
新仕様のパワーユニットを投入したHonda
しかしトラブルの連鎖は続き、マクラーレンとの提携が終わる
2017年からF1の車体は、レギュレーションの変更により大きくその姿を変えた。スピードアップとルックスを良くする目的で施行されたワイドボディ化である。1998年にスピード抑制のために最大幅が1800mmに縮小されて以来、20年ぶりに2000mmのワイドボディが復活し、フロントウイングも全幅1650mmから1800mmに、タイヤ幅もフロントが245mmから305mm、リヤが325mmから405mmへ拡大され、全体として従来よりひとまわり大きなF1が登場した。
マクラーレンにとっても大きな変革の年となった。前年シーズン後に、それまでマクラーレン・グループを率いていたロン・デニスが解任され、F1の現場はレーシング・ディレクターのエリック・ブーリエが統括。体制の変化に伴い、それまでデニス体制で長く使われていたマシン名「MP4」を「MCL」に変え、マシンのベースカラーもチーム設立当時のオレンジに変更された。
新たなレギュレーションの下で登場したMCL32は、MP4-31のショートノーズとフロントウイングの構成を踏襲し、フロントウイングからリヤへ抜けるエアの流れに工夫を凝らしたバージボードが特徴的である。タイヤのワイド化により得られるグリップ力の向上値とともにタイヤからの入力値も未知数であり、どれだけの許容範囲を設けるかはチームによって変わる。もちろん、マージンが大きければその分重量増となり、適正値を見つけるにはまだデータが不足していた。リソースの豊富なマクラーレンは、精度の高いシミュレーション技術を駆使しサスペンションや各部強度を最適化し、空力面でもバージボードやリヤウイングなどに工夫を凝らしている。レギュレーション変更初年度の抜け穴とされ、各チームが採り入れた「Tウイング」をマクラーレンも採用。エンジンカウル後端に装着された小さなウイングは、大きなダウンフォースを発生するわけではないが効果はあると評価され、形状やウイング枚数などを変えながら、いくつかのグランプリで試行されている。
Hondaは2017年に、それまでのRA615H、RA616Hとはまったく異なる仕様のパワーユニットとしてRA617Hを投入した。信頼性の確保に一定の成果を得たものの、出力の絶対値がトップレベルにはまったく足りていない状況を打開するためには、エンジンの燃焼方式から、各部の効率化、高レベルの制御が必要と判断し、新仕様のパワーユニット開発を前年から進め、2017年シーズンのプレシーズンテストから搭載した。Vバンクの間に収めていたタービンとコンプレッサーを外に出し、シャフトの位置を下げて重心を大幅に低下させたのが大きな特徴で、副燃焼室を設け点火プラグの電極を副室で覆い、そこから小さな穴を通して噴き出すジェット噴流で主室の混合気を急速燃焼させる技術も採用された。トップに追い付くパフォーマンスを発揮できるパワーユニットに挑戦したHondaだったが、実走すると大きな落とし穴が待ち受けていた。
テストから、Hondaの新パワーユニットはトラブルと出力不足に見舞われた。まずは、オイルタンクの形状が原因で、オイルの吸い上げがうまくいかず走行に支障が出た。そしてICE(内燃機関)にもトラブルが発生。1回目のテストは、車体のテストも満足にできず終わり、2回目のテストでは車体のテストを優先させるため、トラブル回避で出力を抑えて走行し、ラップタイムは伸び悩んだ。このテストでの状況によって、チームとHondaの信頼関係は崩れた。信頼性回復に全力を尽くしたHondaだったが、シーズンが始まると出力不足とともにMGU-Hのトラブルが多発した。MGU-Hの設置位置を変えたことでシャフト長が伸び、ねじり振動の制御ができず満足に走行できない状態が続く。MGU-Kも駆動するギヤトレーンをリヤからフロントに変更したため、共振が悪影響を及ぼすトラブルにも見舞われた。
シーズンが始まり、レースの結果はこれまでにない低調が続く。トラブル噴出は解消できず、初入賞は第8戦アゼルバイジャンGP。第11戦ハンガリーGPではシーズン初のダブル入賞を果たすが、時すでに遅し、であった。
マクラーレンはHondaとの契約解消を決断し、2017年末でのHondaとのパートナーシップ終了を内定。パワーユニットの供給先を失ったHondaは、活動終了と新たな供給先を探すことの2択を迫られる。実績のないHondaに救いの手を差し伸べてくれたのは、トロロッソの代表フランツ・トストだった。第14戦シンガポールGPで2018年からはレッドブルの姉妹チームであるトロロッソへのパワーユニット供給を正式に発表し、HondaのF1活動は新たなステージへと向かっていく。

新車体規定によってレッドが拡大され、タイヤサイズがアップ。リヤウイングのローマウント化やエンジンカバー上のシャークフィンが復活し、フロントタイヤ後方からサイドポンツーンまでの「フロアフロント」でのエアロデバイスが複雑化。またカラーリングも原点回帰となり、オレンジカラーを基調とした。

完全新設計されたRA617H。MGU-Hを挟んだスプリットターボのコンプレッサーとタービンはICEから前後にはみ出しサイズアップ。これによりパワーアップと回生エネルギー獲得効率を高めている。同時に低重心化が図られ、燃焼システムも新次元に突入。しかしその新しさゆえに信頼性が損なわれた。

2017年規定から開発自由となったフロアフロントエリア。フロアパネル先端のデザインはもちろん、バージボードやポッドウイングなどさまざまな空力デバイスが追加可能となり、フロアのダウンフォース向上に寄与。MCL32もシーズンを通しさまざまなデバイスを追加し最適解を試行錯誤していった。
シャシー
| シャシー | MCL32 |
| モノコック | カーボンファイバー・コンポジット製 |
| 安全機構 | コクピット・サバイバル・セル (耐衝撃構造、貫通防止パネル、車体前部・側部・後部の衝撃力緩和構造、前後のロール構造) |
| ボディワーク | カーボンファイバー・コンポジット製。エンジンカバー、サイドポンツーン、フロア、ノーズ、フロントウイング、リヤウイング、ドライバー操作による空気抵抗低減システム(DRS) |
| フロントサスペンション | カーボンファイバー製ウィッシュボーン。プッシュロッド式トーションバー、ダンパーシステム |
| リヤサスペンション | カーボンファイバー製ウィッシュボーン。プルロッド式トーションバー、ダンパーシステム |
| 重量 | 728kg(ドライバー重量を含む、燃料は含まず)。重量配分は45.3%〜46.3% |
| 電子機器 | マクラーレン・アプライド・テクノロジーズ製。シャシー制御とパワーユニット制御、データ収集機器、センサー、データ解析およびテレメトリー・システムを含む |
| 計器類 | マクラーレン・アプライド・テクノロジーズ製ダッシュボード |
| 潤滑油 | カストロール製グリース、油圧オイル |
| ブレーキシステム | Akebono製ブレーキキャリパー、マスターシリンダー Akebono製“ブレーキ・バイ・ワイヤ”ブレーキコントロールシステム カーボン製ディスク、パッド |
| ステアリング | ラック・アンド・ピニオン型パワーステアリング |
| タイヤ | ピレリ製P Zero |
| ホイール | エンケイ製 |
| 無線機器 | ケンウッド製 |
| 塗装 | シッケンズ製品によるアクゾノーベル・カー・リフィニッシュ・システム |
| 冷却システム | カルソニックカンセイ製水冷、油冷システム |
パワーユニット
| パワーユニット | Honda RA617H |
| 最小重量 | 145kg |
| パワーユニットコンポーネント | ICE(内燃エンジン)/TC(ターボチャージャー)/MGU-K/MGU-H/ES(エネルギー貯蔵装置)/CE(コントロールユニット) |
| ICE(内燃エンジン) | シリンダー数6(以下レギュレーションに準拠) |
| 排気量 | 1,600cc |
| バンク角 | 90度 |
| バルブ数 | 24 |
| 最大回転数 | 15,000rpm |
| 最大燃料流量 | 100kg/時(10,500rpm) |
| 燃料搭載量 | 105kg |
| 燃料噴射方式 | 直噴(1シリンダーあたり1噴射器、最大500bar) |
| 過給機 | 同軸単段コンプレッサー、タービン |
| 燃料、潤滑油 | BPカストロール製 |
| エネルギー回生システム | |
| 機構 | モーター・ジェネレーター・ユニットによるハイブリッド・エネルギー回生。MGU-Kはクランクシャフトに、MGU-Hはターボチャージャーに接続 |
| エネルギー貯蔵装置 | リチウムイオンバッテリー(重量20〜25kg)。1周あたり最大4MJを貯蔵 |
| MGU-K |
最大回転数 最大出力 最大回生量 最大放出量 |
| MGU-H |
最大回転数 最大出力 最大回生量 最大エネルギー放出量 |
トランスミッション
| ギヤボックス | カーボンファイバー・コンポジット製ケース、縦置き |
| ギヤ数 | 前進8段、後退1段 |
| ギヤ操作 | 電動油圧式シームレスシフト |
| デファレンシャル | 遊星歯車構造の多板リミテッド・スリップ・クラッチ式ディファレンシャル |
| クラッチ | 電動油圧式カーボン製多板クラッチ |
| 潤滑油 | カストロール製 |