経営 2023.12.25

変革の原動力となる“夢の力”をいかんなく発揮できる組織をつくる Hondaの描く未来のコーポレート

変革の原動力となる“夢の力”をいかんなく発揮できる組織をつくる Hondaの描く未来のコーポレート

「100年に一度の変革期」に直面する自動車産業。Hondaもより豊かで持続可能な未来を目指し、技術的な改革を進めています。同時に、単独約3万人、グループ全体で全世界約20万人という組織でアウトプットを変えていくには、コーポレート部門の改革も欠かせません。人事・経営企画畑を長らく歩む傍ら、イノベーション創出に関する取り組みにも多く携わってきたコーポレート部門のキーパーソンと、未来のHondaの姿を考えます。

小澤 学(おざわ まなぶ)

執行役常務 コーポレート戦略本部長 もっと見る 閉じる 小澤 学(おざわ まなぶ)

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コーポレート部門のキーパーソンが感じる、Hondaの原動力である“人財”の変化と伝統

Hondaという会社との出会い、入社することになったきっかけを教えていただけますか?

Hondaには自動車やバイクに憧れて入社した社員が多い印象があるのですが、私が憧れたのはHondaの“人”。実家が神奈川県の湯河原というところで民宿を営んでいて、高校3年の頃にHondaのエンジニアたちが2週間くらい、貸し切りで泊まりに来たことがあったんです。彼らは夜間に通行止めになる有料道路を借りてブレーキングのテストをしていて、夜の10時くらいに出発し、朝方帰ってくる。その姿を見て「かっこいいな、プロだな」と興味を持ちました。話してみると「イギリスはこんな国だ」「アメリカはこうだ」なんて海外の話もしてくれて、グローバルに活躍する大人になりたいとHondaを志したんです。大学ではアメリカへ留学して、Hondaのオハイオ州のメアリズビル工場を見学に行くくらいには本気でしたね。そこで広報の人と仲良くなって、Hondaに入社して広報として働きたいと思うようになりました。

念願かなってHondaに入社しましたが、最初に配属されたのは希望とは異なる総務。浜松製作所で、研修の事務局や改善提案の集約、人事評価の取りまとめなどをしていました。人事に関する仕事は社員の人生を左右しますから、希望ではなかったものの、使命感を持って取り組んでいましたし、やりがいを感じましたね。その後、本社の人事部門に異動になりました。

人事部門に長く携わってきたキャリアの中で、特に印象深いのはどんな仕事ですが?

まずは若い頃に経験した給与体系の変更ですね。当時、経験年数や評価、給与の間でひずみが生じていたんです。そこで、入社後に「能力開発ステージ」や「能力発揮ステージ」に分ける新しい給与体系を企画し、労働組合と交渉を行い、導入まで関わることができました。創業以来ほぼ初めての変更で前例がなかったため、5年以上かかった大きなプロジェクトでしたが、言い出しっぺとして最後まで関われたのは、当時のマネジメントの皆さんの配慮だと思っており、感謝しています。

次に印象深いのは2008年頃にイギリスに駐在しているときに起きたリーマン・ショック時の出来事です。現地でマネジメント部門のディレクターをしていたのですが、工場を4カ月間シャットダウンすることが決まりました。その間、当面の給与を保障するというイギリスの常識では極めて異例の対応を行うべく、現地マネジメントと侃々諤々の議論を重ね、方針を定められたことはその後の自信につながりました。

人事部長のときには、このイギリスでの経験を踏まえて、人のグローバル化の施策に取り組みました。Hondaには、日本人だけでなくそれぞれの国に、卓越したリーダーシップを持つ人がたくさんいます。そのような海外の優秀なリーダーがHonda全体のグローバル展開に携われるような仕組みづくりに取り組んできました。必ずしもうまくいったことばかりではないですが、目指す方向性は今でも間違っていないと思っています。

これまで多くの人と関わってきたと思いますが、人や組織の面で、入社当時から「変わったこと」と「変わらないこと」を教えてください。

私の入社当時は、現在よりはるかに社員数が少なく、また若手が多く、マネジメントする年長者は少ないという、現在とは逆の年齢構成でした。そのため、自分がやらないと物事が進まないという感覚があり、担当者の当事者意識がとても強かったんです。リーチングアウトなんて言葉があって、担当者がどんどんその役割を拡大することも奨励されていた。若手はそんな中で競い合いながら切磋琢磨していたように思います。

そこから30年以上経って社員数が増え、効率化の観点から細分化された仕事を任されるようになり、範囲外の仕事には手を出しにくくなったんですね。そうすると「言われたことだけをやる、それ以外はやらせてもらえない」「マネジメント層が多いから上位者に頼る」と、当事者意識が薄れつつあると感じています。そこにはタスクが属人化しにくいというメリットもありますが、個々人が自分の役割や仕事の価値を“矮小化”する恐れもあると感じています。

一方で変わらないのは、昔も今も“自我”の強い人が多いこと(笑)。雇用契約って突き詰めて考えると、“1日の中で8時間を会社に売ります”という時間の契約ですよね。でもHondaの社員の意識としては、“時間を切り売りしている”という感覚は少ないんじゃないかな。それよりも、Hondaで自分が何かをしてやろうという自我があり、志を持っている人が多いと思います。

社会でプレゼンスを発揮する、Hondaのコーポレート部門が担うミッション

近年では、人事部門のほかにも「Sonyとの協業」や「先端技術研究所の設立」にも携わっています。

Sonyとの協業のきっかけは、経営企画部にいたときに社長の三部と「電動化を進めるなら異業種、例えばSonyさんと組むのも面白いんじゃないか」という話をしていて、現在のソニー・ホンダモビリティの社長であるSonyの川西さんに相談をしたんです。まずは若手ワーキングクループを作ってみようということになって、その中で両社の親和性が高いことがわかったので、その後はトントン拍子に話が進んでいきました。HondaとSonyが深く関われたのは、“面白い”という感覚を共有できる近しい価値観やビジョンがあったからだと思います。企業同士のコラボレーションを成功させるには、ビジネス上の関係を超えられるシンパシーが欠かせませんね。

設立から関わり、初代所長を務めた先進技術研究所は、Hondaの研究開発部門を整理する中で、モビリティ革新技術や先進技術創出に取り組む、わかりやすくいえば10年先の技術を研究する専任組織として生まれました。研究の領域も研究所のメンバーと議論し、「次世代の新モビリティ」「ロボティクス」「宇宙」「安全領域技術」「水素」などを設定しました。

私はエンジニアではないので、技術的な内容はよくわかりません。そんな自分がどのように貢献できるだろうと悩んだ中で、技術の部分はエキスパートの皆さんに任せて、自分はそれに携わる“人”を見ようと考えるに至りました。よく話を聞けば、その人が何を考え、何を本当に実現したいと思っているのか、また、それにどの程度の情熱をかけているのか、そういったことはなんとなく理解できます。チャンスを与える仕事には重責がありますが、とどのつまり、技術テーマへの投資というのは、それを推進する人への投資と思って取り組んできました。

小澤さんの原動力や仕事術を教えてください。

自分のキャリアを振り返ってみると、必ずしも長期的な視点があったわけではなく、その時々の目の前にある課題に対して熱くなって、自分なりの最適解を見つけていく、そこに自分のこだわりを少しでも反映できればと奔走してきたように思います。結果を見ると、本当にさまざまな領域の仕事に関われているので、Hondaというのは、やはり意思をもって手を挙げる人へ投資をしていくような会社なんだなと思ったりしています。

仕事術は難しい(笑)。自分の思考の特性として、割と複雑な物事を抽象化し、アナロジー的態度で臨もうとする傾向はあると思います。それと、仕事術というほどのことではありませんが、人事に長くいた経験から人を重層的に、立体的に捉えようとするところでしょうか。何がその人の原動力となっているのか、どんな見方、考え方をするのか、また、それはなぜなのか。人それぞれなので、そういうことに対する興味は強い方だと思います。

夢を実現させる連鎖を起こすのが、新しいHondaの目指す姿

現在、Hondaは“第二の創業期”として数多くの改革を進めていますが、どのように変化していくのでしょうか?

“第二の創業期”と位置づけた理由の一つとして、創業期には現在にはない圧倒的な当事者意識があったと思うんです。創業当時のOBから「(本田)宗一郎さんにアメリカで研究所をつくって来いって言われたんだ」といった話を聞いたことがあります。頼るものがまったく何もない状態で、行ったことのない場所でも、“自分が絶対にやり遂げないと”という強い当事者意識を持てば、研究所を立ち上げることができたんですね。現在のHondaには当時よりもはるかに大きなリソースや人脈、情報がありますから、我々が創業期のような気概を持てば、より大きな成果を上げられるはずだと考えています。

Hondaのグローバルスローガンに追加された“How we move you.”という言葉にも、まずはHondaの社員自身が自分を矮小化せず、もっと自分の夢を追い求めていこうという想いが込められていると私は解釈しています。そして、夢の実現に至る努力を見た人や、実現した新しいモビリティを利用した人が勇気づけられ、その人の夢に向かうパワーになる。そうした夢の連鎖を起こしていくことが、新しいHondaの目指す姿だと思います。

Hondaの社員が夢を追い求めていけるようになるには、何が必要なのでしょうか?

社員の抱く“世の中を変えるような夢”を後押しする体制を整えることが必要で、まずは社員一人一人が取り組んでいる仕事に意味を見出し、自分が貢献できていると感じられ、情熱を傾けていくことが最も重要なことだと思います。ですが夢の形はそれぞれで、Hondaという大きな組織の中でシナジーの起きにくい領域の社員発テーマについては、2017年に開始した「IGNITION」という新事業創出プログラムで実現の支援をしています。

想いが集う、夢への出発地点。IGNITION

これは、社員の“現在の仕事とはリンクしていなくても実現したいアイデア”を拾い上げ、ベンチャーキャピタルと連携しながら、実現できるフィールドをつくり育てる取り組みです。現在では社員だけでなく社外の個人や企業にまで広げていますが、夢を実現して新しい価値の創造につなげるチャンスであり、まさに「The Power of Dreams」の体現ですから、もっと拡大していきたいですね。

最後に、小澤さん自身の夢を教えてください。

個性や能力レベルの異なる人が集まった組織で、“個の力”を矮小化させずに100%発揮できる環境をつくりたいですね。メンバーが最大限の力を発揮しながら、触発しあって能力が引き上がり、次々に共振していくようなイメージの組織です。まずは自分が関わる部門から、“個の力”をいかんなく発揮できる組織をつくりたい。そして、その組織が萌芽となって、Hondaのあらゆる組織に展開できたら最高ですね。

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