SUPER GT

プレチャンバーイグニッションを適用したエンジン開発(2016年後半〜2019年)

プレチャンバーイグニッションを適用したエンジン開発(2016年後半〜2019年)

2014年にSUPER GT GT500クラスに導入されたエンジンに関する新規定は、シリンダーヘッドやシリンダーブロックの大物鋳物部品は3年に一度しか設計変更できないと定めている。ただし加工は可能で、仕様変更はシーズン途中で新エンジンを投入する際に行なうことができた。

2016年は後半戦に新エンジンを投入するタイミングを生かし、新たな燃焼技術を投入した。プレチャンバーイグニッション(PCI)である。2016年シーズン開幕時点での投入を目指して開発に取り組んでいたが、適合に時間を要したため、シーズン途中での投入になった。

副室ジェット燃焼などとも呼ばれるPCIは、スパークプラグの先に副室(プレチャンバー)を持つのが構造的な特徴である。副室には小さな孔が複数開いており、吸気〜圧縮行程で混合気が形成されると、その小さな孔から副室に混合気が入る(うまく入るように適合する必要がある)。

スパークプラグで着火すると、副室の小さな孔から主室側に火炎が勢いよく噴き出し、主室の混合気を一気に燃焼させる。これがPCIの特徴だ。PCIによりリーンな混合気の着火性が上がったのに加え、燃焼速度が上がり、燃焼期間も短くなった(とくに燃焼後半)。PCIの効果は大きく、HR-414Eはこの年10kW以上の出力向上を手に入れた。燃焼が速く、期間も短いため、燃焼エネルギーの圧力への変換効率が高くなり、それが熱効率の向上(=出力向上)に結びついた。

プレチャンバーイグニッション(PCI)の構造

正味熱効率の年次推移

  • プレチャンバーイグニッション(PCI)の構造
  • 正味熱効率の年次推移

2017年はエンジン名称をHR-417Eに改めた。2014年からの3年間の継続的な開発でP-Max(最大筒内圧)は大きく向上していた(そのぶん出力が向上している)。以後のP-Max上昇分も見込み、骨格を強化した。PCIは受け継いでいる。2016年の場合はPCIを既存のシリンダーヘッドに合わせ込む格好だったが、2017年のHR-417EではPCIに最適化した設計とした。

インジェクターのポジションを変更したのも、大きな変化点だ。HR-414Eでは吸気バルブ側にあった直噴インジェクターを排気バルブ側に移した。狙いは中速域の予混合改善である。高回転時はピストンの動きが速いため筒内流動は自然と高まり、予混合が促進される。一方で、ピストンの動きが遅い中速域の予混合が課題だった。

排気バルブ側にインジェクターを配置すると、吸気バルブ側から流れてくる空気に対向する形で燃料を噴射することが可能となり、混合気の均質度が大幅に高まって中速トルクが向上した。結果、パワーバンドが拡大すると同時にピーク出力も向上するなど、大幅な改善効果を得ることができた。シリンダーヘッドやピストンへの燃料付着が減ったのも排気バルブ側インジェクターの効果であり、この効果も出力アップにつながった。

2016年後半から投入したHR-417E

出力特性の年次推移

  • 2016年後半から投入したHR-417E
  • 出力特性の年次推移

HR-414Eの2014年仕様では早閉じミラーサイクルの適用によって大幅な熱効率の向上(による出力向上)を実現したが、2017年のHR-417Eでは早閉じの度合いを弱めた。効率を重視するあまりドライバビリティが犠牲になっているとの反省から、ドライバビリティの改善に注力することにしたのだ。

ミラーサイクルの適用によって熱効率は向上するが、下死点前に吸気バルブを閉じるためシリンダーの容積を100%使い切らないことになる。自然吸気エンジンの場合は早閉じによって吸入空気量が減ってしまうが、ターボ過給エンジンの場合は過給圧を高めることで空気量を補うことが可能だ。

旋回立ち上がりなどでのスロットルオン時のターボラグを解消し、ドライバビリティを助けるのがアンチラグシステムである。減速時にスロットルをオフにすると、排気エネルギーが激減するためタービンの回転数は落ちてしまう。次の加速のときにはタービン回転数が回復するまで過給圧は十分に上がらず、ドライバーは「加速が悪い」と感じてしまう。

GT500はWRC(FIA世界ラリー選手権)で認められているような、外付けの装置を排気系に追加することで排気管に新気を導入するアンチラグシステムを認めていない。そのため、GT500のエンジンではオフスロットル中もスロットルバルブをわずかに開けておき、燃焼室から吹き抜けた混合気を排気管の熱で着火してタービン回転数を保つ仕組みとしている。

ミラーサイクルを適用した場合は過給圧を高く設定するためターボの仕事量が増え、耐久性が課題になる。過給圧が高いがゆえに大きくなりがちなターボラグを解消しようとアンチラグに頼ると燃料の消費量が増え、レース中の給油にともなうピットストップ時間が増えて戦略面で不利に働く。これらも課題だった。

ターボラグの低減を図るには過給圧がかかる前の体積効率が重要になるため、HR-417Eではバルブタイミングの選定によって早閉じミラーサイクルの度合いを弱め、体積効率の向上を図った。この結果、レスポンスは向上しドライバビリティは改善された。また、体積効率の向上により過給への依存が弱まったため、アンチラグの効かせ方も弱くできるようになり、燃費面にも好影響を及ぼした。

HR-417Eでは出力向上を狙い排気系も変更した。排気系は、排気ポートから出てくる4本の管をプライマリー管、4本が1本に集合する部分をコレクターと呼んでいる。コレクターより後方はテールだ。排気の脈動効果を利用して出力を向上させるには、プライマリー管の径や長さが影響するが、コレクターの形状も無視できない。排気系の改良にあたってはプライマリー管を1次元、コレクターを3次元でシミュレーションし、最終的に1次元と3次元の連成解析を行なって形状を最適化した。

そうして設計したコレクターは、金属積層の3Dプリンターで製作(高強度・高耐熱のインコネルを使用)し、開発サイクルの短縮に貢献。2017年シーズンの使用を通じ、耐久性に問題がないことが確認できた。

HR-417Eの2018年仕様は、2016年前半仕様で上げた圧縮比をもう一段上げるとともに、吸気系の効率改善などで出力向上を図った。2019年仕様は、排気系の集合方法を変更して排圧を低減することでノック改善を実現。これにより、わずかではあるものの出力アップを果たしている。

2014年から2019年にかけて、6シーズンの開発で熱効率(=出力)向上に最も大きく貢献したのは、2016年後半に投入したPCIだった。2017年に中速域のトルク特性を改善したことで、ドライバビリティも向上。2018年、2019年はPCIをベースに継続的な開発を行ない、コンスタントに出力を向上させていった。

この記事は面白かったですか?

  • そう思う
  • どちらともいえない
  • そう思わない


テクノロジーモータースポーツテクノロジーSUPER GTプレチャンバーイグニッションを適用したエンジン開発(2016年後半〜2019年)