性能だけでなくデザインにもこだわりがあるHondaのプロダクトは、多くのデザイナーに支えられています。エクステリアデザインの経験を積んできた原と入社2年目で日々経験を積み重ねる佐藤は、あるプロジェクトをともに進めました。幼少期からHondaが好きだったふたりのデザイナーが、プロジェクトへの挑戦を振り返るとともに、デザイナーとしての今後の目標について語ります。
原 大Dai Hara
本田技術研究所 デザインセンターオートモービルデザイン開発室 プロダクトデザインスタジオ
2007年に入社し、グローバルモデルやスポーツモデルを中心にエクステリアデザイン開発に携わる。エクステリアデザイナーとしての通常業務と並行してトランスポーターのデザインプロジェクトの取りまとめを行った。
佐藤 駿太郎Shuntaro Sato
本田技術研究所 デザインセンターeーモビリティデザイン開発室 プロダクトデザインスタジオ
幼少期からHondaに憧れがあり、幅広い製品のデザインに携わりたいと考え2021年に入社。トランスポーターのデザインプロジェクトと並行して、新機種開発に取り組む。
短期間ミッション、「トランスポーターのカラーリングをデザインせよ!」
Honda入社以来15年近くエクステリアデザインに携わっている原と、エクステリアデザイナーとしてのキャリアを歩み始めて2年目の佐藤は、2022年にトランスポーター*の外装デザインプロジェクトに参画しました。
*レーシングカーや、関連機材を輸送する車両。レース期間中はエンジニアのオペレーションルームとして活用されるケースもある
通常は四輪の外装デザインをするのが四輪エクステリアデザイン領域の業務ですが、近年ではモビリティの垣根を超えて業務の幅が広がってきています。ふたりが参画したトランスポーターのプロジェクトは、まさに特殊なケースだったのです。
「私はスーパースポーツモデルである『NSX TYPE S』のエクステリアデザインのプロジェクトリーダーを務めていました。国内四輪モータースポーツの最高峰であるSUPER GT車両等の研究開発を行うレース部門から、実際のレース現場で使用するトランスポーターのカラーリングデザインをデザインセンターに依頼したいとリクエストがあり、ベース車両のデザインに関わった私に声がかかりました。
当初はある程度ベースのデザインがあり、車両の絵を2022年仕様のイラストに入れ替えて欲しいという話だったんです。しかし、2021年末にレース活動組織が株式会社ホンダ・レーシング(HRC)に統合されて組織とレースブランドを一本化しました。それに伴いロゴも刷新することになり、デザインの大幅な見直しが必要になりました」
トランスポーターのカラーリングデザインをひとりで進めようと考えていた原でしたが、予想外の大幅変更が発生したため、アイデア出しやデザインを一緒に進めてくれる若手デザイナーの協力を得ることにしました。そうしてプロジェクトに参画したのが、佐藤だったのです。
「固定観念がなく自由な発想でデザインしてくれる若手に期待していました。佐藤さんはベースのデザインを上手く活かしながら、新しいデザインをいくつも提案してきてくれました。
通常、エクステリアデザインに携わった製品が世の中に出るまでには何年もかかります。しかし、トランスポーターのデザインは約2週間で完成させなければならず、完成後、実際に車両が走り始めるまでの期間も短かったのです。このようなスピード感で自分が関わったデザインが世の中に出ることは基本的にないので、若手にとっては良い経験になったと思います」
「私はHondaに入社したばかりで、トランスポーターのカラーリングも当然やったことがなかったため、日々勉強しながらデザインを創り上げました。1カ月後にはすぐ形になって大きいトレーラーに実装されたので、入社して間もない自分がこんなふうに活躍できる場があるんだという驚きと嬉しさがありましたね」
アクシデントを乗り越え、Hondaのこだわりが詰まったトランスポーターが完成
普段のプロジェクトにはないスピード感で進んだ、トランスポーターの外装デザインプロジェクト。Hondaらしさが全面に出ているプロジェクトでした。
「普段からカーラッピングやグラフィックに携わっているわけではないので、正直なところ『本当に私たちに任せてもらっていいの?』という気持ちもありました。
グラフィックが決まりラッピングフィルムに印刷したあと、全長14mほどあるトランスポーターに貼り付けるんです。外部の専門業者の方に貼り付けしてもらう場面に私も立ち会ったのですが、実はそこで新たな問題が発覚しました」
その問題というのは、データで作成したグラフィックのレイアウトと、実際に印刷したレイアウトにズレが生じていたこと。図面の寸法と実際の車両の寸法に差違があったことが原因でした。
「全てをやり直す時間はないので、何ができるかをその場で議論し、その日中にデータの修正とリカバリーの段取りを各方面と調整しました。修正エリアを限定することで業者の方に何とか対応してもらうことができて、無事完成しました。
タイトスケジュールのなか、想定とは異なることが何度も発生しましたが、最終的なクオリティは申し分なく、HRCの伝統的な配色であるトリコロールカラーを大胆にあしらったグラフィックと、緻密に描きこまれたレーシングカーが合わさり非常に完成度の高いものができたと自負しています」
こうした経緯を経て、実際にレース現場へと出発した、Hondaのトランスポーター。新たなデザインを目にしたファンからは、好意的な意見が寄せられました。
「レース現場で他社のトランスポーターも確認しましたが、HRCの凝ったデザインが非常に目立っていました。おそらく社内のデザイン部門に依頼してカラーリングを施しているのはHondaだけではないでしょうか。個性的なデザインを自前でやってしまおうというのはHondaならではの気概のある取り組みだと思いますね」
「もちろん四輪のデザインには携わりたかったのですが、Hondaは二輪やライフクリエーションなどさまざまな領域を手がけている会社なので、四輪以外にも幅広いデザインに関わりたいと思っていました。そのため、立体デザインだけでなくトランスポーターのグラフィックデザインにも携われたのは、非常に貴重な経験であり嬉しかったですね。
HRCのロゴを初めて見たときに、第一印象として率直にかっこいいと感じました。このHRCロゴをトランスポーターのグラフィックに当てはめた際に、その魅力が損なわれないように、より魅力的になるようにという想いで制作しました」
Honda車のデザインに衝撃を受け、デザイナーを志したふたり
2021年にHondaへ入社した佐藤は、小学生の頃からクルマのデザインに興味を持っており、大学でもデザインを専攻しました。
「大学ではクルマのデザインだけでなく、彫刻や絵画、建築のデザインなども学びました。そのうえで、やはりクルマのデザインをやりたいと思ったんです。
数あるメーカーのなかでもHondaに入社した理由は、幅広い分野のデザインに携われると感じたからです。自動車業界は100年に1度の大変革期を迎え、これからは必ずしも車輪が4つあるクルマが当たり前ではなくなると思っています。四輪や二輪の他に、飛行機や船外機などモビリティ全般のデザインをしたいと考えていました」
佐藤がHondaに就職を決めたもうひとつの理由は、そもそも自身がHondaのファンだったからです。
「小学生の頃、家の近所にHondaのディーラーがあり、2代目の『INSIGHT』を見てこんなに斬新なクルマが出るんだと衝撃を受けました。見た瞬間に鳥肌が立ち、すぐに家からカメラを持ってきて写真を撮った記憶があります。その経験をして以来、人に感動を与えるようなかっこいいデザインがしたいとずっと思っていますね」
実は、佐藤が参画したトランスポーターのプロジェクトを率いた原も、Hondaが好きで就職を決めました。
「私が小学校に上がるくらいの頃にF1のHondaレーシングチームが黄金期で、夢中になって観戦していました。初代『NSX』が出たときは、日本の自動車メーカーがスーパーカー*を作るんだと衝撃を受けたんです。Hondaは他のメーカーとは違うような印象を受けて、憧れの存在になりました。そこからHondaのストーリーや製品などを知っていくうちに、自分もそんな会社の一員になりたいと思うようになったんです。
私の父がデザイン関係の仕事をしていたので、幼少期からデザイナーという職業を知っていました。私自身も絵が好きだったため、自然と自分の好きな絵を活かしてHondaに携われたらいいなと思い、高校や大学で工業デザインの勉強をして入社しました」
*性能・美しさ・装備のよさ、価格などで並の自動車を超えた車(定義には諸説あり)
佐藤は2021年4月に入社し、同年10月から新機種開発チームに参加しました。入社してから新たな学びもあり、成長を実感しています。
「Hondaに入社して現場を見てから、四輪についてもっと詳しく勉強しなければならないと感じたんです。今は、現場で四輪デザインの基礎を習っています。
しかし、四輪だけではない他のモビリティにも携わることができる可能性を非常に感じられるので、四輪デザインをしっかりと勉強しながら、四輪の枠に縛られない新しいモビリティ像も提案できるようになりたいと思っています」
クルマ好きもそうでない方も受け入れる多様性がHondaのクリエーションを支える
原は2007年にHondaに入社してから、さまざまな四輪のエクステリアデザインを担当してきました。そして幼少期から憧れていたHondaのスポーツモデル 『CIVIC TYPE-R』の開発に携わった経験が、キャリアの転機になったのです。
「それまでは、どのようなクルマが好きとは積極的に主張していませんでした。しかし、スポーツモデルの機種を担当したときは、レースに絡めた提案やプレゼンテーションボードを作ったり、レース部門出身のエンジニアの方とマニアックな会話をしたりして、今まで自分の内に秘めていた知識をそのまま出したんです。
その結果、表出した知識を上手く取り入れてもらうことができました。それからどんどんアイデアを出せるようになり、デザインコンペでもレースやスポーツモデルを絡めた提案を行っていたところ、自分のキャラというかイメージが定着したようで次なる『NSX TYPE-S』プロジェクトリーダーを任せてもらうことができました」
原も佐藤もHondaが好きで入社しましたが、四輪デザイナー全員がクルマやHondaに憧れて入社したわけではありません。さらに、クルマ好きにもさまざまなタイプがいます。その多様性こそが、Hondaのクリエーションを支えているのです。
「例えばアウトドアが好きで自分で何でも改造するクルマが好きな人もいれば、昔のクラシックカーを大事にメンテナンスして持っている人も、最新のスポーツカーを好む人もいます。さらにはクルマよりバイクが好きという人までいます。
また、私よりクルマに詳しい若手がいる一方で、クルマという枠組みにとらわれずおもしろいことができそうだからHondaを選んだ人もいて、メンバーの専門性やモチベーションは多岐に渡ります。どちらがいいという話ではなく、どちらも受け入れられるのがHondaの良さだと思っています」
「Hondaにはクルマ好きの方もそうでない方もいて、私はクルマ好きだからこそ、そうでない方の意見がとても新鮮です。当たり前だと思っていたことに関しても疑問を投げかけてくれるため、新しい視点を得ることができ、よりクルマに対する理解が深まると感じています。
製品づくりをしていくためには、特別クルマが好きではない方のフラットな意見も重要になってくると思います。いろいろな意見を持つメンバーが社内にいるというのは、クリエーションを進めるために良いことだと感じますね」
四輪にこだわらず、他製品やライフスタイルまでデザインしていきたい
四輪のエクステリアデザインにずっと関わってきた原は、四輪デザインのおもしろさは“さまざまなメンバーが関わって世の中に製品が出ること”だと考えています。
「デザイナーというと、絵を描いてそれがそのまま形になって世に出るというイメージがあるかもしれません。しかし、描いた絵が製品になって走るというプロセスには、多くの人が関わっています。
絵をクレイ(粘土)モデルや3Dデータで立体にする人、その立体を実際に世界中で走る製品にするために設計する人など無数の人が関わるので、絵に描いたままのクルマがそのまま世の中に出ることはほとんどありません。しかし、さまざまな壁を乗り越えて自分の描いた製品が世に出るのはおもしろく、やりがいを感じる部分ですね」
Hondaで長年四輪エクステリアデザインの経験を積んできた原と、入社2年目を迎えさらなる意欲を見せる佐藤。ふたりとも今後の目標を持ち、達成に向けて動いています。
「四輪デザインにはもちろん取り組みながら、四輪の既成概念にとらわれないようなものを提案できたらいいなと思っています。とても難しいことではありますが、Hondaで挑戦できるのではないかという希望をずっと抱いていました。
『こんなモビリティがあったのか、おもしろい』と人々が驚くような新しいものを、将来的には提案していけたら嬉しいですね」
「これまで四輪エクステリアデザインに携わってきて、我々デザイナーは製品ができ上がって世に出したあと、それを使っていただいているお客様とのつながりが弱いと感じています。これからは、本当に良い製品だけ作ってあとはよろしくという形ではファンでい続けてもらえません。
そのため、形ある製品をデザインするだけではなく、その周りにあるライフスタイルまで一緒に提案してお客様とつながるところまでデザインをしていくのが目標です。製品単体ではなくその製品を通してHondaというブランド、生き様に憧れや興味を抱いてくれる人が一人でも多く増えてほしいです。
ただ製品の外装をデザインして並べて売るというよりは、四輪や二輪、航空機、宇宙領域などさまざまな分野のHonda製品が結びついて、どのような新しい体験を提供できるかというところまでデザインできればいいですね」
モビリティの垣根を超えたデザインが求められ、業務の幅がどんどん広がっているHondaのエクステリアデザイナー。
時代の変化に合わせてHondaらしいプロダクトをデザインするため、デザイナーの挑戦は続きます。