Circuit info
- Circuit Length
- 5.793 km
- First Grand Prix
- 1950
- Number of Laps
- 53
- Race Distance
- 306.72km
Location
- Address
- Viale di Vedano 5, Monza, MB 20900, Italy
- Google Maps

サーキットの歴史
イタリアGPは1921年に初開催され、1950年にF1世界選手権が始まると、その初年度からカレンダーに組み込まれました。以来、毎年継続して開催されている歴史あるグランプリです。そして、そのほとんどはイタリア北部のモンツァ国立公園内にあるモンツァ・サーキット(アウトドローモ・ナツィオナーレ・ディ・モンツァ)で開催されています。
イタリアにはもうひとつ、有名なイモラ・サーキット(アウトドローモ・インテルナツィオナーレ・エンツォ・エ・ディーノ・フェラーリ)があります。1980年はモンツァが改修工事中だったため、イモラでイタリアGPが開催されました。イモラでは1981年から2006年まではサンマリノGPとして、2020年から2025年まではエミリア・ロマーニァGPとしてF1が開催され、1国1グランプリの体裁が取られています。
モンツァでのレースは当初、5.5kmのロードコースと4.5kmのオーバルコースを組み合わせた全長10kmのロングコースで始まりました。安全性への懸念から1938年に大規模な改修工事を実施、オーバルコースの使用を止め、オーバルの後半部分をロードコースに組み入れた全長6.3kmのレイアウトへと変更されます。1955年の改修で再びオーバル併用コースへと戻りました。この時に新設されたオーバルは、最大傾斜が約80%(約38度)にも達するものでした。しかし、やはり危険性が高く、大きな事故も発生したため、オーバルコースは再び使用されなくなりました。
この1955年の改修で整備された5.75kmのロードコースが、現在のモンツァの原型となっています。その後、安全性を高め、スピードを抑制するためにシケインが導入されるなど、1970年代から2000年にかけて改修を重ねた結果、現在のレイアウトになりました。オーバルを使用しないコースであっても、モンツァは超高速コースの代名詞に変わりありません。そして、オーバルコースの遺構は今もモンツァに残されています。
広大な公園内のサーキットには、母国のフェラーリを応援する熱烈なファン(ティフォシ)が押し寄せ、独特の盛り上がりを見せるグランプリであることも昔から変わらず、F1を代表する歴史と伝統、そして熱狂を生むことで知られています。

コースの特徴
超高速コースで有名なモンツァのホームストレートは約1.2kmあり、マシンの速度は時速350kmを超えます。予選ではここでスリップストリーム(トゥ)を使い、どれだけスピードが上げられるかが見どころで、チームワークや戦略が示されるポイントとなります。
ターン1のシケイン状のバリアンテ・レティフィーの進入は、コース最大のオーバテイクポイントであり、超高速からのフルブレーキングが見どころです。緩やかな右コーナーを抜けると、2番目のシケインとなるバリアンテ・ロッジアを迎えます。ここもオーバーテイクポイントで、マシンは比較的大きな縁石を乗り上げて通過します。
モンツァでもっとも有名な最終コーナーであるパラボリカへ向けて、マシンは加速していきます。この超高速コーナーは、マシンの空力とダウンフォースのバランスが試されるコーナーで、次の長いホームストレートでの速度の伸び、そしてターン1でのオーバーテイクを狙うために重要なコーナーです。2021年、このコーナーは、イタリアの英雄的ドライバーであるミケーレ・アルボレートの名を冠した「アルボレート・コーナー(クルーヴァ・アルボレート)」へと名称が変更されました。

サーキットの名勝負
Hondaにとって、モンツァでのイタリアGPには多くの思い出がありますが、なかでも忘れることのできないレースが2つあります。
ひとつはマクラーレン・ホンダが16戦15勝を挙げてシーズンを圧倒した1988年に、唯一勝利を逃すことになったレースです。第12戦として開催されたイタリアGPで、10度目のポールポジションをアイルトン・セナが獲得、チームメイトのアラン・プロストが2番手につけ、シーズン8度目のフロントロウ独占でレースが始まりました。プロストはスタート直後にセナの前に出ますが、セナはすぐにトップを奪い返し、レースはいつものようにマクラーレン・ホンダの2台がリードするかたちで進みます。しかし、レース序盤からトラブルに見舞われていたプロストは、レース中盤にリタイア。燃費に苦しむセナの背後にはフェラーリのゲルハルト・ベルガーが迫ってきました。レースは残り2周となり、セナは勝利目前の第1シケインで周回遅れのマシンと接触、スピンしリタイアとなりました。まさかの展開に誰もが驚いた、マクラーレン・ホンダの連勝が途絶えた瞬間でした。
ふたつ目はコロナ禍で変則スケジュールとなり、第8戦として無観客で行われた2020年のレースです。この年、トロロッソからチーム名を変更したアルファタウリは、引き続きHondaエンジンを搭載し、ピエール・ガスリーとダニール・クビアトのラインアップで戦いました。レースは波乱の展開となり、アクシデントによるセーフティカー導入やペナルティが多発し、上位陣は相次いで脱落。10番手からスタートしたガスリーは、混乱のなかタイミングの良いタイヤ交換と適切な戦略でレース中盤にトップに立ち、背後に迫る後続を抑え切って自身初の優勝を飾りました。
Hondaとのジョイントがトロロッソ時代から数えてちょうど50戦目での快挙で、Honda F1の危機的状況に手を差し伸べてくれたチームの勝利は、Hondaにとっても格別の喜びをもたらしました。
- 最速ポールポジションタイム
- 1:18.792
マックス・フェルスタッペン(レッドブル/2025年)
- Honda予選最速タイム
- 1:18.792
マックス・フェルスタッペン(レッドブル/2025年/ポールポジション)
- 最速ファステストラップ
- 1:20.901
ランド・ノリス(マクラーレン/2025年)
- Honda決勝最速タイム
- 1:21.003
マックス・フェルスタッペン(レッドブル/2025年)
※全長5.793kmのコースレイアウトにおけるデータ。

Hondaでの戦績
サーキットに刻まれてきたHondaの挑戦と実績の軌跡を、戦績データと共に振り返ります。
