SUPER GT

共通モノコックを使いミッドシップレイアウトに仕立てる車体開発(SUPER GT 2014年)

共通モノコックを使いミッドシップレイアウトに仕立てる車体開発(SUPER GT 2014年)

SUPER GTは市販車をベースにした車両で行われる自動車レースのシリーズ戦である。GT500とGT300の2つのクラスで構成されており、GT500はHonda、トヨタ、日産の自動車メーカーが企業活動の一環として、モータースポーツ活動を専門とするグループ企業(Hondaの場合は2022年から株式会社ホンダ・レーシング=HRC)とともに車両開発を行い、チームに車両を供給している。

GT300はプライベーター向けのクラスで、FIA(国際自動車連盟)が定めるGT3規定と、SUPER GTを統括するGTAが定めるGTA-GT300規定に従った車両などで構成される。500と300の数字は想定馬力をイメージしたもので、数字の違いはコース上のパフォーマンスの差として表れる。

GT500クラスはDTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)との技術規則統合を視野に入れ、2014年に車両規定が大きく変更された。それまでは各メーカーが規則の範囲内で独自に車体を設計することが可能だったが、2014年からは共通モノコックの使用が義務づけられることになった。また、多くのコンポーネントが共通部品に指定された。開発コストと過度な競争を抑えるのが狙いである。

共通部品はカーボンモノコックの他にギアボックス、サブフレーム、ブレーキシステム、燃料タンク、ダンパー、ドライブシャフトなどが含まれた。共通部品に指定されたモノコックはFR(フロントエンジン・リアドライブ)を前提としており、フロントには、前年までの3.4LV8自然吸気に替わり、新規定の2.0L直列4気筒ターボエンジンを搭載することになった。

縦置きに搭載する直4エンジンは共通モノコックのフロントバルクヘッドに締結。リアはベルハウジングを介して共通ギアボックスを搭載するレイアウトである。エンジンの前方とギアボックスの後方には、共通部品に指定されるクラッシャブルストラクチャーが締結される。このレイアウトを基本に新規定は構築されていた。

Hondaは新規定に合わせた車両を開発するにあたり、2代目NSXをベース車に選択した。2代目NSXは2012年1月の北米国際自動車ショーでコンセプトモデルを世界初公開し、国内では2012年2月に公開した。

2代目NSXは専用設計の3.5L V6ツインターボエンジンを車室と後車軸の間に搭載するミッドシップレイアウトを採用しており、フロントに2基、リアに1基のモーターを搭載し、前後と前輪左右の駆動力を状況に応じて最適に配分するSPORT HYBRID SH-AWDを適用していた。

市販車と同じシステムをそのまま適用するのは不可能にしても、NSXとして参戦する以上、MR(ミッドエンジン・リアドライブ)の駆動方式とハイブリッドシステムの搭載は欠かせないというのが、Hondaの判断だった。ルール統括団体や競合メーカーと協議の末、車両規定や共通部品の変更を最小限に留め、かつ性能調整を課すことを条件に、MR駆動方式で参戦することが認められた。
こうして、Honda NSX CONCEPT-GTの開発が始まった。

NSX CONCEPT-GT

NSX CONCEPT-GT
NSX CONCEPT-GT

机上で計算してみると、全長が最大500mmに規定された直4エンジンをミッドに搭載するには、モノコックを300mm前進させる必要があることがわかった。モノコックを独自に設計できるならMRレイアウトに最適化させることは可能だが、GT500の新規定では共通モノコックを使う義務がある。

MRレイアウト化に向けて共通モノコックを300mm前進させると、モノコック前端左右のコーナー部がフロントタイヤに近づきすぎることがわかった。そのままの状態で成立しないことはなかったが、空力性能に悪影響がおよぶことが予想された。

GTカーはスプリッターと呼ぶフロントバンパー下のパネルを利用してフロントのダウンフォースを発生させる。効果的に性能を発揮させるには空気の流れを上手に抜くことが重要で、フロントホイールハウスの後方は空気を抜くエリアとして大きな役割を果たす。モノコック前端左右のコーナー部がこのエリアと干渉すると、空力性能面で大きなダメージを負うことが予想できた。

そこで、モノコックの剛性が低下する(と車両運動性能に悪影響を与える)が、それを覚悟のうえでモノコック前端左右コーナー部を削り取る決断を下し、ルール統括団体に仕様変更の許可を得て、該当部分を削った。フロントホイールハウス後ろ側の空間を確保し、空力的な条件をFR車と同等にする道を選んだのである。

GT500 共通部品に指定されたカーボンモノコック

GT500 共通部品に指定されたカーボンモノコック

FR前提の共通モノコックを使用したMRレイアウト化

FR前提の共通モノコックを使用したMRレイアウト化

MR化にあたってモノコックの前進を300mmに留めたのは、それ以上前進させるとダブルウィッシュボーン式フロントサスペンションのレイアウトに支障をきたすからだった。モノコックを前進させることで、上下サスペンションアームの車体(サブフレーム)側取り付け点が影響を受けることになる。アームの前側レッグはクラッシャブルストラクチャーと干渉するため前側にずらすことはできず、後ろ側だけ取り付け点を、モノコックを避けるようにして前方に動かした。

そのため、サスペンションアームのスパンが短くなったが、それ以上スパンを短くすると強度・剛性が確保できなくなるため、300mmの前出しが限界だったというわけだ。

駆動方式をFRからMRに転換するにあたって苦しかったのは、リアも同様だった。共通部品に指定されたギアボックスをそのまま使うと、デフセンターの位置が後ろにずれてしまい、ドライブシャフトに非現実的なほどの大きな角度がついてしまうことがわかった。

そこでMR用ギアボックスをMR車両共通部品としてルール統括団体に認めてもらい、共通ギアボックスと同じサプライヤー製としながら専用の仕様を用意した。リアサスペンションを取り付ける指定のポイントはFR車と同一にしたうえで、クラスター(レシオギアと変速機構一式)を縦置きから横置きに変更することで全長を縮めた。

サスペンション取り付けポイントの調整

サスペンション取り付けポイントの調整

本来のGT500はモノコックとギアボックスの間に長さ調整用のベルハウジングを挟み、このベルハウジングにクラッチを収めている。MRのNSX CONCEPT-GTはエンジン搭載スペースを確保するためベルハウジングを廃した。クラッチはMR用ギアボックスの前端部分に収めている。それでもデフセンターはFR車より後方になってしまった。この状態では共通部品に指定されているドライブシャフトの長さが足りず、61mm長い専用の仕様(サプライヤーは同じ)を認めてもらう必要があった。

エンジンを共通モノコックのリアバルクヘッドに締結するにあたっても改造を必要とした。共通モノコックの後部下側は、空力デバイスとして機能するディフューザーの跳ね上げが始まっているため、エンジンを締結する相手が存在しない。そこで、フロントカバーに取り付けたマウント用のアダプターを介して締結する方法をとった。エンジン上側のマウントについては、モノコックのリアバルクヘッドに締結用ボスを追加することで解決した。

エンジン取り付けポイントの調整

エンジン取り付けポイントの調整

ロールケージも変更している。モノコックを300mm前進させたことで、ロールケージがキャビンと干渉することになったからだ。この問題を解決するため、フロント側のパイプ配置を後ろにずらした。また、リア側はオリジナルの一体構造ではエンジンの積み下ろしができないため、分割構造に変更。構造を変更しても強度に問題のないことを証明することで、使用が認められた。

ロールゲージの構造変更

ロールゲージの構造変更

一般的にMRレイアウトはFRに比べて車両運動性能面で有利とされるが、HondaはそのためにMRにこだわったのではなく、市販するNSXとGT500のNSXで技術を共通させたいとの思いが動機となっている。2014年に導入された新規定はFRを前提にしているため、これに手を加えてMRにしたところで有利にはならないと考えられた。

しかし、このときNSX CONCEPT-GTを無理してMRに仕立てたことがMRの車両特性をより深く理解することにつながり、後にパフォーマンスを向上させるために必要なノウハウを学ぶのに役立った。

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