燃費と出力のためのロングストローク化とVTC搭載
660cc・直列3気筒DOHC VTECエンジンのS07B型は、2017年8月に発売した2代目N-BOXとともに投入されたエンジンであり、自然吸気とターボの2種類の設定が存在する。S07B型はドライバーの望みどおりに加速する安心感と低燃費を実現するため、エンジンを新設計したうえで、自然吸気エンジンにはVTEC(可変バルブタイミング・リフト機構)を、ターボエンジンには電動ウェイストゲートを、いずれも軽自動車として当時初めて採用した。
S07B型の誕生から遡ること、約6年前の2011年11月。軽乗用車「N」シリーズの第1弾モデルとして発売したN-BOXに合わせ、全面新設計したS07A型エンジンを投入した。このエンジンはCVT(無段変速機)との組み合わせを前提とし、高い環境性能(低燃費、低排出ガス)と高出力の両立を目指した。S07A型の自然吸気エンジンは従来のショートストロークからロングストロークに変更したのに加え、燃焼改善およびフリクション低減技術などを適用することで従来型より高出力、高トルクを実現。ターボエンジンは自然吸気エンジンと共通の燃費改善技術に加えて高圧縮比化することにより、従来型に対して約10%燃料消費率を改善し、約12%高い最大トルクを実現した。
S07A型を開発するにあたり、それ以前の軽自動車用エンジンP07A型に対してコンセプトを大幅に変更した。P07A型のボア×ストロークが71.0×55.4mmのショートストロークだったのに対し、S07A型はボア×ストローク64.0×68.2mmのロングストロークとした。ストローク/ボア比(以下S/B比)はP07A型の0.78に対し、S07A型は1.07となっている。
排気量が小さな軽自動車用エンジンはドライバーの要求駆動力を満たそうとすると乗用回転数が高めになる。P07A型でショートストロークを選択したのは、ピストンスピードを落とし、摺動抵抗の大きなピストンとシリンダー間のフリクションを少しでも減らす狙いからだった。クランクシャフトが180度回転する際のピストンスピードはストロークの値に比例し、短くするほど遅くなり、長くするほど速くなる。この原理から、P07A型はショートストロークを選択したのである。
S07A型がロングストロークを選択したのは、さらなる燃費改善と高出力を得るためだった。P07A型が4速ATとの組み合わせだったのに対し、S07A型は変速比を自由度高く制御できるCVTとの組み合わせとなったため、同じ駆動力を発生させる場合に低回転時における高負荷運転が可能となり、スロットルを大きく開けることができ、ポンピングロス低減を図ることで燃費の向上に寄与する。
前述のように、ロングストロークにするほどピストンスピードは速くなる。これにより吸気行程では吸気流速が速くなり、シリンダー内で空気と燃料がよく混ざるようになる。圧縮上死点近傍まで速い混合気の流動が保たれた状態で点火すると、燃焼火炎の伝播が速くなり、燃焼時間が短くなる。このため、燃焼エネルギーが効率良く圧力に変換されて熱効率は向上しトルクの増加につながる。
S07A型ではこの技術に加え、吸気側にVTC(連続可変バルブタイミング・コントロール機構)の採用による全回転域での充填効率の向上や吸気および排気系諸元の最適化などにより、最大トルクで従来比8%、エンジン回転数2000rpmにおいて18%のトルク向上を達成した。また、最高出力は従来型に対して13%向上。最高出力は43kW/7300rpm、最大トルクは65Nm/3500rpmである。
ターボエンジンは吸気側VTCの制御によって掃気効果が向上してノッキングの改善が得られたため、圧縮比を従来型の8.5から9.2に上げることができ、高トルクと燃費の改善を両立した。最高出力は47kW/6000rpmで変わらないが、最大トルクは104Nm/2600rpmとなり、従来型より1400rpm低い回転数で11Nm大きなトルクを発生させた。
S07B型 わずか6年でA→B型へ進化
わずか6年で軽自動車用エンジンを全面的に刷新したのは、持てる技術を惜しみなく投入することで、求められる以上の価値をお客様に提供するためである。2017年モデル N-BOXに合わせて開発したS07B型は、S07A型よりもさらにロングストロークにした。ボア×ストロークは60.0×77.6mmで、ストロークはS07A型より9.4mm長く、S/B比は1.07から1.29と格段に大きくなっている。ショートストロークのP07A型からロングストロークのS07A型にコンセプトを一新したのと同じロジックで、ストロークをより長くすれば吸気流速がより速くなって筒内流動が活発になり、燃焼速度が速くなって熱効率は向上する。
一方で、ストロークを長くすればその分ボアは小さくなる。ボア径を小さくすれば燃焼室の表面積が減って冷却損失が低減し、スパークプラグから燃焼室末端までの距離が短くなってノッキング抑制に有利に働く。半面、ボア径を小さくすると必然的にバルブ面積は小さくなり、吸気を効率良く取り込み、排気を効率良く排出するには不利になって高出力化には不利になる。
超ロングストローク化を可能にしたのはVTEC
これをブレイクスルーしたのがVTECだ。低回転域と高回転域のそれぞれに最適となるようバルブの開閉タイミングとリフト量を切り換える機構で、1989年のインテグラに搭載したB16A型以来、Hondaの高性能エンジンを代表する技術として進化・熟成させてきた。S07B型ではこのVTECを吸気側に適用。S07A型から継承するVTCと合わせて吸排気効率を大幅に向上させた。高回転域で吸気バルブのリフト量と開角を大きくすることによる吸気効率の向上により、S07A型に対して4000rpm付近より上の領域でトルクが太くなり、大きな出力を発生する特性となっている。
S07B型のボア径はS07A型より4mm小さくなったが、燃焼室の中央に配置するスパークプラグの細径化により、バルブ径への影響は最小限に留めている。S07A型のM12サイズ(12mm径)からM10サイズ(10mm径)に細くしたことにより、吸気バルブ径はS07A型の24.5mmに対し、24.0mmを確保。排気バルブも0.5mm減の20.0mmを確保した。さらに、吸気バルブの軸部分であるステムの径を従来の5.5mmから4.0mmに細くすることにより、スムーズに空気が流れるようにした。これにより、バルブ径が小さくなったことによるマイナスの影響を最小限に食い止めている。
バルブの改良は他にもある。S07A型はノッキング耐性を高めるため、排気側にナトリウム封入式バルブを採用していた。バルブステムを中空にし、金属ナトリウムを封入。排気の熱でナトリウムが溶け、バルブの上下動によってステム内で動くことで、バルブの熱をバルブガイドに逃がす仕組みだ。
S07B型ではナトリウム封入式バルブに替わり、吸気および排気バルブの燃焼室側を鏡面仕上げとした。表面を極めて平滑にすることにより受熱面積が減り、高温化したバルブから吸気への熱伝達が抑制される。バルブの鏡面仕上げはナトリウム封入式バルブよりも効果がはるかに大きく、ノッキング耐性が向上。自然吸気エンジンの圧縮比はS07A比で0.8高い12.0、ターボエンジンは0.6高い9.8を実現した。
ロングストロークの特徴である速い吸気流速を活かしてタンブル(縦渦)を強化するため、吸気マニホールドの形状を最適化するとともに、ピストン頭部に半球状のくぼみを設けることで、タンブル流を保持しながらスパークプラグ近傍に混合気を集中させ、安定した急速燃焼が得られるようにした。さらに、燃焼室の外周部にスキッシュエリア(狭い空間)を設けたことにより、圧縮行程の後半にピストンが上死点に近づくと、スキッシュエリアによって押し潰された混合気が燃焼室の中心に向かって強い乱流となって流れ込み、燃焼速度をさらに高めることになる。
これらの技術を適用した結果、最高出力と最大トルクの数値はS07A型と変わりないが、燃費性能は大きく向上しており、当時の燃費測定方法であるJC08モードで比較すると、S07A初期型の22.2km/Lに対してS07B型は27.0km/Lと21.6%の大幅な向上を果たしている。
ターボには電動ウェイストゲートを採用
ターボエンジンは排気をタービンに流入しないよう迂回させるウェイストゲートに、それまで一般的だった吸気負圧を利用するアクチュエーターではなく、電動アクチュエーターを採用した。過給圧を必要としない領域は排気をウェイストゲートから逃がすことでスロットルバルブの開度を大きくしておくことによりターボ特有のポンピングロスを抑え、過給が必要な領域ではウェイストゲートを緻密にコントロールして最適な過給圧を得るようにした。これにより、低燃費化やレスポンス向上に寄与している。
S07B型ターボエンジンは最高出力47kW/6000rpm、最大トルク104Nm/2600rpmを発生。S07A型よりも低い回転数で最高出力を発生する特性としている。JC08モード燃費はS07A初期型の18.8km/Lに対して25.6km/Lとなり、36.2%の大幅な向上を果たした。S07B型は自然吸気エンジン、ターボエンジンともに従来型に対して高速道路の流入を想定した加速性能の向上と優れた燃費性能を両立したエンジンとなっている。
諸元表
テクノロジーHondaのエンジンS07B型 Nシリーズを支える超ロングストローク+VTECエンジン





