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MONTHLY THE SAFETY JAPAN●2003年1月号

科学技術の発展により、人間は様々な恩恵を受け、たくさんの夢を成し遂げました。その一方で、地球環境への負荷や、安全の問題などの副作用も生み出されました。地球の未来のために、いま、私たちは何をめざすべきでしょうか。宇宙飛行士であり日本科学未来館館長の毛利衛さんと、吉野浩行社長の対談から探っていきます。
−−日本科学未来館発行の雑誌の名前が『MeSci』。これは「私にとって科学とは何か」という非常にユニークな名前です。つまり宇宙から地球を見て地球とは何か、宇宙とは何か、あるいは全体の科学とは何かということで、今日の対談のテーマにふさわしいと思っています。
毛利 先日、日本科学未来館に奥様とご一緒においでいただいたそうですね。
吉野 ええ、うかがいました。とくに面白かったのはドームシアターのオーロラの映像でした。
毛利 あのドームシアターの直径はわずか16mですので、普通のプラネタリウムなどから比べると見劣りがして、ドームとしての迫力には欠けているのですが、あのオーロラの1つひとつの映像だけは非常に丁寧に撮ってよくできていると自負しています。
吉野 飛行機からオーロラを実際に何回か見たことがあるので、冒頭の映像で宇宙から俯瞰でオーロラを見るところは「なるほど、そうだろうな」という感じがしました。昨日も太平洋の上を飛びながら明日、毛利さんとお会いするけども、毛利さんはこれの何十倍も上から地球を見たのだなと思いながら戻ってきました。
毛利 スペースシャトルは地球から300km上空ですから、飛行機からの30倍です。
吉野 シャトルが打ち上がっていくときに、地球がどのように見えるのか、地球からどんどん離れていく、地球を客観的に見る過程に興味がありますね。
毛利 内部にいる人間は上を見ていますから空は見えますけども、それ以外はまったく見えません。逆にスペースシャトルが地球に近づくときは、比較的よく見えますね。大気圏突入のときはあたりが真っ赤になるので見えませんが、上空30kmぐらいになると人間がコントロールできるようになります。そうなるとS字ターンをするたびに地球が見えますが、そのときはまだ、真っ暗な宇宙の中に丸く青く見える程度です。それから、地球がだんだんと近づいてくる様子が見えます。
吉野 宇宙に地球がぽっかり浮かんでいる様子はどういう感じですか。私たちは大地とか言っているわけですが、そんな感覚とは関係なく、ポカッと浮いてるわけですよね。
毛利 私が2回目の宇宙飛行で、とくに興味があったのは、「地球って本当に存在するのだろうか」ということでした。もちろん存在するのは当然ですが、存在に実体感を持てるかどうかに興味がありました。最後の日、仕事がすべて終わったので、ただ集中して地球だけ見ていました。毎秒8kmですから、1周するのに90分しかかからない。その最後の日は寒さが刻々と窓ガラスから伝わってくるなかで、地球を一回りする間、昼から夜までの姿をじっと見ていたら「ああ、確かに地球は在る」と本当に実感できたのです。これはなかなか表現が難しいのですが、どうしても上とか下とかという概念が宇宙に行ってもあって、地球が上かシャトルが上か、太陽が上か下かを気にしながら無意識のうちに見ています。しかし、地球をじっと見て回っていたら、宇宙は真っ暗闇、そのなかに地球が上も下も関係なく存在していた。球の物体がただ在るのだという実感を得たのです。また同時に、地球もこうやって存在するけども、月も、太陽も、他の惑星も、すべて同じようにあるがままに在るということが瞬間的にわかったような気がしました。
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価値観の最も大事な部分
「生きること」「存在すること」
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−− 私たちは、宇宙から地球を俯瞰的に捉える視点を獲得した最初の世代ともいえます。では、その地球、そしてその中に存在する人間の役割についてお聞かせください。
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日本科学未来館
日本科学未来館(MeSci:ミーサイ)は、自分自身で触れ、楽しむことができる参加体験型の展示や、科学者・技術者、インタープリター(展示解説員)との交流を通して、科学をひとつの文化としてもっと身近に感じてもらうことをコンセプトとしています。最先端の科学技術に関する情報発信拠点として、国内外のネットワークを広げ、様々な活動を展開中です。 |
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吉野 たとえば、クルマの将来の姿は、自動化、知能化へと進んでいます。クルマはいま、自動制御機能をどんどん導入しつつあります。この前発売したアコードの新機種も、高速道路で、車線維持支援と車間/車速制御機能を投入しました。これによって人間の負荷は軽減されますが、最終的に誰が制御するのかといえば、やはり人間なのです。それではどこでどういう論理で制御の主体を機械から人間にバトンタッチするのか。最後まで、衝突するまで機械にやってもらうのか、警告だけ与えてもらって、あとは人間がやるのか。そこがまだまだ難しいと思っています。そういう面でもスペースシャトルに興味があります。
毛利 航空機でも、スペースシャトルでも同じです。
吉野 オートパイロットはどこでバトンタッチするのですか。
毛利 アメリカの場合は、最後は必ず人間だということで、宇宙でも筋肉が衰えないようにパイロットは一生懸命訓練しています。それで最後、タッチダウンのときに彼らはプライドをかけて操縦するわけです。
−− 燃料電池車が実用化され、これからクルマは燃料電池の時代に入った感じがあります。どのような課題があるのでしょうか。
吉野 本当に一般の人たちが使えるレベルまで技術を高めることです。コストの他にもマイナス20度、30度で始動して動けるか、燃料タンクの水素の比率など課題はたくさんあります。
毛利 スペースシャトルも燃料電池で動いていまして、燃料はまさに液体水素です。やはり酸素より圧倒的に水素のほうが軽いですからね。
吉野 それから触媒の問題も大きい。水素と酸素から電気を起こすときに白金を相当使いますが、白金の量は世界に現存するクルマがすべて燃料電池になったら、まったく足りません。ですからそこに発明が必要になるわけです。
毛利 資源そのものが枯渇してしまうということですね。
吉野 その通りです。その他にも、水素を供給するインフラの課題もあります。研究しているのがソーラーパネルです。ソーラーパネルでエネルギーをもらって水を電気分解して水素にする。その同じ電気で高圧にして溜めて、そこに燃料電池車がくると水素が供給できるという仕組をテストしています。これですと、太陽さえ出てきて水があればクルマが走るようになります。太陽が出なくても、家庭用電源を使えば同じように電気分解できるわけです。これをいかにコンパクトに経済的に普及させるかということですね。
毛利 これまでHondaさんは非常に環境に優しい製品をつくられてきています。このポリシーを追求しつつ、地球環境をグローバルに見たとき、やはり燃料電池にいかなければいけないという発想で開発されている。ガソリンもいつかは枯渇するという認識ですか。
吉野 そうです。結局、環境と安全を大事にするということです。人が持っている価値観の一番大事な部分は存在する、つまり「生きる」ということだと思います。環境と安全はそれに直接的に絡む話です。したがって交通事故も、事故を起こして命を落としたり、怪我したりということは絶対に避けなければいけないと考えています。
毛利 グローバルな視点で将来を見据えたときに、中国では一気にモータリゼーションが進むだろうし、世界人口は100億になっていくことが考えられます。ますますガソリンが貴重になっていくでしょう。ガソリンに代わるものとして今、燃料電池が出てきたわけですが、他の可能性も検討されているのですか。
吉野 燃料電池の他に、ニッケルメタル・ハイドライトのバッテリーを使ったクルマを350台ぐらい作って、主としてカリフォルニアで限定販売をしてみたのですが、どうしてもバッテリーが500kg必要なのです。したがって、それと並行してハイブリッドカーを今実施しています。それから天然ガスを内燃機関で燃やすタイプと、今のエンジンでどんどん燃費をよくしていくという5つのタイプで取り組んでいます。
毛利 燃料電池だけに将来的に絞るのではなくて、いろいろなシナリオを同時並行でしているということですね。
吉野 ただし燃料電池も電気を起こした後はもう電気自動車ですから、そこは電気自動車からの技術が応用できます。それから天然ガスも高圧タンクが必要ですから、このタンク技術が応用される。ハイブリッドのエネルギー回生技術や制御技術も、いろいろな運転モードに対して応用されます。こうして同時並行の開発を少しずつ行ないながら、技術が移転され、融合されてきているといえます。
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一般市民の安全意識を高める
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毛利 衛
宇宙飛行士・日本科学未来館館長 |
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毛利 先ほどいわれた、人間の最大の関心は自分が生きるということで、交通安全は、直接的に生と死に関わることですからしっかり取り組んでいるということでしたが、スペースシャトルでいえば、安全についてもアメリカのやり方があります。宇宙開発のようなビッグプロジェクトではやはり危機管理体制全体で、軍との関係もありますし、徹底して訓練していますから、適材適所で対応できるようになっていますね。しかし、日常の交通安全のような個々の市民のレベルでは、アメリカで生活していて感じますが、完全に日本のほうが上だと思います。それなのに、アメリカのスタンダードが入ってきて、日本にある質を落としかねないにもかかわらず、私たちが受け入れざるを得ないという状況も随分あります。
吉野 アメリカ式だと一般市民は置いていかれますね。しかし、私たちのビジネスは一般市民の方々から支えられている訳ですから、その方たちの安全意識をいかに高めていただくかに一生懸命に取り組む気構えでいます。
毛利 そういう意味ではアメリカの危機管理体制とはやはり異質ですね。NASAではマニュアル通りに完全に個人の心までコントロール、あるいはサポートすることで、可能性を広げようとしています。逆に日本が一番欠けているところは、そうした組織的な、いわば上からの危機管理です。下からの危機管理は日本企業は大変優れていますから、この2つを融合させてどうやってよいものを作りあげるかですね。
吉野 自動車の生産という仕事も、最初の鉄板から完成車が出てくるまで、約1万人が関わる仕事です。1万人が1台1台に対して集中して適正な仕事をしないと完全な製品になりません。一人ひとりの意識と行動をいかに発揮してもらうかが、私たちの一番大事な仕事なのです。製造業は団体戦ですから、いかにシグマ(合算値)を最大化するかという考えなんですね。
毛利 最先端の技術を使っても、やはり人間の力が必要ということですね。
吉野 そうですね。そして安全な製品をお届けするのと同時に、安全にクルマを運転していただく方法を伝えていくことも重要です。お客様は幸せになるためにHondaの製品をご購入されたのに、万が一事故が起きてしまったら、不幸になってしまうわけですね。こうした安全運転の普及に対する想いと活動はいま、アジアでも相当力を入れて展開しています。
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科学技術に100%の成功はない
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毛利 安全技術に関連して、Hondaさんはロボット開発に力を入れていますが、日本科学未来館では今、ASIMOのデモンストレーションをさせていただいています。ASIMOはどのように生まれてきたのですか。
吉野 最初の研究目的は消費者層をターゲットにしたモビリティ、動くロボットをつくることで、車輪を使おうと考えていました。しかし、二足歩行という人間の形をしたものが人間社会に一番役立つはずではないかと考えるようになりました。施設や設備などのインフラが、すべて人間用にできていますから、シミュレーションもすべてできるからです。それで二足歩行ロボットの開発に向け、遮二無二研究してきました。
毛利 98年に私がヒューストンにいたときに、CNNニュースでASIMOを見て本当に衝撃を受けました。それで、2002年1月に日本科学未来館にASIMOを採用しました。私たちは彼をロボットの1つではなく、解説員の1人として位置づけています。ASIMOは3階のロボットフィールドを案内する解説員ですが、同じフロアには人間の解説員もいまして、ASIMOがいることによって彼らが心理学的にどう影響されるのかという研究もしています。それで面白いのは、彼らにとってASIMOはもう機械でなくて精魂こめて一緒に働く仲間になっているという事です。
吉野 ASIMOは、またかなりバージョンアップしました。コミュニケーション能力を高めて、「一緒においで」というと一緒についてきます。
毛利 日本科学未来館では科学技術の実験もしています。私たちが来館者の方々にお知らせしたいのは「本質的な科学技術に100%の成功はない」ということです。大きなプロジェクトは、原子力でも、宇宙でも、失敗したら大変な社会的損失がありますので、100%成功することが当然と思われていますが、それが大きな間違いだと思っています。
吉野 20世紀までは、科学技術の功罪の「功」の方が勝っていた時代だと考えています。その恩恵で人口は増えたし、寿命は延びました。でもこれからは、科学技術の発展、とくに人間のためだけを考えていると、「罪」が大きくなるのではないかという危惧があります。21世紀は使い方を見極める知恵や力が必要な時代なのではないでしょうか。
毛利 今までは、おそらく科学技術の発展のためという発想でやってきたからでしょう。これからは、科学技術を文明の一つとして、他の分野の知恵、つまり哲学や音楽や文学や芸術、そして倫理的なものと融合させていくことが求められていると思います。
吉野 だからこそ実験の場が必要ということですね。
毛利 ヨーロッパ社会では人間がすべて自然を克服する、人間が自然のパラメーーターを明らかにすれば自然すらコントロールできるということで科学技術が進歩してきましたが、謙虚に地球全体を見たときに、決して科学技術で自然をコントロールできないだろうと思っています。人間は自然の一部である、環境は人間だけの世界では持続できないという認識が必要です。なぜかといえば、シャトルに乗っていると完全に人工物に囲まれています。そういう状態で地球に帰ってきてハッチが開いて、湿った空気が入ってきたときに、ケネディ宇宙センターの匂いがしてくるとホッとするのです。今までは液体酸素から気化したものを吸っていたわけですね。それがハッチを開けたとたんに様々な生物が、細菌がたくさん入っているような空気に囲まれたとたん、すごく安心したことが本質的なことではないかと思いました。私たちの体内にも細菌がたくさんいるわけですからね。
吉野 いて普通ですからね。
毛利 自分の強力な実感として、地球はそれ自体として宇宙に存在している。そこに人間がいるということに価値がある。その価値を認めながら、しかし自然はそう待ってくれませんよという認識ですね。人間も自然のなかの一部であるという発想は、今まで西欧的なものになかった発想です。他の生物を殺し始めていくと、実は自分もまわりもなくなるということが問われているのが21世紀ではないかなと思います。
吉野 人間は何でもできる、何をやってもよいのだという時代はもう終わったということですね。人間という生命体を保持しているのが地球環境であるという認識を広げていくことが、これからの交通社会を持続することにつながっていくと考えております。
−−それが地球の未来のために、私たちがめざすことなんですね。どうもありがとうございました。

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