製品 2026.03.31

砂漠の砂が、未来の道になる。Honda発スタートアップ「PathAhead」の挑戦

砂漠の砂が、未来の道になる。Honda発スタートアップ「PathAhead」の挑戦

 POINTこの記事でわかること

  • 砂漠の砂を道路インフラの課題解決に活かすスタートアップ「PathAhead」は、創業者であるHonda従業員が新事業創出プログラム「IGNITION」に参加したことで誕生した。
  • 創業者は研究で壁にぶつかったとき、Hondaの「三現主義」に基づき、アフリカ現地でひらめきを得て前進した。
  • 迷ったときもまず行動することが、”世界のインフラ課題を解決するという未来への道を切り拓く”ことにつながっている。

アフリカでは、道路舗装率が20%未満 ※1 の国があり、舗装しても数年で劣化してしまうという厳しい現実があります。道路の質は、人の移動や物流を左右し、経済成長の可能性そのものに直結しますが、世界的に道路舗装を含む建設用の砂が不足しており、特に発展途上国では質の高い道路の建設が難しい状況です。

その課題に挑むのが、Honda発スタートアップ「PathAhead(パス アヘッド)」です。砂漠の砂を、建設用砂の代替となる素材「Rising Sand」に変える技術で、世界的に深刻化する“建設用砂不足”という社会課題に応えようとしています。なぜ、創業者であるHondaのエンジニアは砂に注目したのか。プロジェクト誕生の背景から、「PathAhead」が描く未来まで、創業者の伊賀将之(いが・まさゆき)氏に話を伺いました。

※1  米国中央情報局 (CIA)「The World Factbook」をもとにPathAheadが独自に試算

「砂漠の砂でアフリカに道を」その着想はワイガヤから生まれた

PathAhead創業者 伊賀将之氏

「何をやってもいいよ。四輪やモビリティでなくてもいいから」

2023年の材料研究センター設立の少し前、室長が配属予定のエンジニアたちを会議室に集めて告げた一言に、伊賀氏は戸惑ったといいます。集められたのは若手・中堅を中心とする約60人。5人で1チームを組み、新しい研究テーマを模索するため、“ワイガヤ ※2 ”から検討がスタートしました。

※2 ワイガヤ:個人が役割を超えて徹底的にお互いの意見をぶつけ合い、成果を出すHondaのコミュニケーション文化

伊賀
伊賀

ある人が「これからはアフリカの時代だ」と言えば、別の人は「世界的な砂不足問題」や「砂を固める技術」を語る。アイデアは次々と出るのですが、なかなか一つに定まりませんでした。

議論は何度も振り出しに戻り、仮説は崩れ、再びゼロから考え直す。それを繰り返す中で、伊賀氏がふと口にしたのが、「砂漠の砂を固めてアフリカに道路をつくるのはどうだろうか?」でした。

バラバラだった発想がひとつのアイデアとなったものの、チームメンバーはアフリカの市場環境の知見や、砂を固める既存技術の情報や知識をほとんど持ちあわせていませんでした。文献を読み込むだけでなく、社内のアフリカ・中東部門、現地駐在員、JICAの留学生、JETROのスタッフなど、紹介を頼りに連絡を取って話を聞き、難しければまた別の人を紹介してもらい、現状把握を行いました。

伊賀
伊賀

舗装した道路がわずか数年でボロボロになってしまう問題はアフリカにあるHondaの工場前の道も同様で、トラックが穴になった箇所を迂回して出入りしたり、雨が降ると道が泥だらけになってしまって部品を運べなくなったりするなど、話を聞けば聞くほどアフリカの道路インフラ問題は想像以上に深刻であることが分かりました。

Hondaガーナ工場入口

Hondaの三現主義から見えてきた、PathAheadの方向性

情報収集するなかで、アスファルトに混ぜる骨材 ※3 品質や粒度のばらつき、不純物の混入、材料そのものの課題など、アフリカの道路が崩れてしまう要因を複数掴むことができました。

※3 砂・砂利・砕石などアスファルトの骨組みを作るための材料

伊賀
伊賀

当初は砂漠の砂を固め、最適なサイズのブロックのような構造体を製造し、それをそのまま道に敷く構造でしたが、砂粒から巨大な塊を安定的に量産する打開策が見いだせず頭を抱える日々が続いていました。そんなとき、初めて部門の出張でケニアを訪問する機会を得ました。どうしても現場を自分の目で見てみたい、と舗装現場を見学する機会を設けてもらったのですが、アスファルトに混ぜるための砂利の集積場を目にした瞬間、“これだ!”とひらめきました。コンクリートブロックのような大きなものより、それを作るための砂利の方が小さいため量産しやすく、運びやすさの面でもメリットがあるからです。その気づきは、これまでの前提を覆し、アプローチを大きく転換させるものでした。

その発想の転換は、まさに現場・現物・現実を重視するHondaの三現主義 ※4 から生まれたものでした。

※4 三現主義:現場、現物、現実の三つを重視する姿勢

ケニア舗装調査で訪れた現場

技術的価値は見えてきたものの、「どうビジネスにするのか」を検討するため、研修プログラム「IGNITION Studio」へ参加。さらに、社内メンターの勧めで新事業創出プログラム「IGNITION(イグニッション)※5」への挑戦を決めました。

※5 独創的な技術やアイデア・デザインを発掘し、社会課題の解決と新しい価値の創造につなげるHondaの新事業創出プログラム

伊賀
伊賀

当初は起業なんてまったく考えていませんでした。ただ、IGNITIONは企画をビジネスに発展させるためのフィードバックが手厚いと聞いていました。ビジネスの知見を得る必要性を感じていたため、今後のためになればいいなと思ったのです。

事業化に向けてエンジニアとして技術を磨くだけでは足りない。製造から販売、現地での実装まで責任を持つ。その知見をIGNITIONで深めていくなかで、起業を決断しました。

伊賀
伊賀

「こんな製品ができたので使ってください」というのが一般的なメーカーのエンジニアの思考だと思いますが、新規事業の世界は真逆なのです。「これがあることでこういう未来が待っています」と話して、人やお金を巻き込みながら進めていく。これまでとは真逆の思考とアプローチを使い分けることに最初は苦戦しました。

朝日(Sunrise)をモチーフに、新しい日本の技術を世界へという意味が込められた「Rising Sand(ライジング・サンド)」の最大の特長は、従来の日本の道路舗装に使われている天然素材の約2.5倍の耐久性 ※6 を持つ点です。これにより、舗装道路の寿命が10年から20年に伸び、維持管理の修繕コストが約60%低減 ※6 されることが期待されます。

※6 PathAhead調べ

上段が「Rising Sand」を用いたコンクリートブロック。従来の天然素材と比較して高い耐久性を誇る
伊賀
伊賀

試験の結果で従来の天然素材より高い耐久性を確認できたとき、この技術は社会実装できると確信したのと同時に、“これは我々がやるべき”だと思い、一気にのめり込んでいきました。
 

現在、PathAheadの技術顧問として参画いただいている永田佳文(ながた・よしふみ)氏 ― 元・首都高速道路部長で道路インフラ分野の専門家 ― や、新規事業の立ち上げやスタートアップ創業を数多く手がけてきた新規事業家である事業顧問の守屋実(もりや・みのる)氏からも、出会ってすぐに「一緒にやろう」と声をかけてもらえたことで確信をより強く持つことができましたし、Honda従業員からも多くのサポートがありました。
 

外に出て、いろいろ人と話さないとダメだということ。自分が出会ったことのない、思ってもいないところから助っ人が現れるということを、IGNITIONを通じて学べました。

アフリカのインフラを変える、その先へ

建設用砂の不足は世界規模で深刻化している中、PathAheadはまず初めにアフリカ・ケニアで事業基盤を固めることを決めます。

伊賀
伊賀

初めてナイロビを訪れたとき、私が知らないはずの「日本の高度経済成長期」に似たものを感じました。今日より明日は必ず良くなるという雰囲気が街全体を覆っているのです。

ビジネスは、その土地の文化に触れるところから始まります。お客様から突然呼び出されて始まる商談、現地の日本人コミュニティの結束。さまざまな出会いを経て、PathAheadのRising Sandはケニア都市道路局から実証実験のオファーを受け、覚書(MoU:Memorandum of Understanding)の締結へとつながりました。

現地に赴き、パートナーシップ構築に奔走した
伊賀
伊賀

今の課題は大量生産技術を確立することと、実際に舗装した道路での実証実験です。それらがうまく進めば現地に工場を建てる計画です。

伊賀氏が掲げる夢は、アフリカの舗装率を上げることです。ケニアの舗装率は9% ※7 ですが、まずは、次世代の新興国水準ともいえる50%を目指します。

※7 米国中央情報局 (CIA)「The World Factbook」をもとにPathAheadが独自に試算

伊賀
伊賀

整備された道があることで、「アフリカへ投資をしよう、進出しよう」という行政や企業の後押しになり、経済活動がさらに活発になる。道を作ることで現地の人たちの暮らしを豊かにできたらと考えています。

現地のスタッフと協力して事業を進めている
伊賀
伊賀

考えるよりも先に、まず行動すること。その大切さを、PathAheadの事業化への取り組みを通じて痛感しました。本当にできるかわからない状況で起業しましたが、机上の空論ではなく、現場・現物・現実を重視して解像度を上げていくことで、必ず目標にたどり着けると思っています。
 

気になる人がいるなら、会いに行った方がいい。迷っているなら、一歩踏み出してもらいたいです。

「道を切り拓く」「困難を突破する」想いが社名に込められたPathAheadは、これからどのような道を描き、人と社会にどんな可能性をもたらしていくのでしょうか。

PathAheadの理念である「Paving the Way to the Future」の語源となったスワヒリ語
 

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