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MotoGP RC211V 2006年モデル「ニュージェネレーション」の思想と技術

RC211V 2006年モデル「ニュージェネレーション」の思想と技術

2006年モデル「ニュージェネレーション」開発の背景

2002年はシリーズ全16戦のうち14戦で優勝。そして2003年は同じく16戦のうち15戦で優勝。ロードレース世界選手権の最高峰クラスがMotoGPとなった2002年シーズンの開幕戦よりHondaが投入したRC211Vは、最初の2シーズンを通しての勝率が9割を超える圧倒的な強さを発揮した。この2シーズンのMotoGPにおけるHondaは、ライダー、コンストラクター(バイクメーカー)、チームの3つの世界選手権タイトルを独占した。

2004年シーズンもMotoGPは16戦が開催された。RC211Vは3名のライダーにより計7勝を挙げ、Hondaはコンストラクター選手権3連覇を果たした。だが、ライダー選手権とチーム選手権ではヤマハに敗北を喫した。それも、前年までのHondaからヤマハへ移籍し、その刹那に9勝をマークして最高峰クラス個人タイトル4連覇を成し遂げたバレンティーノ・ロッシ選手ひとりに敗れたと言える内容だった。

2004年カタルニアGP

2004年カタルニアGP トップ争いを繰り広げるヤマハのロッシ選手(写真左)とグレシーニ・ホンダのセテ・ジベルノー選手(写真右)

トップ争いを繰り広げるヤマハのロッシ選手(写真左)とグレシーニ・ホンダのセテ・ジベルノー選手(写真右)

Hondaの開発者たちは、状況を深刻に捉えていた。RC211Vの戦闘力は一定以上のレベルにあるという自負は持っていたが、問題点も自認していた。そして、ライバルメーカーが史上最強とうたわれたライダーを起用し、実際に彼ひとりの活躍でHonda勢を上回ってきた。対するRC211Vは、完成車としてのパッケージングがかなり出来上がっており、その延長線上のマシン作りでは大幅な性能向上は図れない。つまり、そのままでは2004年シーズンの再演となり、ロッシ選手+ヤマハを負かすことは難しいと考えられた。

是非もなかった。Hondaは、車体のディメンションから大きく見直した車両を新たに開発することを決断した。それはエンジンも新設計とするマシンであった。公式な車名はRC211Vで変わりなかったが、Hondaの開発者たちはこの新型マシンを「ニュージェネレーション」と呼んだ。レベルを一段上げた新世代の思想で作り上げ、MotoGPマシンの新しい時代に向かおうという気持ちを込めたネーミングであった。

2006 RC211V「ニュージェネレーション」(NV5HG)

2006 RC211V「ニュージェネレーション」(NV5HG)

減速・旋回・加速の3性能をすべて上げる

「ニュージェネレーション」は、減速性能、旋回性能、加速性能のすべてを向上させるという挑戦的なテーマに取り組んだマシンであった。そこでHondaが追求したのは、完成車としての慣性モーメントの低減である。それはオリジナルのRC211Vにおいて当初からHondaが取り組んだテーマでもあったが、「ニュージェネレーション」では追求レベルを大幅に引き上げた。しかも、ホイールベースは1450mmと、オリジナルRC211Vと同じままで。レギュレーションが規定する車両最低重量やタイヤサイズに変わりはなく、エンジン出力も同程度のため、それらのバランスのもとで適正値にあったホイールベースを変えたくはなかったからだ。

ホイールベースは変えずに車両全体の慣性モーメントを低減させるには車体を小さく作ることだが、Hondaが「ニュージェネレーション」で目指した車体小型化は、搭載するエンジンからして小さくならなければ実現できないレベルであった。「ニュージェネレーション」でエンジンも新設計としたのは、それが理由である。

RC211V「ニュージェネレーション」(赤線)とオリジナルRC211V(青線)のエンジン搭載位置と
スイングアーム長の比較

RC211V「ニュージェネレーション」(赤線)とオリジナルRC211V(青線)のエンジン搭載位置とスイングアーム長の比較

エンジンの小型化により、それを搭載する車体をぐっとコンパクトにできることになった「ニュージェネレーション」は、オリジナルRC211Vと同じホイールベースでありながら、ロール(前後方向の軸まわりの回転)、ヨー(上下方向の軸まわりの回転)、ピッチ(左右方向の軸まわりの回転)という3方向の慣性モーメントの値をいずれも低く抑え、運動性能を向上させた車両となった。また、車体の小型化にともなって、側面の投影面積を10%小さくしたフェアリング(カウル)を使えるようになり、横方向の空気抵抗が低減されて、車体を左右に振るような動作の速さやコーナーで車体を倒し込んでいく速さ、ひいてはハンドリングの軽快性の向上につなげた。

同時に、エンジンの小型化によって、ホイールベースを変えずともスイングアーム長を30mmも長く取ることができた。長いスイングアームを使うことで、後輪の路面追従性が上がる。それにより「ニュージェネレーション」では、オリジナルRC211Vにおける問題点のひとつであった減速時における後輪の安定性の改善につなげるとともに、加速時のトラクション性能の向上を図った。

RC211V「ニュージェネレーション」(赤線)とオリジナルRC211V(青線)のフェアリングの比較

RC211V「ニュージェネレーション」(赤線)とオリジナルRC211V(青線)のフェアリングの比較

小さく軽くしつつ、出力も上げる

エンジンを作り直すのは大掛かりなことであり、Hondaのトップカテゴリーロードレーサーの長い歴史においても、そう頻繁に行ってきてはいない。それでもここではエンジンも一新すると決めたRC211V「ニュージェネレーション」では、気筒数やシリンダーレイアウトから見直しを図り、熟考のすえV型5気筒・3軸(クランクシャフト→メインシャフト→カウンターシャフト/クランクシャフトは正回転)・セミドライサンプという、従来と同じエンジン形態を選択した。オリジナルRC211Vのコンセプトの優秀性を再確認した格好だった。

Vアングル(V型エンジンの2つのシリンダー列の挟み角)は75.5°、点火順序/点火時期は#2シリンダー‐(75.5°間隔)‐#5‐(104.5°間隔)‐#3‐(180°間隔)‐#4‐(75.5°間隔)‐#1‐(284.5°間隔)‐#2に戻るという不等間隔点火、ボア×ストロークは75.0mm×44.8mm。これらの諸元も継続採用した。

そのうえでHondaのエンジン開発者は、「ニュージェネレーション」における最大のテーマであったエンジンの小型化を突き詰めた。横置き搭載であるV型5気筒の前バンクのシリンダーボアピッチは、オリジナルの85mmから80mmに、同じく後バンクは68mm×2から64mm×2に。クランクシャフト長は21mmも短くした。前後シリンダー列オフセットも1mm詰めた。また、クランクシャフト後方のスペースを圧縮して、クランクシャフトとカウンターシャフトの距離をマイナス27.3㎜と大幅に短縮。その他の様々な細部の見直しもあって、「ニュージェネレーション」のエンジンサイズは、高さを増やすことなく、前後長を60mm、横幅を30mmもコンパクトに。エンジン重量も57.29kgとし、オリジナルRC211Vエンジンの61.69kg(※2005年モデル)より4.4kg/約7%もの軽量化を達成した。

2006 RC211V「ニュージェネレーション」エンジン

2006 RC211V「ニュージェネレーション」エンジン

RC211V「ニュージェネレーション」(赤線)とオリジナルRC211V(青線)のエンジンサイズの比較

RC211V「ニュージェネレーション」(赤線)とオリジナルRC211V(青線)のエンジンサイズの比較

また、RC211V「ニュージェネレーション」でHondaのエンジン開発者は、大幅な小型化を図りながら出力も上げるという困難な課題に敢然と向き合い、実現させた。大きな手立てとしてはレシプロ系部品の軽量化があり、ピストンピンは単体重量をオリジナルの38gから29.3gへと25%近くも軽量に。これはピン径をφ17mmからφ15mmへと大胆に小さくしたことが大きく、開発者が「ニュージェネレーション」エンジンの設計で勝負に出たところのひとつだった。また、ピストンの単体重量も127.3gから122.4gへと削減した。

当時のMotoGPエンジンは金属製のバルブスプリングを使用しており、その性能がエンジンの最高回転数を決定づけていた。歴代RC211Vでは一貫してHonda独自のバルブスプリング材料を使用したが、2005年までの材料に替え、「ニュージェネレーション」では新たな材料を使用。最高回転数を、オリジナルの16,500rpmから17,000rpmにまで引き上げた。金属製バルブスプリングを使用し、単気筒あたり198cc(=排気量990cc÷5気筒)から約38kWを発生させる高出力4ストロークエンジンとしては、かなり限界に近い最高回転数であった。また、圧縮比は、従来の13.2から13.9へと大幅に上げることができた。その結果、最高出力は184.0kWから190.2kWへという、かなりの増大を実現させた。

RC211V「ニュージェネレーション」(赤線)とオリジナルRC211V(青線)の
エンジン出力(3%アップ)とトルク(2%アップ)の比較

RC211V「ニュージェネレーション」(赤線)とオリジナルRC211V(青線)のエンジン出力(3%アップ)とトルク(2%アップ)の比較

なお、小さく軽くしながら最高回転数を上げ出力を向上させたことによる物理的なシワ寄せは、すべて耐久性に来た。2004年モデル以降のRC211Vでは、動弁系のオーバーホールを行う目処を走行距離700kmに設定していたが、「ニュージェネレーション」エンジンではその半分以下の距離しか保証できなかった。そのため、各レースウィークの走り始めから使用したエンジンは金曜日の走行を終えたところで降ろし、交換したニューエンジンで土曜日の予選と日曜日の決勝レース(距離100〜130km程度)をこなす、というローテーションとした。

2006年シーズンのMotoGPは全17戦だったが、RC211V「ニュージェネレーション」を走らせたのは同シーズンのHondaの2名のワークスライダーのひとりであったニッキー・ヘイデン選手のみ。それでもHondaは、計76基の「ニュージェネレーション」エンジンを製造した。もうひとりのワークスライダーであったダニ・ペドロサ選手を含む6名のHonda系チーム所属のライダーたちはオリジナル仕様RC211Vの2006年モデルを駆ったが、同モデルの製造エンジン総数は78基であった。「ニュージェネレーション」の76基は、新開発であったためテスト用エンジンの数がかなり多かったこともあってのものだが、それにしてもHondaがいかに集中的な取り組みをこのとき行ったかが分かる。また、1シーズン中に各ライダーが使用できるエンジンの数に制限がなかった時代ならではの話でもある(なお、2024年シーズンのMotoGPでは各ライダー7基までとされている)。

エンジンによる減速制御も進化させた。従来モデルでは全気筒一律の開度となる電子制御スロットルであったが、「ニュージェネレーション」では、前バンクの3気筒はライダーによるスロットルグリップ開度とダイレクトに連動したスロットルワイヤー直動式とし、後バンクの2気筒のみを電子制御スロットルとしたHITCS-2(Honda Intelligent Throttle Control System 2)を導入した。これにより、繊細なスロットルコントロールが求められる場面で、ライダーが本当に必要としているリニアリティに一段とマッチした制御を行えるようになった。実際、「ニュージェネレーション」の減速時におけるエンジン回転数の変動は少なく、そして減速後のスロットル開度は逆に増えており、オリジナルRC211Vより高いコーナリングスピードを実現させていた。

HITCS-2

HITCS-2

車体も小型化し、剛性バランスも見直す

エンジン開発チームの奮闘により、車両の全体レイアウトを決める車体開発チームの要望を満たすコンパクトさのエンジンが作られようとしていた。おかげでRC211V「ニュージェネレーション」では、オリジナルRC211Vと同じホイールベースでありながら、30mm長いスイングアームの使用が可能となった。

RC211V「ニュージェネレーション」(赤線)とオリジナルRC211V(青線)のスイングアーム長の比較

RC211V「ニュージェネレーション」(赤線)とオリジナルRC211V(青線)のスイングアーム長の比較

つまり「ニュージェネレーション」には、オリジナルRC211Vのものとは設計を共有しない、まったく新しいフレームボディとスイングアームを作ることになった。それにあたって開発者は、車体の剛性バランスから見直しを図った。CAE(コンピュータ支援エンジニアリング)による解析を駆使して操縦安定性に影響する部位の明確化を図り、そして試作部品を組み込んだテスト車両による実走テストを重ね、最適なバランスを探求していった。

モーターサイクルは、車体がある程度しなる(変形する)ことによってハンドリングが良好なものとなる。RC211Vの車体開発においてもHondaは、数値だけの話で終わらせず、乗り手がどう感じるかを重要視しながら技術仕様を詰めていった。その結果、「ニュージェネレーション」では、縦方向の曲げモーメントに対する剛性はキープさせつつ、オリジナルRC211Vで意図的にかなり低く設定していた横方向の曲げ剛性は従来より10%上げ、逆にかなり高く設定していたねじり剛性は10%下げるという車体剛性バランスを見出した。

RC211V「ニュージェネレーション」(赤線)とオリジナルRC211V(青線)のフレームボディの形状と剛性の比較

RC211V「ニュージェネレーション」(赤線)とオリジナルRC211V(青線)のフレームボディの形状と剛性の比較

この剛性バランスの車体の実現にあたっては、「ニュージェネレーション」のフレームボディとスイングアームの製造方法も従来のものから変更することにした。各部位の形状に応じて加工したコの字形断面のアルミの板金部品をモナカ状に合わせて溶接して作り出す方法に替え、アルミのインゴットから目的とする形状に機械加工によって削り出す方法を採用したのだ。切削加工技術の進化により、板厚などを細かく変えられるようになったことから、車体の部位に応じて一段と適正な剛性を与えられるようになった。

また、エンジンをフレームボディに留めるポイントの中でも最前方にある締結点(Hondaでは「A点」と呼ぶ)の位置を、オリジナルRC211Vでは従来車両よりかなり下方に設定したが、「ニュージェネレーション」ではその位置をさらに下げた。A点を下方に設けることで縦方向のフレーム断面は大きくなり、ねじり剛性を稼ぐことができる。同時に、A点とフレームのメインパイプとの距離があるぶん横方向の動きは出しやすい(横剛性を下げられる)。この方向性をさらに推し進めた剛性バランスとした。

こうした新しい思想と技術を盛り込んだ「ニュージェネレーション」の車体は、ロール方向で0.9%、ヨー方向で0.5%、ピッチ方向では3.4%もの慣性モーメント低減をそれぞれ果たしたものとなり、減速時の安定性、旋回性能、トラクション性能(加速性能)のいずれも向上させることにつながった。

RC211V「ニュージェネレーション」

「ニュージェネレーション」の戦果と評価

RC211V「ニュージェネレーション」は2006年の1シーズンのみにおいて運用されたマシンとなったが、それは結果的にそうなったことであり、そもそもHondaは同車を2005年シーズンのできるだけ早い段階から走らせたいと考えていた。したがって、「ニュージェネレーション」はRC211Vの2005年モデル(類別記号NV5D)に続いて企画された車両であり、その本当の類別記号はNV5Gである(※「E」はエンジン、「F」はフレームの頭文字のため、類別記号の順を表す末尾アルファベットへの使用は避けている)。しかし、小型化と高出力化の双方を求めたエンジンの耐久性の確立に時間を要したことから、実戦投入は2006年シーズンの開幕戦からとなった。そのため、本当はNV5Hであるオリジナル仕様RC211Vの2006年モデル(2005年モデルであるNV5Dの改良版)の“通称類別記号”をNV5HDとし、「ニュージェネレーション」の“通称類別記号”はNV5HGとして区別した。

ともあれ、「ニュージェネレーション」は2006年シーズンのMotoGP全17戦に出場し、同車をただひとり駆ったニッキー・ヘイデン選手が見事にチャンピオンに輝いた。MotoGPは、この2006年シーズンをもって990ccエンジンによる時代が終わることになっていたが、それでもエンジンから刷新した新型マシンの開発に踏み切ったHondaの目標は達成された。

2006年オランダGP

2006年オランダGPをRC211V「ニュージェネレーション」で制し、Hondaのロードレース世界選手権最高峰クラス通算200勝目を飾ったニッキー・ヘイデン選手

オランダGPをRC211V「ニュージェネレーション」で制し、Hondaのロードレース世界選手権最高峰クラス通算200勝目を飾ったニッキー・ヘイデン選手

2006年シーズンのヘイデン選手は、決勝レースのスタートでやや出遅れるといったことが多く、優勝に手を届かせたのは2回にとどまったが、2位に3回、3位には5回入り、全17戦のうち16戦で完走およびポイント獲得を果たした。小さく軽くしながら出力を上げたエンジンの耐久性は最後まで許容範囲の下限ギリギリであったが、それでも高いレベルで安定した成績を残せたのは、ヘイデン選手の奮闘とともに、結果的に彼専用車となった「ニュージェネレーション」のエンジンを76基も製造するほどの総力戦に臨んだHondaの決然たる姿勢と技術力の賜物であったと言える。

なお、Hondaはオリジナル仕様のRC211Vも2006年モデル(NV5HD)として進化させており、同車はペドロサ選手により2勝、Hondaのサテライトチーム(※Hondaのワークスマシンの有償貸与を受けて出場しているプライベートチーム)であったフォルトゥナ・ホンダのマルコ・メランドリ選手により3勝、同じくフォルトゥナ・ホンダのトニ・エリアス選手により1勝の計6勝をマークした。この結果は、オリジナルRC211Vのコンセプトが990cc時代の最後まで通用するものであったことを証明するとともに、Hondaのコンストラクターズタイトル奪還の原動力となった。

2006 RC211V「オリジナル」(NV5HD)

2006 RC211V「オリジナル」(NV5HD)

Hondaの開発者は、「ニュージェネレーション」が全域において優れていたとは言えないと認めつつ、その車両のコンセプトは正しかったと位置づけている。そのことは、明くる2007年シーズンにデビューしたHondaの新型マシン、RC212Vが体現していた。MotoGPはこの2007年シーズンから最大排気量800ccの時代に入ったが、そこへHondaが投入したRC212Vは、RC211V「ニュージェネレーション」よりさらにコンパクトな車両であり、「ニュージェネレーション」のものを発展させたコンセプトで作られたマシンであった。

2007 RC212V(NV6A)

2007 RC212V(NV6A)

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