ともに築いた成功の軌跡ジェンソン・バトンとHondaのハイライト

2003年シーズンのF1から本格的に始まったHondaとの関係において、ジェンソン・バトンはチームメイトであったジャック・ヴィルヌーヴを上回るパフォーマンスを見せ、その後もF1での優勝、市販車によるラップレコード更新、スーパーGTでのチャンピオン獲得など、数多くのハイライトをHondaとともに刻んできました。

そして2026年、ジェンソンは再びHondaとの関係を深めます。Honda製パワーユニット「RA626H」を搭載するAston Martin Aramco Formula 1 Teamのドライバー・アンバサダーとして、新たな役割を担うことになりました。

今こそ、ジェンソン・バトンとHondaがともに歩んだ印象的な瞬間を振り返るにふさわしいタイミングと言えるでしょう。

2004年:F1初表彰台

BAR Hondaから参戦していたバトンは、2004年マレーシアGPで自身初となるF1表彰台を獲得しました。6番グリッドからスタートし、オープニングラップではヤルノ・トゥルーリとの接触がありながらも、レース序盤から着実にポジションを上げ、安定した速さを維持。最終的に3位でチェッカーフラッグを受けました。これは、F1キャリア通算50回に及ぶ表彰台の第一歩となりました。

2006年:F1初勝利

象徴的な一枚の写真とともに語られる、記念すべき初勝利。2006年ハンガリーGPは変わりやすい天候に翻弄される難しい一戦でしたが、その状況を制したのがバトンでした。10グリッド降格ペナルティにより14番手スタートという不利な条件の中、刻々と変化する路面状況を的確に読み取り、52周目にトップへ浮上。そのまま勝利をつかみ、Hondaにとって1967年以来となるコンストラクターとしてのF1勝利をもたらしました。

2018年:シビック タイプR ラップレコード(ハンガロリンク)

2018年にHondaが欧州各地で前輪駆動の市販車ラップレコード更新に挑んだ「Type R Challenge」の一環として、バトンはシビック タイプRでハンガロリンクに挑戦しました。180度コーナーや複雑なシケインを持つこのテクニカルなサーキットで、2分10秒19を記録し、ラップレコードを樹立しました。

2018年:スーパーGT チャンピオン

2017年、鈴鹿でのスポット参戦を皮切りにスーパーGTへ挑戦したバトンは、2018年シーズンにチーム国光へ加入。山本尚貴とタグを組み、シーズンを通して安定した成績を残しました。鈴鹿での優勝を含む複数回の表彰台獲得により、シリーズチャンピオンを獲得。2005年以来となるGT500クラスでのルーキー王者となりました。

2019年:ブランパンGTシリーズ参戦

2019年、バトンはRJNモータースポーツとともに、ブランパンGTシリーズ耐久レース部門(シルバーカップ)へ参戦。「Jenson Team Rocket RJN」の名のもと、カート時代に使用していたRocket Motorsportの名称を復活させました。Honda NSX GT3 Evoは主にストルアン・ムーア、フィリップ・フロメンヴィラー、マット・マクマリーがドライブし、スパ24時間ではリカルド・サンチェスが加わりました。

2019年:DTMデビュー

2019年のスーパーGT/DTM交流戦の一環として、バトンはホッケンハイムで開催されたDTM最終戦に参戦しました。ウエットからドライへと変化する難しいコンディションの中、予選ではスーパーGT勢の中で最速となる総合6番手を記録。DTM車両が使用するDRSやプッシュ・トゥ・パスを搭載していない状況を考えると、際立つ結果でした。決勝ではピット作業でタイムを失ったものの、スーパーGT勢最上位の9位でフィニッシュしました。

2019年:シビック タイプR ラップレコード(バサースト)

Type R Challengeをオーストラリアへと舞台を移し、バトンは完全な量産仕様・無改造のシビック タイプRで、マウント・パノラマ・サーキットに挑みました。高低差174メートル、最大勾配16%超という過酷な条件の中、2分35秒207を記録し、再び市販車ラップレコードを更新しました。

2024年:ロレックス24 デイトナ 表彰台

世界屈指の24時間耐久レースであるロレックス24 デイトナにおいて、ジェンソンはウェイン・テイラー・レーシング with アンドレッティから参戦。ジョーダン・テイラー、コルトン・ハータ、ルイ・デルトラズとともに、Acura ARX-06でGTPクラスを戦いました。初出場ながら、チームとドライバー4人による的確な戦略により3位表彰台を獲得し、印象的なデビューを飾りました。