Hondaのブレない哲学
「M・M思想(Man-Maximum、Mecha-Minimum)」

Hondaのクルマづくりの根幹を支えるのは、歴代の開発陣に脈々と受け継がれる「人間中心」の考え方です。その考え方を象徴するのが、「人のためのスペースは最大に、メカニズムのためのスペースは最小に」を意味するM・M思想(Man-Maximum、Mecha-Minimum、マン・マキシマム/メカ・ミニマム)です。

M・M思想は既成概念にとらわれず、「クルマはどうあるべきか」を追求し、検討を重ねた末に導き出されたHondaのクルマづくりにおける基本思想です。この思想のもと、Hondaはお客様の喜びを第一に考え、求められる価値を求められる以上のレベルで実現できるよう開発に取り組んできました。

M・M思想の原点 [N360]

N360S

N360S

M・M思想の原点といえるのは、1967年3月に発売されたN360です。二輪メーカーとして事業を始めたHondaは四輪車市場への足がかりとして、日本の自動車規格の中で最も小さな軽自動車規格のトラック、T360を1963年8月に発売し、2ヵ月後の1963年10月には2シーターオープンスポーツカーのS500を発売します。

四輪車市場での足場を固めるには、多くの人々に受け入れられる乗用車が必要でした。そのために開発したのがN360です。後発自動車メーカーのHondaが軽乗用車市場でマーケットの支持を集めるには、競合にない魅力を備えている必要があります。当時の軽自動車は狭いのが当たり前だと思われていたので、Hondaの開発陣は全長3m×全幅1.3mという当時の軽自動車枠の中で最大の居住空間を確保しようと考えました。

N360は大人4人が余裕をもって座れるよう、まずキャビンから設計が始められました。居住空間を最大限確保するためには、パワートレーンを小さくしなければなりません。そのため、小型軽量な空冷2気筒OHCエンジンが開発され、駆動方式はFF(前輪駆動)が選択されました。FFを選択すれば、エンジンをフロントに搭載して後輪を駆動するFR(後輪駆動)のように、プロペラシャフトを床下に通す必要がなくなり、そのぶん居住空間を広くすることができます。エンジンの横に直列に配置するコンパクトな4速トランスミッションは、二輪車の開発で培った技術を生かしたものでした。

1967年3月にN360の販売が始まると、わずか2ヵ月後の5月には5571台を販売して軽乗用車市場のトップに立ち、以後44ヵ月にわたって軽乗用車販売台数トップの座を守り続けました。M・M思想によって実現した大人4人が楽に乗れる広さや快適性の高さが広く支持されたことを証明しています。

1967年開催の第14回東京モーターショーに出展されたN360のカットモデル

1967年開催の第14回東京モーターショーに出展されたN360のカットモデル

エンジンレイアウトの工夫で広い室内を実現 [ライフ]

ライフ ライトバン カスタム

ライフ ライトバン カスタム

1971年6月にはN360の後継となるライフを発売しました。この軽自動車が目指したのは、幸せな家庭の日常生活に役立つこと。開発にあたっては進化したM・M思想を取り入れ、エンジンレイアウトの工夫で、全長3mの小さなボディーの中に広い室内空間を確保しようとしました。

ライフは直列2気筒OHCエンジンをフロントに横置き搭載するFFを選択した点で、前型にあたるN360と共通していました。しかしエンジンは空冷から水冷に変更されたほか、カムシャフトの駆動はチェーンから日本車では当時珍しいコグドベルトに変更。さらに、バランサーシャフトを備えたことで騒音や振動をN360と比べて大幅に改善していました。

また、ライフはN360になかった4ドアを設定。M・M思想によって実現した広い居住空間と、その居住空間を使いやすくする4ドアの設定により、ファミリーカーとしての価値を大きく高めました。

主要寸法図

主要寸法図

M・M思想に基づいた世界のベーシックカー [シビック]

シビック 2ドア DX

シビック 2ドア DX

軽自動車規格で開発されたN360やライフが日本のベーシックカーなら、1972年7月に発売したシビックは「世界のベーシックカー」を目指して開発されました。HondaにはN360やライフという実績があったので、新たなベーシックカーを開発するにあたっては、2ボックス型のボディーにFF方式のパワートレーンを組み合わせるパッケージが自然に決まりました。

シビックは世界に通用するベーシックカーを目指して開発が行われたので、日本の軽自動車規格の枠の中にボディー寸法を収める必要はありませんでした。しかし、重量や空気抵抗、お求めやすさの観点から全長と全幅の拡大は最小限に抑え、大人4人が余裕をもって座れる居住空間を確保するようパッケージングを目指しました。

シビックの開発陣は無闇にボディーが大きくなるのを避けるため、フロントのホイールアーチの後端からリヤのホイールアーチの前端までの距離をライフと同じ数値に定めました。シビックはライフよりも大きなタイヤ&ホイールを装着するので、そのぶんホイールベースは伸び、ライフより120mm長い2200mmとなりました。

軽自動車のN360とライフは寸法上の制約からラゲッジスペースを十分に確保することはできませんでしたが、シビックでは全長を3405mm(3ドア)に抑えながら、実用的なラゲッジスペースを確保しました。全幅は1295mmのライフに対して210mm幅広い1505mmとなり、居住空間の拡大に大きく寄与しています。車内に乗り込んで広々と感じる理由は、圧迫感のないトレイタイプのダッシュボードを採用した点にもありました。

サスペンションは操縦性の観点から四輪独立懸架とし、複数の形式を検討した末に、前後ともストラット式を選択しました。リヤをストラット式にすると後席居住空間にストラット部分が侵食するため、ストラットを後傾させ、シートバックの角度に合わせるようレイアウトして居住性を確保しています。

エンジンは1000ccから1500ccの間で排気量を検討し、経済性と走行性能の観点から1200ccの直列4気筒を採用しました。発売当初はこのエンジンに4速MTのみが設定され、後に軽くて高効率なHonda独自のATであるホンダマチックが追加設定されました。

開発陣が信念を持って開発したシビックは、M・M思想を追求した明快なコンセプトが受け入れられ世界的な大ヒットにつながり、狙いどおり世界のベーシックカーになりました。

ボディー透視イラスト

ボディー透視イラスト

1ランク上の室内空間を実現したM・M思想 [アコード]

アコード ハッチバック LX

アコード ハッチバック LX

1976年5月に発売したアコードは、シビックの開発で取り入れたM・M思想のコンセプトはそのままに快適性を付加し、新たな領域へと導いたモデルでした。シビックの「ベーシック」に対し、アコードは「ゆとり」を基本テーマとしていました。

シビックよりも1ランク上の室内スペースを確保するためにホイールベースはシビック4ドアより100mm長い2380mmとしましたが、全長を抑えるため前後のオーバーハングが短くなるよう工夫しています。そのうえで、パワーステアリングやエアコンなどの先進装備を盛り込んで快適性を引き上げ、M・M思想を新たな領域へと導きました。

ゆとりのある走りを実現するため、直列4気筒エンジンは排気量をシビック比で100〜400cc拡大し1600ccとしました。排気量を拡大するにはボアを広げるかストロークを伸ばす方法がありますが、パワートレーンを横置きに搭載する場合は左右方向に寸法の制約があるため、ボアの拡大には限界があります。1500ccから1600ccへの拡大はストロークの延長によって実現していますが、シビックの1200cc時代から、冷却性の課題を解決しつつボアの拡大を最小限(4mm)に抑え、隣り合うシリンダー間の間隔を詰めることでエンジンの全長短縮に貢献しています。これは、M・M思想を適用した開発の具体例のひとつです。

ボディー透視イラスト

ボディー透視イラスト

既成概念を覆したトールボーイ [シティ]

シティ E

シティ E

全長3380mmと、軽自動車を除けば当時の国産車で最も短いボディーを備えて登場したのが、1981年11月に発売したシティです。都市交通に最もふさわしい小さなサイズ=専有面積を設定したうえで、M・M思想に基づき可能な限り高密度な空間設計を施しました。現在の軽自動車の規格では全長が最大3400mmに規定されていますので(シティ発売時は3200mm)、今日の感覚にあてはめれば、軽自動車より短いボディーということになります。ホイールベースは2220mmで、初代シビック並みでした。

一方で、全幅は当時のシビックと同等の1570mmです。シティを最も特徴づけていたのは全高で、シビックより120mm高い1470mmに設定されていました。四隅にタイヤをつけたフットボール=球体をイメージしたシティは、その特徴的なフォルムから「トールボーイ」の愛称で呼ばれました。

ベテランはあえて口を出さず、平均年齢27歳の若手で構成されるプロジェクトチームに開発のすべてを任せたのがシティでした。従来のクルマは上下方向を低く設定するのが一般的でしたが、その既成概念を取り払い、全高を高くして容積効率を上げたらどうなるかという着想から開発はスタートしました。

高さ方向に余裕のある室内スペースを生かし、着座位置は従来の乗用車よりも高く設定。見下ろし感覚の視界を提供しました。ヒップポイントが高いため、乗り降りのしやすさにも貢献します。また、背を起こした着座姿勢とすることで、前後方向のスペースを広く使えるようにしました。さらに、室内を広く見せるため、シートバック上部を思い切り下げたローバックシートを採用。下部に空間を設けて通風性を高めるとともに、無駄を省いて軽量化を図っています。

新開発したストラット式のリヤサスペンションは、コイルスプリングをダンパーから切り離し、ロワーアームにマウントすることで室内への張り出しを抑え、後席およびラゲッジスペースの広さと使い勝手を高めるのに寄与しています。フラットなラゲッジスペースには、シティと同時並行で開発した折りたたみバイクのモトコンポが搭載可能な設計だったことも、既成概念にとらわれないシティのユニークなキャラクターを象徴しています。

ボディー透視イラスト

ボディー透視イラスト

モトコンポ収納

モトコンポ収納

M・M思想を生かした独創的なパッケージング [オデッセイ]

オデッセイ L

オデッセイ L

日本では1980年代後半から3列シートを備えた多人数乗用車の人気が高まりを見せていました。多人数乗用車には、床下にエンジンを積む商用車をベースにした1BOX(ワンボックス)タイプもあれば、短いボンネットフードを持ったミニバンタイプもありました。

1994年10月に発売したオデッセイは、ワンボックスカーのスペースユーティリティとセダンの快適な走りを両立していました。Honda流の多人数乗用車を効率良く開発するため、コンポーネントの多くをFF乗用車のアコードから流用することにしましたが、その結果、生産設備を共用する都合から全高に制約が生まれました。1645mmの全高はベースのアコードに対して200mm以上高められましたが、従来のミニバンより圧倒的に低いものでした。しかし、M・M思想に基づいて開発することで、絶対的な広さを確保し、高い快適性を実現したのです。

3列シートを実現するためホイールベースは115mm延長し、2830mmに。4750mmの全長も含め、どの席でもアコード並みの広さを確保する狙いから諸元は導き出されています。1列目からテールゲートまでのフロアを低くフラットにするため、薄くフラットな形状の燃料タンクを開発し、2列目シート下に搭載しました。そうして室内の移動をスムーズにするのに必要な1200mmの室内高を確保するとともに、後席の視界を確保するため、後方に向かうほどフロアが高くなるシアターフロアを採用しました。

3列目シートは横に跳ね上げる方式が主流でしたが、オデッセイでは、より開放的な視界の確保、より広いラゲッジスペース確保の観点から3列目シートを床下に収納できる構造としました。

ダブルウィッシュボーン式のフロントサスペンションはベースとなったアコードと同様、アッパーアームがタイヤの上に位置するハイマウント式を採用しましたが、リヤのダブルウィッシュボーン式サスペンションはアッパーアームもホイールの内側に収まるインホイール式としました。居住空間への張り出しを抑えるためです。

新しい生活を創造する意味を込め、オデッセイは「クリエイティブムーバー(生活創造車)」を名乗りました。M・M思想を生かした独創的なパッケージングが低床・低全高という新たな価値を生み、新たな需要とカーライフの“創造”につながりました。

シートアレンジ(7人乗りベンチシート)

シートアレンジ(7人乗りベンチシート)

M・M思想が生み出したセンタータンクレイアウト [フィット]

フィットA Fパッケージ

フィットA Fパッケージ

スモールカーの新たなベンチマークを目指す意気込みで開発したのが、2001年6月に発売したフィットでした。キーテクノロジーは、燃料タンクを車体中央に配したセンタータンクレイアウトです。従来は後席下にあった燃料タンクを薄型にして前席下に配置することで床面が下がり、後席足元に余裕が生まれました。室内高はオデッセイよりも高い1280mmを実現しています。また、後席下から燃料タンクがなくなったことで後席座面下にスペースが生まれ、そのスペースに後席をたたみ込めば、奥行きのあるフラットなラゲッジスペースが出現します。

荷室フロアの幅を広く、低くするために、トーションビーム式のリヤサスペンションは新開発しました。トーションビームを前方に移動させたH型にするとともに、コイルスプリングを低い位置に配置することで、前型にあたるロゴよりも荷室フロアを220mmも低床化し、荷室幅を82mm拡大しています。

フィットの開発に合わせて1.3L直列4気筒エンジンを新開発しました。燃焼効率の追求によって世界最高水準の低燃費(10・15モードで23.9km/L タイプW FFモデル)を実現するとともに、従来の1.3Lエンジンに対して前後方向で120mm、左右方向で70mmも短縮。約8%の軽量化を果たしています。エンジンのコンパクト化により、居住空間の拡大やショートノーズのプロポーション実現に寄与したほか、タイヤ切れ角の確保により14インチタイヤ装着車の最小回転半径は4.7mと、高い取り回し性を実現しています。

背をあまり高くすると、1550mmの高さ制限がある立体駐車場に入りません。そこでフィットの全高は1525mmとしました(全長は3830mm、全幅は1675mm、ホイールベースは2450mm)。この全高を確保したまま室内の容積を増やすには、床を低くするしかない、とHondaは考えました。そこで生まれたのが、独創的なセンタータンクレイアウトだったわけです。

従来のスモールカーの常識をくつがえすパッケージングの元となったセンタータンクレイアウトは、最新のフィットにも受け継がれているほか、N-BOXをはじめとする軽自動車にも展開が広がっています。Hondaの歴代モデルに脈々と受け継がれているM・M思想は、これからも自由で快適な「人の移動」に貢献していきます。

パッケージング説明イラスト

パッケージング説明イラスト

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