日本のモータースポーツの聖地 鈴鹿サーキットの魅力

三重県・鈴鹿市にある鈴鹿サーキットは、1962年に開場した日本初の本格国際レベルのレーシングコースである。Hondaの創業者・本田宗一郎の「レースをしなければクルマは良くならない」との意志の下に建設されたサーキットは、立体交差を有する8の字型の流麗なコースレイアウトを誇り、そのなかに中高速を主体としたさまざまなタイプのコーナーが連続的にバランス良く配されている。人車すべての要素にチャレンジングであることを要求する理想的なコースの基本骨格は、半世紀以上を経ても大きく変わってはいない。

F1初開催は1987年で、歴代のF1ドライバーたちの評判も良く、鈴鹿は今や伝統あるクラシックコースのひとつにも数えられるまでになった。かつてセバスチャン・ベッテル(2010〜13年F1王者)が初めて鈴鹿で戦った際に「ここは神様がつくったコースのようだ」と感動した逸話も有名だ。

近年につくられたF1サーキットの多くはコースサイド全面舗装でマシンのコースアウトに対し優しいが、クラシックコース・鈴鹿の場合はコースを外れれば即グラベルストップが待ち構えている箇所ばかり。攻める際にはリスクも大きくなり、好コース=難コースという状況にもなっている。

コースの前半、S字コーナーの前後を含むターン3〜7の高速スラローム区間は特にドライバーの評価が高く、同時にマシン性能の素性も見えてくる場所とも言えるだろう。そんなコース前半部を快調に抜け、高いスピードをキャリーしたままデグナー1(ターン8)を右に折れた先、デグナー2(ターン9)で適切な減速ができずに飛び出したりするケースがフリー走行や予選では散見されることがあり、鈴鹿の難所と言える箇所かもしれない。スプーンカーブと呼ばれるターン13〜14の連続左コーナーは要所で、ここを速くクリアしないことにはバックストレートでの速度が伸びずに苦戦を強いられる。

高いコーナリング性能が求められるだけでなく、豊かな直線スピードも必要、という難攻不落な鈴鹿。ここで勝つためには高次元なバランスが求められるのだ。強いブレーキングをする箇所は多くなく、空力的な影響からも抜きどころが多いコースとは言えないが、下り坂のホームストレートの先に控えるターン1〜2、そして高速コーナー「130R」(ターン15)を抜けた後の低速シケイン(ターン16〜17)が主たるオーバーテイク攻防地になる。

鈴鹿でのタイムアップやレース展開には風向きも小さくない影響を及ぼす。タイムアップに関しては、基本的に2本のストレート区間で追い風になることが理想。この場合はコース前半の高速スラローム区間では向かい風になってくれるので、ダウンフォースが欲しい場所で向かい風、直線では追い風、という状況になるからだ。タイヤにとってタフなコースであることも特徴で、F1日本GPでは硬めのコンパウンドのタイヤ供給となることが多い。

日本のモータースポーツの聖地ともいえる鈴鹿サーキットだが、そこは一大アミューズメントスポットでもある。遊園地が併設されており、Hondaの関連施設らしくモータースポーツはもちろん、自動車を含むモビリティ全般を身近に、かつ楽しく感じることができる。また、4輪と2輪の双方を対象とするレーシングスクール(現名称・HRS鈴鹿=Honda Racing School Suzuka)を30年以上にわたって展開しており、鈴鹿で磨かれた多くの才能が国内トップ戦線や国際舞台へと飛躍を遂げてきた(4輪では佐藤琢磨、角田裕毅、岩佐歩夢らを輩出)。

そしてモータースポーツへの愛と情熱、敬意に満ちた観客の存在も鈴鹿サーキットの大きな特徴のひとつといっていいだろう。日本GPの際には、F1ドライバーたちも鈴鹿に集まるファンの歓待ぶりに驚きと感謝の思いを抱きながら、真摯に応えている。