POINTこの記事でわかること
- 2代目社長の元、ビジネス改革に向けて大きく舵を切るHACIは、現在地を第二の創業期と位置づけている
- HondaJet Echelonはアメリカにおける革新的な商品であり、第二の創業期を象徴した挑戦である
- Hondaフィロソフィーに基づく組織体制で、「空の領域で自由な移動の喜び」を提供する
アメリカ大陸横断を可能にする機体の開発が新たなビジネスチャンスに
2006年にアメリカ合衆国ノースカロライナ州に設立されたHondaの航空機事業子会社・ホンダ エアクラフト カンパニー(Honda Aircraft Company 以下、HACI)。主翼上面にエンジンを配置する画期的なアイデアを実装した小型ビジネスジェット機「HondaJet(ホンダジェット)」は、航空業界の常識を覆し、多くの航空ファンを魅了してきました。
→HACIの成り立ちとHondaJet開発秘話はこちらをチェック!
圧倒的な技術力と執念でHondaJetの開発を牽引し続けてきた初代社長・藤野道格(ふじの・みちまさ)は2022年に社長兼CEOを退任、技術顧問に就任しました。2024年にはこれまでの功績が称えられ、米国航空宇宙学会より日本人初となるダニエル・グッゲンハイム賞が贈られています。
藤野の退任後、社長兼CEOに就任したのは山﨑英人(やまさき・ひでと)。航空事業という専門性の高さから、これまでHonda内でもその詳細があまり知られていなかったHACIですが、「ONE Honda」としてグループシナジーの拡張に取り組んでいく第二の創業期に突入しています。
続いてHACIが取り組んだのが、HondaJetをよりHondaらしい商品にするため、そして、航空業界では未だ新参者であるHondaの名をこれから市場に浸透させていくためにはどうすべきか、という点でした。
業界に新しい価値を提供することは、市場参入当初からのミッションです。HondaJetのお披露目以降も、性能・快適性・安全性に対するお客様の期待に応え続けるため7年間で3度のモデルチェンジを行い、現行モデルであるHondaJet Elite IIにおいて、カテゴリ内での一つの完成形に近づけたと結論付けました。そして2023年に製品化を発表したのが、「空の領域で自由な移動の喜びを提供する」というHondaのミッションをより体現した最新機種・HondaJet Echelon(ホンダジェット エシュロン)です。
HondaJet Echelonは、これまでのHondaJetシリーズからさらに一歩踏み込んだコンセプトで新たな価値を提供。高効率な空力性能でアメリカ大陸の横断を可能にするだけでなく、燃費向上によるCO2削減にも寄与する次世代のビジネスジェットとして注目を集め、コンセプト発表以来、すでに400件を超えるLOI(購入意向表明書)を獲得しています。
コンセプト発表以降、『この機体サイズで本当にアメリカ大陸を横断できるんですか?』という驚きの声を多数いただいています。現在、ビジネスジェット市場の7割以上はアメリカ。無給油でのアメリカ大陸横断は、市場ニーズとカーボンニュートラルの要請に応えるHondaらしい商品という意味でも非常に重要です。
航空業界の新参者だからこその画期的な発想力、それを実現するための圧倒的な技術力という2軸において商品上の差別化を図るだけでなく、HondaJetオーナーが手放した機体をHACIが再び買い取り、点検・整備をしてリセールするメーカー認定中古機事業を2023年6月から開始。この新事業には、Hondaが四輪事業で行っている認定中古車事業の考え方が多く反映されています。また、逆に航空領域で培った技術を「F1のエンジン」や次世代の空のモビリティ「eVTOL(電動垂直離着陸機)」に展開するなど、グループシナジーを活かした挑戦をしています。
「秘密のプロジェクト」から「開かれた会社」への転換
HACIの社長就任に際しては「Hondaのフィロソフィーをさらに推進し、航空業界での革新を牽引する重責を感じています」とやや恐縮していた山﨑ですが、その心中は驚きと期待に満ち溢れていました。
実際に来てみたら、他のHondaの拠点とは一線を画すユニークな拠点だと思ったことを覚えています。こんなに素晴らしい施設や素晴らしい製品があって、何よりもこんなに素晴らしい人たちが集結している。知られていないなんてもったいない! と思いましたね。
これまで世界各地の仲間とともに様々な困難に挑んできた経験を持つ山﨑が、その知見を生かして取り組んだことの一つにオープンコミュニケーションの促進があります。年齢や職位にとらわれず議論や意見交換を行うことと大切さを説明したうえで”ワイガヤエリア”を設け、社長室のガラス壁を取り払うなど、開放型のオフィスレイアウトに変更しました。それまで存在した部門間の壁が低くなることで社内でのコラボレーションの機会が大きく増加し、さらにHACI従業員の意識は、二輪、四輪、マリンなど北米の他のHonda拠点とのコラボレーションにも広がっています。また、「HACIを360度開放して、みんなに見てもらいたい」という山﨑の思いは、従業員の家族に、働くフロアやデスクの引き出しの中まで見てもらう、会社見学ツアーからも伝わってきます。家族ぐるみで「素敵な会社で働けてよかった」と思ってもらうことで、一人ひとりの従業員それぞれの力をひとつのベクトルに向かって最大化させることが意図にあり、新価値創造にポジティブな影響を与えたいという狙いでした。
さらに、意思決定スタイルをトップダウン方式からボトムアップ方式に変更。革新的な技術開発を強く推進していくために強力なリーダーシップが必要だった黎明期を過ぎ、販路拡大という第二の創業期を迎えたいま、従業員一人ひとりの力と成長に期待してマネジメントしていく方針に変更すべきと考えたからです。並行して、会議体の整理やリアルでのコミュニケーション頻度を増やすなど、ビジネス拡大を目的とする新体制構築のため、情報共有・人的交流の仕組みを整えてきました。
航空機事業をHondaの柱へ 新生HACIが目指す未来
就任以来、山﨑は「従業員一人ひとりの大切さ」について力説してきました。それは、Hondaの基本理念でもある人間尊重の実践でもあります。
私は営業領域の出身で、昔から何でも自分でやるのが大好きでしたが、初めて課長職に就いたのが秘書室という経験の無い領域だったこともあり、どうすればみんなに気持ちよく仕事をしてもらえるかという仕組みづくりに注力せざるを得ない状況でした。そのような環境に置かれたが故に、次第にマネジメントのスタイルが変わってきたように思います。
Hondaの基本理念である人間尊重という言葉は「Respect for people(人々の尊重)」とも訳すことができますが、Hondaでは「Respect for the individual(個人の尊重)」と英語表記しています。
このように英訳したHondaは一人ひとりを大事にする会社であることをよく表していて、すごいなと思いました。この意思を引き継ぎ、従業員一人ひとりの個性・才能・可能性を引き出すことで、組織、そしてグループ全体の底上げ・総合力向上を図っていきたい。HACIにおいてもそれが私の仕事だと思っています。
個人を大切に、そしてその力を社会へ。Hondaの創業精神が脈々と受け継がれてきていることが分かります。
「提案をいくつか持っていき、社長が選ぶ」のではなく、「従業員がいいと思ったことを提案し、チームメンバー同士で相談しながら進めていく」スタイルへ。すべては、道なき道を進んだカリスマエンジニアと創業期を支えてくれた人々の努力と系譜があったからこそ、信頼して任せることができるのだと山﨑は強調します。
新体制になって早2年。緩やかに、しかし確実に事業拡大に向けて舵を切りつつあるHACI。描く未来はどこにあるのでしょうか。
この航空事業がHondaの柱となり、いつの日か、『Hondaは昔、バイクやクルマがメインの会社だったんだよ』と言われるまでにビジネス的にもインパクトを残せる会社にしていきたい。これが私の次の夢ですね。
山﨑社長が描く夢とともに、HACIの挑戦はこれからも続きます。
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HondaJetは2005年にオシュコシュで開催された世界最大級の航空ショーで初披露の機会を得ましたが、当日はものすごい賑わいでした。HondaJetがエポックメイキングな機体として認知されただけでなく、Hondaの技術力が認められ、航空業界に参入できたという点でも、HACIにとって大きな成功体験だったといえるでしょう。