2023年4月に発売される新型SUV「ZR-V(ゼットアールブイ)」には、アクセルワークに対して爽快に反応するハイブリッドシステム「スポーツe:HEV」と、リアルタイムAWDを組み合わせたモデルが用意されています。その進化の背景には、雪上など滑りやすい路面でも安心して走行できるようにしたいという開発者のこだわりがありました。使う人のことを考え抜く「人間中心」の思想。Hondaのクルマづくりに流れる不変の想いに迫ります。
本田技研工業株式会社
ものづくりセンター
パワーユニット開発統括部 パワーユニット開発二部
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中村慶司朗(なかむら・けいじろう)
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受け継がれるHondaのクルマづくりへの考え方
ZR-Vは、SUVの基本価値である実用性に加え、最新の安全装備・衝突安全性能がもたらす信頼感、さらには存在感を放つデザインなど、ポイントが満載ですが、Hondaがつくるクルマであるからには、最も期待される点はやはり「走り」についてではないでしょうか。
ZR-Vにはガソリンエンジンに加え、ドライブの楽しみと環境性能を両立させた「スポーツe:HEV(イーエイチイーブイ)」搭載モデルも設定。さらには駆動方式もFFに加え、SUVに求められる悪路走破性を突き詰めた「四輪駆動(4WD)」タイプを用意しています。
ZR-Vに搭載される4WDのシステムは、「リアルタイムAWD(オールホイールドライビング)」。しかもZR-Vに合わせてセッティングされた、言わば最新のリアルタイムAWDなのです。今回はセッティングを担当した本田技研工業株式会社ものづくりセンターの中村慶司朗から話を聞きました。
淡々と振り返る中村ですが、その道のりは決して平坦ではありませんでした。実現するためには駆動力を後輪に伝えるシャフトに振動を低減するダンパーを付け、サスペンション周りの設定も見直し、最終的には4WDシステムの駆動力配分制御も見直すといういくつもの地道な作業が求められました。それを一つ一つクリアして、ようやく最新のリアルタイムAWDが生まれたのです。
その甲斐があって、アクセル操作に対して繊細かつ力強く駆動力が発生するスポーツe:HEVとリアルタイムAWDを組み合わせると、より緻密な後輪側の駆動力配分が可能になっています。ドライバーのイメージ通りに発進して加速できる、一体感のある走行性能が実現できたと思っています。
なぜそこまで突き詰めて開発に取り組めたのでしょうか。
ZR-Vの開発時に、『神経直結』というキーワードがありました。クルマを操っているのは人間なので、人間の神経に直結しているかのようなステアリングフィールやレスポンスを実現していこうという目標を表現した言葉で、この『神経直結』を目指して開発を進めていたのです。
それだけではありません。ZR-VのリアルタイムAWDには、中村の幼少期の原体験も大きく影響しています。
私は秋田県出身なのですが、子どもの頃はよく母が運転するクルマに乗せてもらっていました。秋田なので冬には雪が積もるのですが、母が雪道を不安そうに運転していたことが記憶に残っています。そのような雪道運転の不安を取り除いてあげたいなという気持ちは心のどこかにずっと持っていました。ドライバーが不安に感じると、車内の同乗者にも伝わってしまいますしね。
Hondaのクルマづくりに脈々と受け継がれる「人間中心」の考え方は、ZR-Vにもしっかりと息づいているのです。
リアルタイムAWDが雪の坂道での走行を安心なものに
ZR-Vのe:HEV×リアルタイムAWDはどれほどの実力なのでしょうか。もっとよく知るために、実際に雪上を走行してもらいました。
ZR-Vに合わせてセッティングされたリアルタイムAWDの実力が分かりやすいように、スーパープラチナグレー・メタリック(以下、グレー)の車体の方には実際に搭載されるリアルタイムAWDを、プレミアムクリスタルガーネット・メタリック(以下、ガーネット)の車体の方は2016年頃のリアルタイムAWDの設定を再現してもらいました。走り比べることで、違いがより浮き彫りになります。
雪が積もった坂道を走り比べた結果が、この動画です。
グレーのクルマは、前輪があまり空転することなく力強く登っていきます。一方のガーネットは、前輪の回転が早く、空転が起きてしまっていることが分かります。
前輪側が空転してしまうと路面をかけなくなってしまうので、それを後輪側が補ってやるというのがリアルタイムAWDの考え方です。その量はこれまではちょっと控え目だったのですが、ZR-Vではさらなる適正化を行うことができました。
雪の坂道でタイヤが空転すると、ドライバーの焦りにつながってしまいます。
自分が意図しない動きが発生してそれがどんどん積み重なっていくと、雪道などの滑りやすい路面では気持ちが不安な方向にしか向かなくなります。これはZR-Vの開発責任者である小野(修一)から言われた考え方でもあるのですが、そういう意図しない動きを一つ一つ取り除くことで、神経に直結しているかのようなクルマにたどり着いていけるのです。
e:HEV×リアルタイムAWDの真価を発揮
e:HEV×リアルタイムAWDが効果的になるシーンは、雪の坂道だけではありません。雪が踏み固められてアイスバーンになった交差点やコーナーでも、ドライバーをサポートしてくれます。
直進状態と旋回状態では、もちろんトラクションのかかり方が変わってきます。直進では快適性と両立させるために、発進時から徐々に後輪の駆動力を下げていくという制御を行っています。一方、旋回時は、より後輪の駆動力を積極的に出すような制御になります。旋回時ではクルマに横Gがかかるのですが、その横Gの状況に応じて駆動力の配分を変化させられるようになっているのです。
リアルタイムAWDでは、車体に設置したセンサーが加速度と横Gを感知し、適切に駆動力の配分制御を行う。
ただ、それだけじゃないんです。どうしてもセンサーだけではつかみにくい情報があって。例えば規範となるヨ―レート(車が旋回する方向に向かって変化する回転角の速度)がそうですね。そのあたりの情報は4WDのECU(エレクトロニックコントロールユニット)自身で算出させて、そのデータも駆動力の配分制御に使っています。
このリアルタイムAWDとドライバーのアクセルワークをダイレクトにタイヤに伝えるスポーツe:HEVが組み合わさって、ZR-Vの「走り」が生み出されているのです。
最後に、中村に今後の目標について聞きました。
これまでは主にガソリン車の4WDを担当してきたのですが、今後は電動化が進んでいくことになると思います。そうなった時に、今まで培ってきたガソリン車のノウハウをきちんと電動の方にもフィードバックさせて、HondaのEVとしてより良い方向を目指していきたいと考えています。
ガソリン車であってもEVであっても、「人間中心」の考え方が受け継がれていく限り、Hondaらしいクルマづくりが続いていくのです。
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ZR-VのリアルタイムAWDは、乗り心地や快適性を重視しています。トラクションを出そうとするとどうしても振動や音を伴ってしまうため、これまでは必要最低限の駆動力を後輪に伝えていました。しかし、ZR-Vでは、前輪側の負担を減らしてより後輪側でトラクションを補えるようにすることで、より的確な前後輪の駆動力配分制御ができるようになりました。