経営 2025.07.15

鉄道輸送で環境課題に挑む! Hondaのモーダルシフト

鉄道輸送で環境課題に挑む!  Hondaのモーダルシフト

 POINTこの記事でわかること

  • Hondaは貨物輸送の環境負荷軽減を目指し、モーダルシフトに取り組んでいる
  • EVのバッテリーパックの鉄道輸送化により、CO2排出量74.5%削減に成功した
  • 鉄道輸送は大きな効果が見込めるものの、輸送スケジュールの柔軟性がないなど課題もある

2050年のカーボンニュートラル実現に向けてHondaが注力する取り組みの一つ、モーダルシフト。モーダルシフトとはトラックによる貨物輸送から、より環境負荷の少ない鉄道・船舶による貨物輸送に切り替える取り組みを意味しています。Hondaではこのモーダルシフトに関するプロジェクトでCO2排出量を74.5%削減することに成功しました。今回は、この実証実験に取り組んだ担当者に話を聞きました。

鉄道輸送化によりCO2排出量74.5%削減に成功

Hondaでは環境負荷軽減のための取り組みの一つとして、2024年10月に発売した「N-VAN e:(エヌバンイー)」において一部の部品をトラック輸送から鉄道輸送に切り替える実証実験を行いました。

「N-VAN e:」はHondaの軽自動車で初めてとなる電気自動車(EV)です。「N-VAN e:」生産開始に伴って課題となったのは部品輸送の問題でした。EVはガソリン車に比べ、バッテリーやモーターといった電気系部品が多くあります。中でも特にバッテリーパックは大きく、重く、かつ輸送時の安全規定が厳しい部品です。さらに、「N-VAN e:」のバッテリーパックのサプライヤーである株式会社AESCジャパン(神奈川県横浜市、以下AESC社)とは今回が初取引。AESC社からHondaへ部品を届ける物流網がこの時はまだありませんでした。そこで物流体制をゼロから構築することとなったのです。

 TIPSモーダルシフトのメリット

  • 現在このようなモーダルシフトに注目が集まっているのは、鉄道や船舶による輸送がトラック輸送に比べてCO2排出量が少なく環境負荷軽減に役立つためです。また、少人数の輸送スタッフで大量輸送が可能となるため「2024年問題」として話題を集めたトラックのドライバー不足解消、大量輸送に伴う物流コスト削減にも効果があると期待されています。

鉄道輸送化に着手することになった経緯について、プロジェクト推進を担ったサプライチェーン推進部鈴鹿部品物流課(当時)の林賢吾は次のように振り返ります。

林

部品輸送のジャンルで効率化を推進するのが私のいた鈴鹿部品物流課の使命でした。EVという環境に配慮した製品を作るのに、その製造の過程で発生するCO2削減に無頓着でいていいわけがない、という話を当時よくしていました。バッテリーパックを輸送するためのトラック輸送費は膨大で、当然環境負荷も大きくなります。AESC社とは初取引のため、物流網の構築から始める必要がありました。そこで鉄道を使った部品輸送をAESC社側に提案し、鉄道輸送化に向けて両社の共創が始まったのです。

バッテリーパックのモーダルシフトを提言し、プロジェクトを牽引したサプライチェーン推進部鈴鹿部品物流課(当時)の林賢吾。 バッテリーパックのモーダルシフトを提言し、プロジェクトを牽引したサプライチェーン推進部鈴鹿部品物流課(当時)の林賢吾。
林

茨城県のAESC社バッテリー工場から、車両の組み立てを行う三重県のHonda鈴鹿製作所までは500㎞を超える長距離輸送となるため、トラック輸送よりも鉄道輸送の方が環境面・コスト面で優位性があります。消防法規制や品質管理試験、鉄道輸送のためのコンテナ専用トラックの受け入れ体制構築などさまざまなハードルに直面しながらも実務面での成立性を確認し、関係区の了承を得て、なんとか鉄道輸送の仕組みを構築しました。

 

これにより、トラック輸送と比較して、CO2を74.5%削減することができました。

BEFORE:トラックを使った輸送

AFTER:鉄道を使った輸送

EVの部品輸送において、一部区間をトラック輸送から鉄道輸送に切り替えたことで CO2 排出量を74.5%削減することに成功した。 EVの部品輸送において、一部区間をトラック輸送から鉄道輸送に切り替えたことでCO2排出量を74.5%削減することに成功した。

環境にやさしいクルマは、製造の段階から環境にやさしくありたい

今回の鉄道輸送化に尽力したプロジェクトメンバーと、バッテリーパックを搭載した「N-VAN e:」。 今回の鉄道輸送化に尽力したプロジェクトメンバーと、バッテリーパックを搭載した「N-VAN e:」。

それほどまでに環境負荷軽減やコスト削減にメリットがあるのであれば、可能なものすべてをモーダルシフトに切り替えれば良いのでは、と思われるかもしれませんが、モーダルシフトにはさまざまな制約や課題があります。実際、「N-VAN e:」バッテリーパックの輸送を鉄道に切り替えるに当たっても、2年半にわたる苦労がありました。

鉄道からトラックにコンテナを積み替える様子。 鉄道からトラックにコンテナを積み替える様子。
林

鉄道輸送には一度で大量に輸送できるといったメリットがありますが、輸送対象が「危険物」の認定を受けてしまうと、駅からトラック輸送をするための途中保管庫での在庫や製作所内での保管量に制限がかかってしまうため鉄道輸送のポテンシャルを最大限生かすことができません。

ハイブリッド車のバッテリーが危険物認定を受けていたことから、今回のバッテリーパックについても危険物に該当するのではないかという見解がありました。しかし、AESC社とともに鈴鹿消防署に何度も足を運んで内部構造を説明することによって、「可燃性固体ではないためバッテリーパックは危険物に当たらない。非危険物である」という認可を取得することができました。

さらに、品質を担保するということが最も重要です。実輸送区間の試運転を何度も実施し、衝撃・振動・温度等の重要項目が基準値を超えないかを細かく検証することで品質に影響がないことを確認しました。この検証に積極的に協力してくれたのはJR貨物、そして四日市駅の駅社員の方々でした。

林

真夏の炎天下に四日市駅構内でチームメンバーと何度も検証しました。この場所をお借りできなかったら品質影響調査は実現しなかったでしょう。皆さんには感謝しかありません。

 

品質部門から懸念が出たのは当然で、お客様へ問題のない製品を届ける使命があったため。結果的に研究開発部門、品質部門、物流会社、サプライヤーを巻き込んだ大規模な検証となりましたが、多くの人々の助力とプロジェクトメンバーの努力が結実し、無事すべての品質要件をクリアすることができました。

日本通運、JR貨物全面協力のもと、品質影響調査が実施された。 日本通運、JR貨物全面協力のもと、品質影響調査が実施された。

ようやく立てたスタート地点 安定運用に向けた挑戦が始まる

さまざまなハードルを乗り越え、試行錯誤の末、バッテリーパックの鉄道輸送方法を確立することに成功したプロジェクトメンバー。しかしながら鉄道輸送は運行時間が正確に決まっていることから、輸送予定の部品に何か問題あった際に臨機応変に対応することは難しいのが現状です。したがって実際の運用については課題もあり、継続運用の安定化を目指してさらなる挑戦が始まったところです。

2年半の年月を費やし、ようやくスタート地点に立つことができた今、プロジェクトを牽引してきた林は次のように振り返ります。

林

何かを変えるということは本当に大変です。守らなければならない要件は何で、変えていかなければならないことは何なのか。そのことをみんなで常に考えていました。物流業務の難しさ、そしてHondaが会社としてCO2削減を本気で考えていたからこそ、鉄道化の必要性を訴え続けることができたのではないかと思っています。

鉄道輸送化は「1人でできるものではない」と林は強調します。鈴鹿部品物流課のメンバー、研究開発部門、品質部門、サプライヤー、物流会社、JR貨物、鈴鹿消防署までを巻き込んだ大規模プロジェクトとなった今回の取り組み。Hondaだけでなく、社外の人たちにも参考にしてもらいたい。そんな思いを乗せて、モーダルシフトの安定運用と拡大運用への新たな挑戦が始まろうとしています。

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