POINTこの記事でわかること
- Hondaとして初めてのFUNモデルの電動バイク「Honda WN7」を欧州で発売予定
- グランドコンセプト「Be the Wind」には、風のように自由に走る楽しみ、という電動ならではの体験価値が込められている
- ガソリン車で培った「操る楽しさ」にEVならではの価値を加え、小柄な女性でも扱いやすい軽さ、日常使いしやすいデザインを意識
2025年11月、ミラノで開催された世界最大級のモーターサイクルショー「EICMA 2025」にて、Honda初の電動FUNバイク「Honda WN7」(以下、WN7)を披露しました。同モデルのグランドコンセプトは「Be the Wind(風になる)」。電動バイクならではの新次元の走りと快適さを提供しながらも、Hondaらしい「操る楽しさ」を徹底的に追求しています。
今回話を聞くのは、WN7の開発責任者である田中幹二(二輪・パワープロダクツ電動事業統括部 電動開発部 チーフエンジニア)。「Be the Wind」という言葉に込めた思い、Hondaらしさと電動ならではの魅力の融合、そして、このモデルによって生み出される新時代のバイク体験に迫ります。
株式会社本田技術研究所
二輪・パワープロダクツ電動事業統括部 電動開発部 チーフエンジニア
Honda WN7開発責任者
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田中 幹二
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WN7開発のきっかけとHonda二輪電動事業の「ブランドプロミス」との関係性
Honda初の電動FUNバイクとして、WN7の開発に至った背景を教えてください。
「EICMA 2025」ではHonda二輪電動事業のブランドプロミス※1として“Expected Life. Unexpected Discoveries.”が世界に向けて発信されました。WN7はこのブランドプロミスを体現したモデルなのでしょうか?
ブランディングチームと開発チームが一体になって相互に意思疎通をしながら、ブランドプロミスも意識してつくり上げていきました。今でもよく覚えていますが、二輪電動事業が部門として立ち上がってすぐ、部長やデザインディレクターも含めた事業・デザイン・開発の各メンバーが集まりました。そこで、「WN7をどうするか」という開発の方向性について、気兼ねなく話ができるように、ランチを食べながらワイガヤ※2形式でディスカッションを行いました。
議論というより各々の考えをぶつけ合うような場でしたが、そこで出た結論は「従来のガソリン車のコピー品や、エンジンをモーターに置き換えたような電動バイクでは誰も振り向かない。長い歴史で培ったHondaのバイクのノウハウは多いに活用しつつも、まったく新しい価値をもった商品をお客様に提供しよう。電動だから提供できる価値提案をしよう」というものでした。この思いがブランドプロミスにも汲み取られ、WN7でも具現化しています。
※1 ブランドプロミス……Hondaの75年以上にわたる二輪車開発で培った経験や知見と、電動車ならではの提供価値を融合させ、二輪電動事業として新たな提供価値をお客様に約束・宣言したもので、2025年11月「EICMA 2025」にて発表しました。詳しくは、こちらをご覧ください。
※2 ワイガヤ……自由闊達な議論を通じて、独創的な考え方や解決方法などを見つけ出すHonda独自の企業文化
グランドコンセプト「Be the Wind(風になる)」に込めた思い
WN7とはズバリ、どのようなバイクなのでしょうか?
Hondaにとって電動FUNバイクの開発は初の挑戦ということで、ゼロベースで全体の方向性を示すコンセプトを考えました。それが、「Be the Wind」というグランドコンセプトです。
電動車ならではの静粛性により、走行中でも木々の葉がざわめく音、街中の人々の会話や笑い声などが自然に聞こえてきます。ガソリン車では感じられなかった、周辺の音や感覚をダイレクトに感じながら、スムーズでトルクある走りと軽快なハンドリングによって、風のように自由に走る楽しみを体験してほしいという思いが込められています。
毎日の通勤路であっても自然と周囲の音や感覚から受ける印象は 日々違いがありますよね。同じことは二度と感じられない。そこにバイクだからこその自由な移動の楽しさと、操る楽しさといったFUN要素を加えることのできるWN7であれば、いつもと違った生活を提供できると思っています。
一方で、我々がガソリン車の開発で培ってきた、走る・止まる・曲がるといった基本的な性能もしっかりと磨きをかけているので、従来のHondaらしさである「操る楽しさ」も存分に楽しむことができます。電動車の「静かでスムーズ」な乗り味、ガソリン車で鍛えた操る楽しさを高次元で両立した、これまでにない電動バイクになっています。
WN7というネーミングにも、そうした思いが込められているのでしょうか?
そうなんです。Wは「Wind(風)」の頭文字、Nは「Naked※3」の頭文字からとっています。また7は社内で設定した出力クラス分けを意味しています。グランドコンセプトが意味する「風になる」はこれからも続くHondaの電動FUNバイクの方向性を示すものなので、WN7は「Wシリーズ」の先頭バッターという位置付けになるかもしれません。
また、個人的には、電動車の時代に新しい風を吹き込む1台にしたいと考えています。日本では、陰暦10月に吹く西風を「神渡し」と呼び、季節の変わり目を告げる風として知られています。WN7もEICMA 2025での発表を機に、西の地(欧州)から新しい風を起こし、バイクの世界観に変化をもたらす存在になってほしいという思いを込めました。
※3 Naked……カウルを装備していないオートバイのこと。
グランドコンセプトを体現するにあたって、どのような点にこだわったのでしょうか?
まずデザインですが、電動バイクだからこその「スリムさ」によって一目でEVであることがわかるだけでなく、ちゃんとバイクらしい佇まいも追求しました。また、金属的な部品構成にすることで、オーナーの所有欲を満たせるものにしました。デザインと設計・研究のメンバーが最後の最後まで、それこそ1ミリ単位で調整を重ねた各部品の一つ一つにこだわりが詰まっています。
スリムなデザインが伝わる正面のアングル(左)。ロゴ下にさりげなく配置されている電源ボタン(右)
従来のガソリン車でHondaが大事にしてきた「操る楽しさ」の観点でこだわったポイントを教えてください。
「走る・止まる・曲がる」といった基本的な運動性能を磨き上げるという点に関しては、ガソリン車であれ電動であれ、やることは大きく変わりません。どんなモビリティであっても、「乗って楽しいものをつくる」というのがHondaのものづくりの根底にある考え方だと思いますので。
そのうえで、今回のWN7で特に注力したポイントをあえて挙げるなら「軽量化」です。重量は運動性能に大きく影響を与えるので、高水準の安全性や耐久性を担保しつつ、徹底的に軽くすることにこだわりました。
一方で、既存のバイクと性能比較がしやすい出力や航続距離をどこまで追い求めるかのバランスにも悩みました。結論から言うと電動であってもガソリン車並みの出力や、400kmや500kmを超える航続距離のバイクをつくることは可能ですが、実現しようとすると、バッテリーのエネルギー密度にも限界があるので巨大で重いバイクになってしまうわけです。
WN7は、グランドコンセプトである「Be the Wind」を体現するために、運動性能を重視し、風を切る感覚を得やすいネイキッドタイプにこだわりたかった。なおかつ、欧州の都市部、例えばパリのような渋滞も多く、込み入った路地が多い市街地でも気負いなく日常使いできるような軽さ、取り回しのしやすさというところを考慮し、チーム内で議論しながら最適なバランスを考えました。
ホイール周りもすっきりとしたデザイン
「操る楽しさ」を実現するうえでも、日常使いを考慮した軽量化と電動ならではの機能性の両立は重要なポイントですね。
軽量といえども、出力は600cc並、トルクは1000cc並と、ガソリン車の大型モデルに匹敵する性能を備え、選択するライディングモードによって電動ならではのスムーズさと力強い加速を味わえます。信号待ちからの発進ひとつ取っても走る楽しさを感じられるはずです。
また、「止まる」性能としても電動らしい革新があります。回生ブレーキ※4を、単なるエネルギー回収に留めず「操る楽しさ」の要素へ進化。スロットル全閉時に回生ブレーキを活用すると、スロットル操作だけで加速と減速がコントロールできるようになります。好みやシーンに応じて加速・減速の強さの切り替えも可能なため、従来のガソリン車では得られなかった新しいバイクの操作感が楽しめます。あえて回生をオフにして「滑空するような走行フィール」を味わえるのも、電動ならではの新しい体験になると思います。
これはガソリン車ではなかなかできないことで、新しいバイクの乗り方や楽しみ方を提示する、電動ならではの機能といえるのでないでしょうか。実際、これまでずっとガソリン車に携わってきた開発者たちにも試乗してもらいましたが、「おもしろかった」、「これはアリだね」という声を多数もらっています。今後はよりパワーのあるモデル、より遠くへ行けるモデルなども、どんどんつくっていきたいですね。
※4 回生ブレーキ……減速エネルギーを電力として回収する仕組み
まずは欧州で展開していくということですが、特にどんな人に乗ってほしいですか?
WN7は欧州で20代、30代の通勤にバイクを使う方をターゲットに開発してきました。もう少し抽象化すると、「どんなとき、どんな場所でもバイクに乗っている時間が楽しいと思える人」、「電動、ガソリン車のこだわりなく、楽しい時間のためにその時々で良いものを選択できる人」、「自身の状況や環境にマッチしたものを選択し、生活を豊かにできる人」。そんな人にぜひ乗ってもらいたいと思います。
また、開発中に思い描いていたのは「パリ在住の小柄な女性」です。スリムな車体で足つきがよく、軽量なため取り回しもしやすいバイクですので、男性だけでなくぜひ多くの女性にも乗っていただきたい。新機能として、ボタン一つで切り替わる「微速前後進モード」も駐車時の前後動作をスロットル操作でサポートしてくれるので、お客様の日常にすんなり馴染んでくれると思います。そして、パリの街中をWN7が軽快にスイスイと通り抜けていくシーンを見てみたいですね。
Hondaの電動FUNバイクを世界中に届けたい
ブランドプロミスとあわせて、WN7は大きな注目を浴びそうですね。
開発当初、Hondaは電動FUNバイクを販売していなかったため、電動バイクを求めるお客様のショッピングリストにすら入っていませんでした。まずは作って、世に出して、「Hondaも電動バイクを作っているんだ」とお客様に認知してもらう。ないブランドを0から1にすることも目的のひとつでした。
今回、WN7を発表したことでようやくスタートラインに立ったわけですが、商品企画、開発、生産、輸送、販売、サービスなどのすべての領域で、ガソリン車で培った知見だけでは対応できず、各部門が一体となって初めて降りかかる難題や課題に挑んで解決していきました。これらのノウハウを蓄積し、Honda二輪電動事業ブランドの構築と今後のさらなる商品力向上の基盤づくりも、このモデルの使命です。参入する以上はガソリン車同様に、より多くのお客様にHondaの電動車を楽しんでいただきたい。最終的には、欧州での電動FUNバイクシェアNo.1を取りにいきたいと考えています。
また、Hondaの事業戦略の観点からも、電動FUNバイクの開発は重要な位置付けになります。Hondaは2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、2040年代には全ての二輪製品でのカーボンニュートラル実現を目標にしており、さまざまな手段の中でも二輪車の電動化は大きな役割を担います。そういう意味でも、WN7の投入は大きな一歩を踏み出すことができました。
それでは最後に、Hondaの電動バイクの展望や、バイクの未来に対する田中さんの思いを、あらためて聞かせてください。
Hondaは電動のみならず、水素をはじめとするさまざまなカーボンニュートラル技術の開発を行ってきましたし、ガソリン車の燃費性能もどんどん向上させてきました。楽しいバイクライフを持続するためにも、あらゆる手段でカーボンニュートラルにも貢献できるバイクをつくる必要があると思っています。
そして、「Hondaの電動バイクは面白い」と、多くのお客様に認識していただきたいです。まずはWN7を、そして、これをベースにしたモデルもどんどん開発して、電動FUNバイクが世界中を走る未来にしていきたいですね。
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私は長く大型FUNバイクの開発に携わってきたこともあり、やるからには大型FUNバイクの主戦場である欧州で受け入れられる電動FUNバイクをつくりたい、チャレンジしたいという思いがあったんです。
当時、欧州ではカーボンニュートラルの実現に向けた手段として「パーソナルモビリティの電動化」がトレンドとなっていた一方、電動バイクの市場では不具合が多く発生していました。そこで、実際に現地のお客様にお話をうかがったところ、「バッテリーの不具合でバイクが動かず、日常生活に支障がでたことがある」といった声を聞きました。こうした声を受け、二輪を本業とするメーカーが手掛ける「信頼性の高い商品」が求められていると強く感じ、電動FUNバイクの開発が始まりました。