「クルマのエンジン音で赤ちゃんが笑顔になる」という調査結果をもとに生まれたぬいぐるみ「赤ちゃんスマイル Honda SOUND SITTER(以下、SOUND SITTER)」。『日本おもちゃ大賞 2023』のエデュケーショナル・トイ部門で大賞を受賞するなど注目度が高まるなか、2023年10月28日にいよいよ発売となります。ユニークな製品で早い段階からテレビやSNSでも話題になりましたが、実は開発は一筋縄ではいかなかったといいます。今回は、共同開発を担当されたタカラトミーアーツの神田さん(現在は退職し、別会社に勤務)とHondaの登那木に話を聞きました。
(現職)トイハウス株式会社
執行役員
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神田 修一(かんだ しゅういち)
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本田技研工業株式会社
コーポレート戦略本部 コーポレートコミュニケーション統括部
コーポレートプロモーション部 プロモーション企画課
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登那木 直(となき なお)
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きっかけは都市伝説? エンジン音に着目した理由
SOUND SITTERは、内蔵のスピーカーからクルマのエンジン音が鳴るぬいぐるみ。まずは、この製品が開発されたきっかけについて教えてください。
「SOUND SITTER」の公式サイト。ケータイやスマートフォンでもエンジン音が視聴できます
(SOUND SITTER公式サイトを開く)
テストはどのように行われたのでしょうか?
エンジン音で赤ちゃんが笑顔になる理由は、「ママの胎内音の周波数にエンジン音の周波数が近く、赤ちゃんがお腹の中にいた頃を思い出して安心するから」であると考えられています。そこで、Hondaの30車種以上のクルマのエンジン音を一つひとつ検証し、波形を確認しました。さらに当社のコレクションホールに保管されている過去のクルマも含めて現物を録音・検証した結果、「Honda NSX(2代目)」のエンジン音がもっとも胎内音に近いことがわかりました。
その後は、ハウススタジオに12人の赤ちゃんをお呼びして、泣いているときにエンジン音を聴かせたらどのような反応を示すかを調べました。もちろん赤ちゃんがいつ泣くかはわからないので、数名の大人たちが少し離れた場所からじっとその時を待つんです(笑)。そうして赤ちゃんが泣いたら、即座にエンジン音を聴かせる。すると、なんと12人中11人の赤ちゃんが笑顔になりました。
その調査結果を公式に発表し、特設サイトからエンジン音を聴けるようにしたり、体験イベントを開催したりしたところ、メディアからの注目が思っていた以上に集まって……。正直、自分一人で小さく始めた取り組みがここまで脚光を浴びるとは思っていなかったので、事前の説明は部内の人にすらあまりしておらず……とても驚きましたね。
私もこの調査結果に興味をもった一人です。ぜひタカラトミーアーツで製品化したい、そう思って、その日のうちに作成した企画書を持って体験イベントに伺いました。しかし、当時Hondaさん側では製品化までは視野に入れていなかったようで、残念ながらその時点では断念することになったんです。
しかし、それから4年後、紆余曲折があって私のところに「再び製品化を目指してみないか」という話が舞い込んできました。その時、何か運命的なものを感じました。このアイテムが、45年間のおもちゃ開発人生の集大成になるだろうと思ったんです。
そうして実際に神田さんとお会いして、あらためて製品化に向けて走り出したのが2023年の1月ですね。
モニターテストは実の孫。試行錯誤の末に出会えたスマイル
製品化する上で、もっとも重点を置いたポイントはどこでしたか?
ママの胎内音は200hz以下の低周波なので、それを再現することを何よりも重視しました。ただ、壁はたくさんありましたね。例えば、Hondaのテストには市販の高精度のスピーカーが使用されていましたが、これを埋め込むことはコスト的に難しいため、独自のサウンドユニットを開発する必要がありました。
また、玩具の安全基準や赤ちゃん向けの製品に設定されているさらに厳しい安全基準をクリアするのも大変で……。SOUND SITTERのサウンドユニット内部には36本のネジ止め箇所があるのですが、そのすべてが基準内でなければいけないんです。
他にも、サウンドユニットのダクト部分から基盤などのハンダのクズが出てはいけない。かといって蓋をしたら音が出なくなったり、周波数が変わったりしてしまう。試行錯誤の末、サウンドユニットには布のカバーを被せることに。布の材質も、様々な種類のものを用意して何度もテストしながら選び抜きました。
さらに、最終的にはカバーを被せたサウンドユニットをクルマのぬいぐるみに内蔵するので、その状態での音質もチェックしなければいけません。ようやく基準をクリアして量産体制を整えたら、今度はICメーカーさんから「トラブルでアンプICの入荷時期が未定になりました」という連絡が……。頭を抱えることだらけの開発でした。
そんなことがあったんですね……!今のお話は初めて知りました。Hondaには赤ちゃん向けおもちゃをつくるノウハウがなかったので、製品化はすべて神田さんにお任せしていました。本当に尽力してくださったこと、改めて感謝申し上げます。
たしかに、こうした細かい途中経過のできごとをお話ししたのは今日が初めてですね。開発は私の仕事。登那木さんには完成品だけをお見せしたいと思っていましたから。
話を戻すと、サウンドユニットのアンプICが入荷されないので、代わりのものでテストすることになりました。しかし、それだと音が割れてしまったんです。そこで原点に立ち返り、サウンドユニットを分解してすべての部品を見直し、1個1個のネジの締め方から地道に改善しました。そうしてやっと、喜田先生のお墨付きがいただけるレベルまでたどり着けました。正直、ここでダメだったらもう製品化は無理だと覚悟していたので、本当にほっとしましたね。
ぬいぐるみの設計以外では、どのようなこだわりがSOUND SITTERに込められているのでしょうか?
デザインは、Hondaの往年の名車「S600クーペ」がモチーフになっています。実際のエンジン音のモデルになった車種にすることも検討しましたが、この企画の出発点は「Hondaになじみがない人にも関心をもってもらいたい」という想いです。そのため、パパ・ママや赤ちゃんがかわいらしくて手に取りやすい見た目を重視しました。
私は、やはりこの製品で赤ちゃんが本当に笑顔になるのか、ということに最後までこだわりました。ちょうど試作品ができた頃、孫が生後6ヶ月だったので、実際にモニターテストもしてみたんです。笑ってくれるか、自分の目で確かめたくて。そうして初めて孫にSOUND SITTERを手渡したところ、ニコニコ笑ってくれて、それを見た息子夫婦も笑顔になって、この製品のもつ力を確信しました。
まさに「赤ちゃんスマイル」ですよね。2018年の調査当初から、私が叶えたかったことでもあります。
SOUND SITTERを通じて叶えたいこれからの夢
製品化が叶い、念願の『日本おもちゃ大賞』でエデュケーショナル・トイ部門の大賞を受賞されたときは、どういったお気持ちでしたか?
自分のおもちゃ開発人生の集大成ともいえる製品がこのようなかたちで表彰されて、本当にうれしかったです。授賞式でスピーチをした後も、多くの方から激励の言葉をいただきました。
私は世に出るかどうかもわからない状態でプロジェクトを開始したので、製品化されて世の中に認められるなんて、とても信じられない気持ちでした。それが実現できたのは、神田さんの情熱と努力のおかげだと思っています。
最後に、SOUND SITTERを通じて、今後どのような夢を叶えていきたいですか?
まずは当初から目指していた通り、パパ・ママが赤ちゃんを連れていても外出しやすい気持ちになれる、そんなおもちゃとして使ってもらいたいですね。Hondaはモビリティメーカーなので、少しでも多くの人の「自由な移動」を実現したい。そういった意味でもSOUND SITTERによって、パパ・ママのやりたいことや行きたい場所の選択肢が、もっと広がる世の中になっていくといいなと考えています。
また、SOUND SITTERのパッケージはGIFT BOXのデザインになっているんです。周りの人への少し特別な贈りものとして、手に取っていただけたらうれしいです。
おもちゃは世界中の人々を笑顔にする強いパワーをもっています。このSOUND SITTERも、たくさんの赤ちゃんやご家族の笑顔を増やすアイテムになっていってほしいですね。
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実はこのプロジェクトは、おもちゃ開発を目的に始まったものではないんです。2018年、広報部に所属していた私は「Hondaへの関心が低い方々に対して、どうアプローチしていくか」を考えていました。
そんなとき、「クルマのエンジン音で赤ちゃんが泣き止む」という、都市伝説のような噂が目に留まりました。自動車メーカーのHondaがこれを本気で検証したら面白いし、話題性もあるのではないか。本当に赤ちゃんが泣き止むのであれば「赤ちゃんが泣いてしまうことで外出が億劫になる」というパパ・ママの役に立てるはず。
そう考え、噂の真相を明らかにすることからチャレンジしようと、音の専門家であるサウンドヒーリング協会の喜田先生監修のもと、テストを開始しました。