ダカールラリー

NXR750が導いたパリダカ4連覇への道しるべ

NXR750が導いたパリダカ4連覇への道しるべ

ライダーの判断を迷わせないための重要な補機

1986年の初参戦以降年々厳しくなるパリ~ダカールラリー(以下「パリダカ」)での戦い。コースの難易度は上がり、ライバル勢の台頭も著しかった。それでもHondaは、毎年NXR750(以下「NXR」)の開発を推し進め連勝街道を突き進む。素性のいいエンジンをベースに性能開発の最適解を早い段階で見出せたことに加え、車体についてもHondaらしいアイデアで「勝てるパッケージング」をものにした。さらに、ライダーからの信頼を厚くしたものは、1988年モデルから搭載したHRC製のナビゲーションシステムだ。果てしなく広がる砂の上の道なき未知の道からライダーを生還させ、ダカールのゴールへと導いたこのシステムも、パリダカ4連覇には不可欠な要素だった。

立ちはだかるミスコースというヒューマンエラー

1986年のパリダカ初参戦初優勝は、NXR開発の方向性が間違っていなかったことを証明したものの、実質半年ほどで急造したため未完成な部分もあった。1987年に向けては、第一にマシントラブルの根絶、続いて整備性の向上、そして軽量化、戦闘力向上の順で開発指針を策定し、車体各部には一気に新設計レベルの変更を加えた。これによりNXRは1987年モデルで一定の完成を見た。
しかし、ハード面の熟成が進む一方、レースの展開を読めなくさせていたのは、走行中のライダーが知らず知らずのうちに犯してしまうミスコースだ。このヒューマンエラーを極力抑制し、NXRの武器である高速性能をより確実なものとするには、やはり主導してナビゲーションシステムの開発に取り組まなくてはならない。ガソリンや水も大事だが、ミスコースは大きな時間的ロスとライダーの焦りを生み、さらなるトラブルの呼び水となるのは明らかだったからである。

HRCが開発したナビゲーションシステム搭載のNXRを駆る1988年のクラウディオ・テルッツィ(ゼッケン84番) 轍があるからといって、それが正解とはかぎらない

遭難にもつながりかねない危険な場所

1985年に開発チームがパリダカを視察したときの進むべき道の見つけかたは、距離計とメーターパネルの上に取り付けられたマップケース内の地図、それとコンパス(方位磁石)によるものだった。地図はその日のルートを記載したものがスタート前に主催者から配られるコマ地図の束で、それを順番につなぎ合わせてロール状に巻き、ライダーは走りながらコマ地図を回して向かう方角を判断していた。
しかし、その地図が当てにならなかった。地図そのものがまず不正確。また、地図の作成時にはあったはずの目印も、その後の天候次第で砂に埋もれてしまう場合もあったのだ。つまり、当時のパリダカはミスコースが当たり前で、それが原因でレースの勝敗を分けることもしばしば。さらに、砂漠での遭難という事態も起こりかねない。それほどアフリカの砂漠は果てしなく広大で、風向きひとつで景色が変わり、人間の勘を簡単に狂わせる危険な場所だった。

主催者から配られた地図の一例 数字は総距離と区間距離、地図には方角、路面状況や目印、注意事項などが記載される

1988年からはFrance HondaからHRCへ

優勝経験のあるベテランライダーたちも例外なくミスコースする。NXRの登場とそれによるライバル勢の伸長でレースが高速化していくと、その傾向は顕著になった。ミスコースに気づいたときには50km、100kmというレベルでルートから外れてしまい、正しいルートに戻るだけでも相応の時間を失うのと同時にライダーの体力を容赦なく奪う。まさにミスコースは命取りなのだ。NXRの性能が熟成されていくなかで、ライダーたちはナビゲーションシステムの抜本的な見直しを訴えるようになった。
そこで、1988年モデルでは、それまでFrance Hondaに任せていたナビゲーションシステムをHRCが製作した。France Hondaは1986年にセスナ(アメリカのセスナ・エアクラフト・カンパニーが製造する軽飛行機)用のコンパスを装備したが、翌年にフランスはダッソー社の戦闘機ミラージュ用の精度の高いそれに換装していた。しかし、ライダーからは「見にくい」「正確ではない」という不満が出ていた。
こうした打ち上げによりHRCは、地磁気(地球が持つ磁気・磁場のこと)の流れを測定し、その誤差をプログラムで補正するという極めて高精度なデジタルコンパスを開発した。これによって進むべき正しい方位を、より正確に表示する機能を実現したのである。

1987年モデルのメーターパネル 走行距離を示す液晶のデジタルメーターの上にあるのが航空機から流用したコンパス

コンパスから速度計までデジタル演算化

もともとコンパスを動かす地磁気は一定ではなく、表示する北と実際の北は最大15°の偏差角を持っている。これは地球上のどこにいてもいえることで、鉄鉱石などの鉱物が多い地質の場所や太陽の黒点活動などでも地磁気は偏向する。また、磁性体(磁力によって反応する物質)である鉄を多く使っているマシンそのものが、本来精度の高いはずの航空機用コンパスを狂わせていたことも研究を進めるうちに分かってきた。それまで、セスナ用で最大35°、ミラージュ用で最大19°の表示誤差が確認されていたが、それらに原因があったのだ。
そこで、モロッコで行われた1988年モデルのテストでアフリカにおける地磁気の偏差を調査・確認。それらのデータをもとにHRCはより精度の高い方位測定を可能としたデジタルナビゲーションシステムを完成させた。同時に、エンジン回転数などを検出する各種センサーからの情報を使って、速度と距離をデジタル表示するメーターも作り、手元のハンドルスイッチですべての操作が行えるよう改良。こうしてナビゲーションシステムを画期的に進化させた、かのように思えたのだが……。

1988年モデルのメーター周り。4つのブロックに分かれている デジタルコンパスに映し出されている「101」が進むべき方向、「119」が現在の方向 「b.」は左偏向(右偏向は「d.」)を表している。この場合18°左に偏っているので、18°右に行くのが正しい

不平不満続出の画期的進化

1988年のレースを終えたライダーたちは、このナビゲーションシステムを一様に「使いにくい」と打ち上げた。調べてみると、走行中のライダーの習性や行動は以下のようであり、使いにくいがゆえになおのことコンパスを見ていないことが分かった。
・道があればコンパスは見ない。
・コーナリングなどマシンがバンクしているときはコンパスを見ない。
・木や山など目標物があれば道がなくてもコンパスは見ない。
・分岐路などではいったん停車して、どちらに行くかは自ら考え判断する。
もちろんコンパスの精度は大切だが、重要なのは「見やすい」「使いやすい」というユーザー本位の考えかただった。見たいとき、知りたいときに、瞬時にその情報が確認できるようなデザインや機能性が求められた。このため1989年モデルでは最も重要なコースマップと走行距離のディスプレイを大型化する一方、そのほかの表示要素をすべてデジタルコンパス内に集約させた。こうした方位センサーや演算用の機器を充実させ、より人間工学的な知見を取り入れて完成形へと近づいたのであった。

メーターの配置や組み合わせかた、表示方法などのインターフェイスをより進化させた1989年モデルのナビゲーションシステム

パリダカの「雄」無敗のまま砂上から去る

1986年から4年に渡ったHonda(HRC)によるパリダカ参戦。その最終年、4連覇がかかった1989年モデルではナビゲーションシステムをはじめ、フロント19インチタイヤ採用の車体特性にも磨きをかけ、マシン全体の完成度をさら高めていった。本番前にチュニジアで行ったこの最終モデルのテストでは、参加したライダー全員から文句なしとの高評価を得た。
そして、迎えた最後のパリダカ。ミスコースや涸れ川の穴に落ちるトラブルがあったものの、強豪のライバルたちを振り切って総合優勝を果たした。こうして4年のあいだ誰にも負けなかったNXRは、有終の美をアフリカの地で飾ったのである。(完)

1986-1989年 パリ~ダカールラリー 二輪部門結果表


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