Honda R&D Technical Review Vol.37

Honda R&D
Technical Review Vol.37

信頼性設計の導入に向けて
要旨

筆者のこれまでの主たる活動は、圧力容器、配管と関連する分野が多く、自動車分野との接点はそれほど多くはなかった。この度、自動車の車載型水素タンクにかかわるNEDOプロジェクト(1)に参画し、活動内容にふれることとなった。これまであまり体験することの少なかった分野の活動に接した結果として課題や問題点を感ずることがあった。我が国のこの分野の発展を考えるとき、信頼性設計の取り扱いは避けて通れないと感ずるので、本稿に概要をとりまとめることとした。
表題に掲げる「信頼性設計」こそが、キーワードである。これまでは、水素タンクの設計を信頼性設計の観点からとらえることは、多くはなかったものと推測するが、ドイツのBAMに所属するG.W.Mair氏は、まさに水素タンクなどの圧力タンクについて「信頼性設計」の考え方を導入することの重要性を訴えている(2)。
これまで、機械分野では、規格上の安全は、安全率によって担保されることが多かった。機械工学分野では、基幹となる学問分野である「材料力学」の講義において、安全率を学ぶ機会がある。筆者が学んだ当時の材料力学の教科書(3)に書かれていた安全率の定義は、許容応力=材料強度/安全率、というもので、当時は、安全率は経験的に定めるものと教わった。このような考え方に基づく安全率のことを経験的安全率あるいは、決定論的安全率と呼ぶ。今日の機械分野での規格上に掲載されている安全率は、全てが経験的に定められたものというわけではないであろうが、基本的な考え方は、当時とそれほど大きく変わっているわけではないと感じられる。安全率を用いた設計は、極めて単純であり、設計者にとっても、規制する側にとっても便利な方法であると言える。
機械構造物の損傷による被害がさして大きくない場合には、このような単純な決定論的安全率を用いて、安全管理をすることは合理的であると考えられる。一方で、近年、機械製品の性能の向上が求められるようになるにつれて、このような決定論的安全率のみで安全管理をすることには、限界がある。例えば、性能の向上を求めると、一方で万が一の事故の際の被害が甚大になる場合がある。この場合には、合理的設計のためには、リスクベース設計、あるいは信頼性設計という考え方が重要になってくる。
本稿では、信頼性工学に馴染みのない読者にも理解できるよう入門的な内容から、関連規格の動向、適用事例、現状の課題などについて概説する。なお、安全率に対応する英語はSafety Factorであるので、正しくは安全係数と呼ぶべきものであるが、安全率の用語も広く浸透していることから、本稿では両者を区別することなく使用することとする。

酒井 信介

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新型燃料電池システムの開発
要旨

燃料電池の耐久性を確保するには燃料電池スタックの固体高分子膜への鉄(Fe)の混入を防止することと,適切な湿度にコントロールすることが重要である.今回ゼネラルモーターズと共同開発した燃料電池システムは,燃料電池スタックのステンレス製バイポーラプレートにチタンとカーボンの2層コーティングを採用しFeの溶出を1/10に低減した.また,高精度の加湿モデルによる水蒸気量推定と高効率加湿器,電動クーラントミキシングバルブ採用によるアクティブ温度コントロールをおこなったことで加湿量を増大させた.冷媒温度を低温側にシフトしつつ高精度に管理された湿度の高い空気を供給することで膜の高含水化を実現した.これらにより耐久性を従来システムの2倍以上に向上させた.
また,システム停止時の調湿制御と起動時の急速暖機制御をおこない,-20℃での低温環境下において始動時間を従来システムの1/9に短縮した.
さらに燃料電池スタックのコスト低減及び,システム簡素化をおこない燃料電池システムコストを従来システムの1/3に低減した.

尾崎 浩靖、山崎 薫、小川 隆行、間庭 秀人、三浦 種昭、Todd W. HUSTON

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高耐久・低コスト新構造燃料電池スタックの開発
要旨

ゼネラルモーターズと共同開発した新構造燃料電池スタックでは,従来の燃料電池スタックの出力性能や安全性を維持した上で,耐久性を2倍にしながら,コスト1/3を実現した.
耐久性向上に対しては,制御による温度と湿度管理,スタック構造でのバイポーラプレートの鉄溶出低減,冷却性能向上,積層端部部品による発電安定性対応などをおこなった.
コストを低減するために,まず従来と同等のネットパワーを確保しつつも,電極集合体の高電流密度化とスタック発電を補う補機の消費電力低減により,セル積層数を削減した.次にバイポーラプレートの冷却性能を向上しつつ構造の簡略化をおこなった.またUnitized Electrode Assemblyの電極触媒へのプラチナ使用量の削減や電解質膜厚の削減をおこなうとともに,Unitized Electrode Assembly組立から積層工程までの完全自動化ラインを適用した.

石川 暢一、岩井田 学、内藤 秀晴、稲井 滋、吉田 弘道、室本 信義

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高耐久・低コスト燃料電池UEAの開発
要旨

Hondaの新構造燃料電池スタックの中で,発電を担うMembrane Electrode Assemblyおよびその外周樹脂枠構造体から構成される,Unitized Electrode Assemblyにおいて,従来燃料電池スタックに対して出力性能を維持しながら,耐久性の向上とコストの低減を実現したUnitized Electrode Assembly仕様を構築した.具体的には電極触媒へのPt合金触媒の適用による活性向上からPt量を従来仕様に対し1/5に低減し,電解質膜の膜厚を3/5に低減した.また,外周樹脂構造体に対しては,汎用樹脂フィルムを採用することで従来の射出成型品からコストを1/2以下に低減した.
上記変化点に伴う耐久性の観点では,Unitized Electrode Assembly各部材の劣化モデル構築と精度向上に取り組み,得られたモデルをベースに材料仕様限界範囲を運転制御へ反映することで,さらなる耐久性と低コストの両立を達成した.

加藤 高士、中原 章、大倉 拓也、山本 昌邦、寺田 聡、野田 明宏、金岡 長之

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高耐久・低コスト燃料電池バイポーラプレートの開発
要旨

新構造燃料電池スタック向けのバイポーラプレートをゼネラルモーターズと共同開発した.本研究のバイポーラプレートは,従来に対し機能を向上させつつコスト低減と生産性向上を両立させるために,ハイサイクル成型を前提とするバイポーラプレート構造を開発した.ステンレス基材へプレス前にカーボンとチタンで構成されるコーティングを施した.シール構造については積層ゴムシール構造から,コーティング後のプレス成型によるメタルビードシール構造と溶接シール構造へ変更した.また,ハイサイクル成型をおこなうためにゴム被覆レス構造を採用した.

布川 和男、新海 洋、小山 賢、石田 堅太郎、後藤 修平

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分割端子基板の開発によるMEA短絡検査の高速化
要旨

新燃料電池スタックは,大量生産に向けて品質同等で生産性の向上を目的とした開発を進めており,特に膜電極接合体の短絡検査時間は生産性を制限する課題であり,これを短縮する開発を実施した.従来の平板基板での短絡検査では膜電極接合体全体の電気的特性値が検出される.局所で発生している短絡のシグナルではチャージによる検出値の変化に対して小さいため,この変化が完了するまで判定ができなかった.本開発では分割端子基板にすることで局所ごとのシグナルの検出感度を向上させ,局所的にはチャージ変化以上の短絡シグナルを検出させることに成功した.この結果,検査判定への影響を最小化させ,チャージに起因する測定待機時間を従来比87%短縮した.また分割基板適用課題として端子間隙に短絡が存在する誤判定因子の対応として周辺電流の合成処理アルゴリズムを開発した.結果として検査トータル時間を10秒に短縮し,セル生産性の向上に大きく寄与した.

川西 弘晃、山岸 弘幸、難波 健介

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燃料電池システム水素換気構造の開発
要旨

燃料電池パワートレインの多用途展開を見据えたシンプル化に向け,防水・防塵フィルタを用いた新たな燃料電池システム水素換気構造を開発した.従来モデルに搭載されているダクトを用いた燃料電池システム水素換気構造に対し,容積比で78%低減が可能となった.本稿では,通常運転時および水素漏れを想定し,採用した水素換気構造によって水素システムやフロントフード下の水素濃度が異常検知濃度以下であることを確認した.さらに本構造には,カソード極へのエア供給の一部を水素換気構造内に取り込む,いわゆる強制換気システムを新規で導入し,通常運転中の燃料電池システム水素換気構造内の水素濃度を従来モデル比から低下させることができた.

竹越 聖也

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燃料電池システムにおける一次元加湿器モデルの構築
要旨

燃料電池システムにおいて,燃料電池スタック内の水分量を適切な範囲に制御することを可能とするために,多孔質中空糸膜型加湿器内部の現象を解析し,水蒸気移動量を推定できる一次元加湿器モデルを構築した.多孔質膜が部分的に乾燥することで水蒸気移動量が低下するドライアップ現象の影響を調べ,加湿器モデルに考慮することで計算精度を向上させた.さらに加湿器モデルの計算結果を,加湿器評価試験および燃料電池システムの台上運転での水蒸気移動量計測結果と比較して検証した.加湿器モデルの推定精度は,燃料電池システムの性能設計や制御最適化に活用する場合に求められる,±15%以内の精度目標を満たすことを確認した.

間庭 秀人、日高 洋平、木村 浩一、小岩 信基

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アコースティックエミッション技術の燃料電池自動車用高圧容器損傷解析への適用
要旨

炭素繊維強化樹脂層を用いた車載用高圧容器の設計精度を向上させるため,設計精度確認のため実施される評価試験において,最終的な破裂につながる炭素繊維強化樹脂層の損傷発生状況を解明する手法を開発した.
その際,アコースティックエミッション技術を適用し,計測された結果を無次元化処理することで,破裂の起点となる大きな破壊の発生を判断するしきい値を設定することができた.これにより,破裂直前に試験を停止することが世界で初めて可能となった.
この技術の適用によって,高圧容器の炭素繊維強化樹脂層における損傷状況を精緻に分析できるようになることから,高圧容器の設計技術が改善される.

鈴木 貴紀、桑山 貴司、川辺 正道、原田 一郎、金﨑 俊彦

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三相200 V交流出力機能を搭載した外部給電器Power Exporter e: 6000の開発
要旨

外部給電器Power Exporter 9000をベースに,より低価格で汎用性を拡大させたPower Exporter e: 6000を開発した.市場ニーズを捉えて出力を適正化し,出力低減に合わせた部品点数削減と,最小限にコストを抑えた変化点対処により,高品質を維持したまま低価格を実現した.さらに,世界に先駆けて3台連携で三相200 V交流出力をする機能を追加して,一般用電気工作物としてVehicle to Load and Vehicle to Homeに対応し,産業機器などの大型の電気機器へ用途を拡大した.加えて,電動自動車用充放電システムガイドラインV2L DC版に適合した上で給電コネクタのケーブル伸長や制御の変更をおこない,他社を含めたより多くの電動車両との接続に関する汎用性を高めた.

矢萩 優名、神津 知之、尾髙 拓弥、矢ケ崎 健太、福井 崇裕、伊原 光祐

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ピッチ挙動に着目した旋回感向上
要旨

一般ドライバに日常的な運転における自然な旋回感を提供するため,横運動に連係した加減速の制御において,操舵で生じるピッチ挙動を調整する手法を検討した.操舵周波数の2倍となるピッチ角応答の特徴を考慮し,旋回中の違和感を低減する制御則を考案した.シミュレーションにより制御則と制御量の効果を検証し,ロール挙動への影響なくピッチ挙動の発生タイミングを調整できることを確認した.次に,実車テストにより,シミュレーション同様の車両挙動が発生していることを確認した.また,官能評価により,旋回感の向上に効果があることと,制御の強さには適値があることもわかった.

大久保 直人

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900℃対応排気系ガスケット用γ’析出強化型Coフリー耐熱帯鋼
要旨

900℃環境下で排気ガスをシールできる新しいガスケット用帯鋼を開発した.材料コンセプトは高温安定性の高いγ’-Ni3(Ti, Al)を強化相として積極的に活用して性能を高めつつ,材料融点を上昇させて相反事象となる製造性も配慮できることと定めた.リラクセーション特性を向上させるため,強化相γ’の量と安定性を高め,非強化相η-Ni3Tiの析出を抑制させる成分を熱力学計算により検討し,Ti+Al=5.9 at%,Al/Ti=1.0に設定した.また,熱間圧延性を高めるため,Alloy 718に対してNbとCrの添加量を低減し,高融点化した.冷間圧延率は初期のばね性の確保および高温におけるγ’の安定性を考慮して,30%から40%に設定した.その結果,開発材で作製したガスケットは,熱負荷試験においてAlloy 718製ガスケットの750℃における性能を900℃で確保できることを確認した.

山本 博己、斎藤 勇、熊谷 祥希、鷲見 芳紀

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定電流アノード分極試験によるアルマイト耐食性評価
要旨

アルミ材料や処理条件によらずアルマイトの耐食性を予測できる手法を開発した.定電流アノード分極法を用い,アルマイト処理材に一定の電流を印加した際の初期電位上昇速度を測定することでアルマイト中のボイドや異物の状態及び耐食性を評価できることを確認した.
また,アルミ合金中の添加成分量が増えることでアルマイトの耐食性が低下する要因がアルマイト構造の変化に起因していることを初期電位上昇速度の変化により示した.
本手法によりアルマイトの耐食性を短期間で予測できるようになり,アルマイトの仕様を早期決定できるようになった.

宮下 英明、冨田 航平、山口 優貴、桑原 孝浩

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VRPによるテストスケジュールの自動作成
要旨

新型車開発の期間短縮と開発費低減のため,テスト車台数を最小化し最短のテスト日程を算出する実車テストスケジュールの自動作成手法を考案した.衝突テストのスケジューリングに数理最適化手法を用い,機能テストのスケジューリングには,特に数理最適化手法の中の配送計画問題の解法を用いることで,考慮すべき制約条件を自動計算に組み込むことができた.表計算ソフトと簡易アプリケーションを作成し手法の有効性と有用性を検証した.その結果,従来エキスパートが90時間を要していた作業が,6時間でできるようになった.

蟻坂 篤史、宮﨑 武司、福井 一輝

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