Hondaのエンジン

2025.08.25

BF350 優れた環境性能と高い動力性能を両立させたHonda初のV8船外機用エンジン

BF350 優れた環境性能と高い動力性能を両立させたHonda初のV8船外機用エンジン

Hondaの船外機が最初から4ストロークだった理由

2024年2月23日に発売したBF350は、Hondaの船外機として初となるV型8気筒エンジンを搭載するフラッグシップモデルである。4,952cm3の排気量から350馬力の力強い推進力を発揮する。BF350は豊かなトルクがもたらす高い走破性に加え、新設計のクランクシャフトを採用することで高い静粛性と低振動を実現。また、環境にやさしく経済的な船外機を目指し、クラストップレベルの燃費性能を達成した。

Hondaの船外機 BF350

船外機はエンジンとプロペラを回す駆動装置が一体となっている。エンジンは上部に倒立して配置される。

船外機はエンジンとプロペラを回す駆動装置が一体となっており、動力を持たない船舶の後部に取り付けることでモーターボートとして機能させる動力ユニットである。Hondaは創業者本田宗一郎の「水上を走るもの、水を汚すべからず」の信念のもと、一貫して環境負荷の少ない船外機を追求している。

Hondaがマリン市場に参入した1964年当時、船外機の主流は2ストロークエンジンだった。2ストロークエンジンは潤滑オイルを燃料に混合して燃焼させるため、オイルを含んだ未燃ガスが水中に排出され、4ストロークエンジンに比べて環境負荷が高いとされる。Hondaは環境への強いこだわりから、2ストローク船外機が主流を占めるなか、1964年に発売したHonda初の船外機GB30以来一貫して4ストロークエンジンの船外機を作り続けている。

北米や欧州を中心に拡大するマリンレジャーや釣り等のプレジャー市場

近年、北米や欧州を中心にマリンレジャーや釣り等のプレジャー市場が拡大。新興国を中心に漁業では「より早く漁場に到着したい」、観光業では「より多くのお客さんを乗せたい」という要望から、高出力化および、複数の船外機を並べて搭載する多機掛け搭載のニーズが高まっている。また、航行時の船上における快適性の観点から、低振動性能が船外機の商品魅力を構成する重要な要素となっている。

そこでHondaは長年の船外機開発で培ってきた耐久信頼性や経済性に優れる強みを活かしながら、レジャーユースを含めさまざまな水上シーンにマッチする大型船外機を目指し、BF350を開発した。BF350を含め、Honda船外機の製品型番に記されている数字は馬力を表している。

Vバンク角60度のV8でクランクシャフトはクロスプレーン

Vバンク角60度を選択したHondaの船外機 BF350

V型8気筒のセオリーではバンク角は90度だが、BF350では60度を選択した。

Vバンク角60度を選択したHondaの船外機 BF350

60度を採用した理由は、多基掛けで使用されることが一般的な大型船外機では、限られた船幅により多くの船外機を搭載したいというニーズがあるためだ。エンジンの幅を狭くできるのがメリットだ。

船外機

V8エンジンを等間隔点火構造とするためには、720度(4ストローク機関の1サイクル)÷8=90度となる。そのためV8エンジンのバンク角は90度に設定されるのが一般的だ。Hondaが60度を選んだのは、エンジン幅を狭くできるからだ。

高出力の船外機エンジンとしてはV型多気筒形式が主流だ。HondaはBF350を開発するにあたり、V型8気筒を選択した。それまでは、2011年に発売したBF250の3.6L V6が排気量・気筒数ともに最大だった。V8の場合、四輪車ではクランクアングル90度ごとの等間隔燃焼となる90度のバンク角とするのが一般的だ。ただし船外機の場合は90度よりも挟角とするのが望ましい。なぜなら、多機掛け搭載を考慮した場合、船外機の幅が小さいほど船舶側の船外機取り付け部分を狭くできるからだ。ただし、Vバンク角を狭くすると、バンク内側に配置する吸気系のレイアウトが窮屈になる。その点も考慮し、BF350ではVバンク角60度を選択した。

フラットプレーンクランクシャフト

フラットプレーンは、バンク間同士の排気干渉がないのがメリット。エンジンの最高出力を上げやすいが、2次慣性力(エンジン回転数の2倍の振動)が残るため、振動キャンセルのために、エンジン回転の2倍で回転する2次バランサーが必要になる。

クロスプレーンクランクシャフト

クロスプレーンは振動特性に優れるが、排気干渉のため、最高出力を出しにくい。1次慣性偶力(エンジン回転数と同回転の振動)が残るが、クランクシャフト両端のバランスウェイトでキャンセルできる。

クランクシャフトには180度位相で配置される(軸方向で見た場合にクランクピンが「一」の字になる)フラットプレーン(シングルプレーン)タイプと、90度位相で配置される(軸方向で見た場合にクランクピンが「十」字になる)クロスプレーン(ダブルプレーン)タイプが存在する。フラットプレーンは片側4気筒の排気干渉が少なく高出力を得られやすい。半面、2軸2次バランサーがないと180度周期の2次の慣性力をキャンセルできない。一方、クロスプレーンの場合、2次の慣性力(上下運動)は発生しないが、片側4気筒間で排気干渉が生じるため、高出力化に課題がある。また、360度周期の1次慣性偶力(すりこぎ運動)をキャンセルするために1軸バランサーが必要になる。

BF350は振動面で優位性があり、より高級感を演出できるクロスプレーンタイプのクランクを採用したうえで、Vバンク角を60度にしている。V8エンジンでVバンク角を60度とした場合は、クランクピンに30度のオフセット(位相差)を設けることで90度の等間隔燃焼とするのが一般的。だが、この仕様ではクランクに対して逆回転させるバランサーなしで1次慣性力、1次慣性偶力ともにキャンセルすることはできない。

慣性力の不釣り合いによる振動は携帯電話のバイブレーションのように体に感じやすいため、商品魅力の観点から望ましくない。そのため、船外機の低振動性を向上させるためには、クランクシャフトのバランシングが重要となる。船外機には四輪車のような変速機構が存在しないため、高速航行時は定常的に高回転域が使用され、この領域での振動抑制がとくに課題となる。また、高回転域が多用される船外機の特性上、燃焼起因のトルク変動ではなく、主運動系部品起因の慣性力や慣性偶力が振動要因として支配的となる。したがって、低振動の船外機を開発する際には、クランクシャフトの諸元設定が重要となる。

Vバンク角60度でクロスプレーンを採用する場合、等間隔燃焼を実現しようとするとVバンク角90度では共用できていた左右のクランクピンを30度オフセットさせる必要が生じる。しかし、これではクランクシャフトのバランスウェイトで1次慣性偶力をキャンセルしきれず、振動が出てしまう。

Vバンク角60度でクロスプレーンを採用する場合、等間隔燃焼を実現しようとするとVバンク角90度では共用できていた左右のクランクピンを30度オフセットさせる必要が生じる。しかし、これではクランクシャフトのバランスウェイトで1次慣性偶力をキャンセルしきれず、振動が出てしまう。

Hondaは完全バランスとなるクランクピン60度オフセットを採用した。これで、1次慣性偶力は完全にキャンセルされる。不等間隔燃焼による課題やクランク強度の問題は、NSX用に開発した高強度材料を採用することで解決した。

Hondaは完全バランスとなるクランクピン60度オフセットを採用した。これで、1次慣性偶力は完全にキャンセルされる。不等間隔燃焼による課題やクランク強度の問題は、NSX用に開発した高強度材料を採用することで解決した。

Vバンク角60度のV8エンジンで30度のクランクオフセットを設けると、1次の慣性偶力が発生することが計算から導き出された。これをキャンセルする場合はバランサーを追加するのが一般的だが、バランサーの追加による駆動ロスの発生や部品点数の増加を覚悟しなければならない。これを避けるため、BF350ではクランクピンオフセットを60度とし、バランスウエイトをクランクシャフトに追加することで1次慣性偶力を左右バンクで打ち消し合ってゼロになるようにし、駆動ロスや部品点数の増加を回避しつつ大幅に低減した。この形式の採用によりBF350は不等間隔燃焼となるが、出力影響は微小であることを検証により確認。むしろ、エンジン音の共鳴ピークが分散されることで、より高級感のある音となっている。

VTEC、リーンバーン制御などの新技術を投入

クランクピンに60度のオフセットを設けると、クランクシャフトを軸方向から見た際の、オフセットしたクランクピン同士の重なり部分であるオーバーラップが小さくなる。オーバーラップが小さいと強度と寸法精度の確保が課題となるが、2代目NSXのクランクシャフトと同じ高強度材を用いたうえで、鍛造後にクランクジャーナル部が冷える前にねじって製造するツイストクランク製法を採用することで、強度と寸法精度を確保した。

クランクピンオフセット60度を採用したV型8気筒不等間隔燃焼のエンジンでは、気筒ごとに吸入空気量に差が生じるため、単一の燃料噴射マップでは全気筒の燃焼を適切に管理できないことが判明した。そこで、8気筒独立の燃料噴射マップを採用して最適化を図っている。また、回転域に応じて吸気バルブの開閉タイミングとリフト量を切り換える可変バルブタイミング&リフト機構のVTECを採用し、低中速域の力強さと最高出力を両立している。

8気筒別燃料噴射マップ制御やVTECの採用も低燃費の実現に寄与する技術だが、これらに加えO₂フィードバックによって高精度なリーンバーン制御を可能とし、さらなる低燃費に寄与している。船外機では、スロットル全開時の約50〜80%の回転に保たれたクルージング領域での航行頻度が高い傾向がある。このクルージング領域において理論上最適とされる燃料噴射量よりも燃料の比率が希薄なリーンバーン燃焼での航行を可能とするのがO₂フィードバック制御だ。

BF350は排出ガスと冷却水の集合位置を見直すことで、O₂センサーへの被水を大幅に低減し、リーンバーン制御の信頼性を向上させた。

BF350は排出ガスと冷却水の集合位置を見直すことで、O₂センサーへの被水を大幅に低減し、リーンバーン制御の信頼性を向上させた。

船外機は、上部に縦向きに搭載するエンジンの排ガスとエンジン冷却水をともに下部のプロペラ部から排出する構造となっており、従来はエクステンションケース内のエキゾーストパイプ先端付近で冷却水(戻り水)と排ガスが合流する構造が一般的だった。そのため、排気通路に設置されるO₂センサーは、低速走行時や急減速時に排気通路内に発生する排気脈動や負圧により、排気通路内に水が吸い上げられ被水する可能性があった。

そこでBF350ではエクステンションケースの構造を見直し、排気通路と冷却水通路を分離する構造を採用。ギヤケース上端まで排ガスと冷却水を分離する構造としたうえで、O₂センサーをシリンダーヘッドの最上部に配置することで、O₂センサーの被水リスクをより低減している。これにより、O₂センサーによる排ガス中の酸素濃度を常に正確に推定することが可能になり、高精度なリーンバーン制御による低燃費性能を担保している。

Hondaの船外機として初めて採用したプラトーホーニング加工(シリンダー内壁を滑らかに仕上げるとともにオイル保持性を高める表面加工)も低燃費に寄与する技術としてBF350に適用された。Hondaのマリン事業60周年の年に発売されたBF350は、Honda船外機の普遍的なテーマである低燃費性能を継承・進化させつつ、350馬力を発生するパワフルなエンジンながら、低振動・低騒音を実現。さらなる高性能、さらなる低燃費の市場要求に応えている。

諸元表

BF350 諸元表


テクノロジーHondaのエンジンBF350 優れた環境性能と高い動力性能を両立させたHonda初のV8船外機用エンジン