
選手の漕ぎ力を科学的に測定しパフォーマンスを高めたい
車いす陸上競技で、選手がハンドリムを漕ぐ際に手とリムが接触する時間は高速走行時でおよそ0.15秒。選手の感覚やコーチの観察では漕いでいる状態を詳細に把握することは困難です。
そこでHondaは、車いすレーサーを漕ぐために選手がハンドリムに加える力=漕ぎ力を測る「漕ぎ力計測機器」の開発をスタート。選手の漕ぎ力を科学的に見える化することで選手のパフォーマンス向上と競技の発展に寄与することを目指しました。
ASIMOの6軸力センサーを応用した「漕ぎ力計測機器」
漕ぎ力を測るために、Hondaが長年にわたり研究を重ねてきた、二足歩行ロボット「ASIMO」や歩行アシストなどのロボティクス研究で培った、6軸力センサーによる力の検知技術を活用しました。ASIMOの開発で使用してきた6軸力センサーを応用した計測機器をホイールの中央に設置し、漕ぎ力の大きさ・向き・および荷重中心点位置を0.0025秒ごとに計測。漕ぎ力を定量的に推定することを可能としました。
漕ぎ力計測機器をフィールドで使用し選手の走りを分析
漕ぎ力計測機器は、選手の車いすレーサーに装着して使用することができます。さまざまなシチュエーションで選手の練習で使用してもらい、推定した漕ぎ力を計測。この計測情報と選手の感覚を合わせて考慮することで、選手は自分の漕ぎ方を客観的に理解でき、コーチはより的確な指導ができると考えています。
指標が存在していなかった車いすレーサーの設計
車いす陸上競技を始める選手の中には、先輩などから車いすレーサーを譲り受け、それをベースに、自分にフィットさせるカスタマイズを行ってポジションを決めていく方も多いことがわかりました。このカスタマイズにおいて、現状のポジションから「もう少し高く」や「前傾に」など、感覚的で定性的な指標しか存在していない状態でした。調整幅も限定的で、満足のいくセットアップができないといった課題がありました。
選手が能力を最大限発揮できる乗車姿勢を見出す「テストベンチ」の開発
Hondaは、各選手が能力をより発揮しやすい車いすレーサーを製作できるように、オリジナルで乗車姿勢を可変できる「テストベンチ」を開発しました。
テストベンチは、膝・尻座面の高さと傾き角度、ホイールの幅とキャンバー角が自在に設定できる仕様となっています。
また、テストベンチ全体を練習用ローラーに載せることで、ただ乗車するだけでなく、実車のように漕ぐことも可能。実際の路面抵抗を再現して漕ぎながら最適な乗車姿勢を見出すことができます。このテストベンチは通常のレーサーに比べて重量があるため、ローラーに自重を加えてしまうと回転負荷が過剰となってしまいます。そのため、テストベンチ側を固定としてローラーを下からベンチ側に少しずつ押し付ける構造を採用。押し付け力をモニタリングすることで適切な回転負荷に調整できるようになっています。
能力を最大限発揮できる車いすレーサーとするために
テストベンチ側面は、透明なポリカーボネート製のものに交換することもできるため、車輪を取り外したり、リムホイールを用いたりすることで、乗車姿勢を横から目視することが可能です。直接見ることで、本人でも気づかないような圧迫がないかを確認したり、脚の姿勢にフィットした形状で車いすレーサーのフレームを設計したりすることを考えています。また、車輪を取り外せることで、乗り降りのしやすさも確保しています。
乗車ポジションを設計データに反映し試作車で検証
テストベンチを用いた車両作成のフローはまだ研究段階ですが、この流れとしてはまずテストベンチで漕ぎ力計測を行い、最適な乗車姿勢が見出せたら、そのデータをパラメータとし、設計データを起こして車いすレーサーを試作。選手による試作車の試乗コメントをフィードバックし、再調整を行いさらに高いレベルで最適化を行います。
こうした計測を経て車いすレーサーのカーボンモノコックフレームを製作することで、完成後の満足度を高めることができるかを確認していく予定です。
より多くの選手のために漕ぎ力計測機器のレンタルを開始予定
多くの車いす陸上競技の選手は、漕ぎ力の評価をご自身の感覚や結果としてのタイムで行っていますが、この漕ぎ力に科学的メスを入れたことで具体的に改善点を見出したり、過去との比較を定量的に行ったりすることができるようになりました。
漕ぎ力計測機器を製作したのは、このような科学的な分析を多くの選手に取り入れてもらい、車いす陸上競技がより魅力的で熟成したスポーツへと進化する一助になればとの思いからです。漕ぎ力計測機器のレンタル開始がそのための第一歩となります。Hondaは、これからも車いすレーサーや計測機器に改善を重ね、この競技をサポートしていきます。



