Honda E-Clutch 第1回

2026.10.16

Honda E-Clutch
- CB650R/CBR650Rから始まった新しい「操る楽しさ」とその拡大 -

Honda E-Clutch - CB650R/CBR650Rから始まった新しい「操る楽しさ」とその拡大 -

「マニュアルトランスミッションを進化させたい」が出発点

両手両足の操作、そして体重移動まで、全身を使うライダーの入力に対し、車体の動きがシンクロするようにダイレクトに応えるという、バイクのライディング感覚。なかでもギアの選択により駆動力の伝達状態を支配下に置きながら自由自在に操る感覚は、マニュアルトランスミッションを搭載するバイクならではの醍醐味です。そこで重要な役割を果たすのが、ライダーの操作でダイレクトに駆動力をコントロールするクラッチレバーの存在です。

「マニュアルトランスミッションを進化させたい」

Hondaはトランスミッションを自在に操る楽しさを大切にしたいという想いのもと、ビギナーからベテランまで、あまねく人々のライディングをより楽しく、快適なものにする技術のあり方を模索してきました。クラッチレバーの操作は、習熟が必要であると同時に、意のままに操る楽しさのポイントでもあります。技術開発の目標として掲げられたのは、幅広いライダーにワンランク上のライディング体験を提供すること。そのためにライダーである人間によるマニュアル操作を前提としながら、必要なときはシステムが手助けしてくれるという、電子制御クラッチを核とする、シンプルかつコンパクトなシステムが求められると考えました。

世界初の二輪車用「Honda E-Clutch」をCB650R/CBR650Rに搭載

Honda E-Clutchという名称が与えられたこの技術が最初に採用されたのは2024年発売のCB650R/CBR650R。このモデルは初心者からベテランまで、幅広いユーザーを想定したグローバルモデルであったこと、直列4気筒ならではのシャープな回転上昇やエンジンサウンドなどといった性格が、よりスムーズかつスポーティーで楽しい変速の提供を目指すHonda E-Clutchを搭載する大きな理由となりました。

Honda E-Clutchではシフト操作に伴うエンジン出力抑制からの復帰を、クイックシフターよりも早めています。これはクラッチ制御でシフトショックを吸収することにより可能になったもので、変速はより素早く滑らかなものになりました。

また、マニュアル仕様がある車両に幅広く適用するために、クラッチアクチュエーター、シフトセンサーとMCU(モーターコントロールユニット)を追加し、エンジンECUとCAN通信でつなげ、エンジンとの協調制御を図り、システムを構成しています。

コンポーネントレイアウト

コンポーネントレイアウト

「シンプル」とは正反対だった開発初期の電子制御クラッチ

初期に開発された電子制御クラッチのプロトタイプは、目標としていたコンパクトでシンプルなものとはほど遠いものになってしまっていました。「初期のシステムは大掛かりなもので、タンデムシート部分を潰してなんとか搭載できるというレベルのものでした」とは、Honda E-Clutch開発責任者である小野の言葉です。

世の中のバイクの多くが採用する湿式多板型クラッチの「左手操作を自動化する」というところから始まった現在のHonda E-Clutchにつながる研究は、当初、油圧を用いる制御技術を核とするものでした。クラッチ断続機構には油圧(油圧レリーズ機構)式システムを採用。この方式では、油圧を発生・制御するための油圧アクチュエーターやソレノイドバルブが必須であり、それらがタンデムシート下の大きなスペースを占有していたのです。

また、必要としていたクラッチレバーを装備するためにはデバイスを追加しなければならず、さらなる複雑化を招くことに。この“油圧式電子制御クラッチ”は、大きく重く、また複雑になってしまった結果、量産化への壁にぶつかりました。

タンデムシートを占有していた開発初期の「油圧式電子制御クラッチ」

タンデムシートを占有していた開発初期の「油圧式電子制御クラッチ」

研究開発を仕切り直すにあたり、最初に見直されたのは油圧システムの利用です。複雑さを招く要因となっていた油圧システムを廃して、モーターとリダクションギアで直接クラッチを制御するという、電動+機械式に大きく方向を転換しました。極限まで部品点数を減らすためクラッチのすぐ隣という搭載位置もこのときに決定。改めて目標としたのは、よりシンプルで小型軽量、搭載性が良く、そして量産可能な技術でした。

シンプルな構造を成立させた制御システム

2008年発売のCBR1000RRに初めて採用されたアシストスリッパークラッチは、クラッチの伝達トルク容量を稼ぎながら、ライダーのクラッチレバー操作荷重を軽減するものでした。この技術は2020年には多くの車種に搭載され、結果として、クラッチの制御に必要とされるトルクはより小さなものになり、モーターの小型化により、搭載性のハードルを引き下げることにもつながりました。しかし、当時はアシストスリッパークラッチをモーター駆動で直接制御したという前例がないこともあり、ここからが本当の困難の始まりだったのです。

2008年発売のCBR1000RRに採用されたアシストスリッパークラッチ
2008年発売のCBR1000RRに採用されたアシストスリッパークラッチ

2008年発売のCBR1000RRに採用されたアシストスリッパークラッチ

当時はバイク用DCTをはじめ、四輪車の電子制御クラッチでも主流だった油圧式は大幅なトルク増幅やそのコントロールが比較的容易であった一方、これをギアなどで構成されるメカに置き換えようとすると、例えばトルク増幅には、扱うトルクの大きさと、増幅率に応じたギアの丁数(≒ギア径)などにより、それらの寸法や配置などに伴う制約がついて回ることになります。もう一つの重要な点が、フリクション(摩擦)の存在。モーターのトルクを複数のギアで増幅しクラッチを制御するためには、ギアの軸受から、大きなトルクが掛かるクラッチレリーズ部分、さらにはモーターの種類によってはブラシ部のフリクションまで、様々な部位での発生を考慮する必要があります。

Honda E-Clutchではここにブラシ式DCモーターを選択しました。目的は、(売価に大きな影響を及ぼす)複雑なハードウエアではなく、シンプルかつミニマムなハードウエアをベースに制御の工夫でポテンシャルと性能を最大限に引き出すことです。

前述のフリクションについても、最小限に抑える工夫を盛り込みました。モーターのブラシ部分で生じるフリクションなど、メカである以上不可避な部分については、Hondaが長年にわたって蓄積してきたロボティクス技術の知見も応用しています。ロボットではモーターもブラシレスモーターなど高精度な制御に向くものが使われる一方、ギアなどを使いながらモーターで直接動きをコントロールする部分などHonda E-Clutchと共通する要素も少なくありません。特にフリクションの問題についてはロボットでも同様で、これを制御で補完するという手法が用いられ、フリクションの存在を見越しながらモーターをコントロールしています。

結果、小型DCモーターを2基並列で配置することによりシステムはコンパクトかつフラットにまとめられ、実装されるクラッチカバーからの張り出しを最小限に。ライディングに影響を及ぼさないことへの配慮はもちろんのことですが、この配置はシステムを搭載する際の自由度と汎用性の高さにもつながっています。

また、本モーターの採用には、もう一つの理由として信頼性の確保があります。バイクを構成する部品には、振動や熱など、特有といえる厳しい条件下での使用に耐える性能が要求されます。そこで辿り着いたのが、スロットルバイワイヤシステム(TBW)などで実績のあるモーターを2基並列で使用し、必要なトルクを稼ぐという手法でした。さらに、クラッチプレートとフリクションプレートが接触する動きをアングルセンサーで検出し、プレート同士に掛かる荷重については、荷重に比例するモーターの電流値から推定するという手法を採用。出力トルクが大きくなると電流値が大きくなるという性質を利用することで、モーターに“荷重センサー”としての役目も持たせています。

これはシステムのシンプル化に大きく貢献しており、クラッチをコントロールするセンサーは電流センサーとアングルセンサーの2つに抑えています。機能の多くは、制御を司るモーターコントロールユニット(MCU)と、そこに実装されるソフトウエアが担っています。ただし、メカ側で担うことになった機能もあります。それが、初期のプロトタイプでは実現できなかったクラッチレバーとの“共存”です。

ライダーのクラッチ操作を伝えるクラッチレバーシャフト(クラッチリフターアーム)を三分割構造にすることで機械的にオーバーライド(強制介入)可能とさせています。オーバーライドの検出に用いられるのはクラッチ制御用の電流センサーとアングルセンサーの両方。場合によっては手元のクラッチスイッチも使います。この三分割構造は必要となるスペースも少なく、きわめてシンプルな機構であると同時に、機械的な動作のみでほぼ完結するため、ソフトウエアの工夫によりシステムへ追加の負担も掛けません。メカでできることはメカに、制御で可能なことは制御にと切り分けながら、最適解を追い求めた結果です。

制御の対象となる湿式多板型クラッチは、日々進行していくクラッチ板の摩耗に始まり、温度による微妙な寸法やエンジンオイルの状態変化などにより、クラッチがミートする位置やフリクションの状態は常に変わり続けるなど複雑な制御となります。

シンプルな構造を成立させたHonda E-Clutch

シンプルな構造を成立させたHonda E-Clutch

一般に複雑な制御ではソフトウエアの大型化と処理負荷の増加がついて回りますが、実装可能なMCUの性能にも制約があります。具体的にはマイコンの処理速度やストレージの容量など制御パラメーターの取捨選択から制御ロジックの構築まで、完成までに数百回以上ソフトウエアの仕様変更を繰り返しました。処理負荷については、メインのループとローカルループを二重構造にして、できるだけ負荷を小さくしながら必要な制御を実現する工夫を盛り込みました。これもロボティクス技術で用いられる手法の応用です。

新たなチャレンジとなった単気筒エンジンとの組み合わせ、そして並列2気筒エンジンへ

Honda E-Clutchは2025年に単気筒エンジンを搭載するRebel(レブル) 250/CL250(同300)に搭載されることに。制御に必要なデバイス要素がすべて揃っていたCB650R/CBR650Rとは異なり、こちらはよりベーシックなモデルということもあり、いくつかの制約を抱えながらのスタートとなりました。

「シングル(単気筒)への搭載は難易度が一気に高くなるので、正直なところもう少し先で実現できればと思っていましたが、想定よりも開発を大幅に前倒しすることになりました」と小野は振り返ります。単気筒は4気筒と比べると、エンジンの点火間隔が広くなります。このため、点火のリタード(遅角)や、燃料カットなど、シフト操作に伴う制御が介入するタイミングはより限られます。点火タイミングはクランク2回転につき1回、つまり制御介入の機会は4気筒の1/4しかありません。制御の介入に“待ち時間”が生じてしまい、変速を素早く終えることが難しくなります。

もともとRebelの電装系は、即座に追加でのCAN通信に対応できる仕様ではなかったことに加え、シフトドラムの位置検出はギアポジションスイッチのみ、ドラムの状態を角度情報として取得することができないという仕様でした。CANについては、これがないとHonda E-Clutchのシステムが成立しないということで、エンジンECUを対応できるように変更。これまでクイックシフターの装備もなかったことから、ライダーのシフト操作とその状態を検出するためのシフトセンサーを非常に狭いスペースのリンクロッド部に追加しましたが、高価なシフトドラム角度検出用のアングルセンサーの採用は見送られました。

このアングルセンサーは、バイクに用いられるトランスミッションで生じやすい、ドグが充分に噛み合わないという状態を確実に避けるため、特にHonda E-Clutchの制御技術を確立させる段階で心強い味方となっていました。クルーザーモデルに分類されるRebelは比較的マイルドなシフトフィーリングが求められるので、変速の素早さにおいてはCB650R/CBR650Rほどの要求はありませんが、違和感のない動作を実現するためには、若干の制御スピードも必要でした。CB650R/CBR650RでHonda二輪の量産開発としては初めて本格的に採用された、MBD(モデルベース開発)という手法を駆使してこれまでにない早さで制御仕様を変更することにより、快適にシフト操作を完了できる制御を設計。シフトドラム用アングルセンサーなしのHonda E-Clutchは、後にほぼ同じエンジン仕様をもつCL250(同300)にも採用。モデルの性格の違いから、セッティングによりキビキビとした発進と変速を実現しています。

単気筒エンジンへの搭載というハードルを乗り越えたHonda E-Clutchは、CBR400R/NX400(同500)といった並列2気筒エンジンモデルへと搭載を拡大。よりスポーティーな走りが求められる400/500シリーズでは、ベースモデルのギアポジションスイッチ仕様に対してHonda E-Clutchのためにシフトドラムのアングルセンサーを採用し、さらに自由度の高い制御を可能にしています。

メカ部分にもやはり新たな構成要素が盛り込まれています。ライディング中の身体の移動で違和感が出ないように、アクチュエーター部分をなるべく前方に搭載するための工夫として、右カバー側に組み込まれるクラッチレバーシャフトをレバー部分のロアレバーとレリーズ部分のスピンドルクラッチレバー2本に分割、それぞれがギアで噛み合いながら連携して動くという二軸構成としました。ベストなライディングポジションをキープしつつ、Honda E-Clutchのコアとなるアクチュエーター搭載を成立させるための工夫です。

並列2気筒エンジンモデルで二軸構成としたクラッチレバーシャフト

並列2気筒エンジンモデルで二軸構成としたクラッチレバーシャフト

生産面では、五羊ホンダ※(中国二輪生産拠点)がHonda E-Clutch搭載機種の生産拠点として、初めて加わっています。これまでもタイの他、熊本やブラジルで生産していましたが、いずれの拠点も多くの部品をタイから輸入し組み立てを行う方式でした。しかし、今回の中国生産では現地調達を基本とした体制で生産する必要があり、現地アソシエイトの協力を得て、両国の特徴を活かしたアプローチで無事に安定的な生産体制の目処をつけることができました。特に切削技術については日本製と同等の精度と狙いのコストを両立して、中国から世界中の拠点に展開される部品もあります。また販売国によっては、ネイキッド/スポーツ/クロスオーバーと3つの異なるタイプのカテゴリーのHonda E-Clutch車両を併売することも初の試みです。多様な使い勝手において、Honda E-Clutchが目標とする「ワンランク上のライディング体験」を提供するため、タイトなコーナー/高速ワインディング/オフロードにおいてもそれぞれのモデルのポテンシャルを引き出す特性を実現しています。

Honda E-Clutchは、こうした新たなモデルへの搭載に対応しながら汎用性を高めて適用モデルを広げてきており、現在は5カ所のグローバル拠点で生産しています。初搭載モデルCB/CBR650RではHonda E-Clutchの有無を選べる設定であり、その仕様の生産比率は8割を超え、世界中の多くのお客様にお届けしています。

「幅広い人たち」に「ワンランク上の走り」を提供したいという想いからスタートしたHonda E-Clutchは、10年以上の年月を経て量産化を実現しました。650cc 4気筒から始まり250/300単気筒、400/500 2気筒、そしてこの後に続くモデルにおいて、Honda E-Clutchはさらなる進化を目指していきます。

※五羊ホンダ:五羊-本田摩托(広州)有限公司

今回話を聞いた技術者

今回話を聞いた技術者
今回話を聞いた技術者

小野 惇也

Honda E-Clutch
開発責任者

伊東 飛鳥

Honda E-Clutch
駆動系研究担当

竹橋 一馬

Honda E-Clutch
エンジン駆動系設計担当

谷口 功一

Honda E-Clutch
駆動系研究担当

中村 優太

Honda E-Clutch
駆動系研究担当



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