Aug 25, 2006

2006年グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードを訪ねて vol.3

タイムトライアル 二輪篇

RC162

RC162

二輪レースの歴史は、四輪レース以上に長い。ガソリン・エンジンが完成したのが19世紀後半であり、既にその時には、このエンジンを小型化して自転車に取り付けようという試みは行われていたのではないだろうか。

1886年に世界初のガソリン・エンジン付き四輪自動車を造り上げた一人、ゴットリープ・ダイムラーも、1年前の1885年には自ら手掛けた自転車にガソリン・エンジンを取り付けた、史上初のモーターサイクルを完成しているのだ。もっとも、ダイムラーはそれでレースをしようなどとは思いつかなかっただろうが。

などということを考えながら、グッドウッド・サーキットのパドックをなんとなしに歩いていると、いつの間にかモーターサイクルのパドックに着いていた。あちこちから、大排気量の2ストローク・エンジン特有の周波数の高いエキゾースト・サウンドが響いている。この圧倒的な音を聞くことができただけでも、グッドウッドに来た甲斐があったというものだ。時代の経過とともに、2ストローク・エンジンが走る姿は、今では珍しくなってしまった。まず目に飛び込んで来たのが、朱赤と銀色に彩られたフェアリングとタンクも鮮やかな「MVアグスタ500」。並列4 気筒のエンジンを搭載するマシンで、2ストローク・エンジンではないが、フィル・リードが乗ってMV最後の世界チャンピオンとなったマシンだ。その隣には、1956年の「ジレラ500」がある。ジレラは世界で初めて並列4気筒エンジンを採用したGPマシンを造ったメーカーとして知られている。排気量は499ccで、高回転エンジンの利を活かして、1950年代には4回もの世界チャンピオンに輝いている。ライダーにはジェフ・デューク、ボブ・マッキンタイヤ、そしてマイク・へイルウッドといったそうそうたる顔ぶれが並ぶ。

Hondaは、今回8台のマシンをグッドウッドに持ち込んだ。主なものを紹介してみよう。

CRF450X RALLY

CRF450X RALLY

まず、年代的には一番昔のRC162から。このマシンは、排気量249ccの空冷並列4気筒DOHC 4バルブ・エンジンを新設計のダブル・バックボーン型フレームに搭載、45PS/14000rpmの高出力を誇った。デビュー戦となった1961年、ドイツはホッケンハイムの西ドイツGPの250ccクラスにて、21歳の高橋国光選手のライディングで優勝。日本人初のGPレース優勝と同時に、Honda製マシンによる250ccクラス初制覇をもたらした。まさに、RC162はHondaにとって歴史的なマシンなのだ。今回騎乗するのは、ラルフ・ブライアンズ、トミー・ロブ、ルイジ・タベリ。他のマシンを圧倒する高回転エンジン特有のかん高いエンジン・サウンドは、サーキットのどこにいてもそれと分かるほどだった。

今年グッドウッドに集まった二輪レースマシンの中で最も古かったのは、1927年製の「スコットTT」だ。1909年に英国のヨークシャーに設立されたスコット社は、1960年代末の会社消滅まで、初期の空冷エンジンを除いて、水冷2ストローク・エンジンにこだわり続けたことで知られる。この1927年型TTモデルも、不思議な造形をしたバックボーン・フレームの下側に、排気量498ccの水冷並列2気筒2ストローク・エンジンを搭載している。ラジエターはエンジンの上部、ガソリン・タンクはシート位置より下側にある。この特異なレイアウトは、重心位置を下げて走行安定性を向上させるためのものだったと言われている。その名の通り、TT(ツーリスト・トロフィー)レースでも好成績を残している。

Honda製二輪レースマシンの中の変り種は、2006年のパリ-ダカール・ラリーを走った「Honda CRF450X RALLY」。ミック・エクスタンスが走らせたこのマシンは、排気量449ccの水冷単気筒4ストローク・エンジンを備える。ベースとなったトレイル・バイクのCRF450からの変更点は、冷却水とオイル、それに燃料タンクを増量しただけだったという。ライダーのミックは2005年のパリ-ダカール・ラリーを英国人ライダーとして初めて完走した。このマシンの排気音は、ピストンの動きがダイレクトに伝わる感じがして、1910年代の四輪レースマシンに相通じる印象を抱いた。

RC211V

RC211V

最新のHondaマシンは、2006年型の「RC211V」。最高出力240馬力という、排気量990ccの4ストロークV型5気筒DOHCエンジンを搭載し、重量はわずかに約150kg。この重量に対しての出力は、F1マシンに勝るとも劣らない。今回のライダーを務めるケーシー・ストーナーは、Honda期待の弱冠20歳のルーキーだ。

二輪レースマシンは、それが新しいか、そうでないかによらず、ライダーとマシンの動きがダイレクトに見ることができ、その迫力を目に見えて感じることができるのが大きな魅力だ。マシンのボディ・カラーとヘルメットのデザインを手がかりとしてドライバーを見分けるF1とは異なり、体が剥き出しの二輪レースは、ライダーがマシンを操るその様を直接見ることができる。それはある意味、人間味が感じられ、F1とはひと味違う楽しみ方ができるモータースポーツだと思う。観客の中にも皮製の“ツナギ”を腰まで降ろし、ヘルメットを片手に持った一見してライダーと分かる人達も多く、やはりモーターサイクルの国、英国であることを強く感じさせる。モーターサイクルとクルマが渾然一体となったイベント、それがグッドウッド・フェスティバルなのだ。

その他イベント篇

SAAB 92 001

SAAB 92 001

「グッドウッド」は、何もレーシングカーに限ったイベントではない。カルチェが毎年主催する展示スペースでは、今年のテーマである「Style et Luxe」に沿った名車を展示している。最大の目玉は1938年製アメリカ車「ファンタム コルセア」だ。アメリカの食品会社ハインツ社のラスト・ハインツが、宣伝用にと造らせた巨大な前輪駆動車で、世界でこれ一台しかないもの。エンジンは4.7リッターのV型8気筒を搭載。当時製作コストが24000ドルもしたという。もう一台のハイライトは、1927年型のフランス製軽量型レーシングカー、「BNC モンザ572」。これは、直列4気筒1100ccエンジンを備えた最も標準的なモデル。スタイルが良く、頑丈なことでは定評があり、1920年代後半から1930年代のヨーロッパ各地のアマチュア・イベントで活躍した。フロント・フェンダーを支える湾曲した支柱に、大きなマルシャル製ヘッドライトを斜めに付けるところなど、フランス的な粋を感じる。このほか、スウェーデンからは1948年にSAABが乗用車生産のために作った試作車である「SAAB 92 001」が、チェコからは3個のヘッドライトと完全な流線型が美しい1937年ころの「タトラ 87」がやって来ていた。

昨年から始まった新しいエキジビションである「フォレスト・ラリー・ステージ」も注目である。特設されたラリー・コースを使って、WRCで活躍した1975年製の「ランチア ストラトス」や「アウデイ クアトロ クーペ」などが、サンドロ・ムナーリ、マーカス・グロンホルムといった名ドライバーたちによる華麗な走りを見せるのだ。

「動く自動車博物館」とは言い旧された表現だが、グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードは、そんな言葉では言い表せないほど刺激的で楽しく、心底驚かされるイベントなのである。私は、何年か連続して訪れているが、毎年退屈していないことからもそれが本当であると知れよう。

 
タトラ 87

タトラ 87

アウデイ クアトロ クーペ

アウデイ クアトロ クーペ