2024.7.31

IGNITION一般公募採択者 特別対談

~IGNITIONと共に描く未来~

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2024年、4月、本田技研工業株式会社(以下Honda)は、社外の起業を目指す個人や起業3年以内のスタートアップ企業の事業創出を支援するインキュベーションプログラム「IGNITION(イグニッション)一般公募」の一次審査を開催しました。
厳正な審査の結果、最優秀賞にはQolo株式会社の江口洋丞氏、優秀賞には筑波大学の矢野博明氏と沼津工業高等専門学校の蔭山朱鷺氏が選出され、IGNITIONプログラムに採択されました。採択された3テーマについては、既にHondaの事業インキュベーター、デザイナー、エンジニアで構成されるタスクフォースチームが、12月に予定されている二次審査に向けて事業開発をサポートしております。
今回は選出された3名の研究者をお招きし、開発の内容や状況、IGNITIONプログラムによるサポートの感想などをうかがいました。

参加者プロフィール

  • 江口 洋丞さん
    Qolo株式会社 代表取締役
    江口 洋丞さん

    現在は、筑波大学発スタートアップ「Qolo株式会社」の代表取締役を務めており、「立って乗れる車椅子」の開発を進めている。

  • 矢野 博明さん
    筑波大学 システム情報系 教授
    矢野 博明さん

    現在は、バーチャルリアリティや歩行感覚提示装置の研究を行っている。

  • 蔭山 朱鷺さん
    沼津工業高等専門学校 在学中
    蔭山 朱鷺さん

    現在は、専攻科環境エネルギー工学コースに在学し、ビオトープとロボットを掛け合わせた次世代の環境エデュテイメントプロダクトを、同専攻科の小河智摩さんと共同開発中。

IGNITIONプログラムに応募したきっかけを教えてください。

矢野さん:私が籍を置いている筑波大学の産学連携本部の方に誘っていただいたのがきっかけです。その頃は20年以上開発を続けているリハビリテーションシステムを実用化するという段階で、特にビジネスパートナーの必要性を感じていました。初めにIGNITIONプログラムのお話をうかがったときには、トンネルの先にある目標やイメージがよりはっきり見えてくるような感覚があって、さらにそこに向けてスピードを増していけるように感じました。

江口さん:私も以前、矢野先生と同じ筑波大学に在籍していて、その関係で産学連携本部の方にご案内をいただきました。当時は「お客様のところにプロダクトを届ける」というフェーズがトンネルの先に見え始めてきたところでした。となると、試作品ではなく、ユーザーのところで実際に動いて、安全に役割を果たせるプロダクトを完成させるところまでブラッシュアップしていく必要がありました。あとは、プロダクトのデザインを高める手法や魅力を伝えるための情報発信に関するノウハウも不足していました。ちょうどその3つをサポートしてもらえるということで、すぐに応募しました。

蔭山さん:僕が通っている高専(高等専門学校)にはスタートアップ支援プロジェクトがあって、その中に高専起業家サミットというイベントがあり紹介してもらいました。その第1回目のサミットで自社サービス「ロビオトープ」を発表したところ、そのイベントに協賛していたIGNITIONプログラムから賞をいただきました。その際に、「応募してみませんか?」と誘っていただいたことが応募のきっかけです。そもそもビジネスのことはわからないけれど、とにかく起業へ向けて前へ進もうと思っていたところだったので、IGNITIONプログラムとの出会いは運命を感じました。

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ご自身の開発プロダクトの内容とIGNITIONプログラムのサポートについて教えてください。

矢野さん:私が開発しているのは、「脳卒中患者向けの安価で運用しやすい歩行リハビリテーションシステム」です。このシステムのアイデアを思いついたのは20年ぐらい前のこと。私の専門はバーチャルリアリティで、歩行感覚提示装置という仮想世界を自分の足で歩き回る装置を作っていました。その一環で、「ネットワークを使って遠くにある研究所と歩行感覚提示装置同士を繋ぎましょう」という話になり、実際にそういう装置を作ってみました。

完成してお披露目会を開催したところ、みなさんが興味を持ってくれまして、「将来的には歩行のリハビリに活用できます」という話をしたところ、医学の先生をご紹介していただき、本格的な開発が始まりました。

江口さん:私は「起立や長距離歩行が困難な下肢運動機能障がい者向けのすばやい立ち上がり動作と立ったままの移動を実現するモビリティ」を開発しています。もともとは幼い時からクルマとかバイクが好きで自動車のエンジニアになりたかったんです。
大学では一人乗りのモビリティを作りたいと思っていたのですが、実際、そういった乗り物は世の中にけっこうありまして。

そこで大学の指導教官の先生と話し合いながら考えていくうちに、思いついたのが「立ち上がる」という動作でした。その頃、祖母が転んでけがをして、車いすを使うようになっていたこともあり、「立ち上がることができないだけで、本人も周囲もこれほど大変な思いをするんだ」と実感していました。そこでこのモビリティの研究に取り組み始めました。

蔭山さん:僕が開発しているのは「自分好みのビオトープで、ロボットとともに植物を育てるロビオトープ」です。アイデアの出発点は、「僕自身が、自然が好き」だったこと。普段からよく釣りに行ったり、キャンプに行ったり、そういった自然の中で遊ぶアクティビティを色々やってきて、ふと思ったんです。現代の子供たちは生まれた時からスマホやゲームがあって、自然と関わる機会がどんどん減っているんだろうな、と。

一方で、社会全体で環境問題に取り組まなければならない、という風潮も高まってきていますが、僕自身は、「言われたからやるんじゃなくて、自然が好きだから、大切にしたい」という意識が大切だと思うんです。

そこでひらめいたのが、ロボットでした。自分は小学生の頃からロボットを自作していて、高専へ入ったきっかけもロボットを作りたかったから。特に火星探査ロボットのような、自然環境の中で力強く動くロボットが好きなんです。自然が好きで、ロボットも好き。この2つをミックスすれば、現代の人々と自然を結び付けられるのではないかと思いました。

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開発を進めていくうえで、苦労したことは?

矢野さん:リハビリテーションシステムの開発を進める中で、「実際に患者さんに体験してもらってデータを収集する」ことがハードルになりました。患者さんを探すのも大変ですし、データ収集も理学療法士さんの協力が不可欠ですから。また、収集だけでなく、データの解析にも相当の時間がかかります。IGNITIONプログラムのサポートを受けるようになってからは、そういった協力してくれる方々を探す支援もしてくれて、ずいぶん助かりました。

また、開発製品を「福祉機器にするか、医療機器にするか」という二択は大きな問題でした。もともと私は「福祉機器のほうが、資金がそんなにかからないから、近道だろう」と漠然と考えていました。ところが、IGNITIONプログラムの事業インキュベーターの方に相談したところ、Hondaが実用化した歩行アシスト装置の担当者の方を紹介していただき、プロダクトの内容からすると医療機器にしなくてはならないということがわかったんです。おかげで研究開発の方向性を修正することができました。

同時に覚悟も決まりました。医療機器を開発する場合は、膨大な資金も必要ですし、治験も必要です。開発が想像のつかないスケールになるため、いささか不安がありました。でも、IGNITIONプログラムのメンバーが伴走してくれるので、心強かったですね。

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江口さん:私が開発しているモビリティは、立って歩くことができない障がいを持っている方のためのものです。ですが、その障がいがあると、世の中がどんな風に見えて、どんな風に体が動かせるのかを私たちが完全に理解できない点が苦労しました。そこで体中にセンサーをつけて立ち上がり、どのような動きをしているかを解析して、モビリティを試作してみました。ところが、実際に車いすを使っている方に試してもらうとうまく動かない。そこで医学の先生方のご協力をいただき研究を進めるうちに、障がいの度合いによって体を動かせる範囲や体の使い方に差があるということがわかってきました。この事実がわかったことは開発を進めるうえで非常に大きかったですね。

開発において、自分たちが立てた仮説を検証するのは一番難しい作業のひとつです。検証するときには、実際に現場に行って、私たちのことを何も知らない当事者の方たちとお話をして、課題を引き出さないといけません。IGNITIONプラグラムには、主に「どうすれば、私たちの仮説をうまく伝えて相手の課題を引き出せるか」というコミュニケーションのサポートをしていただいています。また、何よりモビリティは安全が第一なので、安全性の検証において、Hondaの豊富なノウハウに基づいたアドバイスは助かっています。

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蔭山さん:僕の製品開発はあくまで「自然が好き」、「面白い」が出発点なので、おふたりとはスタート地点が少し異なります。ですので、ロビオトープが世の中に受け入れられるかどうかのポイントは、僕が楽しいと思うことをいかに多くの人に共感してもらえるか、にありました。

そのためには、このプロダクトが開発された背景や、誰に、どんな風に楽しんでもらえるか、といったことを伝えるための「ストーリー」を構築することが重要です。このジャンルは私たちの専門外なので、IGNITIONプログラムのサポートはとても助かりました。いろいろなバックグラウンドをもったメンバーが意見をくれるので、どんどんストーリーが膨らみ、ブラッシュアップされていきました。

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IGNITIONプログラムを受ける前と受けた後で変わったことは?

矢野さん:とにかくたくさんの刺激をいただきました。なぜ、私の開発が20年以上もかかっているかというと……実は幾度となく実用化のチャンスがあったのですが、少し他人任せな意識も一因だったようで、思うようにスピードに乗れない時期もあったからです。

でも、IGNITIONプログラムのメンバーと話しているうちに、世の中に打ち出すイメージをもっと具体的にしなくてはならない、と思うようになりました。このプログラムのメンバーは、今まで出会ってきた人たちと何かが違います。溢れんばかりの熱量とビジネスやもの作りに関するノウハウも豊富に持っています。「ものを作って売る」ためにやらなければいけないことを明確に把握していて、そのための多角的な意見をもらえます。メンバーと開発を続けるうちに、完成時のイメージをつかめるようになりました。

江口さん:私の場合は主に二つあります。ひとつは「つながるスピード」。そして「思考の幅」。

まず、「つながるスピード」ですが、私は開発当初は、主にスタートアップ企業や筑波大学関係のネットワークを使っていました。ただ、私の開発しているモビリティは障がい者就労もテーマのひとつであり、この分野での検証を進めていく必要がありましたが、私のネットワークではなかなかこの点が難しかった。障がい者の方が業務をされている事業所で実際に使ってもらうことがマストだったため、IGNITIONプログラムのメンバーに相談したところ、すぐさま事業所を紹介していただき、とんとん拍子で検証にこぎつけました。このつながりのスピードには驚かされました。

二つめの「思考の幅」とは、意思決定に関することです。今まで、自分のこれまでの経験と、今自分が見えているものに基づいて意思決定していました。IGNITIONプログラムでは複数名のクリエイティブチームが支援してくれるので、専門的な知識のある人たちから同時に意見をもらうことができます。すると、多角的な視点からものごとを見ることができるようになって、思考の幅が広がり、ひとつひとつの意思決定において大きなメリットとなっています。

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矢野さん:たしかにIGNITIONプログラムのサポートを受けることで、開発スピードは格段にアップしました。特に感じているのはスケジュール管理の部分。大学だけで進めていると、どうしてもスケジュール管理は自分でやることになり、大雑把になりがちです。そのため、最終的には期日直前に追い込み作業で対処することになってしまいます。その点、IGNITIONプログラムはやるべき仕事を小分けにしてくれるので、助かっています。「来週までにこれをやりましょう」とはっきり言ってくれるので、仕事が進めやすいです。

江口さん:IGNITIONプログラムのメンバーって、本当に仕事のペースが速いです。自分ひとりで開発をやっていると、資金調達や書類などに追われ、だんだん遅れていきます。一方、プログラムのメンバーと連携して、チーム単位で綿密な日程表に基づいて動くと、プレッシャーにもなって、スケジュール通りに進めなければならなくなります。おかげで開発のスピードがアップしました。タスクがたくさんあっても、ある程度の期間を伝えて相談すれば、きちんと実際的なスケジュールを立ててくれるので、ひとつひとつの課題に集中して取り組めます。

蔭山さん:わかります。IGNITIONプログラムのメンバーと仕事を始めると、「自分以外の方々を巻き込む以上、自分も進めなければ」という意識になります。これまでスケジュール管理は自分たちでやってきたのですが、自分たちが知っていること、把握していることだけで計画を立てるものだから、後々うまくいかなくなることも少なくありませんでした。

IGNITIONプログラムのメンバーとスケジュールを立てると、一連の事業開発を経験している人たちが俯瞰してスケジュールを立ててくれるので、現実的かつ実際的な計画を組むことができます。自分が今どの地点にいるかもはっきりわかる。不安も減るし、進んでいくステップもわかるようになりました。

スケジュールに「横幅」が生まれてくる点もこのプログラムのいいところです。タスクをこなしていくうちに、異なった経験や背景を持っているメンバーに意見をもらうことで、どんどんアイデアが膨らんでいき、新たにやるべきこともわかってきます。事業開発では、自分たち以外の人たちの未知の意見をいかに多く得られるかが創造性をアップさせる鍵なので、その点でも大いに助けられています。

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今後、IGNITIONプログラムに期待することは?

矢野さん:先日、筑波大学の産学連携本部に、IGNITIONプログラムの感想を報告する機会があったのですが、そこで「先生、もっとリクエストを出さないと!」と言われてしまいました(笑)。実に色々なことを提案してくれるので、今は反応するのに手いっぱいになってしまっていて。

ですので、もっと問題意識をもって、プログラムのメンバーに積極的にリクエストをぶつけていきたい。そして自分の問いにメンバーがどう応えてくれるのかを、見ていきたいですね。IGINITIONプログラムはさまざまな専門家や研究者を紹介してくれるのですが、一度、競合他社でもある他の自動車メーカーの方を紹介してくれたこともあって、驚きました。支援期間は今年の12月までですが、このプログラムで得られるものはまだまだたくさんあると期待しています。

江口さん:私たちの現在の開発がたとえばN1の状態だとしたら――この段階では、あるお客様の困りごとを洗い出し、我々の仮説をぶつけて、正しいかどうかをチェックして方向修正していくというサイクルを回し切れば、目標は達成できると思っています。

ただ、IGNITIONプログラムと共に開発を進めることで、今後、N1からN5、N10まで進化していくのではないかと思っています。N1という特定の問題に対処していくものづくりは、難しいものの、方向性ははっきりしています。ただ、N1だけに取り組んでいると、マーケットの広がりが期待できないですし、視野も広がらない。今必要なのは、N1をN5、N10、いやN100、N1000にしていくこと。この作業を一緒にやっていけたら、と思います。

何より、私たちのプロダクトは、製品が発売されたらそれでゴール、ではなく、アップデートを継続して繰り返していく必要があります。そのためには企業として、世代にわたって、よいものを提供していくという体制を確立しなければなりません。

Hondaには陸、海、空のモビリティの開発だけでなく、会社組織の体制やシステムの構築に関する豊富なノウハウがあります。そこに私たちのアイデアや持ち味を融合させて、相乗効果を起こしていきたいと思います。

蔭山さん:本音をいえば、今、IGNITIONプログラムがやってくれていることすべてが助かっているので、できるだけ長くサポートしてもらいたいです。ストーリー作りの部分など、自分たちだけでやるには、手の届かないところを一緒に取り組んでいければうれしい。

私たちの目指すところは、消費者の方々にロビオトープに関心を持ってもらい、手に取ってもらうこと。そのためにこれからも柔軟にデザインを変化させていきたいとも考えていて、IGNITIONプログラムはその変化をサポートしてくれる最良のパートナーだと思います。

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蔭山さんの試作機とラフスケッチ

みなさんの研究開発には誰かを幸せにする力があると思います。プロダクトが完成したあかつきには、みなさんはどんな景色を見たいですか?

矢野さん:よく思うのは、スポーツジムに設置されているトレッドミルのように、特別な器具ではなく、誰もが当たり前に使えるものにしたい。

そう思うようになったのは、2002年頃、最初に協力してくれた女性の患者さんがきっかけです。その方は脳卒中の後遺症で何年も歩くことができなくなっていたのですが、リハビリテ-ションシステムを使ってもらうと、「昔、こんな風に歩いていたんだ!」と喜んでくれたんです。その言葉を聞いたとき、鳥肌が立ちました。あの笑顔と言葉がなかったら、こんなに長く開発を続けられなかったと思います。幸いその方には半年ほどご協力いただき、歩行に関しても改善を見ることができました。

江口さん:いつか目にしたい景色……私の開発したモビリティに乗った人が、恋人と手を繋いで歩いている光景を見ることができたらうれしい。

このモビリティを思いついたきっかけは、実は祖母の他にもうひとつあるんです。大学で研究を始める際、現在の妻に出会って、付き合い始めたんです。私はそのとき、生まれて初めて恋人と手をつないで歩いたのですが、このときの幸福感がすごくて、今でもその記憶が残っています。また、大学の寮にも、車いすを使っている人たちがいて、車いすに乗っている女の子と男の子が手をつないで歩いているのを目にしたことがありました。

そのとき、「2人が同じ目線で、同じ景色を見られたら、どんなにいいだろう」と思いました。ビジネスでは、プロダクトがどんな経済的価値を生むかが重要です。でも、その一方で、経済的価値を抜きにして、人間としての大切な体験を支えられるようなプロダクトを作れたらいいな、とも思うんです。

蔭山さん:人類はずっと自然や生物と関わってきたのに、両者の関わる機会や価値がだんだん失われています。ロビオトープはその大切さを再認識するきっかけになるプロダクトにしていきたい。

ゲームやスマホはたしかにおもしろい。でも、昔の人が野山に遊びにいったのは、そういうものがないからではなく、そこにはかけがえのないおもしろさがあったからなのではないか、とも思うんです。

今、私たちにできることは、テクノロジーを駆使して、自然や生き物と関わることをエンターテイメントとして表現すること。こうすることで、現代に生きる人々に精神的な豊かさを提供できればと。近い将来、ロビオトープを楽しんでいる子供たちの姿を見ることができたら、素敵ですね。

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