CO₂削減とドライバビリティを両立させるディーゼルエンジン
N16B型の1.6L i-DTEC※1ディーゼルエンジンは、「小型軽量・高効率・低コスト」を目標に、欧州CIVIC向けに開発したHondaのディーゼルエンジンである。Hondaはパワートレーンの効率向上によって得られる低燃費と動力性能などの商品性を高次元で両立させる技術のひとつとして、当時、欧州で主流となっていたディーゼルエンジンのさらなる開発を進めていた。その結果、生み出されたのが1.6L i-DTECディーゼルエンジンだった。このエンジンは英国のHonda of The U.K. Manufacturing Limited※2で生産され、2013年初頭に欧州向けCIVICに搭載された。
※1 Intelligent Diesel Technology Electric Control
※2 2021年末に閉鎖
地球温暖化やエネルギー資源など環境問題への関心が高まるのに伴い、乗用車からのCO₂排出量低減が社会から強く求められるようになった。加えて、動力性能への要求も高くなり、これらの観点でドライバビリティと低燃費性能の両立に優位性を持つディーゼルエンジンの進化が期待されるようになった。このような背景のなか、Hondaは2002年にN22A型の2.2L直列4気筒i-CTDi※3ディーゼルエンジンを開発し、欧州ACCORDに搭載した。2008年には圧縮比やインジェクターなどの燃焼系仕様を一新したN22B型のi-DTECディーゼルエンジンを開発し、2009年に欧州で発売したCR-Vに搭載した。
※3 Intelligent Common rail Turbocharged Direct injection
軽量なディーゼルエンジンのためのオープンデッキ構造
ディーゼルエンジン搭載車がコンパクトカーにも拡大していくトレンドに対応するため、より狭いエンジンルームへの搭載を可能にすべく、エンジンの一層の小型化が求められるようになった。ディーゼルエンジンは燃焼の特性から高い燃焼圧を発生するため、骨格部品の剛性向上が必要となる。加えて排ガス浄化のための後処理装置が必要なため、同排気量のガソリンエンジンに比べると大きく、重くなりがちだ。しかしながら、エンジンの重量増加は車両運動性能の低下を招くため、軽量化を図りたい。このような背景から、小型軽量で高効率なエンジンの開発に着手することになった。
エンジンを構成する部品のうちもっとも大きな重量を占めるのはシリンダーブロックである。N22系では軽量なアルミニウムで高い剛性を確保するため、半凝固状態を利用したセミソリッドダイキャストによるクローズドデッキ構造※4を採用していた。一方、N16B型では、一層の軽量化と生産性向上のため、ガソリンエンジンで採用するHPDC※5によるオープンデッキ構造※6を採用した。軽量化を追求するため、燃焼圧の高さからディーゼルエンジンでは不可能とされていたオープンデッキ構造にあえて挑んだのである。さらに、隣り合うシリンダー間の壁の厚みはN22系がディーゼルエンジンとしては攻めた数値の9mmだったのに対し、N16B型はさらに追い込み8mmとした。
※4 シリンダーブロック上面のボアのまわりが金属で埋まっており、周囲のところどころに水路穴が開いた構造。剛性確保に有利。
※5 High Pressure Die Casting:高圧ダイカスト
※6 シリンダーボア周囲の冷却水路が完全に露出した構造
オープンデッキ構造のシリンダーブロックの開発にあたっては有限要素解析および疲労寿命解析のシミュレーション技術を活用し、リブの配置と表面形状を最適化して膜面剛性を高めつつ、疲労強度限界まで各部の駄肉を削減した。また、クランクジャーナルの支持構造は、すべてのジャーナルを一体部品で支持する従来のラダーフレーム構造から単独のベアリングキャップ構造とすることで大幅な軽量化を図った。
さらに、油路・冷却水路をシリンダーブロックに内蔵させつつオイルクーラーをシリンダーブロックに直接取り付ける構造とし、エンジンを小型化。これらの設計により従来のN22系エンジンに対しシリンダーブロックアッセンブリ比で11.6kg(33%)の大幅な軽量化を達成した。
高い燃焼圧を発生するディーゼルエンジンにおいては、シリンダーヘッドガスケットのガスシール性が課題となる。オープンデッキ構造を採用したN16B型では、シリンダーヘッドとブロックの締結剛性を向上させることがガスケットのシール性を高めるポイントとなる。従来の2.2Lエンジンは独立したブラケットでカムジャーナルをシリンダーヘッドに固定していたが、N16B型はカムジャーナル一体のシリンダーヘッド構造を採用して剛性を高めることで、十分なガスシール性を確保した。
クランクシャフトはMo-V(モリブデン-バナジウム)による析出硬化を活用した高強度窒化材を新開発し、従来の高周波焼入れ用材料に対して疲労強度を40%以上向上させた。その結果、クランクジャーナル径およびクランクピンの細径化が可能になり、コンロッド大端径縮小と合わせて小型軽量化と低フリクション化を実現。ピストンについては幅と高さの縮小によりスカート面積を最小化し、従来型に対して40%の軽量化を実現。機械損失も大幅に低減した。クランクシャフト、コンロッド、ピストンのクランクトレーン全体では8.3kgの軽量化を達成している。
その他、各部品について徹底的な軽量化を追求することで、エンジン全体ではN22系エンジンに対し47kgもの大幅な軽量化を達成。車両の前後重量配分の改善につながり、新世代のディーゼルエンジン車らしい走りの性能と、軽快なハンドリングの実現に寄与することになった。また、エンジン全体の寸法を小さくすることで、従来型エンジンでは搭載できなかったより小さな車種にもディーゼルエンジンを搭載することが可能になった。
高出力型では2ステージターボを採用
N16B型の開発の狙いのひとつである高効率化については、燃焼改善が重要となる。新世代のディーゼルエンジンを開発するにあたって排気量を従来の2.2Lから1.6Lに変更したのは、小型軽量化を図ってより小さな車種に搭載するためでもあったが、機械損失を低減するためでもあった。機械損失が低減されればそのぶん熱効率は向上し、燃費向上に寄与するからである。
しかし、小排気量化にともなってシリンダーボアが小径化されると、直噴インジェクターから燃焼室壁面までの距離が短くなり、燃料噴霧が燃焼室壁面に衝突することで燃料の微粒化が阻害され、それにより未燃成分である一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)、煤(Soot)が増加する課題が持ち上がる。また、排気量が小さくなることで空気過剰率※7は低下するが、空気を補おうと高過給化するとポンピングロスが増大し燃費の悪化につながる。小排気量化と低燃費・低排出ガス性能を両立させるためには、これらの技術的な課題を解決する必要があった。
※7 理論空燃比の混合気に対して過剰な空気の割合。
N22系のボア×ストロークは85.0×96.9mmなのに対し、N16B型は76.0×88.0mmである。シリンダーボア小径化にともなって燃料噴霧の微粒化が阻害される課題に対しては、直噴インジェクターの小径多噴孔化などによる微粒化の促進と燃焼室形状、吸気ポート形状の最適化などによって解決した。最大180MPaの噴射圧は従来型と同じだが、インジェクターをピエゾ式から低コストのソレノイド式に変更している。
排ガス中の有害物質を低減するためには、燃焼制御において筒内の新気量とEGR※8量を適切に制御することが重要である。空気過剰率と燃焼温度の関係により、有害物質の発生量に影響を与えるからだ。N16B型ではHP-EGR一系統だった従来型に対し、可変ノズルタービン※9通過前の高圧燃焼ガスをインテークマニホールド上流に還流するHP-EGRと、DPF※10通過後の低圧燃焼ガスをコンプレッサー上流に還流するLP-EGRを併用するデュアルEGRを適用し、かつ高いEGR制御精度を実現したことで、排ガス性能と低燃費性能を両立させた。
※8 Exhaust Gas Recirculation:排ガス再還流。シリンダーから排気管に出た排ガスを外部経路を通じて吸気管に還流するLP-EGR(Low Pressure EGR:低圧EGRまたは外部EGR)と、バルブタイミングの工夫によって排ガスを直接シリンダーに還流するHP-EGR(High Pressure EGR:高圧EGRまたは内部EGR)がある。ディーゼルエンジンの場合、混合気の酸素濃度を低下する効果がある。
※9 タービンハウジングに設けた可動式ベーンの角度を変えることで、低回転から高回転まで効率良く過給圧を制御する仕組み。Variable Geometry Turbocharger(VGT)ともいう。
※10 Diesel Particulate Filter:排気系に設置し排ガス中の煤を捕集するフィルター。
LP-EGRはEGRクーラー通過後の十分に冷却されたEGRガスを還流することができるため、高温の排ガスを還流する従来のHP-EGR一系統に対して作動ガス量(容積効率)を増やすことを可能にし、熱効率が向上。さらに、燃焼温度を下げられるため熱損失が低減。EGRを増量してもガス量は低減しないためコンプレッサーの効率を高く保てることから燃費改善につながる。また、LP-EGRの流量を適切に制御して燃焼温度を最適な範囲に制御することで、高い排ガス性能が担保できるようになった。
N16B型はこれら低排出ガス化との両立を図った高効率化技術を採用したことにより、N22B型搭載車のCO₂排出量110g/kmに対し、格段に低い94g/kmの低CO₂排出を実現。さらに、可変ノズルタービンの採用などが寄与してスロットル操作に対して反応のいい特性とすることができ、ガソリンエンジンのようなスムーズな吹け上がり特性を持たせることができた。
2014年には低燃費のコンセプトはそのままに、2.2LのN22B型に置き換わる動力性能を目標とした高出力仕様を開発。「2015年に欧州向けCR-Vに搭載した。N16B高出力エンジンは、ベースエンジンの骨格や燃焼室形状、インジェクター、デュアルEGRなどを共通化したうえで高出力化のために低回転域(高圧段)を受け持つターボと高回転域(低圧段)を受け持つターボを直列に配置する、Honda初となる2ステージターボを採用した。
高出力化に向けては出力に応じた吸入空気量の確保が必要だ。小排気量エンジンでこれを実現するには高過給が求められるが、高過給化するためにターボチャージャーを大型化すると低回転域からの応答性低下が課題となる。そこで、N16B型の高出力仕様では、高圧段では加速性能を確保するために小型のターボを採用し、低圧段では出力を確保するため流量を確保するサイズのターボを選定した。高圧段、低圧段ともにウェイストゲートバルブの制御によって過給圧を制御するのが一般的だが、N16B型高出力エンジンでは過給応答性と燃費の最適化を図るためにVGTを採用した。
ベースエンジンの最高出力88kW/4000rpm、最大トルク300Nm/2000rpmに対し、2ステージターボを採用したN16B型高出力エンジンは最高出力が30kW向上し118kW/4000rpm、最大トルクは50Nm向上して350Nm/2000rpmを発生。このエンジンを搭載した欧州向けCR-VはN22B型搭載車と同様の性能を確保することが可能になった。機械損失の低減や噴射時期の最適化などによる燃焼改善により、N22B型搭載車に対して大幅に燃費を向上させている。
ディーゼルエンジンの開発を通じて培った知見は、ガソリンエンジンを含むほかの研究開発領域で生かされている。
諸元表
テクノロジーHondaのエンジンN16B型 i-DTEC 小型軽量・高効率を実現したHondaディーゼルエンジン





