勝ちにこだわり、あきらめず戦い続けた
© HRC心機一転、新体制の現場担当として
私は2018年から第4期F1のテクニカルディレクターとして、トラックサイドでのオペレーションに携わることになりました。新たにトロロッソへのパワーユニット供給が始まり、HondaとしてF1体制を一新したタイミングです。それまで私はアメリカのHPD(Honda Performance Development)でインディカーを担当していまして、第4期F1については詳しいことはあまりわからないものの気にはしていて、厳しい状況だなというのはヒシヒシと伝わっていました。F1への異動については、まだアメリカでやり残したこともあったので少し戸惑いもありましたが、再びF1にチャレンジさせてもらえるということが嬉しくもあり、ありがたいという気持ちもあり、ちょっと複雑な心境でしたね。
また一方で、現実的には状況は良くないわけですから「どうしたもんだろう」「どうしたらいいんだろう」という、不安がありました。当初は自分が何をしなければいけないのか、何ができるのかが見通せない状況でしたし、挑戦のレベルが非常に高いということはわかっていましたから、「それを達成できるのか?」という恐怖心のようなものもありましたね。
プレシーズンテスト、そしてシーズンが実際に始まってみると、最初は問題点を潰していく開発、トラブル解決に時間と労力を費やしていましたが、次第にパフォーマンスを上げることに時間と労力をかけられるようになっていきました。それが明らかにアウトプットとしても目に見えて、ドライバーも体感できるような、そしてラップタイムとしても表れるような状況になっていき、段々とチームのメンバー含めてポジティブに感じていけるようになりました。そういう意味で、2018年のHondaは非常に大きな進歩を遂げたシーズンだったと思います。
2018年で最も印象的だったのは第2戦バーレーンGPです。まだまだ発展途上の状況ではありましたが、ピエール・ガスリーが4位になりチームも我々も大いに盛り上がり、「これならやれそうだ」という自信と一体感が生まれました。シーズン序盤のこの結果はとても大きなものをもたらしたと思いますね。
© HRCトップチームと組む重圧と充実感
そして2019年からレッドブルへのパワーユニット供給が決まるわけですが、大きな進歩は実感していたものの、レッドブルというトップチームと付き合うということは、突きつけられるものが厳しくなる、要求は高くなる、スピードも求められる、というなかで我々はきちんと対応しなきゃいけない。そのプレッシャーはとても大きいものでした。まだまだ改善していかなければならないことは分かっていましたが、開発のステップとして、パフォーマンスがきちんと上がる開発、信頼性を高めていく開発ができるようになっていたので、車体のトップチームと組むことで良い結果が出せるようになっていくのではないかと、気持ち的にも非常にポジティブで、我々としても楽しみでした。
2019年もHondaとしては様々な手を打ってパフォーマンスアップを図り、その成果は出ていたのですが、レースとなるとなかなか噛み合わないところもありました。そんな状況のなかでも第9戦オーストリアGPで、念願の初優勝を成し遂げられました。その瞬間は、本当に言葉が出ませんでした。チームのみんなと表彰式が始まるのを待ってポディウムを見上げていたら「お前が上に行け」と。その瞬間に冷めました(笑)。もちろん表彰台なんて初めてのことで、どうしたらいいかわからない。FIAの人に言われるままでしたが、とても貴重で嬉しい経験をさせてもらいました。
それからは、現実的に勝ちを狙うチームの一員として毎戦毎戦、厳しい戦いが続きました。コロナ禍があり、活動終了の決定があり、新骨格の導入があり、タイトル獲得があり、いろいろなことがあり決して順風満帆とは言えませんでしたが、現場としては苦労しながらも毎年しっかり上向いていて、パフォーマンスの面でも、信頼性の面でも成果を出し、きちんと積み上げていることに充実感がありました。
© HRCそして2021年。ホンダとしてのラストイヤーにマックス・フェルスタッペンが最後の最後にタイトルを決めてくれました。とても接戦で、厳しい戦いが続いたシーズンでしたが、ひとつの目標を達成できた喜びは大きいものでした。私としては、物事を最後まであきらめないということの大切さを改めて自分の体験として得たと思います。レッドブルはレース戦略で、最後の最後まで、今はどういう状況に置かれていて、どういう状況になったら、どうすれば勝ちに結びつけられるかということをずっと考えている。ある状況が起こった時にどう対処するか、あらゆる突発的な事態も想定して対応を検討する。最後の最後まで、どうやったら勝てるかを考えているその執念を非常に感じました。
多くを学べたパートナーシップ
レッドブルというチームは、各領域に経験豊富な人がいて、もちろんテクニカルなレベルは高く、コミュニケーション的にもお互い長年付き合っているので、気心が知れている。そういう人たちが各領域を仕切っているからチームとしての判断が早い。ごちゃごちゃ言ってないで、こうだよね、じゃあこれでいこうっていうのがすぐに決まっていきます。意思疎通、判断がとても早かったのが印象的です。そして、みんながレッドブルを愛している。トップからスタッフに至るまで、勝利に対するコミットメントが強い。将来に対するこだわりが強い。それがもう全員に浸透している。これらがトップチームになれる要素のひとつなんだと実感しました。
© HRC一方で、とてもフレンドリーな面をレッドブルは持っていました。技術に対しては厳しいけど、人として付き合う、勝ちというものをターゲットとして共有した時に生まれる一体感がありました。この一体感も、技術の一体感と、レースを一緒にやる仲間としての一体感があり、私は厳しいなかでも非常に楽しく仕事ができたと思います。
レッドブルと一緒に戦ってきたことで、ホンダはいろいろ学ぶことができたと思います。技術者として、もちろん細かい技術の部分もいろいろとあったと思いますし、やはり考え方として突き詰めて考える、最後まであきらめない姿勢というものを改めて学びました。勝ちにこだわるなかで、具体的に何をすれば勝ちにこだわると言えるのか。そのひとつとして「とにかく突き詰めて考える、あきらめない」ということで、それを改めて教えてもらったと思います。Hondaの若いエンジニア、現場スタッフも、その姿勢とともにそれぞれが多くのものを得たと信じています。
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