吉田礼志のたたずまいには実業団2年目とは思えないほどの落ち着きがある。語る言葉も簡潔で迷いがなく、気持ちの強さもうかがわれる。本人も自覚しており、それこそが自分の強みだと話す。
「大きなレースとなれば緊張はしますが、怖いと感じたり、失敗したらどうしようと不安になることはありません。思うように走れなくても引きずることなく気持ちを切り替えられますので、メンタルは強い方だと思います。ただ鈍感なだけかもしれませんが」
そう言って、静かに笑う。
今年2月、Honda入社1年目で大阪マラソンに挑んだ。結果は2時間10分17秒の40位。目指したのは2時間9分00秒以内で日本人6位以内に与えられるマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)出場権の獲得だったが、35km以降にラップを落とし、目標達成には至らなかった。だが本人はここで自分の可能性を感じることができたと収穫を口にする。
「走りながら給水を取るのが得意ではなく、そこで少し無駄な力を使ってしまったことと、35kmからペースダウンしたことは今後に改善しなければならないポイントです。ただ35kmからキツくなるのはレース前から分かっていましたし、走っている間は楽しかったので、苦しかったという思いはありません。練習の質や量を高めていけば、自分もマラソンで戦えるはずという手応えを得られました」
冷静沈着に、そして前向きに自分を見つめることができる。それが吉田礼志だ。

中央学院大学では1年目から中心選手となり、そこから駅伝ではエース区間を担い続けた。4年時にはキャプテンも務め、競技に対して妥協のない厳しい姿勢を貫き、背中でチームを牽引した。マラソンへの思いが芽生えたのもこの学生時代である。
「自分の武器は長い距離でも一定のペースで押せるところ。ハーフマラソンが得意でしたし、中央学院大の川崎勇二監督からも“マラソンならば世界と戦える”と言っていただきました。Hondaへの入社を決めたのも、マラソンで世界と戦うためにベストな環境だと思ったからです」
大学在学中に出したハーフマラソン60分31秒のタイムは当時、日本人学生歴代2位(現6位)。さらに10000mの自己ベストは27分47秒01と、ともにHondaの先輩選手に混ざってもまったく見劣りしないものだが、入社当初は学生時代とは格段に練習のレベルが上がり、その厳しさに驚いたという。だが「慣れるしかないと思って、がむしゃらに取り組んだ」ことで、本人も想定していなかった1年目でのマラソン挑戦にまでこぎつけた。
「チームの雰囲気も入社前にイメージしていた通りで、いい環境で競技に集中できています。まだまだマラソンランナーとして足りない面ばかりですが、経験して分かったことも多かったので、早めにマラソンを走れてよかったですし、Hondaで成長できている実感はあります」
小川監督ら指導陣が組み立てるメニューをこなし、チームメイトと切磋琢磨することで、さらに強くなれるはずと吉田は確信している。

入社2年目の今季は明確にマラソンを意識してスタートした。「今のマラソンではスピードがないと戦えない」と、春はトラックでスピード強化に注力しつつ、同時にジョグから走行距離を増やしてきた。
「北海道マラソンを見据えるうえで、初マラソン前との大きな違いはやはり練習のボリュームが増えたところです。ポイント練習の距離走の回数も増えましたし、脚づくりはかなり進んだ印象があります。前回、課題として見えた35kmからの走りの改善は進んでいて、大阪前よりマラソンを走れる準備ができている感触があります」
7月に出場した士別ハーフは北海道マラソンを想定し、ペースを確かめる意味合いでの出場だったが、狙い通りの走りができただけでなく、ラストでのペースアップにも成功。チームトップでフィニッシュし、状態の良さをうかがわせた。今回の北海道マラソンでの目標は2時間12分00秒を切って、日本人3位以内の選手に与えられるMGCの出場権獲得。だが吉田はそれ以上の結果を求める。
「走るからには優勝を狙いたいと思っていますし、勝つことで自ずとMGCもついてくるはずです。自分自身、学生時代を振り返っても日本人トップをとったことはありますが、勝ち切ったレースはあまりなく、勝負強さがあるとは思っていません。ただ将来的にはマラソンで世界に出るだけでなく、そこで勝てる選手になりたいという思いもありますので、このレースでそのきっかけをつかみたいと思っています」

勝負のポイントはやはり暑さ対策。大阪マラソンで苦労した給水もしっかり対策をしてきた。「そこがうまく取れないと、後半にキツくなります。北海道とは言え、暑くなることは予想していて、その対策も準備もしてきたつもりです」と、自信を示す。指導する小川智監督は「タイムが示す通り、潜在能力は高いですが、30歳を過ぎて日本代表になった石川末廣(現リクルーター兼普及)に似ている部分もあります。ですので、長い目での育成を考えていますが、今回も本人の目標が高いので、どんな走りをしてくれるか楽しみです」と期待を寄せる。
だが本人は遠い未来ではなく、北海道マラソンの延長線上にあるMGCと、その先の世界大会を目標とする。「目の前にある大きな試合を目指していく方がモチベーションも上がります」と最短距離で日の丸を目指す。そして同時に狙うのはHondaのエースの称号。そのためにも偉大な先輩たちに早く追いつきたい。
「高い目標を立て、責任を背負うことが成長につながります。自分の感覚を信じ、自分のやり方を積み上げていくことでどんなレースでも勝てる選手になり、結果としてエースと呼ばれる選手になりたいと考えています」
だからこそ、今回の北海道で貪欲に結果を求めに行く。夏のマラソンにも臆することはない。失敗を恐れることなく勝負に徹し、今回のレースをマラソンランナーとしての飛躍の足がかりにするつもりだ。
(取材・文:加藤康博)