Hondaのエンジン

2026.01.30

H1300E型 F1技術から生まれた独創的空冷システム

H1300E型 F1技術から生まれた独創的空冷システム

Honda F1エンジン譲りの空冷エンジン

1.3L・空冷直列4気筒SOHCのH1300E型は、1969年に発売したHonda初の本格的な小型乗用車、HONDA1300に搭載すべく開発したエンジンである。HONDA1300はH1300E型を横置きに搭載し、4速MTを介して前輪を駆動した。当時のプレスリリースには次のような記述がある(要約)。

HONDA 1300は、世界で通用する国際商品を目指して開発した。申請中の特許、実用新案は178件におよび、特殊空冷式エンジン、ドライサンプ式潤滑方式、車室導入空気の清浄化対策、クロスビーム型後輪懸架装置などがその代表的な例である。

参照:世界の期待に応えるスーパーセダン HONDA1300

1969年に発売されたHONDA1300。写真は4連キャプレターの995
HONDA1300のエンジンルームに横置きされたH1300E型エンジン。シリンダーヘッドの外壁を二重構造としている

Hondaのオリジナリティを象徴するのが、強制空冷方式エンジンのH1300E型だった。空冷エンジンは当時、開発の陣頭指揮をとった本田宗一郎の「水冷エンジンは最後には水を空気で冷やすんだから、初めから空気で冷やせばいい。そうすれば水漏れの心配もなくて、メンテナンスもしやすい」という考えが元になっている。

シリンダーブロックの外壁を「一体」鋳造成形で二重構造にし、その間の空間を冷却風の通り道にした。そこへ強制冷却ファンで風を送り込むと同時に、エンジンの外側にも風があたるようにして冷却をする

ときを同じくして、F1世界選手権用空冷エンジンの開発をしており、1968年に自然空冷120度V型8気筒のRA302Eを実戦投入している。空冷エンジンは空気の流れでエンジンを冷却するため、冷却液を用いてエンジン内部を循環させるシステムを必要とする水冷エンジンよりもシンプルな構造となり、ラジエーターが不要なこともあって原理的には軽量化や低コスト化が可能というメリットがある。当時のHondaはこれからの世界で通用するクルマは空冷エンジンであることをF1で証明し、その技術を市販車に展開しようとした。

1968年デビュー3.0L空冷V型8気筒エンジンRA302Eを搭載したF1マシン RA302
空冷V型8気筒エンジンのRA302E

空冷エンジンは大きく2種類に分けられる。ひとつは走行風だけで冷却する自然吸気エンジン。もうひとつは送風機を駆動し、空気の流れを起こして冷却する強制空冷エンジンである。1967年に発売したHonda初の軽乗用車N360に強制空冷4ストローク並列2気筒SOHCのN360E型360ccエンジンを適用していた。このエンジンはバイクのドリームCB450の並列2気筒DOHC 450ccエンジンをベースとしていた。

※ 気筒を横一直線に配置した形式。横置きにした直列と同義だが、バイクの世界では古くから使われている呼び方。

DDAC(デュオ・ダイナ・エア・クーリング:一体式二重空冷)とドライサンプ方式

発熱量が大きくなる1.3Lとなると強制空冷でもさすがにN360Eと同じ構造というわけにはいかず、DDAC(デュオ・ダイナ・エア・クーリング:一体式二重空冷)という新しい構造を開発した。HONDA1300の発表会のリリースにある特殊空冷の「特殊」がこれにあたる。H1300E型はアルミ製のシリンダーブロックとシリンダーヘッドを採用。これを薄肉アルミ鋳造製のケースですっぽり覆った。このアルミケースとエンジン本体の間を、細長い板状の羽根が筒状に取り付けられたシロッコファンによって生み出された空気が通り抜けることで、強制的に冷却する仕組みである。

また、エンジン外壁はフロントグリルなどから導入する外気によっても冷却される。いわば強制空冷と自然空冷を組み合わせた格好で、ゆえに二重空冷ということになる。しかし二重に空冷しても冷却は間に合わず、不足分はエンジン内部を循環するオイルによる冷却に頼った。

オイルの循環方式も大きく2種類に分けられる。ひとつはクランクケースの下部にオイルパン(オイル溜まり)を設け、そこに溜まったオイルをポンプで吸い上げて圧送するウエットサンプ方式。もうひとつはエンジン底部にオイルを溜めず、スカベンジポンプで強制的に吸引して別体のオイルタンクに溜め、圧送ポンプで循環するドライサンプ方式である。

主流は構造がシンプルで部品点数が少なくて済むウエットサンプ方式。一方、ドライサンプ方式はオイルパンがないぶんエンジン搭載位置を低くできる。重量物であるエンジンの搭載位置が低くなれば重心が下がり、運動性能の向上に寄与する。また、オイルを強制的に汲み上げるので、強いGがかかる状況でもエンジン各部へのオイルの供給が安定する。ウエットサンプ方式のようにクランクシャフトによるオイルの撹拌がないので出力ロスが抑えられ、オイル劣化が抑えられるのも利点だ。

このような特徴から、ドライサンプ方式はレーシングカーやスポーツカーのエンジンに採用例が多い。H1300E型がF1エンジン譲りのドライサンプ方式を採用したのは、エンジンのコンパクト化と車両運動性能の向上に寄与するためである。別体オイルタンクはアルミ製で、外周にはエンジン本体と同様に多くの冷却フィンが設けられた。空冷エンジンの水冷エンジンに対するデメリットは騒音だが、H1300E型はアルミケースが防音壁の役割を果たすため水冷エンジン並みに抑えることができた。

手前が車両搭載時の前方。左にあるのがドライサンプ用のオイルタンク。これもアルミ製でフィンが切ってある

HONDA1300スーパーセダンに搭載されたH1300E型は1キャブレター仕様と4キャブレター仕様の2種類が設定された。どちらもHondaらしい高回転・高出力型の特性を持ち、最高出力はそれぞれ100馬力/7200rpmと115馬力/7500rpmだった。いずれの仕様も「長距離ハイウェイをハイスピードで巡行できる、信頼性に富んだ高性能を誇る」と謳った。

成功作と言えなかったがCVCCエンジン誕生につながった

H1300E型はこれを搭載するHONDA1300とともに一定の技術的な評価を得たが、さまざまな課題が生じ、お客様の支持を得ることは難しかった。原理的にはシンプルゆえに低コストで、軽く、コンパクトにできるはずだったが、実際は複雑で高コストになり、重く、大きくなってしまった。

HONDA1300の発売から1年後の1970年、アメリカでは5年後の1975年型から一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)はともに10分の1に、1976年型車から窒素酸化物(NOx)を10分の1にすることを定めたマスキー法(大気浄化法)が発効された。この厳しい環境規制をクリアするため、Hondaは四輪エンジンを水冷方式に切り換える決断をする。熱しやすく冷えやすい空冷エンジンでは排ガス対策に適した燃焼室温度に制御するのが難しく、その点、エンジン各部の温度を制御しやすい水冷エンジンに利があった。

1970年に追加された2ドアクーペ

しかし、水冷式にしたとしても、当時世界一厳しく、対応は不可能とまで言われたマスキー法をクリアするエンジンの開発は困難だった。Hondaは、このあとマスキー法合格第一号となる低公害エンジン=CVCCエンジンを生み出していく。H1300E型は、空冷式から水冷式へ、CVCC誕生へつながるHondaらしいエンジンだった。

諸元表

1969 HONDA1300 諸元表


テクノロジーHondaのエンジンH1300E型 F1技術から生まれた独創的空冷システム