イノベーション 2023.09.15

【独自取材】「N-VAN」が電動化!開発チームのプロジェクトリーダー4人が語る軽EV挑戦の裏側

【独自取材】「N-VAN」が電動化!開発チームのプロジェクトリーダー4人が語る軽EV挑戦の裏側

2040年に世界で販売するすべての四輪車をEV(電気自動車)とFCEV(燃料電池車)とすることを目指すHonda。そのための重要なステップとして、2024年春に軽商用EVの発売を予定しています。暮らしを支える軽自動車、中でも機能やコストへの要求がシビアな商用車の開発に、チームはどのような想いを持って挑んだのでしょうか。デザイン、ボディー設計、電動パワーユニット、そして購買と、各領域を担当したメンバーに取材しました。

河津 礼可(かわつ らいか)

本田技研工業株式会社
四輪事業本部 四輪開発センター
四輪開発センター鈴鹿 完成車開発課
技術企画アシスタントチーフエンジニア
河津 礼可(かわつ らいか)

2008年Honda入社。栃木でボディー設計に携わった後、2012年から鈴鹿勤務。EU CIVIC 5DやJADEのほか、初代/2代目N-WGN、2代目/3代目N-BOXを手がける。今回の新型軽商用EVでは、ボディー設計のプロジェクトリーダーを務めた。Honda入社のきっかけは、クルマ好きの兄の影響と学生フォーミュラ参加経験から。

泉上 庸平(せんじょう ようへい)

本田技研工業株式会社
四輪事業本部 四輪開発センター
四輪開発センター鈴鹿 機種コスト推進課
泉上 庸平(せんじょう ようへい)

2009年Honda入社。購買システムを開発する購買システム企画領域、部品の供給を管理する購買デリバリー領域を経て、2020年から事業とコストの両立をはかる購買コスト領域に従事。今回の新型軽商用EVでは、購買領域のプロジェクトリーダーを務めた。趣味は園芸・プランター菜園で、花の寄植えや野菜づくりも行う。

齊木 涼平(さいき りょうへい)

本田技研工業株式会社
エネルギーシステムデザイン開発統括部 エネルギーストレージシステム開発部
エネルギーストレージシステム開発課
齊木 涼平(さいき りょうへい)

2010年Honda入社。HEV、PHEV、FCEV、BEVの電動パワーユニット領域の開発に従事。今回の新型軽商用EVでは、電動パワーユニット領域のプロジェクトリーダーを務め、電動領域の仕様設定および実車検証の取りまとめを担当した。BEV開発に携わるのは CLARITY EV、Honda eに続いて3車種目。休みの日は長男長女と、市民プールで2時間しっかり泳いでいる。

田中 丈久(たなか たけひさ)

株式会社本田技術研究所
デザインセンター オートモービルデザイン開発室
プロダクトデザインスタジオ
アシスタントチーフエンジニア
田中 丈久(たなか たけひさ)

2010年Honda入社。インテリアデザインに従事。UNI-CUBβ、家モビなどのデザインを経て、2015年から2代目N-BOX、2代目N-WGN、2代目N-ONEからプロジェクトリーダーとして、Nシリーズのデザインに携わる。今回の新型軽商用EVではインテリアデザインの取りまとめを担当した。ストレス解消は同期とのオンラインゲーム。キャンプデビューを果たしたばかり。

開発プロジェクトはかかわる人数が多く、メンバーの所属先も鈴鹿・栃木と様々。そのため、直接会うのは初めてというメンバーもいる中で行われた座談会。部署も担当領域も異なる4人だが、年齢が近いこともあり、集まれば自然と話が弾む 開発プロジェクトはかかわる人数が多く、メンバーの所属先も鈴鹿・栃木と様々。そのため、直接会うのは初めてというメンバーもいる中で行われた座談会。部署も担当領域も異なる4人だが、年齢が近いこともあり、集まれば自然と話が弾む

軽商用EVという新たな挑戦。Hondaならではのこだわりとは

——2024年春に新型軽商用EVが発売予定です。開発においてこだわったポイントを教えてください。

田中 田中

今回の軽商用EVは、「N-VAN」という既存の資産を活かしながら、いかにBEV (Battery Electric Vehicle:電気だけで走行する車両)の形で使い勝手を広げるか、がテーマでした。

イメージしたのは素のコンテナ。空間をスクエアにすることで最大限まで広くし、拡張できる使いやすさをポイントにデザインを考えました。はじめから「こう使ってほしい」とつくる側で規定するのではなく、使う側が自由にカスタムしていくことで完成していく。そんな、使う人によって世界観が広がるクルマにしたかったんです。配送などの商用シーンはもちろん、アウトドアなどの個人ユースと、仕事に趣味にフレキシブルに使ってほしいです。

「家モビを手がけたときに、クルマを部屋として使うにはどんな空間であるべきか、をひたすら考えた経験が今回の新型軽商用EVにも活きています」(田中) 家モビ※1を手がけたときに、クルマを部屋として使うにはどんな空間であるべきか、
をひたすら考えた経験が今回の新型軽商用EVにも活きています」(田中)

※1 2017年に開催された第45回東京モーターショーでHondaが提案した近未来モビリティー。駐車中は家に接続し、約3畳の部屋として活用できるというコンセプトだった。

河津 河津

ボディー設計でこだわったのは、室内の広さを変えないこと。外装も従来のN-VANとほとんど同じです。商用車は、使い勝手が重要と考えています。内燃機関がバッテリーとモーターに替わっても、N-VANの使いやすさを死守するのは大前提でした。パワーユニットの搭載パッケージの最適化を行う事で、モータールームのサイズを変えず、ゆとりある空間につながっています。

齊木 齊木

パワーユニットの搭載パッケージの最適化は、開発チームにとっても大きなチャレンジでした。開発コンセプトの段階で、モータールームにきちんとパワーユニットが収まるかどうか、まるでパズルのように部品を当てはめて検討しました。これならいけるぞと、ある程度の目星をつけて開発をはじめたものの、実際にはすんなりいかず…。ミリ単位の調整が必要になる非常に細かい作業でした。

河津さんの言うとおり、商用車は使い勝手が重要です。そのため、運送会社で作業風景を見学させていただくなどして、実際どんな風に使われるのか徹底的にリサーチしました。

「BEVは静かで走り出しの加速も滑らかなので、ストップ&ゴーの多い商用車との相性もバッチリです」(齊木) 「BEVは静かで走り出しの加速も滑らかなので、ストップ&ゴーの多い商用車との相性もバッチリです」(齊木)
田中 田中

普段から軽バンの使い勝手を知りたくて、家にいるときも、配送業者さんからの呼び鈴が鳴ったらダッシュで出て行って、積み下ろし作業を延々と眺めたり。怪しまれていたかもしれません(笑)。他にも、N-VANのカスタムを手がけるショップの方や、実際に移動販売車として利用している方にもお話を伺ったりしましたね。

河津 河津

充電口の位置も、結構チームで議論しましたよね。

齊木 齊木

そうですね。Hondaの車は左後ろに給油口がついていることが多いのですが、今回、充電口はあえてフロントに配置しました。商用車の場合、充電しながら荷物の積み下ろしができたほうが便利ですから。さらに、横幅が狭い駐車場でも充電しやすいというメリットもあります。

河津 河津

こだわったポイントはたくさんありますが、特に伝えたいのがグリルの部分。実は、バンパーリサイクル材を使っているんです。クルマの顔ともいえるフロントパネルにリサイクル材を使うことで、Hondaの循環型社会への姿勢を示したい。そんな想いを込めました。

「自分たちのやりたいこともそうですが、周りの人たちがやりたいことを一緒に実現できること。これがボディー設計の醍醐味と考えています」(河津) 「自分たちのやりたいこともそうですが、周りの人たちがやりたいことを一緒に実現できること。
これがボディー設計の醍醐味と考えています」(河津)
泉上 泉上

購買+事業として、お客様に安く提供しながら会社の事業を成り立たせる、という点にこだわりました。BEVは、ガソリン車と比べてどうしても価格が高くなります。工場やお取引先と連携して、コストとお客様に向けた価値のバランスが最適となる商品とするための知恵を出しあい、継続してコスト改善できるポイントを探っています。

「材料値上げや円安の波を受けて、従来のガソリン車とは異なる部品の調達、コスト達成に難しさを感じていますが、若いチームでやりがいも感じています」(泉上) 「材料値上げや円安の波を受けて、従来のガソリン車とは異なる部品の調達、
コスト達成に難しさを感じていますが、若いチームでやりがいも感じています」(泉上)

——軽商用EVならではの苦労した点をお聞かせください。

田中 田中

Hondaは開発過程で何度も大人数でワイガヤ※2します。今回の機種のビジョンをどう伝えて、社内をどう説得するか。コミュニケーションの部分で苦労しました。なぜこのタイミングでN-VANを電動化するのか、このクルマが社会にどう貢献するのか。コンセプトを理解してもらうために、プロジェクトにかかわる全員が世界観を共有できるイメージ図づくりに力をいれました。ビジョンをしっかりイメージ化して、暮らしを豊かにする未来図を提示することで、風向きが変わっていくのを実感しましたね。

※2 「ワイガヤ」とは、「夢」や「仕事のあるべき姿」などについて、年齢や職位にとらわれずワイワイガヤガヤと腹を割って議論するHonda独自の文化のこと。

河津 河津

これまで、N-BOX、N-WGNと、一般のお客様をターゲットにしたクルマを担当してきたこともあり、商用ユースをイメージして図面に落とし込む作業に苦戦しました。でも、田中さんチームがまとめてくれたイメージ図のおかげで、色々なシーンでの使われ方が想像しやすくなり、どんなに激しく使われても変形しないようなボディーに仕上げることができました。

また、先ほどお話したリサイクル材の実現も想像以上に大変でした。設計と材料開発を同時並行で進めていたこともあり、使用する材料の特性を変更するたびに、再設計しなければならないというハードルがあり、地道な確認をひたすら繰り返しました。

泉上 泉上

BEVの部品の調達で一番苦労しているのはバッテリーですね。燃料タンクがバッテリーになると、コストが一気に上昇するため、調達領域だけでなく、仕様・品質・工場・物流などあらゆる領域の協力を得ながらコストを抑えるための落としどころを探り、お取引先と連携しながら安定的に調達できるように進めています。今回の新型軽商用EVを皮切りに、BEVのラインアップを拡充し、販売台数を増やすことで、比較的安く手に入るBEVを世の中に提供する。これが今の目標です。

齊木 齊木

私は実車テストも担当していますが、一番大変だったのは衝突時の安全性能の確保です。万が一、前方衝突しパワーユニットが押された際に、高電圧部品が破損しないよう衝撃を逃がす設計に工夫しました。

実車のモータールームをみながら、お互いの苦労話に耳を傾ける4人。「発売前でまだ言えないことも多いんです」とのことで、今後の展開に期待がかかる 実車のモータールームをみながら、お互いの苦労話に耳を傾ける4人。
「発売前でまだ言えないことも多いんです」とのことで、今後の展開に期待がかかる

BEVをもっと世の中に広めたい。やりがい、成長、そして夢

——仕事をしていて、やりがいを感じるのはどんなときですか?

田中 田中

ベタですが、自分が手がけた商品にお客様が乗っている姿を見るのが、一番のやりがいです。苦労してつくったクルマが世に出て、お客様に喜んでいただいている瞬間は本当にうれしいですね。

泉上 泉上

お客様はもちろん、社内の仲間から感謝されたときにやりがいを感じます。だからこそ自分も周りに対して常に感謝の気持ちを忘れないようにし、全体最適となるような仕事の進め方を心がけています。
また、普段は鈴鹿が勤務地ですが、今回の新型軽商用EVは栃木で開発していることもあり、まったく新しい環境で若いメンバーと一緒に働くことに、とても良い刺激を受けています。

河津 河津

入社してしばらくは海外機種を担当していたため、自分が手がけたクルマを身近に見る機会が、なかなかありませんでした。それが、Nシリーズを担当するようになってから、普段から頻繁に見かけるようになり、こんなに嬉しいことなんだと実感しました。

また、プロジェクトリーダーはお願いする場面が多いんですが、設計現場から自分の想像を超えたアウトプットが出てきた瞬間は鳥肌が立つこともあります。

齊木 齊木

これまでCLARITY EVやHonda eなどを手がけてきましたが、今回の新型軽商用EVはたくさんの方に使っていただくことを目指しているので、だいぶ夢に近づいたなと感じています。機種のチームにいると、単に良い商品をつくるだけでなく、「商品の良さをどのようにお客様に伝えるか」といったお客様の手に渡るところまでを考える必要があり、自身の成長にもつながるので、それもモチベーションになっていますね。

——どんなときに成長を感じますか?

田中 田中

プロジェクトというのはデザインだけでは実現できません。クルマづくりは、本当にたくさんの方がかかわっています。その中でこれだ、というデザインを実現するには、自分の想いを情熱をもって人に伝え、どれだけ賛同してもらえるかが重要になります。賛同してくれる人が増え、協力してくれる仲間の輪が広がっていったときに成長を感じますね。

河津 河津

相手の話をちゃんと聞くことも大事なことですよね。一方的に自分のやりたいことを伝えるだけではダメで、相手が大事にしていることもきちんと聞いた上で話しあうよう、心がけています。それが意識できるようになったのは、少し成長できたと感じる点です。

田中 田中

それ、すごくよくわかります(笑)。

泉上 泉上

若い頃は、独りよがりな時期もありました。でも今回のように新機種チームの仕事をさせてもらい、かかわる方も多くなってきたことで、「今のやり方じゃダメだ」と思い、仕事のスタンスを変えたんです。購買領域はお金を扱う仕事なので、会社の事業に直結するという責任の重さがあります。一社員ではあるものの、全体を見て最適な決断ができるような仕事に取り組めるようになった点は、成長したといえるかもしれませんね。

齊木 齊木

Hondaには三現主義※3という言葉もありますが、自社・他社問わず、とにかくクルマの現物に触れるようにしています。ただ一人で体験するだけでは視野が狭くなるので、最近は同僚や部下、あまりまだクルマに詳しくない新人も誘うようになりました。仕事柄どうしても「BEVはこうあるべきだ」という固定観念が頭から離れないんですが、積極的に第三者の視点を取り入れ、自分と違う価値観を知ることで、より深くクルマを見られるようになったと思います。

※3 現場、現物、現実を重視する姿勢

——最後に、Hondaで実現したい夢を教えてください。

田中 田中

シンプルな回答になりますが、今後も、自分がかかわるクルマを増やしていき、多くのお客様に喜んでいただく。それが私の夢ですね。

泉上 泉上

若い人たちに「Hondaって良いよね」と言ってもらいたいです。昔のほうが熱烈なHondaファンは多かったのかなという感覚があって、だからこそ若い世代にもっとHondaの魅力を伝えていきたいし、魅力的な商品開発に携わっていきたいと思っています。

河津 河津

プロジェクトリーダーになってみると、自分がやりたいことよりも、誰かがやりたいことを図面にして実現していくことの方が楽しく感じるようになりました。今後、さらに多くの人たちと交わり、「皆がやりたいこと」を余すことなく図面にしてみたい。そんな風に考えています。

齊木 齊木

小学校で受けた地球温暖化の授業がきっかけで、電動自動車に興味をもつようになり、それからずっとBEVがつくりたくてHondaに入り、今まさに夢に向かって進んでいる最中です。BEVはどちらかというとバンバン売れるクルマではありませんが、それはコスト、デザイン、インフラ、タイミングなど様々な要素が揃わなかったことも要因の一つだと考えています。私たち開発チームには、そんな状況を打破するエネルギーがあると信じていますし、今回の新型軽商用EVも、他社には負けないぞという自信をもってつくっています。今後もそんな開発チームの一員として、BEVをもっと世の中に広めていくのが私の夢ですね。

助け合いながら、ときにはぶつかりながらも、互いに信頼、尊敬の念をもってイノベーションを起こしていく。自分たちの力を信じて 助け合いながら、ときにはぶつかりながらも、互いに信頼、尊敬の念をもって
イノベーションを起こしていく。自分たちの力を信じて

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