
日本、Aston Martin、そして心に刻まれた大切な記憶
ジェンソン・バトンは、これまでのキャリアでラップタイムを追い続けてきた。1度のワールドチャンピオン獲得、15回のF1優勝、そして通算306戦のグランプリ。いま新たなページをめくり、これまでとは少し違う視点で、周囲にある出来事を綴っていく。
率直な言葉で届ける「ジェンソン・ジャーナル」。第1回では、日本、Honda、エイドリアン・ニューウェイ、F1の新規定、フェルナンド・アロンソ(そしてお揃いの背中のタトゥー)、そしてAston Martinでの新たな章について語る。
私はいつも、同じ質問を投げかけられる。
「なぜ、Aston Martinなのか?」
正直に言って、答えは極めてシンプルだ。
クルマやモータースポーツに囲まれて育つと、自然と特別な意味を持つ名前がいくつかある。そのひとつがAston Martinだ。物心がついた頃から、その存在に惹かれてきた。
私は1980年代生まれだが、1960年代のDB4やDB5を振り返れば、その美しさが現代まで脈々と受け継がれているのがわかる。パフォーマンスとスタイルが融合した、時代に流されない特別な存在。Aston Martinは、私だけでなく、おそらくほぼすべての人にとって心の中の特別な場所を占めているはずだ。
Aston Martinは、ずっと特別な存在だった。それは多くの人にとっても同じだと思う。
だが、Aston Martin Aramco F1 Teamで働くことに何より興奮している理由は「人」だ。ここには才能あふれる人々が集まっており、チームが進むべき方向への確固たる信念がある。もちろん、今シーズンの滑り出しは決して容易なものではなかった。しかし、それがF1という厳しい競争の世界だ。このスポーツにおいて、真の意味での進歩は常に時間をかけて築かれるものなのだ。

今年は新たな技術規定の時代に突入するため、特に興味深い年になる。
変わらないこともある。F1は依然としてモータースポーツの最高峰だということだ。
限界ギリギリでマシンを操る時の感覚——パワー、ブレーキング、そして自分の下でマシンが躍動する挙動。これは何物にも代えがたく、決して色褪せることはない。現代のマシンは、文字通り「異次元」の速さだ。
だが、マシンの仕組みは進化している。現在のパワーユニットは、これまでとは違う挙動を見せる。以前はコーナー出口でどれだけのパワーが使えるかははっきりしていたが、いまは前のコーナーでのブレーキの使い方や、ハイブリッドシステムのエネルギーの使い方によって変わる。ドライバーには、これまで以上に瞬時の判断が求められる。
この新しいフォーミュラでは、その場で的確に判断できるドライバーが強みを発揮するだろうし、そうでない場合は、別の形で目立つことになる。
この新世代のマシンをドライブしてみたいという気持ちは強い。特にエイドリアン・ニューウェイが手がけたマシンには興味がある。これまで何度も彼のマシンと戦ってきたが、一緒に仕事をしたらどんなものか、ずっと気になっていた。そういう意味では、ランスとフェルナンド・アロンソ選手が少し羨ましい。
間近で見るエイドリアン・ニューウェイの仕事ぶりはとても興味深い。ノートを手に取り、製図板にスケッチを描く――昔ながらのスタイルだが、それが彼の強さでもある。
実は、彼のノートを少し覗こうとしたこともある……もちろん気づかれたが。
もし彼のマシンをドライブできる機会があれば、ぜひ挑戦してみたい。デモランなら現実的かもしれない。ただ、年間24戦を戦うのは――さすがにもう厳しい。
アロンソ選手についてはどうだろう。

数年間チームメイトとして戦ったが、決して簡単な時期ではなかった。それでも、自分にとって一番の基準だったのはアロンソ選手だった。同じマシンで彼に挑むことは大きなチャレンジで、その難しさも含めて楽しんでいた。彼は仕事に対してとてもストイックだが、同時に楽しむことも忘れない。10年が経った今でも、その点は変わっていない。
そしていま、もうひとつ共通点がある。日本にインスピレーションを得たタトゥーだ。アロンソ選手は背中にサムライ、自分は日本の書を取り入れたドラゴン。小さな共通点だが、自然と笑顔になる。
日本は、自分のキャリアにおいて大きな存在だ。特にHondaとの関係を通じて、多くの印象的な経験をしてきた。2003年に関わりを持ち、2006年には自身初優勝を達成した。これはメーカーとして1960年代以来の勝利でもあった。2015年と2016年にはHondaのパワーユニットで戦い、その後もSuper GTやDaytonaでAcuraとともにレースをしてきた。これほどレースに情熱を持つ人たちはなかなかいない。現在もAMR26の競争力向上に向けて、全力で取り組んでいるはずだ。

日本は、自分にとって特別な場所だ。第二の故郷のように感じている。
東京は、世界の中でも特に好きな都市のひとつだ。食事は本当に素晴らしく、日本食だけでなくどのジャンルでもレベルが高い。食材の質も非常に高い。新しいものを試す楽しみがあり、いろいろなレストランに行くのも好きだ。一方で、少し郊外に出れば美しい自然が広がっている。文化もヨーロッパとは大きく異なり、それが魅力でもある。とても礼儀正しく、温かく迎えてくれる国だ。

そして、ファンの存在がある。
日本のファンは、モータースポーツへの理解がとても深い。細かい部分までよく見ているのが印象的だ。自分のレースやキャリア、さらにはプライベートなことまで覚えていることもあり、その知識の深さには驚かされる。
また、とても情熱的で、このスポーツを心から愛している。その熱意は素晴らしく、同時にとても礼儀正しい。
特に印象に残っているのは、2011年の日本グランプリでの優勝だ。レース後のセレモニーや全てのミーティングを終えた頃にはすでに夜になっていたが、グランドスタンドにはまだ多くのファンが残り、大型スクリーンでレースのリプレイを見ていた。
5時間経っても、まだそこにいた。
その光景は、日本のファンの情熱をよく表している。あのときの印象はいまでも強く残っている。
また日本に戻るのが待ちきれない。

