21世紀の空冷とは何か?そのノウハウを追い求めた。
ゼロからのエンジン設計
関谷:最初に空冷4気筒をやると言われた時は、どのような状況だったのですか? 排ガス規制など、いろいろと課題があったと思いますが…。
杉浦:空冷4気筒を作ると言っても、最初は漠然としたテーマがあっただけで、性能や機能が成り立つのかさえ分かりませんでした。なにしろHondaにとっては約20年ぶりの開発であり、
大排気量の空冷となると、とくに発熱と排ガスの問題は(燃焼ガス温度の安定化などの理由で)厳しいものがあります。文字通りゼロから手探りで作る必要があったわけです。
最初の試作エンジンは、現在量産していて信頼性のある小排気量の単気筒空冷エンジンをベースに机上検討し4気筒にしたものだったのですが、単気筒では新興国の過酷な環境にも耐えるタフネスがあるエンジンでも、いざ、それを4つ集めて4気筒にした場合、単気筒と同じレベルにできるのかという話ですね。
関谷:最も問題になるのは発熱とその分布ですね。排気量が増え、エンジンが大きくなればなるほど、その条件は厳しく複雑になってくる。
杉浦:何しろシリンダー周りの温度は水冷より確実に熱くなるので、とにかく安定して高い冷却効果を得られる仕様を確立する必要がありました。ピストンやシリンダーは熱によって歪んでいくのですが、それをうまく均一にしてやるという点では、水冷よりはるかに条件が厳しい。 それができないと、エンジンはきれいに回りませんし、当然ながら耐久性も確保できないのです。色々なアイデア出しがあって、その中から点火プラグ周りのオイル冷却が採用されたのです。とにかくオイルを、そして風も、きれいにエンジンが回るように流していく必要がありました。
杉浦:味の部分で言えば、やはりアイデア出しの中から、位相バルブタイミングが採用されました──このあたりは他のメンバーが詳しくお話しすると思いますが…ご存知のようにエンジンの基本的なベースはCB1300 SUPER FOUR(以下SF) のエンジンです。初期の試作の段階でこのエンジンを単純に空冷化した物を作った事があるんです。 これを色々な人に乗ってもらったところ、“全然、空冷の感じがしない。1300SFとまったく同じだ”という意見が大半を占めたのです。そこから例の“ドロドロ”とか、“ゴロゴロ”とか言うようなフィーリングの演出がなされていったのですが、とくにベテランの人たちは過去の体験が根強く、昔の思い出や固定観念を乗り越えるのは大変なんだなと感じた事が印象に残っています。
シリンダーフィンの緻密で贅沢な造形
関谷:その空冷らしさ、という点では、エンジンの外観を決める冷却フィンの形状も、その実現にご苦労があったと思います。デザインや形が繊細になればなるほど、金型や鋳造方法が複雑になると思います。
杉浦:複雑な造形そのものを試作品で再現する事自体は、さほど難しくはないのですが、問題は安定して生産できる形状にする事でしたね。この点では苦労したと思います。何しろ、仕様を煮詰めていくことと同様に4気筒の空冷の金型を新規に起こすのも久々のことだったので、最初は鋳造メーカーを訪ね歩いて相談する事からスタートしました。最終的にはHonda熊本製作所で作ることになり、製造する為の技術的ノウハウを短期間で蓄積していきました。
関谷:鋳造方法はダイキャストですか?
杉浦:シリンダーは高圧ダイキャストですが、シリンダーヘッドの形状は複雑ですから低圧鋳造です。しかもプラグ座周りは別体で鋳造しています。シリンダーヘッドの狭いスペースに薄いフィンがぎっしり並ぶという、複雑なデザインの金型は放電加工で比較的容易に作ることができます。
しかし、そこに溶湯(溶けた金属)を注ぎ、それを型の隅々までキレイに流すにはどうすればいいか、それをキレイに抜くにはどうすればいいか、この点が難しいのです。例えば、設計側としてはフィンの厚みは2mmにしたいと言ったのですが、生産現場としては3mmは欲しいと言うわけです。
関谷:薄くて幅と奥行きのある部品だから難しい。仕上がりや作業効率が不安になりますね。
杉浦:そういう事です。したがって、エンジンフィンは奥に行くにしたがって厚くなっていくように何段階かのテーパーを設け、成型がしやすいように工夫しました。さらに、量産化に対応するために、部分的にシリンダーヘッドの金型は(エンジンを輪切りにするような形で)フィン1枚に対して1つずつ作り、それを垂直方向に積層した構造になっています。
関谷:それは驚きました。ものすごい手間とコストがかかっているわけですね。それに生産現場では金型の管理も大変です。
杉浦:生産現場は大変だったと思います。結局、成型加工は、形を求めると、作りやすさが犠牲になるという二律背反にあるものですから。その他にも金型の分割線を上手く隠すような工夫も加えていますし、それを利用して(昔はゴムブッシュが入った)フィンの共鳴防止のための形状なども目立たないように工夫しています。
関谷:“美は細部に宿る”と言いますが、CB1100のエンジン造形の美しさは、まさに細部の工夫の積み重ねで成り立っている事が理解できました。エンジンをじっくり観察してみると、そういった工夫の跡が確かに分かります。
極限のテスト。最高の材料。とまどいから確信を探る。
人の感じるズレをどう表現するか
関谷:エンジンのハード面では、3,000回転付近の独特のフィーリングを創出するために、位相バルブタイミングが採用されています。味付けはどのようにされたのですか?
南:基本的に直4は、4つのピストンが同じように動いていればスムーズであるのが当然なのです。走って“ドロドロ”を感じるようにするという事は、それを何となく少しずつ変化をつける方向性にする事なのかなと考えました。
結果的に、1番2番と、3番4番のシリンダーでバルブタイミングをずらし、そのタイミングを少しずつ変えながら、人の感じる燃焼の“ズレ感”といった感覚的なフィーリングを見つけていったのです。
関谷:バルブタイミングの変更や可変と言うと、普通は高出力化のためのフィーチャーです。しかし、今回はまったく違う、むしろ正反対の目的があったと言ってもいい。
南:そうですね。一般的な考え方とは逆の方向から入ったものですから、最初は“これでうまくいくのだろうか?”という戸惑いもありました。
出力と耐久性を両立するための、厳しいテスト
関谷:大排気量の空冷をゼロから作るという点で、耐久性などの確立にはこれまでにないようなご苦労があったのではないですか?
南:基本的な目標は出力と耐久性の両立でしたが、空冷1100としての魅力を表現できる出力を確保すれば良いという点では問題はありませんでした。しかし、空冷でありながら水冷と同等かそれ以上の耐久性を確立するという点では、非常に難しかったと思います。
杉浦が話したように手探りの状況でしたが、だからと言って古い技術のまま出す事はできませんし、そもそも昔とは(現代にあえて空冷を作るという)観点が違うわけです。このため、トライ&エラーを繰り返しながら、テスト条件を確立していく作業となりました。
関谷:テストはどんな内容だったのでしょう?長時間の連続運転などは真っ先に思い浮かびますが。
南:従来行ってきた条件に加え、お客様の使い勝手を考慮し熱的に水冷以上に厳しい限界性のテスト内容でした。例えばそれで、シリンダー回りからのオイル漏れがないか、きちんとシール性が確立されているか等を、確かめるのです。
当初は最も高温になる点火プラグ回りにトラブルが起きたり、シリンダーヘッドにクラックが入ったりしました。そういう部分も含めて、繰り返し繰り返しのテストで問題を解決していったのです。言ってみれば非常に地道な作業の積み重ねだったと思います。
関谷:エンジン内部の部品、例えば高温にさらされる燃焼室回りなどでは何かポイントになった部分はありましたか?
南:その部分で大きなポイントとなったのは、バルブシートの変形、ピストンやシリンダーボアの変形、エンジンオイルの消費量などです。
とくにバルブシート回りは、アルミ合金でできたシリンダーヘッドと、(鉄系やニッケル系の)耐熱合金でできたバルブシートでは、熱による膨張率が異なりますので、両方がバランス良く膨張してくれないと、耐久性だけではなく気密性の部分でも困るわけです。
ここでもテストを繰り返し、バルブシートなどは材料を何回も変えて、最適な物を見つけていきました。最終的には耐熱性、耐摩耗性の面で、量産車では最高レベルの材料を採用しています。
関谷:それは知りませんでした。スーパースポーツなどの高性能モデルやレーサー並みの装備ですね。空冷エンジンというシンプルな構造ですが、大排気量マルチエンジン故に条件的に厳しい部分がある。だから材料や構造は吟味された物を使う必要があったわけですね。
点を線で結ぶ。ひたすら構築した緻密な出力特性。
開度1°、100回転ごとの出力配分
関谷:燃料噴射(以後FI)は狙った出力特性を具現化するための、言わば最後のキモの部分になります。この点で、とくに3,000回転の“ドロドロ”に対しては、どのような作り込みをなされたのですか?
堂山:最初は、言ってみれば昔に戻ったような空冷というハードに、最新のPGM-FIを組み合わせて、排ガス規制をクリアして、尚且つ“味”を創出しなければならないので、決して簡単な開発ではないと思いました。低回転での“鷹揚な走り”とか“ゆったりした走り”とか、走りの目標をどう具現化すれば良いのかと、トライ&エラーを繰り返しました。最初は、乗って良いなと感じる部分の“点”を探して、それを少しずつ繋げて行って“線”にするような作業でした。
関谷:具体的には、どういう作業なのでしょう?
堂山:例えばアイドルが1,100回転で、そこからほんの僅かだけスロットルを開けた1,500回転までのフィーリングはOKとします。では、今度はそこから500回転だけ上乗せした2,000回転ではどうなのか? また、その 1,500回転の領域が良いと感じるなら、そこの出力カーブをどう調整すればいいか?そういう“点”の部分を見つけて、 また見つけて、“線”につないでいく。延々とその作業を繰り返すという、根気が必要な作業でした。上司や先輩からは“好きなようにやるだけやってみなさい” と言われていたので、未知のチャレンジができて常にやりがいのある面白い開発でした。
関谷:そういった方法は、普段は行わないような事なのですか?
堂山:ここまで緻密にはあまりやりませんが、特に変わった事ではありません。スロットルを閉じたゼロ出力の状態から少し開けたパーシャル域、あるいは減速時のマイナス出力の状態からスロットルを開けて、駆動力がかかるところ、そういう領域で少しスロットルを開けたらドンッといきなり出ては、“ゆったりした走り”にはなりません。走行テストと台上テストの繰り返しから、出力変移が少なく滑らかな出力特性であることが“ゆったりした走り”に重要だと分かりました。その結果1,500~3,000回転領域の出力配分を、開度1°、100回転きざみで、とことん作り込んでいったのです。CB1100はパーシャル領域で“ここであと1kW出たら走り過ぎてしまう”といった実走での感覚と出力の関係が重要でした。そこに着目して“ゆったり走るって何kWなの?”と考えながら、その出力を追求していったのです。こういう感覚で量産モデルを開発するのは本当に楽しかったですね。
関谷:とても面白い話ですね。エンジニアというより、研究者のお話をうかがっているような感じがします。
堂山:私は元々、そういう研究の担当ですから(笑)。みなさんがカタログなどでご覧になっている出力カーブは、スロットル全開の回転ごとの出力をつなげているのですが、それを全開から全閉までスロットル開度1°ごとに取って、いくつもの出力カーブを積み重ねていくわけです。
その中から“鷹揚”とか“ゆったり”とか“ドロドロ”を見つけて行くわけですが、“ドロドロはしているけど、ゆったりはしていないな”といった具合に、その都度走りながら確かめて行く作業でした。
このように、CB1100ではベースとなったCB1300SFからどう出力特性を変えて行くかという作業でしたが、この出力配分の方法を用いれば、逆に空冷でも水冷のようなフィーリングが創出できると思います。
そういった点では、2014年モデルのエンジンフィーリングは、お客様と研究所内の意見を反映した結果の熟成だったと思っています。これからもどんどんレベルアップしていくでしょうし、行くところまで行き着いて再び元に戻ってくるような事を繰り返して行くのかもしれませんね。
関谷:CB1100の低回転のフィーリングには、まったく予想していなかったような、ある意味で非常に科学的な開発が行われていることが理解できました。まさに“図面に表れない領域”を作る技術だと思います。それにしても開度1°、100回転ごとという、緻密で根気のいる作り込みには驚きました。
バイクと対話するために、“ドロドロ”と“中立”を磨く。
エンジンのドロドロとは?
関谷:CB1100のエンジンを語る時に必ずのように出てくる、低回転での“ドロドロ”とは、いったいどんな事なのでしょう?
興梠:具体的な言葉にするのは難しいですね…個人的には、キャブレター吸気で90年代以前のマルチシリンダーのエンジンが持っていたフィーリングではないかと思います。
そんな低回転のフィーリングが“ドロドロ”のイメージではないでしょうか。
関谷:3,000回転付近が“おいしい領域”なんですかね。
興梠:別の言い方をすれば、その領域は、4気筒だけど2気筒的な強めの振動感があり、骨太な回転フィーリングがあり、それがチェーンを伝わってリヤタイヤを回すトラクション感がある。それが最終的には、存在感あるサウンドに行き着く。
つまり“ドロドロ”とは空冷4気筒の味であり、五感に響くものなのです。開発のために他のメンバーと昔の空冷4気筒マシンに乗ってみても、“ドロドロ”という感覚は“昔から変わらないよね”という結論でした。
関谷:つまり、CB1100に求めたクセであり、味わいであり、個性であるというわけですね?
興梠:大型バイクは趣味性の高い乗り物でありますし、味の部分は“個性”であると思います。高回転が気持ちよくスパーッと回るのも、低回転でトルク感がグイグイくるのもいいのですが、なんと言っても空冷4気筒には空冷4気筒と思える粘りがあるわけで、そこが最も特徴的な部分ではないでしょうか。
関谷:昔は今より設計技術も加工技術も未熟でしたから、精一杯作っても“ドロドロ”とか“ガシャガシャ”といったクセを解消できなかった。結果的にそれが多くの人が感じる空冷4気筒の“味わい”になっていた。しかし、技術が発展・成熟した現代においては、その精度によって“味わい”を創出したということになります。
興梠:そうですね。味の部分を、それ以上に作り込む、つまり現代にあるべき空冷直4を作ると言う事で出来上がったのがCB1100であり、21世紀のこだわりのCBなのです。今後もさらなる深化を目指して、この“ドロドロ”は磨き込まれて行くでしょう。出来る事なら、次のモデルも自分が担当できればと思っています。
車体では“中立”範囲の動きが重要
関谷:ハンドリングや車体の動きという点では、どういった事にポイントを定めて開発されたのですか?
興梠:まず、それまで自分が手掛けていたスーパースポーツであるCBR系から、頭を切り替える必要がありました。CB1100を担当する事になって熊本に転勤したのですが、そこで阿蘇山を毎日のように走る事ができたわけです。
そこで思ったことは、走りながら自然に景色を楽しめる、ゆったり走るイメージのバイクを作ろう、そのためには走りの安定感や安心感が必要だという事でした。
3,000回転がおいしい領域であるなら、そこで車体がどう動けばいいのかを考えて、ハンドリングや味わい、バイクと会話できる適切なレスポンスを作り込んでいきました。
関谷:その中で重要だったのは、どのような事でしょう?
興梠:ハンドリングの落ち着きです。車体とエンジンの関係が重要だったのです。 低速域での軽快性は確保しながら、直立する安心感が快適で気持ちいい状態、 つまり“中立のすわり(復元モーメント)”を大切にしました。
また、「CB1100EX」(以下EX)はマフラーが2本で、その分重量は重くなるのですが、その重量マスを いかに車体の動きにスムーズに伝えるかを考えました。そこで釣り竿のような しなやかさを考えたのです。つまり弾力があって、その重さがゆるやかに入力 されるようなイメージですね。
関谷:EXではどのような部分に、そういった工夫がうかがえますか?
興梠:例えばリヤアクスルの径をサイズダウンすることで、アクスルシャフトの剛性を落としています。その狙いは“しっとり感”や“安心感の向上”です。さらに、このアクスルシャフトの端に入るカラーにテーパーを設けて、動きの伝わり方に“間”を作りました。
穏やかな感じと言うか、ダルな感じと言うか、その“間”がCB1100の“深化”につながっていると思っていますし、非常に苦労した点でもあります。
関谷:通常なら、精度、精度で追い込むような部分に、あえて緩やかなフィーリングを実現するための“間”を設けるような開発は、新鮮な印象を受けますね。
興梠:新鮮でしたね(笑)。おっしゃる通りいわゆる“高性能”とは全く異なるアプローチでバイクを作る事ですから、とても楽しいものでした。最終的な生産日程には間に合ったものの、計画の遅れもあったので、頭を下げる場面も多くありましたけど(笑)。色々と大変な部分もありましたが、開発に携わる全員がひとつになった結果、満足できるバイクが出来上がったと思っています。
関谷:人の感性とバイクの運動性がナチュラルにシンクロする性能を具現化するという点で、いまうかがった内容は非常に斬新なアプローチだと感じています。今後のさらなる技術的な発展や、CB1100の“深化”にも期待したいと思います。
3,000回転の快感を求めて、全員で探ったギヤレシオ。
6速ミッション、快適クルーズの気持ちよさを求めて
関谷:今回の2014年モデルにおける6速化にはどのような狙いがあるのですか?
福永(初代CB1100開発責任者):以前、同じような排気量のCBR1000Fでは6速ミッションを採用していました。それならば、より走る気持ち良さを求めてCB1100も6速にしようと思ったわけです。CB1100を一発で終わってしまう打ち上げ花火にはしたくなかったので、6速化は正常な進化の材料であるわけです。
向井:具体的には、おおよそ3,000回転・100km/hでの気持ち良さを狙っています。トップギヤの高速クルーズでスロットルをそれほど開けなくても、また高速道路における最高速度である100km/hを考えても、ゆったり感のある走りを実現するには6速化が最適という判断です。同時に燃費の向上も実現しています。
関谷:“3,000回転近辺で走る気持ち良さ”は、当初からCB1100の命題のひとつであると思いますが、今回の6速化はそこから決めていった──つまり、トップギヤからギヤレシオを決めていったのですか?
向井:そうです。最初にトップギヤを決めて、そこからローギヤに向かって各ギヤをある程度決め込んで、後はチーム全員で実際に乗りながらギヤ比のセッティングを詰めていきました。
結果的に、1速から6速まで、ジワッと開けても自然な加速感を実現しており、遅くなく、速くなく、気持ちよく走れるという狙い通りのものとなっています。
関谷:先代モデルに比べて2014年モデルでは、全体的に少しハイギヤードになっています。一般的にはギヤ比が上がるとスピードは伸びるが、加速が落ちる傾向になります。
向井:そのような疑問を持たれるお客様もおいでだと聞きますが、6速化に合わせて出力特性も変更し3,000回転以下のトルクを向上させておりますので、低回転クルーズ状態からスロットルを開けても車両はしっかりと加速します。主眼は高速クルーズが楽に感じられるドライバビリティにありますから、素早い加速が必要な時には1速シフトダウンしていただけば、必要十分な加速が行えると思います。
興梠:従来のCB1100の持っている“うま味”の部分は守る方向で、そのおいしい領域、つまり2,800~3,200回転、速度で言えば80~100km/hのレンジをさらに充実させたわけです。
関谷:6速化でギヤが一枚増えましたが、クランクケースの幅は変わっていません。どうやって1枚分のスペースを確保したのですか?
向井:当然ながらミッション全体の幅は10数mm増えています。エンジンの外側、つまりクランクケースカバーでの幅はそのままに、クランクケース内部を拡大していますが、それでも限度があります。この限られたスペースにミッションを収めるため、各パーツを一から見直しました。ベアリングや各ギヤの仕様等を全部変えています。外からは見えませんが、アイデアが詰まったギヤボックスなんです。
関谷:当然ながら各ギヤの丁数(歯数)も変わっているのだから、これはもう別物の、新設計のミッションという事になります。しかもエンジン外観や外寸は変わっていない。このような地道な、目立たないような改良を各部に施し、その集積が今度の2014年モデルにおける“深化”を実現しているわけですね。
普遍的な形の中に、こまやかな工夫を凝らして。
2本出しマフラーの精度と性能
関谷:CB1100EXでは新たに左右2本出しの排気系を採用しました。従来との違いはどのあたりにあるのでしょう?
柏木:1-2、3-4番を連結させずに“ドロドロ感”を演出している点です。高出力を求めないフィーリング重視ということで、色々な解析データと経験からマフラーの3室構造の部屋割り違いやテールパイプ径違い、エキパイの内径違いや板厚違いを数パターンずつ試作し、全ての組み合わせを実走で確認しました。その中で最も「排気音」と「走り」のバランスが良い組み合わせを選択しています。その結果、現在の姿にたどり着きました。
興梠:当初から2本出しの構想はありましたので、チーム内での目指す方向性にブレはありませんでした。最後に問題となったのは組み付け精度でした。生産前の段取り確認車で、マフラー後端が左に寄ってしまったのです。 それは外観上で5~10mmで角度にして1.5°前後、わずかなものでしたが、あくまでも外観上のシンメトリーは大切ですし、マフラーは大きく重さもある部品なので、車体バランスが変わり操安性にも影響する恐れがありました。
関谷:ひとつひとつの部品は設計上、公差(許容される誤差)の範囲であったものの、それらを組み付けて行くにつれて、その公差の集積が誤差となって出現したということですね?
興梠:そうです。したがって設計や公差で修正するというものではなく、工場側で頑張ってもらい、寸法管理用の治具を用いて生産ラインで調整することで解決しました。
関谷:なるほど。繊細なバランスの上に成り立っている乗り味は、そこまでこだわった作り込みで実現しているというわけですね。その2本出しマフラーでのセッティングは順調に進みましたか?
柏木:時間をかけたのは、テストコースに詰めての最終的なセッティングでした。みんなで、“ドロドロ感とは?”、“ゆったり感とは?”というイメージを固めながらの作業でしたので時間はかかりましたが、狙い通りのフィーリングになったと思います。
その味付けの基本は従来からの1番2番と、3番4番のシリンダーでバルブタイミングをずらした位相バルタイを始めとするハードであり、そのハードを活かしながら、燃料噴射装置の噴射量、点火時期等を詰めて行ったわけです。その中で最もこだわったのは、スロットルリニアリティの表現でした。
スロットルの開度やその速度に対して、思ったように回転がついてこなくても、つき過ぎても、車体の動きやハンドリングがうまく決まらない。“ゆったり感”を創出するために、感覚的には右手とリヤタイヤが1対1でリンクするようなフィーリングを狙ったのです。
もともと水冷の直4やV4のスーパースポーツが個人的に好みであり、基準であった私自身にとっては、この“ゆったり感”の創出が難しかった。セッティング作業が行き詰まってくると、どうしても“エンジンが吹ける”“レスポンスがクイック”という好みの方向に転んでしまう。
興梠からの指示によって出力の出方を微妙に修正していったのですが、抑え過ぎると“こんなのはバイクじゃない”なんて厳しい評価もありまして、一筋縄ではいきませんでした(笑)。
結果的には、3,000回転以下の出力特性の向上と、空冷らしいジワッーとした吹け上がりフィーリングを実現し、スロットルを開けずによりゆったりした走りが実現できたと自負しています。
関谷:もともと、CB1100の出力特性は緻密に作り込まれているとうかがっていますが、それを磨き込んでさらに深化させたのは“寸止めの美学”とも言えるような、意図して控えめのリニアリティにあるのですね。それでいて、トルク特性などは向上しているのですから、スイートスポットを見つける作業は大変だったと思います。
出来ないと言われたフレームを実現した意地と執念。
フレームの溶接ビードにみる想い
関谷:CB1100のフレームは鋼管ダブルクレードルというオーソドックスな形式ですが、いわゆる“乗り味”のための剛性バランス、あるいは外観上の質感を確保するという点で、どのような工夫があるのでしょう?
今田:ポイントとなったのはヘッドパイプ周りの構成と、車体のコンパクト化です。最初にフレームのベースとしたCB1300SFから少しでも小さくする事と同時に、剛性も柔軟で穏やかな方向に調整する必要がありました。
ヘッドパイプ周りの剛性を変えるために、元々はパイプで構成されていたものをプレス部品で構成し直しています。通常はパイプで構成する場合が多いのですが、剛性が高くなり過ぎると車体を倒し込んだ際の倒れこみスピードが速くなり、ゆったりした乗り味が表現できなくなってしまうからです。
製造に関する問題は、メインチューブやダウンチューブを接合するヘッドパイプ後側の部分が、各部品が入り組んでいる場所で溶接がしづらいという事でした。同時に燃料タンクの前側でハンドルを転舵すると非常に目立つ部分でもあるので、必要とされる長さの溶接ビードを一定の厚みで、また、熱影響による歪や応力集中などを考慮して途切れが無く安定し、見た目にも配慮した溶接ビードとする必要があったのです。
関谷:それは、人の手なら入るものの、溶接ロボットのアームでは難しい場所である、という事ですね? つまり通常なら、限られた場所に、限られた量しか溶接を加えられない。
今田:その通りです。人なら微調整を加えながら溶接作業が出来ますが、機械では難しい。しかし、それをやらなくては狙った乗り味が実現できない。“出来ない”と言う物を、いかに自分たちの要求に近づけるか。そのために徹底的に工夫をする、お客様に対していい加減な仕事をするわけにはいきません。
だから、生産現場には“やってくれるなら、こちらも最大限の努力をします。その代わり覚悟を持って臨んで欲しい。 作りを優先する為に性能や品質を低下させることは有り得ない、ここは譲らない”とお願いしました。例えばそれは、溶接トーチが入り込めるように、周辺部品の形状を工夫したり、補強のプレートを大きく被せるとか、その被い方や形状を工夫したりなど、自分たちが目指す性能がきっちり出せる手法を探りました。同時に生産現場では治具や溶接手法や順番を工夫し、効率の良い部品保持を考えてくれました。
ヘルメットホルダー等、部品点数が多くて構造が込み入っているシートレールも難しい部分でした。細かい溶接箇所が隣接するので、その間になる部分への熱影響(応力の分散など)を考慮して、形状で(影響を)逃がすとか、その部分に“何とか(十分な)隙間を作って欲しい”と言ったやりとりをしながら、ギリギリの領域で作り上げていったのです。
溶接による熱影響はやってみないと分からない部分が多く、その影響が出ないようにするためには、あらかじめサブコンプしておく部品の構成、治具の形状を工夫し、ロボットの作動プログラムを細かく変更するなど、生産現場の負担が増加します。そういった意味でも、求められた仕様を生産ラインで実現することは大変だったと思います。
おかげで私たちが図面に落とし込んだポイントは、ほぼ実現できました。もちろん、すんなり行かない部分もありました。ステップホルダーの取り付け部分は、部品単品での精度自体は公差範囲内であるものの、ステップホルダーの微妙な傾きがマフラーの取り付けに影響してしまいました。
関谷:マフラーの組み付け精度に狂いが生じたという話を、操安テスト担当の興梠さんからうかがいましたが…。
今田:まさに、その話です。せっかくラバーマウントを採用したのに、取り付け寸法の狂いでゴムブッシュが潰れてしまったら、最悪リジッドマウントになってしまう。それだけでも乗り味が損なわれる可能性は十分にあるのです。
微妙なバランスで成り立つ乗り味
関谷:こうやって話をうかがっていると、精度、精度で公差を追っていくのは、スーパースポーツやレーサーの場合ばかりだと認識していましたが、そうではない事が理解できました。
今田:CB1100は精度を要求されないように見えるモデルなのに、実は非常に細かい精度の積み重ねで成り立っていると言ってもいいでしょう。
実際のところ、通常の製造公差では“実現が無理”という場面も少なくなく、その調整にも苦心しています。良く出来たクルマはピンポイントのバランス取りで出来上がっている部分があります。
関谷:ミニマムからマキシマムに移行する間の“中間の動き”とは、そういう積み重ねで実現されているというわけですね?
今田:もう全部がそんな話ばかりです(笑)。バランス取りという点では、エンジンや色々な部品の形状や肉厚、それを締結するボルトのトルク管理も、乗り味に大きく影響します。
エンジンマウントなどはあるレベルを超えて締めてしまうと、乗り味が硬くなってしまいます。最初にお話したヘッドパイプ周りも同じで、ある程度のたわみがないと、動きに“タメ”がなくなってしまう。
スロットルを開けた時、あるいはマシンを寝かし込んだ時、わずかな“間”があって、それが車体の各部に程よく分散するようなバランスある。それをキープしていれば、これだけ“緩やか”で“快適”な乗り味が楽しめる──それがCB1100というバイクだと思います。
関谷:これはもしかしたら、新しいバイクの作り方なのかもしれませんね。スペックや性能の追求、さらにその生産性の追求という時代から、今度は“面白さ”や“味付け”の精度と生産性に、目的がシフトしている。21世紀の技術追求の形のひとつ、と言っても良いのではないでしょうか。
とことん話し合って、徹底的に作り込んだ自慢の足廻り。
ホイールハブの形状にもこだわりを
関谷:CB1100EXの足廻りでは、その“乗り味”を実現するために、開発チームとして、どんな部分にこだわったのでしょう?
福永:奇をてらわずに、シンプルに、そのたたずまいを表現したいと。やはり狙いは40~50歳代のライダーなのだから、乗り味や安定性重視が主眼ですね。
興梠:ゆったり走ることがイメージであり、ここでも“中立”を大事にしています。
寺西:この点で、最適な剛性バランスを狙う興梠とはカンカンガクガクの議論を交わし続けた事が、非常に印象深い思い出です。例えばハブの形状のRの付け方ひとつひとつにも、かなりのこだわりがあります。この部分はCAE解析で形状を最適化してから味付けしたのですが、最初は小さなRの付け方ひとつでこんなにも乗り味が変わると思っていませんでした。
関谷:確かに、各パーツのわずかな撓みの積み重ねによって、ハンドリングは変わってくるものだと思います。
興梠:バイクの乗り味は、ハブ形状ひとつでも確実に変わるものですから、寺西に“自分で乗って確かめて”と乗ってもらった。
寺西:乗ってみると、設計担当者の私でもハッキリと分かるほど、ハブ形状の違いで本当に乗り味が変わるのだと実感できました。だからこそ、その形と性能のバランスには徹底的にこだわって、何度も試作を繰り返しました。完成車のハブの形状やそのRの付け方は、その試行錯誤の結果なんです。
関谷:それは、乗り味はもとより、加工等の生産性やコストの問題につながる部分だから、余計に手間がかかったという事ですね?
寺西:そうです。剛性バランスを考えたRの付け方にも作りにくくないよう非常に常に気を遣いましたし、それでいてEXのハブは軽量化も考慮して中空加工としました。このあたりは普通に考えると(製造性、加工の手間やコストで)実現が困難な領域だったと思います。生産現場の方々ともずいぶんと話し合いをしました。
吟味を重ねたワイヤースポーク仕様
寺西:また、リムの形状も協力メーカーさんにお邪魔して徹底した打ち合わせを行い、整合を図った結果のものです。このように、話し合っているうちに双方の考えや思惑が理解できた時の(ものづくりに対する)“熱が上がっていく感じは”とても素晴らしいものでした。
関谷:これまでお話をうかがっていると、全体的にCB1100の開発は昔のレーシングマシンのような作り込みがなされているように思えます。基本的な部分は図面にあるものの、最終的な完成は現場合わせで詰めて行く、いわゆるHondaで言うところの“三現主義”といったニュアンスが感じられます。
福永:そうかも知れません。昔の手描きの図面は“字面”でもあったと思います。“あとは別途打ち合わせによる”なんて書いてあって、設計者の意図をきちんと、生産部門に伝えるという意思があったのだとも思います。今回、私たちは図面に表れない、そういう“人の持つ熱”を求めたのかもしれません。
フェイス・トゥ・フェイスで話をしつつ、“私の意図はここにあります”と相手に分かってもらえればエンジニアとして“成功”なんだと思います。生産側も分かってくれて、完成車では図面にないはずのバフ仕上げを加えてくれていたりする(笑)。
興梠:そうやって話す事が良いのだと、今回の開発では実感しましたね。だから、寺西と幾度となく繰り返した議論も楽しいものでした。
寺西:結果的にEXのフロントリムは従来のキャストホイールと変わらない重量に仕上げました。目標はキャストホイールとポン付けで交換しても違和感がなく、それでいて“味”のあるものにすることでしたが、実はCB1100レベルの大型車になるとワイヤースポークで剛性と強度を確保するのは簡単な事ではありませんでした。
福永:開発当初は、とりあえずVFR1200Xを見本にしてみましたが外観的にしっくりいかず、4本出しのCB400を持って来たらイメージ通りだったので、ここからスタートしましたが、強度確保などではまあ苦労しました。40本スポークもトライしたよね?
寺西:そうです。CB400のイメージで40本スポークもトライしましたが、剛性と強度の確保にとても苦労をしました。VFR1200Xのようにスポークの角度を寝かせば40本でも達成できたかもしれませんが、オフロードモデルのような外観になってしまうので不採用にしました。最終的にはスポークサイズや本数、空冷CBに求められるであろう、クラシックなイメージを追求し、その結果、今の48本に決めました。
関谷:当たり前と思える部分に、意識して観察しないと分からないような工夫が凝らされている。ホイール回りの剛性がハンドリングに影響するのは事実ですが、走行性能ではなく“味”にこだわった作り込みがなされているのは意外でした。個人的には、その内容やロジックをもっと知りたい気がします(笑)。
図面に表れない、人の想いや感性を具現化した。
関谷:CB1100が登場してすでに5年目となりましたが、もう一度、なぜ空冷だったのか? そして、現代のCBとはどういうバイクなのか?といった部分を、まずはお聞かせください。
福永:もともと“空冷のCBをやりたい”という声は、研究所内でもたくさんあったのです。私のような50歳代の中年オヤジが“乗りたい”と思うようなバイクが、なかなかないと感じていたのですね。 それは、どういうバイクかというと、たたずまい(存在感や雰囲気)があって、シンプルであって、しかも安心できる。そんな、自分が主役になって使いこなす事ができるバイクなのです。 ご存知のように、HondaにはCB750FOURという大型バイクの原点があり、CBと言えば“空冷4気筒”だというイメージや、その走行フィーリングや“味”の部分を覚えているベテランライダーも少なくない。そんな空冷4気筒の魅力を、現代に表現したいと考えたのです。
関谷:そのためには、どのような要素や条件が必要だったのでしょう?
福永:やはり、ライダーである自分が主役になるのだから、ゆったりと周囲を見渡しながら、じわっと景色を楽しみながら走りたい。そこに、不安や我慢があっては面白くないわけです。 イメージとしては、木漏れ日の中をゆったりと、自分なりのスピードで走る。そこでは、リッター100psなんてパワーは必要ありませんから、1100で60kW(約80ps)ちょっとの出力に設定したのです。エンジニアはみんなパワーが好きなんですが、あえてそれを抑えるようにした(笑)。
関谷:出力が高くないと、エンジン作りの色々な部分に余裕が生まれると思うのですが、開発は難しいものではなかった?
福永:それがまったく違いまして、空冷だからエンジン温度や排ガス規制といった環境面が大きな課題になるのです。点火プラグ座面回りにオイルを回す構造などは難易度が高いものでしたし、これ一発の“花火”にしたくなかったので、国内の排ガス規制はもちろん、2016年のEuro4まで視野に入れています。
関谷:なるほど、燃焼温度や熱分布の安定化の面では、空冷は水冷より不利な部分があります。点火プラグ座面をオイルで冷却する手法は、それを解消するための象徴的な技術なのですね。では、逆に空冷のメリットや魅力は、どんな部分にあるのでしょうか?
福永:深いフィンのあるエンジンの外観や造形、そして乗り味ですね。冷却性を考えた風通しの良さもありましたが、シリンダーヘッドの見た目を良くしたいがために、開発途中でバルブの挟み角を広げた経緯があります。なにしろ、格好の良い外観が目玉ですから。 ところが、社内評価では“何を考えているんだ、裏付けはあるのか”と言われた。高性能エンジンなら(挟み角の少ない)バルブの立ったレイアウトが当たり前なので、誰もがそう考えてしまう。しかし、このバイクは走りのパフォーマンスではなく、“エンジンのたたずまい”が優先だと説得しました。格好が先に来て何が悪いんだと(笑)。
関谷:乗り味と言う点では、指針になるようなガイドライン的なものはあったのですか?
福永:基本的にはありませんでした。研究所にいるCB750FやCBXを手掛けた方々に意見を聞いたりもしましたが、みなさん自分なりのイメージや観念を持っているので、いろいろな意見がいっぱい出て来た。 また、開発メンバーの大半は若く、空冷を知らない世代でした。そこで、もてぎのコレクションホールにある空冷モデルに乗らせていただいて、自分なりのイメージを掴んでもらう事もしました。 そのようなところから、エンジンは低回転から“ドロンッと回る”ようなダルな感じが新鮮だとか、排気音は下の方だけでも図太くしたいなどといった感覚的なものが固まって来たと思います。それが現代のCBらしさを生み、新しい空冷4気筒の魅力になっていったのです。 例えば2010年に出したバイクにも“もう少し、下のドロドロが欲しいな”と言った意見が社内にはあったのです。CB1100はオーソドックスな4-2-1集合を採用しており、そこに行き着くまでの試行も決して少なくなかったのですが、でも、もっともっと、空冷らしい乗り味を追求したいという意志が、全体にあったのです。 そういう意志が反映された結果、今年登場した2014年モデルのCB1100は、 中低速域の走りを向上させると共に、特にEXでは2800~3200回転付近の音がさらに磨かれてエンジンの「うなり」を心地良く感じる領域が深化したと思います。
関谷:そういった開発の中で、記憶に残るようなご苦労や印象的な場面といったものはありますか?
福永:今回は全部が苦労でした(笑)。まず、最初は格好の良いスタイルとか乗り味とか、感性の部分を擦り合わせる必要があった。
スペックや性能ではないので、数値化しにくい領域の話になるわけです。
例えば、クレイモデルは通常は他の機種と一緒にデザインフロアーに置かれるのですが、このモデルでは専用の部屋に置きそこにメンバーが集まる事ができるようにして随時定例会を行った──普通はやらない事です。そして各担当に“自分の受け持ち領域以外の部分で、評価や感想を述べる”事にしたのです。
そうやって、開発の中でひとりの人間が固定観念に囚われないよう、視野狭窄に陥らないように、全員で提案や軌道修正を行っていきました。その中で衝突も多々ありましたが、全体の士気が上がり、ひとつの目標に一丸となって向かう事ができたのです。あれは良い経験でした。
量産化されてから、若手も自らCB1100を購入したくらい、そこに想い入れが生まれたのです。
関谷:となると、生産現場との調整も大変だったのではないでしょうか?そこまで想い入れのある造形や構成となると…。
福永:研究所内でOKとなっても、次の量産化となるとまた大変な事になるわけです。例えば、込み入った造形のエンジンなら“なんで今さら、歩留まりの悪そうな物をやる必要があるのか”と言われる。
とくに薄いエンジンのフィンでは苦労しました。こちらとしてはフィンの薄肉は最初からのこだわりですから、曲げるわけにはいかない。
“これが良いのだ、これが必要なんだ”、と説得して理解してもらうためには時間と気合いが必要でした。
関谷:ものづくりの現場の“熱”が伝わってくるようなお話ですね。とことんこだわったものづくりをしないと、そういう空気は生まれないと思います。
福永:造形に関しても、最後の最後までこだわり続けました。ステーひとつひとつの穴の角Rにまでこだわったくらいですから(笑)。生産現場は基本的に図面がないと動けないものですが、“もうちょっとだけ、何とかして欲しい”の連続でした。
試作品は一品料理なんです。それを評価して、図面に反映していくのですが、量産に入って数を作るとなると多少はバラつきも生じます。そのバラつきをいかに抑制して少なくするかが重要でした。
エンジンのポテンシャル、乗り味も含めて、自分たちが仕立てたレベルは“こうなのだ”という事を生産現場の人々にも見てもらい、乗ってもらい、分かってもらったからこそ、出来上がったバイクなのです。
そうなると、今度は完成車の完成度をさらに上げるためのアイデアさえ、生産現場からも出してもらえる。そんな意志が反映されているのが2014年モデルというわけです。
関谷:一品料理を量産化する。作り手にとってはある意味、夢の世界であり、どこまで妥協せずに進んだかという証かもしれません。
福永:スペックや数値性能でバイクを語らないという点では、スーパースポーツより難しい開発でした。バイクとして実にオーソドックスな構成で、耐久性や環境性能も充分こなした上で“人の五感”というような感性に響く存在感や性能を求めたのです。
図面に表現できる以上の領域を追求したのがCB1100であり、自分たちの想いが乗る人に伝わり、その人が“これだ!”と思ってくださるような、言ってみればそこに“和”があるバイクであれば良いと思っています。
関谷:CB1100は、Honda伝統の“CB”を空冷で具現化するため、開発者一人ひとりの想いを一つにして、“ゼロ”から開発されました。また、今年2014年モデルでは、さらにその深化・熟成が図られましたが、これは開発者として“この機種を育てたい”という不断の想いの結晶だということを知りました。
また、開発者の意思を高い純度で形にするためには、様々な創意工夫と熱意、“図面に表現できる以上の領域”までも生産現場に伝え調整するというプロセスが重要であることも知りました。今回、各ご担当者の具体的なお話をうかがって、その創意工夫の技術や情熱がよく理解できました。
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