MONTHLY THE SAFETY JAPAN●2004年9月号
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自らの能力と行動特性を知る

5月号の「運動行動と意見」、7月号の「教育の現場」に続く、シリーズ・高齢ドライバーの第3弾。高齢ドライバーの特性、教育カリキュラムの作成、安全確保への社会的サポートの仕組みなど、多様なテーマに取り組む「研究の現場」を取材し、高齢ドライバー研究の課題と今後の方向性を探ってみました。

 高齢者が地域社会で役割をもつことが安全の動機付け
鈴木春男  自由学園最高学部長・千葉大学名誉教授
鈴木さんが取り組んでいる研究のメインテーマは、生活構造の違いからくる行動形態などの社会的特性で、高齢者の個人差は個々の高齢者がおかれている生活上の特性によるところが大きいとされています。「家庭生活に不満があったり、地域社会で孤立していたり精神的に不安定な場合は事故を起こしやすい。つまり地域社会に仲間がいて安心感をもつことが安全に結びつくのです。」また、これまでの研究成果では、世代間交流での教育で高齢者の意見や発言を通してその役割が高齢者自身も含めて他の世代にも認識されるようになり、それが安全への動機付けに効果的なことがわかりました。鈴木さんはこうした参加型交通安全教育の延長に、地域にシルバードライバーズクラブをつくることを提案しています。運転ができなくなり、家族などに頼れない高齢者の移動を元気な高齢者がボランティアで足代わりになる活動が、とくに公共交通機関の少ない地方では必要になっています。仲間とともに地域社会に役割をもつことが、安全への動機付けを高めるといいます。

 明暗条件による交通環境の変化で影響を受ける高齢ドライバー
西田泰  警察庁科学警察研究所交通安全研究室長
西田さんは高齢ドライバーの事故防止について高齢者の行動特性に着目。薄暮時の明暗条件が車両相互事故に与える影響を研究しています。昼間を1とした場合、事故率が上昇するのは、追突(進行中、その他)、右折時(右直−右折時側面衝突、その他)になりました。「これは高齢者の視覚特性(夜間視力や動体視力)が落ちてくることに関係していると考えています。」視覚特性が低下すると相手のクルマとの距離感や速度感がとりにくくなるとされるので、車間距離、相対速度の認知能力を高め、速度制御能力を向上させるような教育が効果的といいます。「若い頃よりも速度を落とす、車間距離を十分にとるといった、これまでの運転行動を変えるような教育が求められていると思います。高齢者講習で受講者同士が体験を話し合う、ある意味で疑似体験を豊富に持つことで、自分のこの行動はあの人の体験を聞いたから直そうといった、自分の運転行動にフィードバックできる教育の方法が重要になると思います。」

 高齢ドライバーの認知判断機能低下の要因を探る
溝端光雄  東京都老人総合研究所室長
溝端さん達の研究グループの行った周辺視能力※1や軽度認知障害※2などに関する高齢ドライバーと若年ドライバーの基礎的なデータ収集では、70歳以上の高齢者には眼の病気や高血圧、動脈硬化、心筋梗塞や肺気腫などの持病を抱えた方が多いことが分かったそうです。「高血圧や動脈硬化、脳梗塞や心筋梗塞などと絡む症状として、認知判断面に支障が出てきたと思われる時には、クルマの運転を止めるべきです。高齢ドライバーの方は、年相応の認知機能の低下なのか、病的な低下なのか『メモリークリニック※3』や『物忘れ外来』を年に1回程度受診すると良いでしょう。事故実態の面でも認知判断機能の低下が関係していると思われる事故例が増え始めていると聞いています。高齢者講習という現在の更新制度の中で、認知判断面の衰えに関するデータを高齢ドライバーや家族の方に繰り返し提示し、説得し(得を説いて)納得してもらって、運転の断念を考えてもらう仕組みづくりが大切です」と溝端さんは指摘します。

 高齢ドライバーの教育プログラムの開発と指導者の養成
蓮花一己  帝塚山大学心理福祉学部長・心理学科教授
蓮花さんが行った「高齢ドライバーのリスクテイキング行動の研究」では一時停止確認が弱い、自信過剰、危険予測のハザード知覚※4(とくに死角と行動予測)が弱いなど加齢の影響を実証しました。2002年度からはその中でいちばん大切な一時停止確認プログラムを作成、2番目にハザード知覚の訓練プログラムを開発しました。「この研究は、高齢者のモビリティの確保、豊かなカーライフをもたらすための研究の一環です。また、高齢者は個人差が大きいので絶対的な年齢は問題にしていません。個人差に対応した教育、サポートをするのがこの研究の本来の目的です。」このあと、蓮花さんが取り組もうと考えている研究は、指導員養成のためのマニュアル、教材を作ることです。これからの課題として蓮花さんは、高齢者講習の受講者増大への対応、交通安全のNPOなども含めた地域における運転アドバイザーの仕組みづくり、団塊の世代など高齢者予備軍への対応などをあげています。

※1 周辺視能力=注視点の周辺から視覚情報を得る能力
※2 軽度認知障害=早期の痴呆症
※3 メモリークリック=物忘れが病的なものであるかどうか診断を行う専門外来、「物忘れ外来」とも言う
※4 ハザード知覚=交通事故の可能性を高める要因のことをハザード(危険)と呼び、自分の行動を適切かつ安全に遂行するために、その状況でのハザードを見つけて、予測する作業のことをいう

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