人の活動領域を宇宙へと拡げる挑戦
循環型再生エネルギーシステム

世界中を沸かせた人類史上初の月面着陸からおよそ50年。2024年に人は再び月面へ降り立とうとしています。しかも今回は月面での長期にわたる持続的な活動拠点の建設を計画。そこでHondaは、呼吸のための酸素、燃料となる水素、諸活動のための電気を供給する重要なシステム供給を実現するための技術研究を行っています。天上から降りそそぐ太陽光と、月に存在するといわれる水を使い、月へと人の生活圏を拡げる夢の実現をめざして。

人が宇宙で長期間滞在・活動するインフラ構築をめざして

1969年の人類初の月面着陸では、人の滞在は1日未満に過ぎませんでした。2024年までに月面着陸をめざすアメリカ合衆国のアルテミス計画では、月面基地の建設も予定しています。
基地で人が長期滞在するためにはインフラの構築が必要となります。そこで、月で最も入手しやすいエネルギーである太陽光と存在が期待されている水を使い、呼吸のための酸素、エネルギーとなる水素と電気を生み出し循環させる循環型再生エネルギーシステムの実現性に向けてHondaは、アルテミス計画の国際的パートナーである宇宙航空研究開発機構 (以下JAXA)と共同で研究を進めています。
循環型再生エネルギーシステムは、高圧水電解装置で水を電気分解し高圧の水素と酸素を作り出し、その一部を人の呼吸とエネルギーに使い、残りを燃料電池に供給し電気を発生させるシステムです。燃料電池から排出された水を高圧水電解装置に戻すことで、エネルギーサイクルを循環させます。

循環型再生エネルギーシステムの利用イメージ図。太陽光と水しか資源がないと考えられている月面で、持続可能な有人滞在を実現するインフラになることをめざす

循環型再生エネルギーシステム

システムのチャート図。水が形を変えて循環することで、電気・水素というエネルギーと呼吸のための酸素を生み出し、一定の効率で循環する

高圧水電解技術で世界最高レベルの圧力差を達成

さまざまな資源から作ることができ、エネルギーとして使用しても二酸化炭素を出さない次世代エネルギーとして注目される水素。Hondaは、その水素に注目し、水を電気分解して水素を生み出す「パワークリエーター」を開発。燃料電池車や家庭に水素を供給する水素ステーションに採用しました。そのコア技術として開発したのが高圧水電解装置です。
水素分子は水素原子2個でつくられる密度の低い気体であり、低圧で貯蔵してもすぐになくなってしまいます。利用に十分な量を確保するには高圧にしてタンクにたくさんの水素分子を押し込む必要があります。一般的には機械式コンプレッサーを用いるのですが、Hondaは、コンプレッサーを用いずに水素を高圧で貯めることができる「差圧保持構造」を独自開発。この高圧水電解技術によって、世界最高レベルの圧力差を達成することができました。

水から水素と酸素を生み出す高圧水電解スタック(左)と、水素と酸素から電気を生み出し水を排出する燃料電池スタック(右)。
どちらも、持続可能な社会のために培ったHondaのコア技術

Hondaの技術が宇宙で役立つのでは?

高圧水電解装置は、非常に価値ある技術という評価を社内外で獲得したことから、他の活用法を模索した際、太陽光と水から高圧の水素を作る技術が「宇宙や月面で役立つのでは?」という考えが生まれました。そこで2018年に当時のHondaの研究者がJAXAを尋ねて技術について説明しました。
一般的に宇宙に物を運ぶコストは1kgあたり1億円といわれています。したがって宇宙に関わる装置は“軽さ”と“小ささ”を強く求められます。そのため、水素を大気圧の約700倍もの高圧、70MPa(メガパスカル)で貯蔵できる上に、機械式のコンプレッサーがなく軽量コンパクトでメンテナンスの頻度が抑えられるHondaの高圧水電解装置がJAXAから高い評価を獲得。今回の研究に結び付きました。

高圧水電解スタックのサイズイメージ
ロサンジェルスで実証実験を行った家庭用次世代ソーラー水素ステーションの例

高圧水電解装置の高さはわずか980mm。そのなかで水の電気分解を行う高圧水電解スタックは高さ420mm、幅210mmととてもコンパクト

コンプレッサーなしでなぜ高圧にできるか

電気分解で発生させた水素イオンを、電解質膜を通して高圧水素にする差圧式水電解の原理自体は、公知の原理です。電解質膜は、イオンを通す機能があります。したがって、水の電気分解により発生した水素イオン(H+)は電解質膜の反対側へと通り抜けます。反対側では水素原子が2個くっつき水素分子(H2)になるため通り抜けにくくなります。したがって膜の反対側で水素分子が貯まり続け高圧になるのです。
この電解質膜は、厚さがわずか0.1mmほどしかありません。70MPaは大気圧である1気圧のおよそ700倍。わずか1cm四方の面積に700kgの力がかかるものすごい圧力です。高圧になった水素は、この膜を破れさせる方向に圧力をかけます。その圧力によって電解質膜にかかる力を均一化する支持構造と、高圧に耐えうる多孔質体を開発したことにより、膜が破れず圧力を保持することに成功しました。モデル化してシミュレーションを行いつつ、材料を試作し、繰り返し試験を行うことで適切な材料を作り出すことができました。

研究所内のクリーンルームで電解質膜を開発している様子。研究しその場で現物を作る果てしないトライアンドエラーが他にはない技術を生み出した

宇宙の極限状態での成功を地球で活かせるのはなぜ?

月は、昼が110℃で夜がマイナス170℃といわれる寒暖差や地球の1/6の重力、空気がなく、大量の放射線が降りそそぐなど厳しい環境ですが、宇宙開発における極限状態とは、それよりも技術に求められる過酷な目標値や要求を意味します。もちろん地球でも効率を高めて燃費を良くすることなどは重要ですが、月面では、わずかな効率低下によって太陽電池が重くなってしまうなど地球から運ぶ物資量の増大に直結します。そうすると1kgあたり1億円というコストに跳ね返ってしまい、大きな課題になってしまいます。したがって、徹底的に効率や軽量コンパクト化を追求しなければなりません。その厳しい要求によって効率を追求して実現した高い技術が、地球でも活かされるというわけです。
極限のサステナビリティが要求される月面などの宇宙環境で必要な技術を磨くと、それが地球上のサステナビリティにとっても欠かせない技術になります。循環型再生エネルギーシステムはカーボンニュートラルにつながる技術でもあるため、Hondaとして取り組む意義は高いと考えています。

高圧水電解装置の主要コンポーネント
国内で実証実験を行ったソーラー水素ステーションの例

高圧水電解スタックを内蔵する高圧水電解装置の主要コンポーネント。きわめてシンプルでコンパクトな構成となっている

“Honda”のマークをつけた製品を月面に送り夢を実現したい

Hondaは、陸・海・空のフィールドでさまざまな製品・技術を提供してきましたが、次のフィールドとして宇宙を選択しました。宇宙領域は、Hondaのコア技術を活かし人々の暮らしを豊かにすることをめざした新たな “夢”と“挑戦”の場ととらえています。
Hondaは、マン島TTレースやF1、環境エンジン技術のCVCC、新たな小型ビジネスジェット機HondaJetなど、過去にさまざまなことに挑戦してきた歴史があります。循環型再生エネルギーシステムへの取り組みも、Hondaの挑戦の歴史の1ページに刻まれるべき挑戦です。“Honda”のマークをつけた製品を月面に送り、月に持続可能な人の生活圏を拡大する夢の実現に寄与することをめざします。

株式会社本田技術研究所
先進パワーユニット・エネルギー研究所

針生 栄次

2004年入社。高圧水電解技術の研究、その技術を適用したパワークリエーターの開発に従事。2019年より新領域の宇宙利用に向けた高圧水電解技術の応用研究の開発責任者を務める


この記事は面白かったですか?

  • そう思う
  • どちらともいえない
  • そう思わない


テクノロジー循環型再生エネルギーシステム