シリンダーレイアウトとVアングル
■2002 NV5A〜2006 NV5HD&NV5HG──V型5気筒/Vアングル 75.5°
Hondaは、ロードレース世界選手権の最高峰クラスがMotoGPに変わるのに合わせて新型レーサーのRC211Vを開発し、MotoGP元年であった2002年シーズンの開幕戦でデビューさせた。2ストロークエンジンとすることも選べたが、Hondaは4ストロークを選択し、排気量はそのレギュレーションにおいて最大であった990ccとした。
当時のレギュレーションでは、エンジンの気筒数と車両の最低重量は相関する形で定められており、3気筒以下は135kg、4気筒と5気筒は145kg、6気筒以上は155kgであった。多気筒のほうが高出力を得やすいが、車重が重くなる。パワーウェイトレシオ、エンジンが発生させる振動、エンジンの大きさや車両への搭載性、そしてロール、ピッチ、ヨーの3方向の慣性モーメントが同じような値になることを重視しながら検討を重ねた。その結果、HondaはRC211Vの初代モデル(類別記号NV5A)でV型5気筒を選択。そして結果的に、RC211Vの最終モデルである2006年のNV5HGまでこのシリンダーレイアウトを使用した。
MotoGPマシンの最大排気量が990ccであったのは2002年から2006年までの5年間だった(※2007年から800cc)。この間にHondaにはRC211Vのエンジン形態を大きく見直す機会が何度もあったが、上記の要件を満たしていたV型5気筒を選択し続けた。一次振動(クランクシャフトの回転数と同じ周期の振動)もカップリング振動(クランクピンが位相した気筒間に生じる振動)もV型5気筒では理論上は出ないため、バランサーをつける必要がないという素性の良さ、そして4気筒より気筒数が多いぶん高出力を得やすいところが、特に大きな理由だった。
Vアングル(V型エンジンの2つのシリンダー列の挟み角)は、V型5気筒を選択した間はずっと75.5°とした。コンパクトなエンジンとするために90°より小さな角度とすることを前提とし、そのうえで、クランクピンを共有する1番(前列左端)および2番(後列左端)と4番(後列右端)および5番(前列右端)の各シリンダーの合力を前列中央の3番シリンダーで打ち消すことを狙ってのVアングル設定であった。
点火順序/点火時期
■2002 NV5A〜2006 NV5HD&NV5HG──[不等間隔点火]#2‐(75.5°間隔)‐#5‐(104.5°間隔)‐#3‐(180°間隔)‐#4‐(75.5°間隔)‐#1‐(284.5°間隔)‐#2シリンダーに戻る
■2004 NV5C スペック3──[不等間隔2気筒同時点火]#2&#4‐(180°間隔)‐#3‐(255.5°間隔)‐#1&#5‐(284.5°間隔)‐#2&#4シリンダーに戻る
エンジンの出力特性に大きく影響する要件のひとつが、各シリンダーの点火時期の設定である。RC211VのV型5気筒では、ライダーのスロットル操作に対してできるだけリニアで扱いやすいエンジンとするため、不等間隔点火を採用した。その点火順序と点火時期は、初代モデルである2002年のNV5Aから最終モデルである2006年のNV5HGまで、一部の例外を除いて、変わりなかった。
一部の例外とは、2004年シーズンの中盤以降に投入したNV5Cのスペック3エンジンである。これには不等間隔2気筒同時点火(通称「同爆」)を採用した。2ストロークGP500レーサーであるNSR500が1990年代の500ccクラスで最強を誇ったことの大きな要因が不等間隔2気筒同時点火の採用で、その思想を4ストロークのMotoGPレーサーであるRC211VにもNV5Cで適用した。成果はあったが、「同爆」は高回転域での出力が若干劣り、RC211Vのそもそもの不等間隔点火の扱いやすさは十分に優れていたことから、2005年モデルのNV5D以降は不等間隔点火に戻した。
ボア×ストローク
■2002 NV5A〜2003 NV5B──ボア 73.0mm×ストローク 47.3mm
■2004 NV5C〜2006 NV5HD&NV5HG──ボア 75.0mm×ストローク 44.8mm
2002年と2003年の両シーズンのMotoGPを圧倒的な強さで制したHondaだったが、2003年より登場したライバルの最高速が高く、直線ではRC211Vを上回ってくる状況が発生した。そこでHondaは、エンジンのショートストローク化を2004年モデルであるNV5Cで図った。もちろん狙いは高回転化による高出力化であり、NV5Cで設定したボア×ストロークをRC211V最終モデルである2006年のNV5HGまで使用した。
シリンダー設計
■2002 NV5A〜2006 NV5HD──前列シリンダーボアピッチ 85mm・後列シリンダーボアピッチ 68mm×2/前後列シリンダーオフセット 17mm/ニカジルメッキ処理シリンダー
■2006 NV5HG──前列シリンダーボアピッチ 80mm・後列シリンダーボアピッチ 64mm×2/前後列シリンダーオフセット 16mm/ニカジルメッキ処理シリンダー
RC211VのV型5気筒エンジンは、前バンク中央の3番シリンダーを中心に、左右均等のシリンダー配置である。そして、2002年のNV5Aから2006年のNV5HDまでの5機種では、シリンダーボアピッチやシリンダーオフセット(厳密には、1番シリンダーと2番シリンダーのコンロッドの位相)に変更はなかった。
唯一、2006年のNV5HGが大きく違った。同車は、車両全体の慣性モーメントの一層の低減を狙って、エンジンも車体も新規に設計したマシンである。エンジンにおいては、75.5°V型5気筒のレイアウトは継承しつつ、細部の徹底的な見直しによって小型化。シリンダーボアピッチを大幅に詰め、前後列シリンダーオフセットも約6%短縮した。
歴代のRC211Vエンジンのシリンダーブロックはすべて一体成形品である。一体成形シリンダーブロックのシリンダーにメッキ処理を施すには、メッキしたくない部位にマスキングを行うなどせねばならない。したがって工数が多く、量産エンジンには適用が難しい。しかし、RC211Vエンジンは少量生産品であり、一体成形シリンダーブロックではあるがシリンダーにメッキ処理を施している。採用したメッキ処理はニカジルメッキで、Hondaでは1980年代から二輪レーシングエンジンのシリンダーに使用してきた技術である。
軸構成/クランク回転方向/軸間距離
■2002 NV5A〜2006 NV5HD&NV5HG──3軸/正回転
歴代RC211VのV型5気筒エンジンは一貫して、クランクシャフト→メインシャフト→カウンターシャフトの3軸構成を採った。クランクシャフトと、左端にドリブンスプロケットが装着されるカウンターシャフトは、クランクケースの割面に乗る。メインシャフトは、V型エンジンの場合、クランクシャフトとカウンターシャフトの間の下側に位置することになる。
3軸であることにより、クランクシャフトは自ずと正回転(車輪と同一方向に回転)となる。2024年現在のMotoGPでは、フロント荷重を上げてウィリーを抑制する狙いから逆回転クランクとするのが定石となっているが、RC211Vの時代ではその効果の確認が十分に行われていなかったことから、ミニマムの軸構成である3軸を採用し続けていた。
2002年のNV5Aから2006年のNV5HDまでの5機種では、3軸の軸間距離は同じ。一方、慣性モーメント低減のための小型化を図った2006年のNV5HGでは、クランク〜カウンターシャフト間を27.32mmも短縮した。クランク〜メインシャフト間とメイン〜カウンターシャフト間はすでにぎりぎりの設計が行われていたが、それでもNV5HGでは1.5mmずつ短縮(クランク〜メイン間が116.0mmから114.5mmに、メイン〜カウンター間が65.5mmから64.0mmに)。また、NV5HGでは低重心化のためにメインシャフトの位置を20mm下げ、カウンターシャフトとの高低差は30mmから50mmとなった。
ピストン/ピストンリング
■2002 NV5A──ピストン重量 147.0g/ピストンリング重量 9.7g(3本)
■2003 NV5B──ピストン重量 151.0g/ピストンリング重量 8.5g(3本)
■2004 NV5C──ピストン重量 142.8g/ピストンリング重量 4.9g(2本)
■2005 NV5D──ピストン重量 127.3g/ピストンリング重量 4.9g(2本)
■2006 NV5HD──ピストン重量 127.3g/ピストンリング重量 4.9g(2本)
■2006 NV5HG──ピストン重量 122.4g/ピストンリング重量 4.9g(2本)
RC211Vエンジンの燃焼室は吸排気バルブが4本の標準的なもので、奇をてらったところは一切ない。ピストンスカートは、表面に二硫化モリブデンを高速衝突させて潤滑層を形成するモリショット処理を施したものを使用した。
2003年のNV5Bで燃焼室形状を改良。同エンジンのピストンリングは2002年のNV5Aと同じく3本であったが、トップリング他を工夫して1.2gも軽量化した。そして、2004年のNV5Cではエンジンのストロークを短くしたが、それにともなってピストン高を落とし、ピストン単体重量は5%以上も軽いものに。ピストンリングも2本にした。
2本リング化の狙いはフリクションの低減である。当時のHRC(株式会社ホンダ・レーシング)には2本リングの最新ノウハウがあまりなかったが、セカンドランドの形状(外側のボリューム)やトップリング背面とリング溝底のクリアランスの調整などの知見を開発者による試行錯誤を通して積み上げていった。
ピストンに関して一段と大きな変化があったのは2005年のNV5Dで、ピストン裏面にリブを立てつつ薄肉化し、軽量ながら高剛性を実現させたピストン(通称「井桁ピストン」)を導入。昨今のMotoGPエンジンでは標準的な技術となっている井桁ピストンだが、Hondaでは2004年から開発を始め、実戦機への投入はNV5Dが初めてだった。
ピストンピン
■2002 NV5A──材料 HM235/ハードクロムメッキ/重量 41g/ピン径φ17mm
■2003 NV5B──材料 HM235/ハードクロムメッキ+WC/C/重量 37.2g/ピン径φ17mm
■2004 NV5C──材料 HM235/WC/C/重量 37.6g/ピン径φ17mm
■2005 NV5D〜2006 NV5HD──材料 HM235/DLC/重量 38g/ピン径φ17mm
■2006 NV5HG──材料 HM235/DLC/重量 29.7g/ピン径φ15mm
ピストンピンの材料には、鉄系の材料であるHM235を一貫して使用。表面処理には、当初はハードクロムメッキを使った。そのメッキ処理の際、逆電流を流して表面をポーラス状(小さな孔が無数にできている状態)にし、そこにエンジンオイルが入り込むことで高い潤滑性が得られた。だが、ポーラスからメッキのはがれが生じ、コンロッド小端の破損につながったトラブルが発生した。そこで、2003年のシーズン途中でハードクロムメッキをやめ、タングステンカーバイド(WC)を蒸着させるWC/C(WCコーティング)処理を導入した。そして2005年のNV5D以降はDLC(ダイヤモンドライクカーボン)コーティング処理に切り替えていった。
ピストンピン径は、2002年のNV5Aから2006年のNV5HDまではφ17mmだったが、慣性モーメント低減のための小型化が命題だった2006年のNV5HGではφ15mmと大幅に小径化。これにともなって、NV5Aの41gから38gへ削るところまでとなっていたピストンピン重量を、NV5HGでは10g近くも一気に削減した。
コンロッド
■2002 NV5A──材料 チタン/小端 Cuブッシュ
■2003 NV5B〜2004 NV5C──材料 チタン/小端 OD処理
■2005 NV5D〜2006 NV5HD&NV5HG──材料 チタン(中空)/小端 Cuブッシュ
Hondaの二輪用4ストロークレーシングエンジンでは、VFR750R(RC30)やRVF/RC45などの機種において、耐焼き付き処理であるOD処理(酸素拡散処理)を施したチタン製コンロッドを使用してきており、RC211Vの初代モデルであるNV5Aにおいても適用していた。ところが、その実戦デビュー直前のテストで、OD処理による硬化層が摩滅してコンロッド小端穴の拡大が生じたことによるエンジンブローが発生した。対策品の用意にはさすがにいくらか時間を要するため、2002年シーズンの開幕から数戦は、初期計画の6分の1程度である300kmの走行距離で新品コンロッドに交換することとし、その結果として、予定を大幅に上回る数のエンジンをレースごとにオーバーホールする自転車操業でなんとかしのいだ。その間、エンジン開発者は技術的な対策を講じ、コンロッド小端穴にリン青銅(Cu)製のブッシュを圧入するという処置で対応。リン青銅は柔らかく、かじりが圧入の際にどうしても生じてしまうが、その程度が小さいものにWC/C(WCコーティング)処理を施したものを実戦に投入する、ということで2002年シーズンの後半戦を乗り切った。
2003年のNV5Bでは、コンロッド小端はOD処理に戻したが、それと摺動するピストンピンの表面処理をWC/C処理に変えたことで安定化を得た。そして2005年のNV5Dからは、軽さを徹底的に追求した中空コンロッドを採用。小端はベリリウム銅(ベリリウムカッパー)製ブッシュに変更したが、同時にDLCをピストンピン表面処理に採り入れた。この仕様を使った2005年と2006年の両シーズンにおいて、コンロッドに関するトラブルは発生しなかった。
なお、クランクシャフトの材料には窒化用鋼のNT100を一貫して使用した。
吸排気バルブアングル/吸排気バルブ径
■2002 NV5A〜2003 NV5B──バルブアングル 吸気 11°、排気 13°/バルブ径 吸気φ29.5mm、排気φ24.5mm
■2004 NV5C──バルブアングル 吸気 10.5°、排気 12.5°/バルブ径 吸気φ31mm、排気φ25.5mm
■2005 NV5D──バルブアングル 吸気 10.5°、排気 12.5°/バルブ径 吸気φ31.5mm、排気φ25.5mm
■2006 NV5HD&NV5HG──バルブアングル 吸気 10.5°、排気 12.5°/バルブ径 吸気φ31mm、排気φ25.5mm
73.0mm×47.3mmのボア×ストロークでスタートしたRC211VのV型5気筒エンジンだが、2004年のNV5Cで75.0mm×44.8mmに変更。これにともなって、吸排気バルブのアングルを吸気側と排気側のどちらも0.5°小さくしてバルブを立て、燃焼室形状をより良好なものに。そのバルブアングルを、最終モデルである2006年のNV5HGまで使用した。
吸排気バルブはチタン製で、その径は2002年のNV5Aと2003年のNV5Bは同じだが、シリンダーボアを広げた2004年のNV5Cで吸気側は1.5mmも大径化し、排気側も1.0mm拡大した。さらに2005年のNV5Dでは、レーザークラッド(レーザービームを用いた金属肉盛技術)によりバルブシート部を吸排気ポートと一体化させたことを利用して吸気バルブをさらに0.5mm大径化させたが、2006年のNV5HDとNV5HGでは吸気バルブ径はNV5Cと同じφ31mmに戻した。
吸排気バルブスプリング
■2002 NV5A〜2005 NV5D──SPEC 1
■2006 NV5HD──SPEC 2
■2006 NV5HG──SPEC 3
2024年現在、どのバイクメーカーのMotoGPエンジンも、ポペットバルブである吸排気バルブの作動に空気圧を使うニューマチックバルブリターンシステム(PVRS)を例外なく使用している。HondaがこのシステムをMotoGPエンジンに導入したのは2008年シーズンの中盤である。本稿で取り上げているRC211Vは2002年から2006年までという時代の車両であり、金属製のバルブスプリングを使用していた。
バルブスプリングの素材は平たく言えば鉄鋼だが、耐熱性、機械的性質、冷間加工性、熱処理性といった要件を満たす化学成分とし、高温下で巻き線状に加工したものを約500℃のオイルに浸して材料表面を浸炭窒化させるなど、様々な処理や加工を施したすえに作り出されるもの。まさにノウハウのかたまりである。Hondaでは、アサマ・レーサーを走らせた1950年代から、常に時代の先を行く高回転エンジンを実現させてきたが、そこには高性能バルブスプリング技術がともにあった。そして、時代が進むとともに、より高い応力に耐えられるバルブスプリング材料が作り出され、RC211Vでもその時々で最高の材料を使用した。
PVRSより前の時代の高性能4ストロークエンジンの最高回転数はバルブスプリングの性能に左右されるところが大きく、材料ばかりでなく、スプリングの巻きのピッチや線形などの諸元決定は非常にシビアであった。RC211Vの場合、その最高回転数は、2002年のNV5Aでは15,000rpmだったが、最終モデルである2006年のNV5HGでは17,000rpmまで保証した。
エンジンオイル潤滑方式
■2002 NV5A〜2006 NV5HD&NV5HG──セミドライサンプ
RC211Vにおけるエンジンオイル潤滑方式は、初代モデルである2002年のNV5Aから最終モデルである2006年のNV5HGまで一貫して、トランスミッション室をオイルタンクとしたセミドライサンプとした。それぞれ密閉された3つのクランクスローに配置した3個のスカンベンジングオイルポンプにより、エンジンオイルとブローバイガスをミッション室側に排出。オイルはミッション室からオイルパンに落ちる構造である。エンジン運転中のクランク室内には最大で70kPa程度の負圧が発生することになり、ピストン裏によるポンピングロスとクランクによるオイル攪拌ロスが減り、通常のウェットサンプに対して、最高出力で4%の向上、フリクションでは19%の低減を実現した。また、RC211Vのセミドライサンプ機構はエンジン一体レイアウトのため、別体オイルタンクとその配管が必要になる完全ドライサンプより約1kg軽量にできた。
2002年にRC211Vを実戦で走らせてみると、シフトフォークの摺動面に傷が入る症状が問題化した。シフトフォークがギヤと摺動する部位の荷重が上がり、面圧の上昇から摺動抵抗が増大することが原因だった。そこで、潤滑と冷却を図るため、2003年のシーズン途中に、クランク室から吸ったエンジンオイルの一部をシフトフォークに直接かけるような通路を暫定的に設定。2004年のNV5Cでは、その構造を設計当初から盛り込み、2005年のNV5D以降のモデルも引き継いでいった。
燃料供給システム
■2002 NV5A〜2006 NV5HD&NV5HG──FIデュアルインジェクター
MotoGP元年であった2002年シーズンに出場した4ストロークMotoGPマシンの一部にはキャブレターを使う車両もあったが、Hondaは最初から電子制御の燃料噴射(FI)の使用を前提にエンジン開発を行った。それも、スロットルボディの上流側と下流側に1本ずつ、計2本のインジェクターを各気筒に持たせたシステムとした。高負荷運転時(全開時)を担当する上流側インジェクターと、低負荷運転時(パーシャル時)を担当する下流側インジェクターがシーケンシャルに相互に作動し、ドライバビリティと高出力を両立させた。なお、インジェクターには、燃料の微粒化性能を高めた偏向マルチホールタイプを開発して採用した。
このシステムには、燃料噴射圧力の連続的な制御をサーボモーターを用いて行う機構や、スロットル開閉時に吸気ポート内に付着し、次の爆発サイクルで燃焼室に流入してしまう燃料の量を予測制御する機構を盛り込み、スロットルコントロール性、ドライバビリティ、燃費を高いレベルで実現させた。そして、細かな改良は常に行いながら、最終モデルである2006年のNV5HGまで、このデュアルインジェクターシステムを使用した。
スロットルボア径
■2002 NV5A〜2003 NV5B──φ48mm
■2004 NV5C〜2006 NV5HD──φ48mm相当長円
■2006 NV5HG──φ48mm
RC211Vエンジンにおける吸気ポート手前のスロットルボアの大きさは一貫してφ48mmとした。その形状は、2002年のNV5Aと2003年のNV5Bでは標準的な真円としていたが、2004年のNV5Cでは、面積は同じだが縦長の長円形とした。この変更には、低負荷運転時を担当する下流側インジェクターを吸気ポートに近づけることで、霧化した燃料の燃焼効率を高める狙いがあった。2005年のNV5Dと、その設計を継承した2006年のNV5HDでも長円形スロットルボアを採用したが、エンジン全体のコンパクト化を図った2006年のNV5HGでは真円形スロットルボアに戻している。
なおHondaでは、吸気トランペット(ファンネル)の長さを可変式にした機構を、四輪F1エンジンでは1990年代の初頭から使用していた。一方、二輪レーシングエンジンでは、1990年代終盤のRVF/RC45スーパーバイクレーサーでの採用例がある程度で、2002年デビューのRC211Vでは採用しなかった。可変式吸気トランペット機構の一番の狙いは、低回転運転時にトランペット長を伸ばして吸気の慣性効果を高めることで混合気の充填効率を高めることだが、当時のMotoGPではピークの出力よりも扱いやすくコントロール性に優れたエンジン・完成車が重要との考えから可変式吸気トランペット機構の採用を見送った。ただし、時代が進むにつれて性能的な要請も高まった結果、最新のHondaのMotoGPマシンであるHonda RC213Vは可変式吸気トランペット機構を使用している。
エキゾーストレイアウト
■2002 NV5A〜2003 NV5B──5 in 2(#1-#3-#5集合/#2-#4集合)
■2003 NV5B〜2006 NV5HG──5 in 3(#1-#5集合/#3単独/#2-#4集合)
■2004 NV5C「同爆」仕様──5 in 4(#3-#5集合/#1単独/#2単独/#4単独)
エキゾーストパイプの諸元を決めるのは性能開発チーム、その諸元に基づいたエキゾーストパイプを実際にどう取り回すかを決めるのは車体開発チームと、担当が分かれる。
RC211VのV型5気筒は、前バンクの3気筒と後バンクの2気筒をそれぞれ集合させて、最後は2本出しとするエキゾーストレイアウトでスタート。それを2003年のシーズン途中で、前バンク中央の3番シリンダーのエキゾーストは単独とし、最終的には3本出しとなる形に切り替えた。そして、不等間隔点火仕様のエンジンにおいては、RC211Vの最終モデルである2006年のNV5HGまで3本出しを採用した。
2003年シーズン途中以降は、3本出しのうち、前バンクから来る2本は車両の右側からまとめて出すエキゾーストレイアウトを採った。それは、リヤサスペンションのユニットプロリンク機構をやや左へオフセットして配置していたことによって実現できたものだったが、2006年のNV5HGではユニットプロリンクをセンターに配置し直したため、前バンクから来る2本のエキゾーストは車両の左右に振り分けて出す形にした。
なお、2004年のNV5Cのエンジンには不等間隔2気筒同時点火(通称「同爆」)仕様があるが、そのエキゾーストレイアウトは4本出しとした。同爆の排気脈動をできるだけストレートに流すためで、前バンクの1番シリンダーと5番シリンダーから出るエキゾーストパイプを集合させている以外はすべて単独とした。
スロットル制御
■2002 NV5A──ワイヤー直動
■2003 NV5B〜2006 NV5HD──HITCS(ワイヤー入力)
■2006 NV5HG──HITCS-2(TBW入力)
RC211Vのスロットルバルブにはコントロール性に優れたバタフライ式を一貫して採用した。初代モデルである2002年のNV5Aでは、スロットルグリップから伸びるワイヤーがそのままスロットルバルブの開閉を司る仕組み。スロットルバルブを固定するシャフトの端にスロットルワイヤーの巻き取りプーリーがつくが、その形状を楕円形としていた。これにより、ライダーのスロットルグリップの開け具合に対して、スロットルバルブの開度が1:1の関係にならないようにしていた。スロットルの開け始めのところでのスロットルバルブの実際の開き方が緩やかになるようにするためだった。
この考え方を電子制御で行うようにしたものが、HITCS(Honda Intelligent Throttle Control System)で、2003年のNV5Bから投入した。5気筒すべてのスロットルバルブの開閉に電子制御を介入させたもので、ライダーのスロットル操作に対してスロットルバルブの実開度を小さくする制御を行い、特に低速ギヤ使用時の余分な駆動力を抑えることを主眼とした。
2006年のNV5HGでは、HITCSを第2世代システムに進化させて投入した。これは、スロットルバルブの開閉に電子制御を入れるのはV型5気筒の後バンクの2気筒のみとし、前バンクの3気筒のスロットルバルブ開度はスロットルグリップ開度とダイレクトに連動する関係にしたもの。これにより、ライダーのスロットル操作に対するリニアリティが高まり、スロットルの開け始めや全開時におけるコントロールをより緻密に行えるようになった。
そして、第1世代HITCSまでは、入力はスロットルグリップから伸びるワイヤーによって行われるものだったが、第2世代であるHITCS-2からはワイヤーで伝達されてきた作動量を電気信号に置き換えてサーボモーターを駆動させスロットルバルブの開閉を行うTBW(スロットル・バイ・ワイヤー)システムを採用。任意のスロットルバルブ開度設定をより行いやすくした。
減速制御
■2002 NV5A──ソレノイドバルブによる吸気制御
■2003 NV5B〜2006 NV5HD──HITCSによる吸気制御
■2006 NV5HG──HITCS-2(TBW)による吸気制御
デビューシーズンである2002年の段階で、RC211Vは320km/h程度のトップスピードに達するマシンにすでになっていた。ただし、ストレートの次には必ずコーナーがあるのがサーキットであり、ラップタイム短縮のためには減速性能というものが非常に重要である。
減速性能を高めるにあたっての大きな手立てのひとつは、スロットル全閉時のエンジンブレーキの強度をうまくコントロールしてやることである。そこでHondaは、「減速制御」という思想を当初から持ってRC211Vの開発に取り組んでいた。
初代モデルである2002年のNV5Aでは、スロットルバルブ後の吸気通路に空気の流入口を設け、ソレノイドバルブによる電子制御で、スロットル全閉時にも適度な量の空気を吸気通路に送ってエンジンに燃焼を起こさせ、エンジンブレーキの強度を弱めるシステムを開発し、投入していた。
2003年のNV5Bでは、スロットルバルブの開閉に電子制御を介入させたHITCSを導入したが、減速制御においてもこのHITCSを利用し、フルブレーキング時にライダーがスロットルを全閉にする操作をしても、スロットルバルブはわずかに開けさせる制御とした。また、点火時期や燃料噴射量の制御(※例えば、スロットルを急激に閉じた場合は燃料を噴射させない、など)も段階的に組み合わせていった。そして、2006年のNV5HGでは、同車に投入したTBW(スロットル・バイ・ワイヤー)採用の第2世代HITCSにより、さらに緻密な吸気制御を実現させた。
クラッチにおける減速制御
■2002 NV5A〜2005 NV5D──バックトルクリミッター
■2006 NV5HD──アシスト付きスリッパークラッチ
■2006 NV5HG──バックトルクリミッター
ハードブレーキング時にスロットルを全閉にしてエンジンが発生させるトルクをカットしたとしても、後輪は依然として高速で回転している。そのため、エンジン側と後輪側のトルクがつり合わない状態になり、後輪はグリップを失って蛇行し、車両を非常に不安定な状態に陥れる。また、後輪側からエンジン側にトルクを押し返してくる力学になり、これも車体の挙動を不安定にするほか、エンジンに無用な負荷を与えることになる。
後輪側からエンジン側に押し返されてくるトルクを「バックトルク」と呼ぶ。そして、それを緩和する機構であるバックトルクリミッターをクラッチに持たせることは、エンジンブレーキが大きい4ストロークエンジンを搭載するロードレーサーでは定石であり、RC211Vにおいても初代モデルである2002年のNV5Aから装備した。
断面がクサビ形の傾斜路をカムとして使い、バックトルクの大きさに応じて半クラッチの状態を作り出したり解消させたりする仕組みのバックトルクリミッターを持たせたクラッチを「スリッパークラッチ」と呼ぶ。つまり、歴代RC211Vのすべてのエンジンはスリッパークラッチを搭載した。
990ccのV型5気筒が発生するトルクは強大で(最大値は、2004年のNV5Cの119.0 N・m)、それをロスなく伝達させるには、フライホイールにクラッチディスクを圧着させるスプリングのレートは高いものでなければならない。そのため、クラッチ操作はとても重いものになり、握力が小さいライダーにとっては大きな負担となった。クラッチレバーを握る強さは、マスターシリンダーの径の比率を変えることで軽くできたが、それではクラッチが十分に切れなくなっていく可能性が出てくる。そこでHondaは、クラッチ操作を軽くする機械式アシスト機構付きのスリッパークラッチを2006年に実用化させた。ただし、アシストのコントロールが難しく、意識不十分に操作するとクラッチが唐突につながるような印象をライダーが持つことがあった。
2006年のHondaのワークスライダーはニッキー・ヘイデン選手とダニ・ペドロサ選手のふたりだったが、ひときわ小柄であったペドロサ選手はアシスト付きスリッパークラッチをシーズンを通して使用。もう一方のヘイデン選手は握力が高く、シーズン序盤の数戦では新しいアシスト付きを使ったものの、それ以降はアシストなしの従来型スリッパークラッチを使用した。
エンジン単体重量
■2002 NV5A──60.40kg
■2003 NV5B──62.80kg
■2004 NV5C──61.90kg
■2005 NV5D──61.96kg
■2006 NV5HD──61.96kg
■2006 NV5HG──57.29kg
RC211Vの初代モデルである2002年のNV5Aでは、エンジン単体重量の目標を60kgに設定し、それを達成した(※上記の重量はいずれもスロットルボディ込みでのもので、かつ、各シーズンの最終仕様のもの)。しかし、2002年のシーズン中に発生したトラブルへの手当てとして様々な強化を行った結果、2003年のNV5Bでは2.4kg増加。ボア×ストロークの変更をはじめ、いろいろな変更やトライを行った2004年のNV5Cでは1.1kg減らして少し取り返した。
NV5Cでは、数え方によっては10種類近くにもなる仕様違いのエンジンを作ったが、その中で最も速いと評価されたスペックをベースに2005年のNV5Dのエンジンを開発した。ところが、“やりすぎ”がたたったか、エンジン関連のトラブルが多く発生し、その手当ての結果、NV5D最終仕様はNV5C最終仕様より60gだがエンジン重量が増えた。
2006年のNV5HDエンジンは、NV5Dの最終仕様をベースにしており、重量も同じ。NV5Dで問題点への対策をやり切ったおかげで、NV5HDのエンジントラブルはほとんどなかった。一方、大胆と言えるほどの小型化を図った2006年のNV5HGエンジンは、同じ年のNV5HDエンジンより4.67kgも軽いものとなり、それでいて最高出力はNV5HDより4%近くも高く、RC211VのV型5気筒の集大成作となった。
ECU機能/電子制御
2024年現在のMotoGPでは、あらゆるバイクメーカーの車両が同じECU(電子制御ユニット)を使用している。2014年にECUのハードウェアが共通化され、2016年にはそのソフトウェアも全車が同じものを使うレギュレーションとなったのだ。各メーカーによる開発競争の過熱とコスト高騰を抑えることが目的だが、逆に言えば、電子制御技術が2010年代半ばにはそれだけ高度化していたということであり、Hondaも独自のECUハードウェア/ソフトウェアを開発して使用していた。そうした目でMotoGP初期を走ったRC211Vを見ると、電子制御は入ってはいるが、非常にプリミティブなものであった。
2002年4月に実戦デビューした当時のRC211Vは、信頼性の確立が最優先の状況で、能動的な電子制御はほとんど行っていなかった。それが2002年のシーズン半ばに至ると、トラクションコントロールのはしりのような制御を行うようになった。ただしそれも、点火時期や燃料噴射量といった程度のメニューだった。
2005年のシーズン途中からはウィリーコントロールを導入した。これもパラメーターは、前後車輪の回転速度の差や前後サスペンションのストローク量といった程度ではあった。
最高出力/最大トルク/圧縮比
■2002 NV5A──175.5 kW/15,000rpm/117.4 N・m/11,500rpm/圧縮比 13.5
■2003 NV5B──183.0 kW/15,500rpm/117.1 N・m/11,500rpm/圧縮比 13.5
■2004 NV5C──※188.1 kW/16,500rpm/115.5 N・m/13,500rpm/圧縮比 13.3
■2005 NV5D──※184.0 kW/16,500rpm/113.2 N・m/13,500rpm/圧縮比 13.3
■2006 NV5HD──※183.5 kW/16,500rpm/114.0 N・m/13,000rpm/圧縮比 13.2
■2006 NV5HG──※190.2 kW/17,000rpm/116.0 N・m/14,000rpm/圧縮比 13.9
(上記の数値は各モデルの最終仕様のもの)
(※印は2004年10月に実施したテストベンチ校正の後の数値であることを示す)
RC211Vの初代モデルであるNV5Aが2002年4月に実戦デビューした時点での最高出力は166.75 kW(226.7 PS)であった。その直前のテストでコンロッド小端の破損が起こり、ぎりぎりの信頼性しか確立できていなかったため、最高回転数は14,500rpm程度に抑えていた。そこからの改良に次ぐ改良のすえ、NV5Aエンジンはシーズン終了時点で175.5 kW(238.6 PS)と約5%の出力向上を果たし、最高回転数も500rpm上げていた。
2003年のNV5Bは前年モデルの正常進化版であり、出力は約4%上げた。そして2004年のNV5Cでは、それまでの不等間隔点火仕様に加えて不等間隔2気筒同時点火(通称「同爆」)仕様も開発し、このシーズン中だけで10種類近くもの仕様違いのエンジンをHondaは投入。シリーズ最終戦でマッシミリアーノ・ビアッジ選手のみが使用したNV5C スペック2改(不等間隔点火仕様)が最も出力が高く、最高回転数も16,500rpmに達した。
なお、この年の10月にHRCではエンジンテストベンチの校正を行い、同じエンジンでも校正後は約3 kWの数値低下が確認された。上記の各モデルの最高出力と最大トルクだが、NV5C以降のものはベンチ校正後の数値である。
2005年のNV5Dエンジンは、NV5C スペック2改をベースにしたものだったが、トラブルが多かった。そのため、信頼性確立を優先させるべく出力を落として運用せざるを得なかった。NV5Dの最高出力が前年のNV5Cより低下しているのはそのためである。そして、MotoGPが990ccを最大排気量として行われた最後の年となった2006年にHondaはNV5HDとNV5HGという2種類のRC211Vを並行して走らせたが、NV5HDの最高出力と最高回転数はNV5Dとほぼ同じであった。しかし、もう一方のNV5HGは、新たな設計によって大幅な小型化・軽量化を実現しながら、NV5HDより4%近くも高い最高出力を発生し、最高回転数も17,000rpmを達成。同年のライダー、チーム、マニュファクチャラーのトリプルタイトル奪還の原動力となった。