
順調なテストから一転した激動のシーズン
奇跡的な17戦開催のなか、結果は不発に終わる
前年に第4期における初優勝を遂げ、シーズン3勝を挙げたレッドブル・ホンダは念願のタイトル奪取を目標に据えて2020年シーズンを迎えた。新コンセプトの燃焼により高いパフォーマンスを確信したホンダは、RA619Hをベースに、さらにそのポテンシャルを引き出す改良を加えたRA620Hを投入。2021年に予定されていた大幅な車体のレギュレーション変更を見据えたレッドブルは、RB15の進化版ながらフロントまわりを中心に改良したRB16で前年を上回る結果を狙った。
しかし2020年、年明けから新型コロナウィルスの感染拡大による大規模な混乱が世界中に広がった。危機感が高まるなかプレシーズンテストは予定通り行われ、レッドブル・ホンダは順調かつ好結果でテストを終えた。しかし開幕戦オーストラリアGPでレースウィークに入ってからF1関係者に感染者が出る事態となり、急遽レース中止が決定。F1は先の見えない危機的状況に陥ることとなる。非常事態に見舞われたF1は、3月に2021年からとされていたグランドエフェクトを採用する大幅な車体レギュレーションの変更を1年先送りすることに決定。パワーユニット・マニュファクチャラーの稼働もコンストラクター同様シャットダウンすることになった。世界中の各種スポーツイベントが開催中止となる状況で、F1はその存続をかけて開催の方針を貫き、5月になって7月からのシーズン開幕を発表した。開催可能な国、サーキットが限定されるなか、同一サーキットでの連続開催といった異例の変則的な過密スケジュールを組みながらも奇跡的に17戦の選手権を成立させている。
コロナ禍の影響とそれに伴うレギュレーションの変更、そして自らの事情により2020年はホンダにとってかつてない激動の年となった。開幕が延期され、感染拡大によってすべての活動は停止となり、ホンダもHRD Sakuraを一時閉鎖した。コロナ禍の影響で多くの企業の存続が危ぶまれるなか、ホンダも例外ではなく、開発責任者の浅木泰昭はF1開発の一時停止を決断。基礎研究を含め、次代に向けた開発はすべてストップした。
開幕以降アップデート禁止のレギュレーションが決まり、ベンチの稼働時間制限とともに開発に厳しい制限が設けられる。その状況でホンダは、開幕までの短期間に新たな改良を行なった。高速燃焼による燃焼圧に耐えうる表面処理をシリンダーに施し、摩耗を減少させ信頼性向上を実現。本田技研工業熊本製作所とHRD Sakuraの連携で誕生したこの技術は、「熊製めっき」と呼ばれている。
開発はできないものの度重なるレギュレーションの追加と変更に追われシーズンを戦っていた10月、ホンダは2021年シーズンをもってF1活動を終了することを発表。突然の決定はF1関係者やファンのみならずホンダの開発陣にも衝撃を与えた。浅木は一時停止していた新機軸の開発再開を決断し、HRD Sakuraは新骨格パワーユニット開発に邁進することとなる。
RB16はRB15で採用したフロントサスペンションの構成を以前のオーソドックスなスタイルに戻す形で改良。ノーズダイブを極力抑える構成とし、アッパーアームを分割式から一体式にして剛性アップと空力な効果も狙っている。しかし、以前から続くマシンのピーキーな挙動を完全に抑えることはできず、特にリヤの突然のブレイクにドライバーは悩まされた。
空力面では、もともと細かったノーズをさらに細くした形状とし、ダクトを持つ先端の処理は複雑になり、ノーズ両脇にケープが追加されるなど、より空気を細かく制御する意図が感じられる。フロントとリヤのウイングも細部に渡り形状を変えている。フロントウイングは、トレンドとなっていた翼端板に向けて傾斜していくテーパー型とし、リヤウイングはRB15で採用した1本のピラーで支える形状から2本で支えるオーソドックスな形に戻している。
7月にオーストリアで開幕したシーズンは、テストから劇的なパフォーマンスアップを果たしたメルセデスが序盤を席巻し、レッドブル・ホンダは期待した結果を得られず焦りの色が滲み出る。マックス・フェルスタッペンがシーズン初優勝を果たしたのは第5戦、イギリス・シルバーストンでの70周年記念G Pだった。シーズン後半になってもメルセデスの勢いは衰えず、フェルスタッペンが2勝目を挙げたのは最終戦アブダビGPで、タイトルを狙ったシーズンは激動の渦のなかで結果的に後退を余儀なくされた。

RB15より全体的にシルエットを絞ってきたRB16。細身のノーズと独特の形状を見せるSダクトのインテークが個性を見せる。センタークーリングをより深め、冷却器を小型化することでサイドポンツーンのボリュームもさらに小さくなった。リヤタイヤ前のフロアスリット形状は何パターンもトライがなされている。

大きく変わったフロント部。ノーズのサイドにはスクープ状のケープが追加され、フロントサスペンションのアッパーアームは再び前後一体成形のクサビ型にしながらリヤレッグをフロントレッグより低く搭載。ステアリングロッドも後方に移し、フロントロワアームと高さを同じくし、エアロ効率を洗練させた。

リヤサスペンションもアップライトにエクステンションを設けアッパーアームを高く搭載。しかし開幕当初はうまく機能せず、リヤグリップがピーキーでドライバーに扱いづらい挙動を見せた。そのためシーズンが進歩につれ、アップライトのエクステンションが大型化し、アッパーアームはより高く搭載される。
シャシー
| シャシー | RB16 |
| モノコック | オリジナル・カーボンファイバー/ハニカムコンポジット複合素材モノコック |
| フロントサスペンション | アルミニウム合金アップライト、カーボンファイバー・コンポジット・ダブルウィッシュボーン |
| リヤサスペンション | アルミニウム合金アップライト、カーボンファイバー・コンポジット・ダブルウィッシュボーン |
| トランスミッション | レッドブル・レーシング製。8速縦置き油圧式 |
| ホイール | OZレーシング製 |
| ブレーキキャリパー | ブレンボ製 |
| タイヤ | ピレリ製 |
| エレクトロニクス | MESL標準エレクトロニック・コントロール・ユニット。およびHonda製 |
| 燃料 | エッソ・シナジー |
| 規定最低重量 | 746㎏(うちドライバー分80kg/燃料は除く) |
パワーユニット
| パワーユニット | Honda RA620H |
| パワーユニットコンポーネント | ICE(内燃エンジン)/TC(ターボチャージャー)/MGU-K/MGU-H/ES(エネルギー貯蔵装置)/CE(コントロールユニット) |
| シリンダー数 | 6(以下レギュレーションに準拠) |
| 排気量 | 1,600cc |
| 最高回転数 | 15,000rpm |
| バンク角 | 90度 |
| バルブ数 | 24 |
| 最大回転数 | 15,000rpm |
| 最大燃料流量 | 100kg/時(10,500rpm) |
| 燃料搭載量 | 105kg |
| 燃料噴射方式 | 直噴(1シリンダーあたり1噴射器、最大500bar) |
| 過給機 | 同軸単段コンプレッサー、タービン |
| 燃料、潤滑油 | エクソン・モービル製 |
| エンジン重量 | 145kg |
| エネルギー回生システム | |
| 機構 | モーター・ジェネレーター・ユニットによるハイブリッド・エネルギー回生。MGU-Kはクランクシャフトに、MGU-Hはターボチャージャーに接続 |
| エネルギー貯蔵装置 | リチウムイオンバッテリー(重量20~25kg)。1周あたり最大4MJを貯蔵 |
| MGU-K |
最大回転数 最大出力 最大回生量 最大放出量 |
| MGU-H |
最大回転数 最大出力 最大回生量 最大エネルギー放出量 |