「藻」で挑む、カーボンニュートラル
Honda DREAMO
世界中に多彩なパワーユニットを提供するHondaは、カーボンニュートラルの達成に向けてクルマやバイクといったモビリティーの電動化やパワーユニットの高効率化を推し進めています。そのうえで、大気中のCO2を回収してカーボンニュートラルな燃料に変換する技術を研究開発。その一つとして着目したのは、約30億年前の太古から地球に存在する「藻」に秘められた大きな可能性です。
Hondaがめざすカーボンニュートラル
道はひとつではない。
Hondaは、カーボンサイクルを効率よく循環させるため再生可能資源として大きな可能性を持つ藻に着目しました。
適材適所の技術で推進する。
Hondaは、自社が関わるすべての製品と企業活動を通じて、2050年にカーボンニュートラルを達成することをめざしています。
カーボンニュートラルを達成するには、化石資源の利用を抑制し、再生可能資源を効率的に活用することで大気中のCO2濃度を増やさないことが重要です。しかし現状では、モビリティーを含めたすべての社会活動を再生可能エネルギーでまかなえる環境が整っているとはいえず、国や地域によっても状況は異なります。そこでHondaは、電気・水素・カーボンの3つのサイクルでエネルギーを循環させ、用途や地域に応じてエネルギー利用を最適化できるように多彩な技術を研究開発しています。
具体的には、短距離移動のモビリティーは太陽光由来などの電気を、長距離を走る大型トラックなどは再エネ電気を用いて作る水素を活用。そして電動化が難しい大出力の航空機や船舶などは、大気中のCO2から変換した再生可能燃料を使用するカーボンサイクルでエネルギーを循環利用。適材適所の技術でカーボンニュートラル化を推進していきます。
なぜ、「藻」に着目したか。
Hondaはこれまでもバイオエタノールなどバイオ燃料の研究を継続的に行ってきました。その中でもカーボンサイクルを効率よく循環させていくために、再生可能資源として大きな可能性を持つ藻に着目。航空機などの燃料をはじめ幅広い用途への活用を見据えて取り組んでいます。藻は太陽光や水、栄養となる窒素やリンなどの元素があれば、光合成によってCO2を吸収しながら細胞分裂により増殖し、炭水化物やタンパク質といった有価物を作ることができます。炭水化物からは燃料のほか樹脂も生成でき、タンパク質は食品や化粧品、医薬品などの原料になります。しかも、農業が適さない砂漠地域や塩害地域などでも培養できるので、サトウキビやトウモロコシなどを原料とするバイオ燃料生産で課題となる食料生産との競合がおこらないことも特長の一つです。大気中のCO2濃度を減らすとともに、エネルギー、環境、食料など人類が抱える問題を解決する可能性を秘めた藻。この技術を通じてHondaは人々への貢献をしていきたいと考えています。
Honda DREAMO
「強い藻」をつくる。
難しいとされる大量培養をめざしHondaがつくったのは、困難と共存できる強い藻。
環境に負けず、共存できる藻を。
藻(藻類)は、ワカメや昆布などの大型の海藻類と、10ミクロンから100ミクロンの小型の微細藻類に大別されます。Hondaは微細藻類の一種であるクラミドモナスを突然変異させ※1、新たに生物特許を取得しました。
微細藻類の大量培養は難しいとされています。研究室などの滅菌や温度管理の行き届いた環境では培養できても、太陽光で光合成させるために屋外で培養しようとすると、コンタミネーション※2によって藻が捕食されたり藻のための栄養素を奪われたりすることで、藻の成長速度が低下するためです。つまり、コンタミネーションの課題克服が大量培養の足がかりになるといえます。そこでHondaはコンタミネーションを排除するのではなく、コンタミネーションと共存できる「強い藻」の開発に取り組みました。クラミドモナスをコンタミネーションのある中で培養をし、生き残ったものをピックアップするスクリーニングを重ねることで、成長速度が速くコンタミネーションの影響を受けにくい、Honda DREAMOが誕生しました。
※1 親株は国立研究開発法人 国立環境研究所 微生物系統保存施設が保有するNIES-2236
※2 バクテリアが培養液に混入すること
雑菌、低温に強く、1日で32倍に増殖する。
前述の通り、Honda DREAMOはコンタミネーションに強いことが最大の特長です。培養液のpH調整によってコンタミネーションを死滅させる一般的な手法に対し、Honda DREAMOはコンタミネーションと共存しながらも成長速度が落ちません。約5時間に1回のペースで細胞分裂し、最大で1日に32倍まで増殖することが確認できています。また、低温環境でスクリーニングしてきたことで低温に強い特性も獲得しました。太陽光と水があればどこでも培養できる藻の特性と合わせ、世界中のより多くの地域への展開が可能となります。
食料にも、燃料にも。成分を3日で変えられる。
Honda DREAMOは、さまざまな製品の原料として最適な成分比率に、容易に調整できることも大きな特長です。藻には炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミンなどが含まれていますが、例えばエタノールを作る場合は炭水化物の比率が大きい方がよく、食料品を作る場合はタンパク質の比率が大きい方が効率よく生産できます。Honda DREAMOは培養液の元素調整によって、炭水化物60%にも、たんぱく質69%にも、わずか3日で成分比率が変えられ、必要な時に必要なものが生産できます。
また、一般に微細藻類は厚い細胞壁で覆われているため、エタノールを作る過程で細胞壁を溶かしたり破壊したりする必要があります。これに対しHonda DREAMOは細胞壁が非常に薄いため、α-アミラーゼやグルコアミラーゼなどの酵素を加えるだけで、細胞壁を破壊することなくデンプンをグルコースにすることが可能。エタノール生成プロセスを簡略化することで生産効率を高められます。
Honda DREAMOシステム
生産効率を追求する。
優れた生産効率を実現し、エネルギー消費を抑えながら多くのCO2を吸収するHonda DREAMOシステムとは。
優れた生産効率を実現する「フラットパネル方式」。
屋外で藻の培養を行うには、培養システムも重要になります。大規模化しやすいプール方式のシステムはコスト面では有利ですが、コンタミネーション対策が難しい点や、太陽光をプールの底まで透過させるために水深を浅くする必要があり、水中に導入したCO2が大気中に逃げやすい点が課題となります。これに対して、フラットパネルと呼ばれる、藻と培養液を薄型のパネルに閉じ込めたユニットを複数台並べるシステムは、プール方式よりも割高になるものの生産効率に優れ、近年採用例が増えています。Hondaは、フラットパネル方式を採用したうえで、CO2の吸収量を大幅に高めるとともにコストを極力抑えた、Honda DREAMOシステムを開発。優れた生産効率を実現します。
電気などのエネルギーをほとんど使わずに多くのCO2を吸収。
Honda DREAMOシステムは、幅1.8m、高さ0.9m、奥行0.2mのフラットパネル方式。さまざまな緯度の地域で太陽光が効率的に入射するように、角度を変えられるチルト構造を備えています。また、フラットパネル方式は構造上、藻が底に沈みやすい課題がありますが、パネルの底部からガイドに沿ってCO2を導入する構造とすることで、CO2によって藻を攪拌しながら流れるプールのように循環。CO2と藻の接触率を高めるとともに藻への太陽光照射を均一化します。さらに、培養層の周りに熱マス用の水層を配置した断熱構造を採用。-5℃にもなる冬季の栃木地区でも水温を適切に保ち、藻の培養を可能としています。一般的な温度調節の設備を用いれば培養に最適な温度を保てますが、電気などのエネルギーによってCO2を排出してしまいます。Honda DREAMOシステムはエネルギー消費を極力抑えながら、より多くのCO2吸収を可能にします。
2回までが限度だったリサイクルを12回、連続培養84日を実現。
エタノールなど燃料の生産を目的とする場合は、炭水化物(デンプン)の成分が多くなるように培養液中の窒素と硫黄の濃度を下げる必要がありますが、そうすると藻の成長速度が低下します。そこで一般には、成長に適した元素配合で培養した後に、窒素と硫黄の濃度を下げて再度培養する必要があります。
これに対しHondaは、培養液の元素濃度調整を緻密に行うことで生産量を維持しながら炭水化物比率を高めることに成功。さらに、培養プロセスの低エネルギー化を追求し、滅菌等の処理を施すことなく培養液の100%リサイクルも可能にしました。滅菌を行わずに培養液をリサイクルするとコンタミネーションが増殖しやすくなるため、一般的な微細藻類は生産量が低下しますが、コンタミネーションへの強い耐性を持つHonda DREAMOは、ほとんど影響を受けません。この特性と培養液の緻密な元素濃度調整によって、一般に2~3回までが限度とされている培養液のリサイクルを、栄養として消費された元素と水の補充のみで12回実現。84日もの連続培養を可能としました。培養液を何度もリサイクルできることで、元素も水の量も最小限に抑えることができ、非常にエコなシステムとなっています。
多様な領域から集まったメンバーがバイオの常識を突き破る。
Honda DREAMOプロジェクトでは、バイオ系技術者出身のメンバーは少数派です。モビリティー関連の設計や解析、生産設備開発など、いろいろな領域から集まってきています。それゆえに藻の常識、バイオの常識にとらわれずに取り組んでいます。業界の常識として限界とされることでも、どこまでも突き詰める。実験設備も自分たちで作ってすぐに実験でき、生産設備も作れる。数多くの試行錯誤を繰り返し、粘り強くチャレンジを続けたことで、Honda DREAMOが生まれました。全く関係ないと思われる知見や経験が生きてくる。こういった環境を作れることもHondaの強みです。
コストを抑え、 より多くの人へ。
Honda DREAMOは今後、規模を広げた拡大検証を行い、LCA(ライフサイクルアセスメント)※や耐久性・信頼性、低コスト化の評価を行います。さらに、東南アジア地域の工場および国内工場で、実際のボイラーから排出されるCO2を藻の培養設備に供給して実証試験を行い、実用化に向けて推進していきます。
そして、実際に回収した藻を世の中に製品として出していくために、食料やプラスチックなどの原料観点での検証も進めていきたいと考えています。藻から作られる製品は、現状では培養にコストがかかっているため高額な化粧品や健康食品に限られています。一般的な微細藻類はコンタミネーションへの耐性が低いことに加え、日本など四季がある環境では温度変化の影響もあり、屋外での培養が非常に難しく、屋内の無菌環境で温度をコントロールした状態で培養されています。その場合、CO2を吸収する光合成ではなく、糖類など有機炭素源による従属栄養方式で培養することが多く、高コストであるとともに大量のエネルギーを消費します。
Honda DREAMOは太陽光を最大限に活用した低エネルギーの屋外培養を確立しているため、コストを抑えることが可能。成分を余すことなく使い切れる藻の特長を活かし、低価格帯の燃料やプラスチックを生産すると同時に、副産物で高価格帯の医薬品、化粧品、健康食品を生産することで事業として成立させることができると考えています。
人類が抱える諸問題に対して、環境問題にはCO2の吸収やバイオプラスチックによって貢献し、エネルギー問題にはバイオ燃料によって、食糧問題にはタンパク質を主成分とした食料品や家畜飼料によって貢献できる可能性を秘めた、Honda DREAMO。Hondaは、より多くの人に役立つ製品を届けていくために取り組みを加速していきます。
※製品やサービスに必要な原料の採取から、製品が使用され、廃棄されるまでのすべての工程での環境負荷を定量的に評価する手法
※数値はすべてHonda測定値。
Honda DREAMO 開発チーム
-
株式会社 本田技術研究所
先進パワーユニット・エネルギー研究所
CCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯留) 技術担当
塚越 範彦 -
株式会社 本田技術研究所
先進パワーユニット・エネルギー研究所
Honda DREAMO 開発責任者
福島 のぞみ
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