとどまらず「乗り味」を生み出すために、本当に気の遠くなるような作業をしているなあ……と。いろいろな技術が進化して、コンピューター上で判断できることも増えましたよね。でも一方で、バイクは人が乗るものである以上、かならず人が判断しないといけない。
かつて、8耐の優勝ライダーがテストグループに在籍していたような時代ってありますよね。
ああいった人たちの手法であり、感覚であり、志でありといったものが、みなさんのような若い人にも受け継がれてきているということなんでしょうかね。
横川:前に、テスト室の大先輩に言われた言葉というのがすごく心に残っていますね。今回みたいに、どう仕様を決めていいものかずっと悩んでいた時期があったんですが、そのときに呼ばれて「人はどうしてバイクを買うんだ?それが楽しいからだろう。悩んだときは、自分が『楽しい』と思える方を選べ」と。今でも、何か迷ったときに立ち返る場所ですね。
松井:なるほど。迷ったときは「楽しい方を選ぶ」というのは、我々のようなユーザーからしてみると、とても頼もしいです。
見崎:私たち開発者は、開発しているうちに「ここだけは譲れない!」と思っているものが、果たしてユーザーのためを思った「思い入れ」なのか、それとも「自分の考えは正しいはずだ!」という、ただの「思い込み」なのかわからなくなることがままあります。そういうとき、一度「どっちが楽しいのか」とスタート地点に立ち戻るのは大事なことだと思います。
中西:特にテストチームはそういう方向に陥りがちなんですけど、そこはプロジェクトリーダーが全体を俯瞰して、方向修正をしてくれるので。
横川:なんというんですかね「ニオイ」でわかるんですよね。そろそろ「思い込み」方向に行きそうかな……みたいな。そろそろ間違いそうかなと感じたら「方向性の相談」の連絡をして、「悪いけど出頭してくれる?」と(笑)。
中西:ハイ……と(笑)。
松井:しかし、僕みたいな生き方をしてきた人間からすると、みなさんのことは、すごく尊敬します。だって、これを業務時間にやるわけですよね。仕事終わって、一杯飲みながら、とかじゃなくて。よくシラフで本音をぶつけ合えますね……(笑)。
横川:チーム全員真剣勝負なので、ぶつかりあいはすごいですよ!でも、どこかで手を抜いていると、僕もテストチームを代表して社内評価を受けるときにも自信を持てないし、何より製品として世に送り出したあと、ずっと後悔することになると思います。
この「徹底したまじめさ」が無ければ、「CTX」というバイクは、かたちにならなかったかもしれないと考えています。
「コンフォート」=「安楽」なのか?
「COMFORT TECHNOLOGY EXPERIENCE(快適技術の体感)」
これが、「CTX」シリーズの名称の由来である。しかし、バイクである以上、風を受けず、
気温の変化を受けず、天候の影響を受けず──という「快適」を求めることはできない。
開発者たちが、「COMFORT」という言葉に、真に込めたものとは。
「いつまでもバイクに乗り続けたい」人のために
長谷川(V4シリーズ開発責任者):僕は、80年代に青春時代を過ごした、典型的な「レプリカ世代」なんです。いかに速く走ることができるか、ということが、オートバイの最大の魅力だった……という原体験を持っているんですよね。
松井:僕もほとんど「レプリカ世代」と言っていいかと思います。仲間たちはみんなスーパースポーツに乗っていましたし、道の上はそんな若いライダーであふれかえっていました。でも、当時の若者もいまや、立派な大人ですよね。
長谷川:月日は流れ……です(笑)。僕だって、今でも大好きなんですよ、スーパースポーツ。でも、歳を重ねることで、もっと根源的なオートバイの魅力というものに気づく余裕が出てきたのかもしれません。
私も含めて、「もっと自分のペースでバイクを楽しみたい」というライダーに対して、Hondaらしいモデルを提供できないかと。それが、今回「CTX」シリーズを開発しようと考えたスタート地点ですね。
松井:そういったライダーには、欧米メーカーのモデルが支持されていますけど、Hondaにもゴールドウイングという、すばらしいモデルがありますよね。
長谷川:「怖い」「不安だ」「疲れた」といった、ネガティブな要素が少ないからこそ、純化されたバイクの楽しさを味わえる。そういう意味で、「ゴールドウイング」は、これ以上無いほどのお手本になってくれましたね。
フラットシックスを搭載した、決して軽くはない──いや、重いと言ってもいいモデルだけれど、走っているときはもちろん、取り回しをしているときも驚くほど扱いやすい。そして圧倒的にコンフォートなんです。何がそうさせているのかというのを、ひとつずつ数値化して、それに対して自由な発想でアプローチをしていこうと考えたんです。
松井:なるほど、数値化。しかし、「どのくらいコンフォートか」っていうのは、数値にするのは難しいですよね。馬力や最高速と違って。
僕らが若いころというのは、43馬力のバイクは、45馬力のバイクが出ると、もう存在自体が許されないような風潮があったじゃないですか。最高速が176km/hのやつより、179.3km/hのやつのほうが凄いよな!みたいな会話もそこかしこでなされていて。今振り返ると、懐かしい反面ちょっと滑稽だな、と思うんですけど、そういうものは目標も達成手法も見極めやすいですよね。
長谷川:「このバイクは最高速が300km/hです!」とか「200馬力あります!」みたいな世界はこれからもずっと残っていくと思うし、大事なことでもある。でも、私たちがこれからもっともっと力を入れていきたいのは、今回の「コンフォート」といったような、「感覚」の世界を数値化していくということなんですよね。難しいかもしれないけれど、「技術」である以上、やらなくてはいけない。そういうことが可能になれば、お客様の求めるものに対して、もっと「技術」でできることが拡大していくと思うんです。
松井:本田宗一郎さんが「研究所は技術を開発する所じゃない、人間を研究する所だ!」という言葉を残していますけど、それに近い世界が展開されていますよね。ある意味すごく崇高な作業というか……。
長谷川:そうでしょう、「研究所」っぽいでしょう(笑)。言うまでもなく、これは永遠のテーマで、「これしかない!」という確固とした答えなど、出しようがないんですけどね!
風が心地よい、鼓動が気持ちよい、思い通りに走れて気分がいい
松井:最初に「コンフォート」という言葉を聞いたときに、正直クエスチョンマークが浮かんでいたんですよね。「バイクで快適?」「バイクで安楽?」と。でも、「CTX700」がデビューしたときの試乗会で何かが見えた気がして、さらに今回いろいろとお話を伺ってみて、すごく僕の中で「コンフォート」という概念が立体になった気がするんですよね。
長谷川:「コンフォート」は、辞書を引いてみれば「快適」「安楽」なんですけど、ストレートに訳してしまうとそれはバイクのやることじゃないということなんでしょうね。楽なのがよければ、クルマに乗ったほうがよほどいい。雨に濡れないし、暑くも寒くもないし、風にも当たらないんですから。
正しくは「心地よい」ということなんだと思います。風が心地よい。鼓動が気持ちよい。思い通りに走ることができて気分がいい。
松井:若い頃のようなバイクの楽しみ方は、今はちょっと難しいかもしれない。それでも、僕らがバイクに乗り続けたいと願うのは、他のいかなる乗り物でも叶わない、その感覚を味わいたいがためなんですよね。
長谷川:そう、感性で楽しむ乗り物であるバイクだから感じられる幸せな気持ちを、最大限に味わえるバイク。取りまわしが悪くて疲れるとか、思った通りに走れなくて怖いとか、夜道が暗くて不安とか、そういったものを極力取り除いていくことで、「コンフォート」を極めることで、いつまでも走り続けたくなるはずじゃないですか。そういう技術を、達成手法も含めて、見極めていきたいんですよね。
人を研究する研究所に勤めているエンジニアとして、ですね。
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