Honda R&D Technical Review Vol.35

Honda R&D
Technical Review Vol.35

工学者レオナルド・ダ・ヴィンチができるまで
要旨

「私が学者ではないことから、私を無学の人と貶すことができるとおこがましくも考える者がいるのはわかっている。なんと愚かな!」―『アトランティコ手稿』より
これはレオナルド・ダ・ヴィンチが手稿に記した文だが、文中にある「無学の人(omo sanza lettere、現代イタリア語ではuomo senza lettere)」は、当時の知識階級にとっての共通語にあたるラテン語を彼が解さなかったことを指している。ダンテやペトラルカのように、あえて俗語(イタリア語)でも詩や文を書いた者は多いが、まともな文化人とみなされるためにはやはりラテン語で執筆する必要があった。しかしこのラテン語にレオナルドは生涯にわたって苦しめられ、引用したやや攻撃的な文も、彼のコンプレックスを露呈している。
レオナルドは公証人という当時の知識階級の家に生まれたが、しかし両親がおそらく身分違いのために結婚しなかったせいで婚外子(私生児)となる。なんとも不条理なことに当時の公証人組合は私生児が継ぐことを認めていなかったため、彼は幼いころから家業を継がないことが決定していた。そうなると父親もドライなもので、ラテン語や算盤など当時の富裕層の子息がうける初等教育の機会をレオナルドは与えられることなく育つ。
レオナルドの手稿には所蔵している本の覚え書きが三度でてくるが、最初のトリヴルツィオ手稿では5冊の書名が記載されている。「ドナート、石について、プリニウス、算術書、モルガンテ(donato, lapidario, plinjo, abacho, morgante)」。このうち、最初の「ドナート」はドナートゥスによるラテン語文法書を指す。大プリニウスの『博物誌』やルイジ・プルチの叙事詩『大モルガンテ』のなかにまじって、同文法書とアバコ(算盤の一種)の算術書があるのは興味深い。おそらく三十代の半ばになっているレオナルドが、必要にかられて学習したものと思われる。
このことが示しているように、「万能の天才」というレッテルから受ける、なんでも苦も無くできてしまうようなイメージは彼の実態に即していない。本稿では、そのようなスタートラインから、いかにして工学者としてのレオナルドができあがったのかを見てみたい。

池上 英洋

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2022 Dax125のスタイリングデザイン
要旨

Dax125は、Hondaのタイオフィスからの発案で、C125、Monkey125、CT125などの「クラシックリデザインモデル」に加える商品として開発された。初代DAXは、小径タイヤと、水平に長く伸びたフレームの組合せが、胴長の小型犬、ダックスフントのように見えることから、日本では「ダックスホンダ」とネーミングされた。このモデルをデザインするにあたり、独自性を表現するためのキーとなる要素をT字型鋼板プレスフレームと、ヘッドパイプからシートまでの長いネック部分であると定めた。「スニーカを履いて気軽に散歩に出かけるような乗り物」「週末には家族で親しめる」といった、ユーザの多様な使い方をイメージした。そこで、開発のキーワードを「ファミリー&レジャースニーカー」とした。本開発ではクレイモデルを制作せず、車体全体の完成ボリュームを把握するために、3D CADデータをバーチャル上で体感できるVR確認を早期から使用し、デザインの検討をおこなう手法を選択した。排気量も性能も異なる中、オリジナルのイメージに収めるというテーマが課題であったが、タイと日本の総力を結集した開発で、現代の感覚も取り入れた温かみがある美しいモデルにすることができた。

横山 悠一、須増 考政、Worawit CHAWALITNIMITKUL

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新動弁機構による過給および自然吸気共通構造V型6気筒ガソリン直噴エンジン
要旨

新動弁機構を用いてエンジン主要ジオメトリを共通構造とした、出力性能向上を狙ったターボチャージャ過給仕様および環境性能向上を狙った自然吸気仕様の、二種類のV型6気筒ガソリン直噴エンジンを開発した。過給エンジンの過給応答遅れ改善と自然吸気エンジンの熱効率改善のため、吸排気Variable Timing Controlを採用した。また従来エンジン同等のエンジン本体サイズを維持するため、気筒休止切替え機構を内蔵したバルブリフタ式のVariable Cylinder ManagementシステムとHydraulic lash adjusterおよびローラロッカーアームを組み合わせた、コンパクトな新動弁機構を開発した。これにより、SOHC構造の従来エンジンと同等のシリンダヘッドサイズでこれらの機構を搭載できた。さらにこの新動弁機構により、シリンダヘッド構造とクランクやカムの回転軸位置などのエンジン主要ジオメトリを、過給および自然吸気エンジンで共通化し、タイミングベルトドライブシステムなどのコモナリティも確保した。過給エンジンはツインスクロールシングルターボチャージャを採用し、最高出力265 kW、最大トルク480 Nmを達成した。自然吸気エンジンは燃料噴射システムを30 MPaへ高圧化し、本エンジン搭載車両でLEVⅢ SUEV30とPM 1 mg/mileを達成した。

瀧 翔太朗、川和 悟、石井 和将、今北 暁夫、小西 幸生、冨谷 祐貴

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同時14軸制御フィラメントワインディング装置による高圧水素タンクの高速製造技術
要旨

高圧水素タンクのコスト低減を目的として、フィラメントワインディング工程の時間短縮とタンク耐圧強度安定化を実現できる同時14軸制御フィラメントワインディング装置を開発した。
工程を高速化するため、ヘリカル巻きを高速タンブル回転で成形できる装置機構とすることで、従来の炭素繊維供給スピードを約5倍速めた。高速化にあたっては、装置の糸道距離を常に一定にできるリザーバーを適用し、バンド張力変動を抑えた巻き付けを可能とした。また、トウプリプレグを拡幅し安定したバンド幅で供給できる搬送ローラとその制御方法を開発し、CFRP積層品質を向上させた。高速化においてはコスト低減効果の検討結果から、装置は2給糸の装置とした。
その結果、工程の時間を従来比で約80%短縮し、高圧水素タンク耐圧性能のばらつき低減についてもその有効性が確認できた。

藤木 弘栄、辰島 宏亮、中西 勝、梅津 健太、Andreas REIMANN

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直交表を用いたリチウムイオン電池性能の高効率な劣化予測モデル構築
要旨

電動化商品の開発初期において、性能劣化シミュレーションモデルによるリチウムイオン電池の耐久性予測は重要な技術である。本検討では、性能劣化予測モデルを構築するプロセスに、品質工学で用いられる直交表を適用し、低コストで、高効率なモデル構築手法を検討した。その結果、放置耐久テストに対してはL16、サイクル耐久テストに対してはL27の直交表を用いた実験計画を適用すると良いことが分かった。また、テスト結果のフィッティングにより、放置の劣化係数をSOCと温度の2次線形式+交互作用項で表現し、サイクルの劣化係数をSOC, ΔSOC、温度、充電電流、放電電流の1次線形式でモデル化することで、濃縮耐久試験結果を誤差1.3%と高精度にシミュレーションできることが分かった。本稿で論じるモデル構築手法は、従来手法である要因配置実験に必要なテスト量を58%削減しながら同等の精度が実現できており、実験効率の向上が見込まれることを確認した。

大道 馨、加我 正、西村 拓海、合田 直弥、冨永 由騎

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ガスタービンの動翼設計を目的とした複合領域最適化手法を用いた設計支援システムの構築
要旨

ガスタービン動翼設計のための翼形状作成と空力、強度解析を自動でおこなうワークフローに最適化アルゴリズムを統合した設計支援システムを開発した。空力性能向上のための薄翼化や高負荷化が進む近年の動翼設計において、翼形状が強度に及ぼす設計感度が増加していることを考慮し、強度評価機能が充実したシステムとした。本稿ではシステムの概要を示すとともに、遠心圧縮機動翼と遠心タービン動翼の設計への適用例を示す。本システムの導入により、空力設計、強度設計における多岐にわたる設計要素を考慮することができ、両者の設計目標を同時に満たす好適解の提案や、定量的な設計見通しが提示できることを示した。

青木 拓、釜土 敏裕、榊原 隆、大久保 岳、田中 久人、Sebastian SCHMITT

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副室ジェット燃焼を用いた未燃部の削減によるガソリンエンジンのノッキング抑制
要旨

ガソリンストイキ火花点火燃焼エンジンに対して、パッシブタイプの副室ジェット燃焼を適用した際のノッキング抑制について解析をおこなった。副室より噴出するジェットによって、伝播火炎がボア端まで迅速に到達し燃焼期間が短縮され、燃焼後半のエンドガス未燃部が減少しノッキングを抑制する効果が得られた。さらに多噴孔化によるジェット本数の増加にて、未燃領域が分割され小さくなることで自着火を抑えて、ノッキングを抑制する効果を明らかにした。ノッキング抑制効果と熱効率を最大化するための諸元設定の結果、圧縮比を1.8高めることが可能で、熱効率を1.1 pt高められることを確認した。

安藤 博和、新谷 祐輔、小林 広樹、椎名 亮介、木村 範孝

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A Model for Turbulent Flame Speed Based on
Theory of Turbulent Flame Brush Thickness Dynamics
要旨

In this work, a new theory is proposed for determining the instantaneous turbulent flame speed using a simplified but physics-based approximation of the dynamics of the transient turbulent flame brush thickness. A summary of the main points of this new model’s derivation are reviewed, which can be thought of as an extension of Damköhler’s steady state flame speed model to include the effect of the transient development of a turbulent flame. The resulting flame brush thickness dynamics model is compared against historical measurements available in the literature as well as against 3D realizations of resolved turbulent flame propagation using the instantaneous G-equation. This comparison shows the newly derived model can describe both the transient and steady state turbulent flame speed across a range of conditions with a singular modeling form and is therefore expected to find utility as turbulent flame speed model for combustion devices where representation of the developing turbulent flame is of crucial importance.

Phillip AQUINO

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小型高電流密度モータのための密閉冷却構造
要旨

電動車両駆動モータ用に高電流で小型化による発熱量の増加を吸収できるモータ冷却構造を開発した。従来の冷却手法はステータコイルの露出している箇所に冷媒を滴下するものであり、冷媒の届かないステータスロット内部のコイルにおいては熱伝導に頼った間接的な冷却となっていた。本研究ではステータを密閉構造とすることで、コイル全体を油没させて直接冷却する技術を確立した。本技術により従来の冷却手法に対して2倍以上の冷却性能となることを試作モータにて実証した。また冷媒の流量を増加させることでさらなる冷却性能の向上が見込めることも確認した。

加藤 慎二、上田 拓、福井 健太郎、西井 文哉

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インバータサージ電圧波形と環境変化が自動車用主機モータ巻線の部分放電現象に及ぼす影響
要旨

電動自動車に採用される主機モータ巻線のインバータサージ電圧による部分放電開始電圧の単体評価をおこなった。
評価に用いる電圧波形は、波形が部分放電に及ぼす影響を明らかにした上で、電動自動車のインバータ駆動時において最も部分放電が発生しやすい波形条件を包含するように設定した。インバータサージ電圧を用いることで従来の正弦波電圧に対して部分放電開始電圧が22%上昇することがわかった。また主機モータが使われる環境を想定して、部分放電現象における気温、気圧、湿度といった環境因子の影響を明らかにした。以上の結果より、インバータサージ電圧を単体評価に用いることで部分放電開始電圧の上昇が期待でき、環境因子の影響を考慮した絶縁設計をおこなうことで絶縁被膜の薄膜化につなげられることを示した。

久保田 誠、伊東 悠太、柳澤 岳志、塚本 能人、稲葉 莉久

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ガウス過程回帰モデルを用いた燃料電池スタック出力予測モデル
要旨

燃料電池スタックの各制御パラメータを考慮したスタック出力予測モデルは、実車相当のシステムにて各補器の制御を最適化設計する上で不可欠である。しかしながら、スタック出力を定量的に予測するモデルの構築には燃料電池内部の材料や構造に関する多くのデータを要する上に、内部の現象も複雑なため大規模なモデル化が必要となる。本研究では実験計画法の一つである空間充填法を用いて、効率的にデータを取得した。取得したデータをもとにガウス過程回帰を用いることで、スタック性能およびスタック各部の温度や圧力を短い計算時間で予測できるモデルを作成した。さらにこのモデルを使ってスタック出力の最大化する運転条件を計算で求め、試験によって検証することで、限られた試験データからスタックの性能検討に使える出力予測モデルが得られることを明らかにした。

小林 諒、古澤 宏一朗、梅澤 健輔

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